「ポテチ」を見る
「ポテチ」BS-TBSプロデュース
原作 伊坂幸太郎
作・演出 蓬莱竜太
出演 星野真里/加藤晴彦/岡本麗
山本亨/伊藤毅/梨澤慧以子
観劇日 2010年10月16日(土曜日)午後2時開演
劇場 青山円形劇場 Aブロック5番
上演時間 1時間35分
料金 6500円
伊坂幸太郎の原作を未読のまま見に行った。「フィッシュストーリー」という短編集に収録されているらしいので、これから読んでみようと思う。
ロビーでは、星野真里が最近出版したエッセイ集が販売されていた。
ネタバレありの感想は以下に。
そういえば、先週の土曜日にも青山円形劇場に来ている。
先週よりもどちらかというと円形劇場らしい舞台で、自分が正面に近い席に座っていた性もあるかも知れないけれど、正面は判るけれど正面にそれほど影響されない舞台装置だったと思う。
中央に大きな丸テーブル、その周りに様々な家具や家電が並んでいる。フェンスがあって、その外にベンチがあり、街灯が立ち、枯れ葉が散っている。
そして、そうしたセットのすべてがかなり「ぺったり」としたペパーミントグリーンに塗られている。ペパーミントグリーンの家具がある、のではなく、家具がペパーミントグリーンに塗られている、という印象だ。
役者の出入りは、正面奥(と一応言うことにする)に設けられた門のような入口から行われ、その手前に丸椅子が4脚置かれて、そこで円形の舞台上にいる役者と会話するシーンもあれば、どちらかというと「待機」という感じで場には参加せずそこにいるシーンもある。
最初のシーンは、加藤晴彦演じる今村が、テレビで野球中継を見つつ、漫画(文庫サイズなので、最初は小説を読んでいるのかと思ったけれど、考えてみれば小説を積み上げて読む人はそんなにはいない)を読んでいるところである。
そこに、星野真里演じる大西がやってきて「真面目に仕事をしろ」と怒っているの半分、呆れているの半分で見下ろす。
「言っとくけど、その双子の弟、死んじゃうから」という大西の台詞で、「タッチ」を読んでいるのね、と判った人はさてどれくらいいるのだろう。「初めて読む」という今村の方が多数派なのかも知れない。
「まだ試合が終わっていないから大丈夫」と言い張る今村に、一体何が大丈夫なんだろうと思っていると、どうもこの2人は、野球選手の家に空き巣に入っているらしいということが判ってくる。
大西が「私はあなたの仕事をしている姿が見たいんだけど」などと言うものだから、すっかり騙されてしまった。
そして、時が巻き戻り、今村と、山本亨演じる黒沢が別の誰かの家に空き巣に入っているシーンに変わる。
黒沢は寛いでコーヒーを入れて飲んでみたり、手袋をしていたり、一言で言うと「プロ」の風情である。今村や大西のにわか仕立ての感じとは全く違う。
そこは、結婚詐欺スレスレのことをやっている男の部屋のようだ。電話が鳴り、大西がいないと判っている相手の留守電に「自殺するけど、あんたのせいじゃなくて、全部が面倒くさくなっただけだから」と吹き込んで切ってしまう。
「放っておけ」と普通に(無理して言っている風ではなく)言う黒沢に、今村は寝覚めが悪いとリダイヤルする。今村の人の良さなのか、とにかく、今村が判るシーンである。何しろ、「俺はキリンに乗ってそこまで行く。キリンに乗った俺を見ずに死ぬのか」というのが、大西の居場所を教えろと言う今村の切り札の台詞なのだ。
とにかく、今村が判るシーンである。
そして、今村と大西は一緒に暮らし始め、空き巣でもコンビを組むようになったようだ。
2人で空き巣に入ったのは野球選手の家で(名前ももちろん呼ばれていたけれど、どうしても思い出せない)、今村ははっきり言わないけれど、観客には、その野球選手と知り合いなことはバレバレだし、今村が野球とその選手とに並々ならぬ執着を持っていることもバレバレだ。
ひょうひょうとしているというのか、掴みどころのない、でも声を荒げたりすることはせず、意識せず微妙にポジティブシンキングに徹している今村が、大西の「ホームランなんて単にボールを遠くに飛ばすだけじゃん」という台詞には反応するのだ。
空き巣をするでもなく今村が「タッチ」に夢中になっていると、若い女から「コンビニに呼び出された。助けて欲しい」という内容の電話が入り、留守電で聞いた2人は(というよりも、行くのだと言い張る今村に大西が根負けした感じではある)、コンビニに出向く。
空き巣中の留守番電話というのは、少なくともこのお芝居では鬼門なんだろう。
確かに若い女はいたし、野球選手に電話をかけたことも認めたけれど、何だか様子がおかしいまま逃げ出してしまう。
今村は、彼女を呼び出したらしい車のナンバーから持ち主を割り出すのだけれど、どうも、その持ち主と若い女は付き合っているらしいことがわかる。
そういえば、今村が車のナンバーを調べに陸運局に行った朝、起き抜けすぐに出かけた今村に、アパートに残された大西が「朝飯くらい食って行けよ、初めて作ったんだから」と呟くのが可愛い。
星野真里というと勝ち気な役、という感じで、勝ち気ではない人物を演じている星野真里をイメージできなくなっているような気すらするのだけれど、この大西もやっぱり勝ち気な役である。
大西は、自殺を思いとどまったものの、それでも「今でも死ぬことは怖くない。これは、死ぬまでの時間つぶしだ」とうそぶくような女の子である。
とすると、このつぶやきは、彼女の変化の象徴だったんだろう。
実際、その後に様々なことが立て続けに起こる。
アイスに名前を書かなかったと怒る今村に大西が呆れていると、黒沢が、今村は産院で取り違えられた赤ん坊なのだと大西に告げる。
岡本麗演じる今村の母親から電話があり、大西は出かけて行ってショッピングを楽しみ、酒を飲み交わす。
若い男を懲らしめにアパートで待ち伏せしたが、野球選手を騙そうとしたことを認めて悪びれない2人に今村が切れて男を散々に蹴ってしまう。
大西は今村を何とかアパートから連れ出し、黒沢に出会う。
今村のアパートに戻った3人は、今村の母親に待ち伏せされる。
今村と母親と大西と3人で飲みに行き、大西は今村と取り違えられたのがその野球選手だったことを知る。
今村のように、表面上穏やかなひょうひょうとした奴ほど、ぐるぐるどろどろとしたものを抱え込んでいるんだな、と思う。
その抱え込み方は、ある種、パターンのようにも思うのだけれど、私にはこの今村の気持ちの動きが今ひとつよく判らなかった。
そして、さらに安易なことを言うと、それは世代の差なんじゃないかという感じがした。
今村と母親と大西と黒沢と4人が今村のアパートに集まり、出前の夕食を待っている。
今村と母親の2人がテレビの野球中継にかじりついている。
そんな2人はストップモーションになり、黒沢は大西に、今村が自分が取り違えられた赤ん坊だと気がついたのは、黒沢が母子の健康診断を今村に勧めたからだということが判る。
黒沢は、今村が懲らしめた若い男女を使って、野球選手に今日の出番があるよう仕組んだことを告白する。
母親は、「塩味のポテトチップとコンソメ味のポテトチップを取り違えた」ことを怒るが、「食べてみると塩味のポテトチップも美味しかった」と話し、今村は泪を流す。
そして。
代打で出てきた野球選手は、ここ数年のスランプが嘘のようなホームランを打つ。
大西が「単なる小さいボールが遠くに飛んだだけなのにね」と呟く。
そこで幕である。
母親は、今村が取り違えられた赤ん坊であることを知っていたのか、そして取り違えた相手の赤ん坊がこの野球選手であることを知っていたのか。
この豪快で繊細な母親だったら、知っているんじゃないかという感じがする。
でも、気がつきそうになっても、気がつかないことに決めているんじゃないかという気もする。
大西の「死ぬことが怖くなくなった」「人生、いいことがあって、いやなことがあって、ただそれだけじゃないか」という言葉を、肯定もせず、否定もせず、ただ受け止めていた彼女なら、何でもありな気がするし、大丈夫という安心感がある。
黒沢の正体も、見ている間、ずっと気になっていた。
穏やかな物腰、人や世間から一定でかつかなり遠く離れた距離を保ち続ける姿勢、様々な知識と技術に長けているのではないかと思わせる雰囲気。
登場は空き巣だったのだけれど、単なる空き巣じゃないよね、という雰囲気は常に漂う。
今村母子の時を止めて大西と会話していたとき、「面倒を見ると決めたら、徹底的に相手のことを調べる」と言っているのを聞いて、黒沢は死に神(すぐ殺しちゃうのではなく、死ぬまでつきまとうというか、寄り添う感じの死に神)なんじゃないかと思ったのだけれど、どうだろう。
解決はついていない。
多分、明日からも同じような日常が続いて行く。
それでも、野球選手がホームランを打って良かったし、今村が母親の言葉に泣けて良かったし、大西がホームランを喜べて良かった。
そんなお芝居だった。
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