「表に出ろいっ!」を見る
NODA・MAP番外公演「表に出ろいっ!」
作・演出 野田秀樹
出演 中村勘三郎/野田秀樹/黒木華
観劇日 2010年9月10日(金曜日)午後7時開演
劇場 東京芸術劇場小ホール E列17番
上演時間 1時間20分
料金 7500円
ロビーでは、パンフレット(600円)、手ぬぐい、野田秀樹の著作などが販売されていた。
ネタバレありの感想は以下に。
客席は舞台をL字型に囲んでいる。
その直角に囲まれた舞台は、パステラーだけど極彩色なストライプに彩られている。ストライプで、パステルカラーで、でも10色くらい使っているように見える。壁も階段もストライプだ。
派手だし、非日常的である。こんな家では暮らせはしない。
当然のことながら、幕はない。
客電が落ちて、明かりが点くと、そこには中村勘三郎演じる父がいる。
しかし、中村勘三郎と野田秀樹が夫婦役で、娘役はオーディションで選ばれたダブルキャストだと知っているから「父がいる」と思うけれど、実際のところ、やはりパステルカラーの縞模様の生地で作られた着物を着て、お能のお稽古をしているような所作をしている勘三郎を見て、「父だ」と思う人は、そうはいないに違いない。
そこに、野田秀樹演じる母が現れる。
これまた、中村勘三郎と・・・、以下略。こちらの母もストライプのワンピースを着ている。クリクリのパーマで、アメリカンコミックに出てくる女の子のように、細く編んだ三つ編みの先っぽが膨らんでいる。
そして、この2人、今夜出かけるのはどちらかでモメている。
一緒に出かけようというのではなく、2人がそれぞれ別の理由で出かけようとしているらしい。そして、相手に留守番させようとする理由は、お手伝いさんもいないし、娘もいないし、飼い犬のピナ・バウシュが今夜にもお産をしそうだから、ということらしい。
ここでピナ・バウシュが有名なバレリーナだと知っていたらもうちょっと「飼い犬の名前だ」と判ったところで笑えたと思うのだけれど、「ペットらしからぬ名前だな」とだけしか思えなかった私には、犬だと判ったときのインパクトが薄かった。
勿体ない限りである。
そこへ、ちょっと立ち寄っただけ、という風情で、黒木華演じる娘のかなえが帰って来る。彼女だけ名前が判るのは、両親に「かなえちゃん」と呼ばれていたからだ。
そして、夫婦は揃って娘に「留守番して!」と頼むのだけれど、あっさりと断られる。
この後しばらく続く「留守番の押し付け合い」が可笑しい。
3人共が、それぞれ「自分の用事は重要だ」と言い合い、少しでも自分の立場を有利にすべく、2対1の多数派になるようにコロッコロと主張を変え、攻守を交代する。
それは、ピナ・バウシュが生もうとする命をどう考えるかという問題だったり、友情の問題だったりしていたのだけれど、話すうちに次々とボロが出始めて、父はディスティニーランドのパレードを見たいからという理由だし、母は、小さい男の子たちのグループであるジャパニーズのコンサートに行きたいからという理由だし、娘は、クックというハンバーガーショップで売り出されるオマケが欲しいからという理由だと判る。
ちょっとエラそうな理由を言ったり、相手をなじったりしていたものだから、気まずさ大爆発、というところだ。そしてまた、こういうとき、嵩に懸かって相手をなじらせたら中村勘三郎と野田秀樹の右に出る者はいないのじゃないかと思われる。でも、同時にこの親子、なかなかしぶといのだ。
ディスティニーランドにはマッキーミウスがいたり、ジャパニーズというグループの歌う歌のタイトルが世界で二つ三つの花だったり、ご丁寧にこの一家がそれぞれ「何に」ハマっているかを念押しされるのも可笑しい。
そしてまた、このテーマパークにハマる20歳の娘がいる父親も、このグループの追っかけになる20歳の娘がいる母親も、ファストフードのおまけをコレクションする20歳の娘も、普通にいそうなところが怖い。
父親は能楽師だし、母親は変わった髪型をしているし、娘はまあどこにでも居そうだけれど、家庭なのに非日常なこの3人家族が、実はどこにでもいそうな人たちの集まりだというのは、結構コワイ。
もっとも、そんな感想が浮かぶのは、父親が2階の窓から飛び降りて家を抜け出そうとしたからではなく、3人がそれぞれ犬用の鎖で相手をつないで外出できないようにしたからでもなく、娘の携帯を思いっきり父親が破壊していたからではなく(携帯電話を破壊するシーンは、野田秀樹の別の芝居でも見たことがあるように思う。野田秀樹にとって、携帯電話は手っ取り早く何かを象徴させ得る存在なんだろう)、オマケ欲しさにファストフード店に並ぼうとしていた筈の娘が、かかってきた電話で「今夜9時に世界が終わる」と言い出し、しかもそれを言っているのが書道教室の先生だと言ったからだと思う。
元々、このお芝居は(恐らくはわざと)素やスキを見せているように演じた中村勘三郎と野田秀樹のおかげで、特に前半は笑いっぱなしだ。
でも、この「書道教室」の話が出たときにも客席から結構大きな笑いが起こったのを聞いて、「ザ・キャラクター」を見た観客がかなり多いのだな、と余計なことを考えたのだけれど、このお芝居はどうやら、「ザ・キャラクター」の裏側というか別バージョンというか、書道教室に通っていた若者のうちの1人の家庭を見せている芝居という意味も持っていたらしい。
そういえば、父親も母親も、それぞれ自分がハマっているものについて「信仰だ」「宗教だ」という表現をしていたし、娘がハマっていたのは、まともに「宗教(と名乗るもの」である。
そう気がついたとき、今まで自分が散々笑ってきた分、ゾッとした。
そして、この背筋が薄ら寒くなる感じこそが、このお芝居の目指したところなんじゃないかという感じがした。
母が娘を身ごもったときに父親が最初に「どうしよう」と言った、ということを、母はずっと根に持っていたらしいのだけれど、そのことを娘はこの日まで知らなかったし、父親が出かけると母親は毎日のように舌を思いっきり出して見送っていたし、そのことを「今夜9時で世界が終わる」と信じている娘はわざわざ両親に話しているし、この家族はやはりどこか「普通に」壊れている。
その、特殊である筈のことがどこにでもありそうだ、というバックグラウンドがあって、そうするとやけにこのお芝居がリアルである。
娘が、「教祖さまにいただいた」という薬らしきものをロケットペンダントから取り出し、水に溶かして飲もうとする。それは「生まれ変われる」薬なのだそうだ。
娘が「私は教祖様を信じて生まれ変わるためにこの薬を飲む。だから、お父さんも飲め。」と言いつのり、父は最初は「それはただの毒で、生まれ変わるなんて言って死んじゃうだけだ」と言い張っていたのに、いつしか「勝負だ!」ということになってしまう。
冷静ではないけどしぶとい母が「その理屈はおかしい」と2人を止めさせようとするけれど、この似たもの親子はそんなことで相手に背を向けるわけには行かないのだ。
その粉を入れた水を煽る娘。
両親はそのときだけ協力体制を築き、救急車を呼ぼうとするけれど、娘の携帯も家の電話もとっくに父が壊してしまっている。足をつないだ鎖の鍵は手の届く範囲にない。能楽師の父のために完全防音を施したこの家はドアが閉まっていればいくら叫んでも外には伝わらない。
つまり、娘のために救急車を呼ぶことも助けを呼ぶこともできないのだ。
ライトが黄色一色になり、セピアというよりは「ただ色あせた」感じになった舞台上の3人が不気味である。
実は娘は死んだ振りをしていただけだということがすぐに判るのだけれど、その娘に指摘されて、両親は「このままでは水1杯呑めない」ということを認識する。
「助けは呼べない」のだ。
舞台が暗くなり、チャリンと鎖の鳴る音がすると時間が流れたことが判る。
3人はどんどん弱って行く。
娘は自分の教祖様を疑い、両親は「ここで助けてくれるならお前の教祖様を信じる」と言う。
こういう会話を聞いていると、そういえばピナ・バウシュはいつ子犬を産むのだろう、などということを思うのではなく、村上春樹が何かのエッセイで「人は雨に打たれるだけでどれほど弱くなるだろう、これ以上雨に降られたら宗教を信じるようになるかも知れない」という趣旨の言葉を書いていたのを思い出す。
そして、何日目かの朝、家のドアを開けた男がいた。
「どうしてドアを開けたんだ」という質問に「鍵が開いていたから」と答え、「誰もいないと思ったから」と男は答える。
正体は泥棒か。
しかし、父は「とにかく水をくれ、ここで助けてくれるなら、紙でも泥棒でも構わない」と言う。
ここで幕である。
さて、この後、この泥棒はどうしたのか。
それは、観客に委ねられた。
一家を助けたのか、水を渡したのか、鎖に繋がれているのをいいことに家の中を物色して助けずに逃げ出したのか。
もしかすると、父と母と娘の3人のそれぞれが別の(こう言っては何だけれど)実生活の役には立たないものどもに執着している、不自然な筈なのによくあることのように思い込んでいる状況のその先に来るものは何か、という問いかけのお芝居だったのかも知れないと思った。
こう書くと随分とシニカルでシリアスな感じが想像されるけれど、1時間20分のうち、笑っていた時間が(それも手を打って笑いたくなるような時間が)多くを占めていたのは間違いない。
中村勘三郎と野田秀樹の「両親」に挟まれて、黒田華はいかにもな感じの「現代っ子(という言い方がすでにして古いような気がする)」を臆することなく演じている。
可愛い。
どこがどうとは説明できないけれど、ふっと、「農業少女」の多部未華子を思い出したのだった。
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