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「カーディガン」
作・演出 田村孝裕
出演 中井貴一/市原隼人/中尾明慶/石橋杏奈
菊池均也/伊藤俊輔/外山誠二/キムラ緑子
観劇日 2010年11月20日(土曜日)午後2時開演
劇場 パルコ劇場 J列31番
上演時間 2時間
料金 7500円
開演の結構ギリギリに駆け込んだので、パンフレット等のグッズ売場をチェックしそびれてしまった。
ネタバレありの感想は以下に。
サイトの「STORY」によると、交換輸血をした中井貴一演じる心優しいサラリーマンの田中と、市原隼人演じるヤクザの三樹夫は、手術後、10日余りたったところで、胸毛が濃くなるという体質の変化に見舞われるのと同時に、耳鳴りがするなど精神的な変調も起こる。
回診にやってきた院長は、交換輸血をすると人格が180度変わることもあると説明し、耳鳴りのたびに田中は強気に出るようになり、三樹夫は付き合っていた女の子に突然優しくなってしまう。
さて、という物語だ。
ここで、見終わってから「交換輸血」というのが、全ての血液を入れ替えるという治療法だと知った私は、何だかちょっと損をした気分である。
お芝居の中でも「交換輸血」という言葉はさりげなく使われていたと思うし、「交換輸血とはなんぞや」という説明もなかったように思う。あるいは聞きそびれただけなのかも知れないのだけれど、これだけキーになる言葉なのだから、もうちょっと訳ありげに説明しておいて欲しかった。
血液全てを入れ替えることだと知っていたら、もうちょっと、田中と三樹夫の「自分は人格が全く変わってしまったかも知れない」という思いに共感できたようにも思う。
田中は、信号無視をして道路に出たところを、トラックだか何かに引かれ、右足を骨折してしまったらしい。
一方、三樹夫は、交差点でナイフで刺されて入院しているようだ。
この2人の出会いが、2人部屋をシェアしていて、競馬中継を大音量で聞いている三樹夫に田中が「もう少し音量を絞って欲しい」とおどおどとお願いし、最終的に「音を消す」状態まで持って行ったところで逆に前よりも大音量を流される、という判りやすくお約束の反応をされるというのがいい。
そうしたやりとりの後でやってきた、キムラ緑子演じる田中の妻弘美が恐れ気もなく、三樹夫に「音量を絞ってくれ」と言うのも可笑しい。
田中の普段の生活や、この夫婦の力関係がこのエピソードだけでもよく判る。
田中は非常に小心な感じで、実は先月にリストラされていたのに妻には言えないままでいる。
また、田中夫婦は長い間続けていた不妊治療を最近、諦めたばかりのようだ。
弘美はテキパキと強気な女、田中はおどおどと小心な男、そしてそうした優しい男にはカーディガンがよく似合う。
逆に、三樹夫は、いわゆる「経済ヤクザ」といった感じで、舎弟の公平が自分を刺した犯人を捕まえ損ねたと聞いて制裁を加えようとし、田中が自分をひいた運転手について「慰謝料はいらない」と言うのを「俺に頼め」と2割の手数料で多額の慰謝料を分捕ってやると息巻く。
そこへ、耳鳴りが始まり、2人揃って胸毛が異常に生えてきて、院長が「交換輸血で人格が変わる」などという話をしたものだから、2人は突然いつもと正反対の行動を取り出す。
田中は、妻に「お前はいつでも自分の思い通りにする」と不満をぶちまけ、怒鳴りつける。
三樹夫は、石橋杏奈演じるやってきた恋人が「妊娠した」と言うのを聞いて、突然に足を洗うと言い出す。恋人が編んだというカーディガンを着始める。
この辺の、対照的な2人が対照的な行動を取り始める辺りは、いかにもステレオタイプな「演じ分け」なのだけれど、それが却って笑いを誘う。可笑しい。
まるで2人が入れ替わったかのようだ。
そうこうするうちに、田中は自分の足が完治することはないと聞いてショックを受け、自分をひいた運転手にとんでもない額の慰謝料を要求する。
三樹夫は「田中の慰謝料取り立て」の仕事をオークションにかけたものの(そのオークションの手数料が彼の主な収入源らしい)、流石にその金額はやり過ぎだと田中を諫める。
そうして、田中を引いたいかにも気弱そうな若者は、借金がかさんで、三樹夫の舎弟である公平に「借金をチャラにしてやるから、三樹夫を刺せ」と言われてそのとおりにしたのであり、そして慌てて逃げる途中で田中を引いてしまったのだということが判る。
三樹夫の「オークション業」はかなり危ない橋を渡っており、ヤクザの親分が公平に命じて三樹夫を始末しようとした、というのが真相らしい。
一方の田中は、リストラにもあって自殺しようとして車に飛び込んだのであり、だから慰謝料を請求することはできないと思ったものらしい。
この辺りの収束の仕方は見事で、おぉ、カタルシスだよ、と思ってしまった。
そして、田中が売り言葉に買い言葉で弘美に離婚を突きつけた直後、看護師が「院長」を看護師が怒鳴りつけるところを目撃する。
田中が恐る恐る尋ねると、「院長」は院長などではなく、実は、ヒマを持て余した患者が自称していただけで、もちろん「交換輸血をすると人格が変わる」などというのも与太話だということが判明する。
そう聞いた2人の間の抜けた表情が可笑しい。
さらに、胸毛が元通りになったことを確認して顔を見合わせる2人の表情がもっと可笑しい。
それなら、「耳鳴り」は何だったんだとか、夜中にもやってくる院長なんておかしいと思ったんだよとか、色々と頭を駆け巡る。
でも、よし、オチもついた、という感じがして、暗転で思わず拍手してしまった。
しかし、この暗転が長いのが工夫なのかあざといのか微妙なところなのだけれど、ここでこのお芝居は終わらない。
暗転の後、弘美と遙がひなたぼっこをしている。
弘美が「100着以上ある」という田中のカーディガンを遙にプレゼントしたところ、遙はあっさりと「フリマで売る」と宣言する。アワアワする弘美も可笑しい。こんなに動揺している弘美って初めてではなかろうか。
弘美は「カーディガン」の意味を遙に語る。ギリシャ語だという説明だったか、カーディアは「心」、ガンは文字通りの銃で、心を開く、心を開け、という意味なのだという。
優しい田中は、でもそれは心を開いていないということで、「心を開け」と念じ続け、弘美が田中にプレゼントしたカーディガンは100着以上になってしまったのだという。
そりゃあ、不幸だったことだろう。
交換輸血で田中の性格は変わらなかったけれど、でも、「変わったつもり」になったことで、「もうちょっと自分の言いたいことを言おう」と決心したのだから、きっとこの2人は弘美の考える「共有」ができる夫婦になるに違いない。
可愛い遙ちゃんも、カーディガンをフリマへ、という発想から判るように、可愛いだけの女の子ではないらしい。妊娠を三樹夫に告げていたのだけれど、それは真っ赤な嘘だと言うし、「大丈夫?」と心配する弘美に「私、嘘泣きも得意ですから」と気負うでもなく言い放つ。
弘美が首を振り振り「凄いわ」と言いたくなる気持ちもよく判る。
組長に目を付けられている三樹夫が無事に堅気に戻れるのか、かなり不安なのだけれど、この強かな女の子がついていれば大丈夫だろう。
ここで幕としたのは大正解だったろう。
(いい意味で)やられた! という気持ちになった、楽しいお芝居だった。
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