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2010.11.28

「やけたトタン屋根の上の猫」を見る

「やけたトタン屋根の上の猫」JAPAN MEETS・・・ -現代劇の系譜をひもとく-
作 テネシー・ウィリアムズ
翻訳 常田景子
演出 松本祐子
出演 寺島しのぶ/北村有起哉/銀粉蝶/三上市朗
    広岡由里子/市川勇/頼経明子/三木敏彦/木場勝己
観劇日 2010年11月27日(土曜日)午後1時開演
劇場 新国立劇場小劇場 D5列9番
上演時間 3時間(15分の休憩あり)
料金 5250円

 前は、新国立劇場で芝居を見ると、月ごとの上演演目を紹介したリーフレットのようなものが配られたと思うのだけれど、今回はなかった。
 たまたまだったのか、緊縮財政でそうしたものを作らなくなってしまったのかは不明である。

 ネタバレありの感想は以下に。

 大きなお屋敷の2階に、その夫婦の寝室はある。
 舞台のど真ん中にその部屋をしつらえ、壁は素通し、ドアや窓は作られて、部屋の外の廊下や階段、ベランダなども見えるようになっている。
 どうもこのお屋敷では今、何かのお祝いが行われているらしい。
 着飾った妻が戻ってきて「子どもに汚された」と着替え始め、足を怪我しているらしい夫はシャワーを浴びてガウンに着替えている。

 寺島しのぶ演じるこの妻の勢いが凄い。
 北村有起哉演じる夫ブリックの兄夫婦をこき下ろし、兄夫婦の5人の子供達をこき下ろす。ほとんど機関銃のようにしゃべりまくっていて、一方の夫は「**だね、マギー」とやけに落ち着いた声で返すだけ。返事はしているけれど誠意はなく、心ここにあらずといった感じである。
 最初のうちは、「この妻の相手をしなくちゃならないなら、そりゃあ、適当に返事をするようにもなるさ」と思っていた。

 何しろ、このマギーの話題というのが、兄一家の悪口につきるのだ。
 曰く、兄夫婦は5人も子どもが居るのをいいことに、子どもを産んでいない自分に嫌味を言う、兄夫婦はこの農園を乗っ取ろうとしている、兄夫婦の子供達はしつけがされていない・・・。
 要するに、財産のことと、兄一家の悪口以外の話題はほとんど出てこないまま、もの凄い勢いでしゃべり続けるのだ。

 そうこうするうちに、ブリックはフットボールか何かの選手で、しばらく解説の仕事をしていたのだけれどそれも止めてしまったこと、ブリックの足の怪我は高校の校庭でハードルを跳ぼうとしてコケた結果であること、夫の父親には「検査の結果、過敏性腸症候群だった」と伝えてあるけれど実は末期癌であること、ブリックはほとんどアルコール依存症一歩手前であること、この夫婦に「夫婦の関係」は一切ないこと、などが判ってくる。
 そして、この夫婦の間には何かもの凄く大きな溝というか傷があることも判るのだけれど、それが何かは判らない。
 マギーもブリックもその「傷」には触らないようにしゃべっているからだ。それでも、ブリックのチームメートだった男がそこに絡んでいることは伝わってくる。

 他にも登場人物はいて、廊下を行き来したり、声が聞こえてきたり、時々部屋に飛び込んできたりするのだけれど、1幕目はほとんどこの夫婦の二人芝居のようにして進んで行く。
 「やけたトタン屋根の上の猫」というタイトルは、この夫婦の話し合い(というか、マギーが一方的に夫を責め、愛を求めているように見える)の中で、マギーが自分を評して言う言葉である。そんな芝居がかった台詞をどうして夫婦間で使わなければならないのかと思うけれど、要するにそれくらいこの2人は離れているということなんだろう。

 休憩後、やっぱりこの夫婦2人のシーンから始まったので、「この二人芝居が最後まで続くのか?」と思ったら、そうではなかった。
 階下でブリックの父親の誕生パーティーをしていたのだろう人々が次々と夫婦の寝室にやってくる。
 木場勝己演じる父親、銀粉蝶演じる母親、三上市朗演じるブリックの兄グーパー、広岡由里子演じる兄嫁のメイ、その子供達5人、父親の検査結果をもたらした医者に、牧師と雑多な人々が現れる。
 ここで、マギーとメイのさや当てがもの凄い。マギーが芝居の前半であれだけ兄一家の悪口を言うのもむべなるかな、というくらいの陰険さである。
 こういう、ある意味「品のない」女性を演じさせたら広岡由里子はもの凄く上手い。

 父親は、「検査結果は異常なし」と言われて浮かれているし、我が儘にもなっているように見える。
 元々が家族を大切にしてきたタイプとも思えないのだけれど、ますます「やりたい放題にやる」ということを決めたように見受けられる。
 妻を傷つける言葉を平気で言うし、グーパーについても同様である。

 それが、次男のブリックに対する愛だけは本物らしい。
 愛と言うよりも「気に入っている」だけなのかも知れないのだけれど、とにかく、命長らえた父親は、このお気に入りの次男をどうにか立ち直らせようと決心したらしい。
 自分の病気にかまけて、息子がアル中そのものになっていることを反省し、かつ、激しく憤ったようだ。

 そうして、今度は、父親と息子との二人芝居の様相を呈してくる。
 この2人が話し合ううちに(それよりも、やっぱり夫婦の話の中から浮かびあがらせていたようにも思うのだけれど、この辺りはもう記憶が曖昧である)、ブリックは学生時代のフットボールのチームメートと非常に仲が良かったこと、そのチームメートが亡くなってからブリックがお酒を飲み始めたことなどが明らかにされて行く。
 そして、突然ブリックが荒れ始め、父親に向かってあなたは自分とそのチームメートの男とがホモの関係だった、そんな汚れた関係だったと思っているのかと激高する。
 そこがブリックの「超えられない一線」だったらしい。
 そして、マギーがそのことをチームメートの男に告げ、彼と寝たことで、その「親友」は酒浸りになり、麻薬に溺れ、死んでいったのだと叫ぶ。
 ブリックがマギーと「ただ暮らしている」生活を送っている理由はそこにあったのだ。

 この辺りが、「やけたトタン屋根の上の猫」という作品があまり上演されてこなかった理由なのかなと思う反面、このくらいだったら(というのもブリックやマギーに対して失礼だけれど)それほど何というか上演を避ける理由にもならないんじゃないかなという感じがした。
 「古い」という感じはもちろん受けないのだけれど、かといって、「この作品が受け入れられるには、今まで待たなくてはならなかった」というほどの斬新さというのか、強烈さは感じない。
 とすると、「欲望という名の電車」や「ガラスの動物園」ほどの知名度をどうしてこの芝居が持たないのか、何となく謎である。どちらかというと、これらの2作品よりも、私にとっては、こちらの方が取っつきやすかった。

 父親が、ブリックにお前が酒を飲む理由が判ったと告げるのだけれど、それを言おうとしたとき、逆にブリックが父親は末期癌で余命僅かであることを言ってしまう。
 それだけ、父親が言おうとしていたことが致命的というのか、真実に近かったということは判る。
 ところが、父親は「助かった」と思っていたところへのこの宣告がショッキングだったようで、それ以上息子と関わることを止めて、ふらふらと部屋を出て行ってしまう。
 結局、観客には「ブリックが酒を飲むようになった理由」は明確には告げられない。「ブリックが親友の愛を受け入れられない」あるいは「ブリックが親友の愛情を汚い物と感じたことが相手に伝わってしまった」ことが、親友の死を招いたのだ、ということだとは思うのだけれど、その話はここで消えてしまう。

 そうして、母親に父親の余命のことを伝えた兄夫婦が遺産分割について書類をまとめてしまおうとするけれど、その浅ましさはあっさりと見抜かれて、母親にキッパリと拒否される。
 そして、「末期癌だ」ということを知らされた父親は、恐らくは知らされたことによって、痛みを強烈に感じ始め、叫び声を上げ、母親はモルヒネを打つことになる。
 一方、そうした状況をよそに、マギーは「妊娠した」という嘘を本当にするために抱いてくれとブリックに迫り、それをブリックが拒否しない、というところで幕が下りる。

 怖い。

 「どうしてそうなったのか」ということは、実は私にはよく判らないのだけれど、何だか非常に怖いお芝居だなという感じがした。
 この豪華な俳優陣と、恐らくは演出の方向のおかげで、非常にテンポ良く現代的に見せられているのだけれど、この芝居の本質というか基本となる筋は「恐怖」にあるんじゃないかという感じがした。

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コメント

 あるーいのん様、コメントありがとうございます。

 北村有起哉さんがお好きなのですね。
 私は、今回、久々に拝見して「こんなに声のいい人だったかしら」と聞き惚れていました(笑)。

 あるーいのんさんからコメントをいただいて、自分で感想を読み返してみたのですが、すでにどうして「恐怖」がこのお芝居の基本を貫いているんだなと思ったのか、すっかり忘れ果てておりました・・・。
 どうしてだったかしら。
 でも、書いた時点でそう思っていたことは間違いないです。
 いい加減な感想ですみません。

 はらぺこペンギンという劇団のお芝居はまだ拝見したことがありません。
 ぜひ感想などお知らせくださいませ。

投稿: 姫林檎 | 2010.12.02 23:46

こんにちは。またおじゃま致します。

実は私、北村有起哉さんのお芝居が大好きで
このお芝居も2回、観に行きました。
1回目は、寺島しのぶさんの怒濤の台詞の嵐に
北村有起哉さんや物語の本質をみぬく....なんて余裕は全くなく
観終わった時に、軽く疲労感を覚えたような。

で、2回目までに2週間ほど空いていたのですが
その間、ワクワクして待つ....というより、なんだかよくわからない
気持ちが渦巻いていて。

でも、姫林檎さんの文章を見て、確信しました。
そう、「恐いもの見たさ」の気持ちだったんではないかと!
あー、すっきりしました。

時代背景や性に対するタブー感、といったものが
現代にはピンとこないのかもしれませんね。
でも、私個人的には、あの感じ、癖になりそうです。

でもとにかく、新国立劇場の感じと、舞台セットには
どのお芝居を見ても「すてきだな〜」と素直に思わされます。

また、遊びにこさせてもらいます!
追伸:私事ですが、はらぺこペンギンの「野球なんて大嫌い!」を
   あさって観に行ってきます〜。初体験劇団です!

投稿: あるーいのん | 2010.12.01 10:16

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