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「黴菌」
作・演出 ケラリーノ・サンドロヴィッチ
出演 北村一輝/仲村トオル/ともさかりえ/岡田義徳
犬山イヌコ/みのすけ/小松和重/池谷のぶえ
長谷川博己/緒川たまき/山崎一/高橋惠子/生瀬勝久
観劇日 2010年12月11日(土曜日)午後6時開演
劇場 シアターコクーン S列8番
上演時間 3時間25分(15分の休憩あり)
料金 9500円
ロビーではパンフレット(1800円)を始め色々と販売されていたけれど、かなり混雑していたのでチェックするのは諦めた。
コクーンのカフェは大抵、演目にちなんだメニューが用意されているのだけれど、今回は「ミネストロン」だったらしい。ちょっと飲んでみたかった。
ネタバレありの感想は以下に。
昨年の「東京月光魔曲」に続く、昭和三部作の第2作、という位置づけのお芝居である。
当初は「昭和”初期”三部作」の予定だったらしいのだけれど(あまりよく覚えていない)、この作品の舞台を昭和20年としたためか「初期」の限定が取り除かれての上演ということになった。
三部作の第2作だけれど、「東京月光魔曲」とはかなり雰囲気が違う。
それは、「東京月光魔曲」が、回り舞台を用いて、それこそ東京のあちこちを駆け巡る(というか、東京のあちこちであれこれやらかしている登場人物を追う)展開だったのに対して、こちらは、昭和20年のくせに異様に豪華かつ贅沢な洋館に舞台を限定し、そこの住人が家に出入りすることで物語が紡がれていくからかも知れない。
昭和20年にこれだけ裕福かつ贅沢な屋敷で豪奢な生活をしている一家なのだから、それは怪しいに決まっている。
「東京月光魔曲」の登場人物達とはまた違う怪しさである。
当主は姿を現さず、緒川たまき演じる愛人(でいいんだろう、多分)の若い女オトの口からその様子が語られるだけである。同じ家で暮らす息子達とは顔も合わせないらしい。
山崎一演じる長男は脳病院を経営し、生瀬勝久演じる次男は軍の要人の影武者を務めているらしい。三男は幼い頃に亡くなっており、北村一輝演じる四男はチャラチャラと遊んでいるのかとりあえず「男娼」ということになっているようだ。
長男には高橋慶子演じる妻と長谷川博巳演じるニートなのか引きこもりなのかよく判らない息子がいて、四男は、仲村トオル演じるオトの兄で当主の工場で働いていて足を怪我した男が「結婚する」と宣言していた、ともさかりえ演じる教師の女を妻にすると宣言する。
小松和重演じる別府という男は脳病院を退院してこの家で働き、池谷のぶえ演じる女もメイドとして働いている。
その家に、岡田義徳演じる調という兵役を逃れるために長男に偽の診断書を書いてもらった男と、犬山犬子演じるその妻がやってくる。
その「兵役逃れ」にこの夫婦はかなり罪悪感を持っているようなのだけれど(当時の世相からして、それはそうなのだろうけれど)、よくよく考えてみれば、この家には壮年の男が何人も居て、そして誰一人として戦争に行ってはいないのだ。
どれだけこの家が怪しげなのか判ろうというものである。
前半は、とにかく不穏である。
長男は、どうやら自分の経営する脳病院の患者らで人体実験を行っているらしいし、別府の友人であるみのすけ演じる権ちゃんも、調という男も、その被験者にさせられているようだ。そのことを長男の妻も知っているし、当の権ちゃんも知っているし、メイドまでもが知っているらしい。
そんなこととは知らない調夫婦はひたすらこの家に感謝して暮らしている。
そして、長男の「愛する物をどんどん厭うようになって行く」薬のせいで、この夫はどんどん妻を貶めるようになって行くのだ。
それなのに、ずっと変わらない健気な妻が意外なくらい犬山犬子に似合っている。
でも、不穏だ。
また、三男は幼い頃に亡くなっているのだけれど、それは上の兄2人が脳病院の鍵を盗み出し、忍び込む遊びをしていたところに巻き込まれ、患者に殺されてしまったということらしく、鍵を開けて忍び込んで鍵を閉め忘れていた次男は「弟が死んだのは自分のせいだ」と思っている。
そして、父親が離れに閉じこもりきりになって会おうとしないのは、弟を殺した兄2人を疎んじているからだと信じている。
これまた、不穏だ。
オトの兄が結婚するんだと決めていた女を横取りするような格好で結婚した四男、というシチュエーションの不穏さがいっそ普通に思えるくらいにこの家は端々まで不穏である。
真面目な小学校教師と男娼の男が結婚して上手く行くとも思えないわよねー、という不穏さは、四男が破滅的な性格に見える分、少しだけ危険に思える。
引きこもりっぽい長男の息子に、腫れ物に触るように接する父親、というシチュエーションは、山崎一が気弱さ全開で演じているせいか、ちょっと破滅に繋がりそうな不穏さではある。
とにかく、休憩前の「第1章」と「第2章」は、「漢字2字で表すとしたら絶対に”不穏”だわ」というくらい、不穏な予感が一杯だったのだった。
休憩後の第3章は、いきなり不穏さが消えた。
それは、多分、この家の崩壊が始まったからだと思う。これまで不穏さと一緒にバラ撒かれていた伏線が一気に回収されていく。
太平洋戦争が終結し、父親のやっていた軍需工場が軒並み不渡りを出し、この屋敷も人手に渡ることになった。本当に久しぶりに母屋にやってきてそのことを告げ、自分の余命が僅かであることを告げ、謝る。
その場に四男がおらず、代わりにオトの兄が「いて欲しい」と言われて立ち会ったということがまた不穏さの種とはなるのだけれど、この「オトの兄」という人物が声のデカイ、ひたすら人を疑うことのないような、でもあまり周囲に頓着しない人物なものだから、何というか不穏さを産むことはできない。
この人物を評して「いい人なのよ、色々取っ払えば」と四男の妻が語っているところをみると、そもそも彼女と結婚するということ自体、この好人物の思い込みだったんじゃないかという気がしてくる。
そうなると、この家の不穏さの種が一つ消えるのだ。
長男の息子はオトに引かれていたらしいのだけれど、オトが何というか随分と「こなれた」風の対応をしてしまうもので、ここでも不穏さが育つ予感がしない。
四男が帰ってきて、「自分をのけ者にして大事な話がされた」と怒り出すのはどうかと思うけれど、「兄からではなく、兄の妻であるフサからそのことを告げられた」ことに怒るのには共感する。
そうだよな、それはないよな、と思う。
その後、妻に当たるのには閉口するけれど、「産まれてから1回しか泣いたことはない」と言い張って、その1回は、兄が亡くなる日に可愛がっていた野良犬が行方不明になってしまったときだけだ、という話に「寂しい」「それは心では泣いていたということでしょう」と言う妻もなかなかいいし、その妻に「上野の戦災孤児に食べ物を与えていたという話は本当です」「世の中は広いのだから、嘘よりも本当のことを語ることが下手な人もいるのです」というメイドの話もいい。
しかし、これでは単なるいい話ではないか!
あの休憩前のひりひりするような不穏さはどこへ行ってしまったんだ!
そう思っていたら、子どもの頃を思い出した父親の白衣を着ていた息子を、院長だと間違えて別府が刺してしまい、妻をひどく悪く言うようになった調を見てとうとう長男の妻が「もうこんなことはたくさんだ」と夫をなじる、次男が影武者を務めていた軍部の要人が逃げてきて、電話で妻が亡くなったことを知って自殺する、これでもかというくらいに裕福で豪華で贅沢だった筈の家が崩れて行く。
でも、この崩れ方は、意外なくらい不穏ではないのだ。
どうしてなのか、謎だ。
最終章は、やけに穏やかである。
何故だか兄弟3人が仲良くなっている。暮らしていた家を明け渡し、バラバラになると決まったら、突然、仲良くなってしまったらしい。まあ、よくあることである。父親の余命も知り、揃って見舞いに行くこともできるようになったらしい。
長男の息子も、てっきり死んでしまったと思ったのだけれど、入院して快方に向かっているようだ。
調の治療も進んだようで、少なくとも穏やかになっているし、夫婦仲も良くなっているようだ。
何だかみなが、収まるべきところに収まった、という風情である。
メイドの女性が実はもの凄い豪邸に住んでいたお金持ちの娘で、この家を買い取ったというオチも出来すぎているような気がするけれど、大勢に影響のない「ご都合主義」は楽しいので緩そう。
最後、父親のカメラを使い、兄弟3人で記念撮影をしようとしたところ、次男がフィルムを入れていなかったことが判って戻ってくる。
そして、珍しく3人で昔のことなど話しているときに、三男は、四男が探して泣いていた犬を追いかけて病棟に入り込み、そこで亡くなったことが語られる。
それを聞いた四男は「どうしてそれを早く言ってくれなかったんだ。それは自分が探していた犬だ。それを早く言ってくれていたら、兄さん(次男)はこんなに長く苦しまずに済んだんだ」と大泣きする。
いや、ちょっと待て。
その泣く理由はおかしくないか?
泣きつかれて、ひたすら「泣くな」と言い続ける兄2人に弟を責める気持ちは全くないのか?
どうしてここで美しく追われてしまうんだ?
最後の最後で何となく釈然としなかったのだけれど、でも、次はどうなるんだろう、この一家はどうなってしまうんだろうと先が気になって、3時間半が短く感じられるお芝居だった。
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