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「叔母との旅」シス・カンパニー
作 グレアム・グリーン
劇化 ジャイルズ・ハヴァガル
翻訳 小田島恒志
演出 松村武
出演 段田安則/浅野和之/高橋克実/鈴木浩介
観劇日 2010年8月28日(土曜日)午後3時開演
劇場 青山円形劇場 Eブロック26番
上演時間 2時間10分(15分の休憩あり)
料金 6000円
期せずして面白い翻訳物のお芝居を観られて、何だかとても満足だ。
ロビーでは、パンフレット(600円)と、原作本なのか確認できなかったけれど、とにかく書籍(700円)が販売されていた。
ネタバレありの感想は以下に。
段田安則は白、浅野和之はベージュ、高橋克実は茶色、鈴木浩介は紺(多分、黒ではなかったような気がする)の三つ揃いのスーツを着て登場し、例えば神父の役をするときには丸い小さな帽子を被ったりするのだけれど、基本的に着替えることはしない。
そして、舞台に最初に登場し、このお芝居の語り手も務めるヘンリーは、4人全員が演じる。
一緒に台詞を言うときもあるし、小道具を次々受け渡ししながら台詞も受け渡して行くときもあるし、とにかく誰もがいつでもどこでも臨機応変にヘンリーを演じるのだ。主役なのに。
ヘンリー以外の役は逆にいうとほぼ誰が演じるか固まっていて、オーガスタ叔母さんは段田安則がほぼ演じていたし、その他の女性の役は18歳の英文学専攻の女子大生からヘンリーと好き合っていたのかも知れないミス・キーンなどほとんど浅野和之が演じる。
浅野和之は女性役の他に、女子大生の父親であるCIAの男も演じていたし、オーガスタおばさんの恋人は、ワーズワースにしろヴィスコンティにしろ高橋克実が演じる。
鈴木浩介はほぼそれ以外の役を一手に引き受けるという感じで、「これ」という中心人物がなかったような気がする。
青山円形劇場が本当に円形で使われることは実は意外と少なくて、舞台の周り360度全てが客席で囲まれていることが多いように思うのだけれど、このお芝居では完全な円形で使っていた。
壁面は全体が黒く覆われていたし、4人はちょうど円形の舞台上に十字の通路を描いたように4カ所の扉から出入りしていた。
私が座っていた席からは「あー、見えないじゃん!」というようなことは全くなくて快適に見ることができたのだけれど、座席がどこでも同じように見えたのだろうか。だとしたら、それはものすごい計算の結果なのだと思う。
4人で20役以上を演じたことよりも、「完全な円形の舞台」の方がよりスリリングだったような気がするくらいだ。
もっとも、それはこの4人の役者さんたちの力量のなせる業であり、大変なことを大変に見せないその瞬発力と切り替えと何より演じる力の賜だと思う。
母を亡くしたヘンリーは、お葬式で、母の10歳くらい年の離れた妹であるオーガスタ叔母と何十年ぶりかで会う。
ヘンリーは銀行を早期退職して60にもうすぐ手が届くという年齢だし、オーガスタ叔母は70代前半だから、冠婚葬祭でしか親戚筋と顔を合わす機会がなくてもそれほど意外ではないと思ったのだけれど、一方で、お葬式の会場からオーガスタ叔母の家までタクシーでそんなにかからずに行けたようで、そんなに近くに住んでいた姉妹の行き来がないのは変だという感じも受ける。
この辺りからすでに、オーガスタ叔母のペースにはまっているのかも知れない。
そして、もちろん超堅物のヘンリーの方も、オーガスタ叔母の家に強引に連れて行かれた瞬間から、生活の激変があっという間に始まる。
オーガスタ叔母から葬儀を終えたばかりの母がヘンリーの実の母ではないと告げられ、叔母がともに暮らしているワーズワースという黒人の偉丈夫に会い、彼に母の遺骨を一時預け、取り返して家に戻ったら「それはマリファナではないかと思われるのでサンプル分析させてくれ」という警察官が自宅をいきなり訪れる。
銀行員として手堅く生きてきたヘンリーにとっては、「激変」もいいところであろう。
今の「庭でダリアを丹精する」生活から引きはがそうとするのが叔母なら、引き戻そうとするのがミス・キーンと呼ばれる女性で、彼女は父親が亡くなって南アフリカの親戚を頼って移住するのだけれど、移住に当たって、移住先から、様々にヘンリーに相談を持ちかけたり、頼ろうとしたりする。
「どうしてプロポーズをしなかったのか、自分でも判らない」というヘンリーの台詞が切なく聞こえないのは、偏見かも知れないけれどやっぱりヘンリーの年齢のせいだろうか。
ヘンリーは、ロンドン近郊の海辺の街(だと思われる)ブライトンに出かけたのを皮切りに、オリエント急行に乗ってイスタンブールに行くことになる。
オーガスタの昔の知り合いであるアブドゥール将軍とやらの儲け話にオーガスタがすっかりその気になったのだ・・・、という風に見える。
一人50ポンドの持ち出し制限をかいくぐって、というよりも、堂々と賄賂で突破してパリにスーツケース一杯の現金を持ち込んだオーガスタは、そのままオリエント急行に乗ってイスタンブールを目指す。
ところで、このお芝居はロードムービーで、かつセットは4人が持ったトランクでそれらしく「電車」や「冷蔵庫」や「戸棚」などを見せるだけなので、「今どこにいるか」を示すために、天井から吊された「パリ」や「ブライトン」「サウスウッド」などの文字がライトで照らされる。
ライトで照らされるとこの文字がゆっくりと回ってどの方向からも読めるようにしているのはかなり芸が細かいと思ったのだけれど、それはそれとして、つまらないことなのだけれど、「トルコ」と「イスタンブール」が両方あるのは何だか納得がゆかない気がしたのだった。
オリエント急行で女子大生と知り合ったヘンリーだが、もちろんヘンリーなのでどうということもなく、無事にイスタンブールに到着する。
無事ではなかったのはオーガスタの方で、イスタンブールに到着するなりホテルに警察が押し寄せてくる。
ろうそくを灯した暗い部屋で警察を迎えたオーガスタは終始落ち着いていて、警察はオーガスタが持ち込んだ筈のお金を見つけることができない。
警察が帰った後でヘンリーが尋ねると、何と、灯したろうそくの中にパリで購入した金の延べ棒が入っているというではないか。
これだけでも、オーガスタのこれまでの人生の波瀾万丈鰤が判ろうというものである。
イスタンブールから帰ったときには、ヘンリーの関心はミス・キーンよりもオーガスタに移ってしまっている。
父親から引き継いだ本の間から、どうも妊娠しているらしいオーガスタが水着を着替えようとしている写真を見つけた辺りから、口にも態度にも出さないけれど、ヘンリーはオーガスタが自分の本物の母親なのではないかと考え始めたようである。
それもあって、ミス・キーンから結婚を勧められて困っているという手紙が届いたにも関わらず、オーガスタからの手紙に呼ばれてヘンリーは南米に出かけることを迷いなく選ぶのだ。というか、「選んだ」というそぶりすら見せなかったように思う。
休憩を挟んで舞台が南米に移ったためか、4人の服装がいきなりラフになっている。スリーピースのベストが消え、段田安則が赤、浅野和之が白、高橋克実が黄色、鈴木浩二がブルーの開襟シャツに替わっている。
スリーピースのときも格好良かったけれど、こういう格好もまた4人ともよく似合う。
アルゼンチンからパラグアイに向かう途中、船中で女子大生の父親(CIAの調査官の筈である)と知り合ったり、ワーズワースがわざわざオーガスタの指示で持ってきた写真の額を預かりに来たり、オーガスタの怪しい過去がどんどん現在に浸食してきていることが感じられ、ついには、家具も何もないようなでも大きな屋敷でオーガスタとヘンリーは再会する。
ヴィスコンティと暮らしているオーガスタは、ヴィスコンティが望むからとワーズワースを遠ざけようとし、ヴィスコンティは警察に捕まり、女子大生の父親は身分を明らかにして、戦時中にヴィスコンティが誰かから預かったまま返さなかったレオナルド・ダ・ヴィンチの描いたパワーシャベルの設計図を1万ドルで買い戻す。
どんどん、ヘンリーはオーガスタの世界に取り込まれて行く。
オーガスタの屋敷でパーティが開かれ、ヘンリーは、街の警察署長の娘だという14歳の少女に引き会わされる。
オーガスタとヴィスコンティが結婚するのだという。
ヘンリーは庭を散歩していてワーズワースが亡くなっていることに気がつく。
そして、ヘンリーはオーガスタの世界に留まることを決める。
ヘンリーの決断を知って、「生みの母という呪縛はそんなに大きいのか?!」と思った私は、もしかしてこのお芝居をちゃんと観ていなかったのかも知れない。
ここは、ヘンリーが「堅いだけ」の人生を卒業して、60近くになって初めて「己の真実の姿」に気がつき取り戻したのだと思うべきところだったらしい。
でも、同時に、オーガスタに振り回され感化されたヘンリーをそう捉えるのは、母親というものに強く呪縛された男性が書き演じ解釈するからなんじゃないかという気もしたのだった。
結末をどう捉えるかはともかくとして、スピーディでスリリング、先の読めない充実したお芝居だった。
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コメント
しょう様、コメントありがとうございます。
本当に「叔母との旅」は舞台ならではの演出でしたよね。
あれをもしそのまま映像でやったらどうなるんでしょう???
舞台を見に行くと、割と、役者さん達をお見かけしますよね。
かなり前ですが、阿部寛さんをお見かけしたときは「やっぱり大きい」と思いました(笑)。
投稿: 姫林檎 | 2010.09.14 23:32
姫林檎さん、こんにちは。
叔母との旅、とても良かったですよねぇ。
明るくて、カラッとしていて、本当に堪能しました。
舞台ならではの演出って、やっぱり好きだなぁと、
再確認いたしました。
私が見た回は、マギーが来ていて同じエレベーターで
並んでのったのがなんだか嬉しかったです。
そして、彼は舞台で見る以上に小さかったです(^_^;
来年のシスカンパニーの演出のようですので、
そのために来ていたのかなぁなどと思ったのでした。
投稿: しょう | 2010.09.13 23:34
しょう様、コメントありがとうございます。
しょうさんは先週末にご覧になったのですね。
きっと、私が見たときよりもさらにチームワーク良く、呼吸の合ったお芝居がご覧になれたのではないでしょうか。
そして、すみません、「海をゆく者」って私は見たのだったっけ? と自分で自分のブログを検索してしまいました(恥)。
確かに、見てました(笑)。
うろ覚えの記憶ですが、とにかく「海をゆく者」は暗く、こちらは明るかった、というイメージです。
やっぱり私は明るく作り込まれたエンタメが大好きなようです。
投稿: 姫林檎 | 2010.09.13 22:23
姫林檎さん、こんばんは。
私の方は、11日の土曜日にようやく見てきました。
4人で何役もこなすとチラシに書かれていたので、
それも楽しみにしていたのですが、
主役を4人で語りこなすと言うのがまた新鮮で、
見ている間中気が抜けずに楽しかったですね。
まさに、演劇でしか成し得ない演出だと思って、堪能しました。
”海を行くもの”と同じ様に、男性ばかりで進行する舞台だったのに、
よりコチラの方にのめり込めたのは、
やはり女性がキーを握っていたからかもと思いました。
私もとても楽しめました!
ミス・キーンも、オーガスタ叔母さんも魅力的でした。
投稿: しょう | 2010.09.13 00:09