「母を逃がす」を見る
大人計画「母を逃がす」
原作・演出・出演 松尾スズキ
出演 阿部サダヲ/宮藤官九郎/池津祥子/顔田顔彦
宍戸美和公/宮崎吐夢/皆川猿時/村杉蝉之介
田村たがめ/荒川良々/近藤公園/平岩紙
少路勇介/オーディションで選んだ人
観劇日 2010年12月18日(土曜日)午後2時開演
劇場 本多劇場 P列24番
上演時間 2時間30分
料金 6200円
ロビーでは、出演者らの著作等々が販売されていたけれど、開演前は人が多くて、終演後は人が少なくてちょっと近寄れなかった。
ネタバレありの感想は以下に。
フライヤー(といえばいいのか)が配られ、配役が書かれていると嬉しくなるものだけれど(と言いたくなるくらい、「配役を知りたかったらパンフレットを購入してください」という公演が増えたと思う。)、この「母を逃がす」は松尾スズキ直筆の人物相関図が書かれていたから破格に親切である。
その人物相関図で予習したところ、これは「クマギリ第三農楽天」における物語らしい。
そして、登場人物の中心は熊切一家ということになるらしい。
やはり、よく判らない。
舞台が始まると、そこでは電柱(?)の上の方にテレビが置かれ、高い塀で囲まれた場所で、夜陰に乗じて人なのか人じゃないのかよく判らない人の襲撃を受けている。テレビが壊され、養豚場で飼われていた豚が頭をスパンと切られてしまう。
閉鎖的な感じ、攻撃的な感じ、荒廃した感じが一気に伝わってくる。
夜が明けて、阿部サダヲ演じる「頭目」が人を集めて何やら演説をしている。
何だかよく判らないなりに、頭目の父親は死にそうになっているんだな、皆川猿時演じる頭目の兄は刑務所に入っているんだな、平岩紙演じる頭目の妹は宍戸美和公演じる女警備長と恋人同士なんだな、頭目は猫背椿演じる蝶子と結婚間近なんだな、何故かこの「ユートピア」にいる人々は全員が頭目に生命保険をかけていて頭目が死ねば総額200億円の保険金が下りるのだなということが判ってくる。
そういうことは判ってくるのだけれど、逆に言うと、それ以外のことがどうもよく判らない。
そういえば、ウーマンリブの「七人の恋人」は見たことがあるけれど、私は大人計画を見るのは初めてだったんじゃなかろうか。
そういう、今更の疑問も湧いてくる。
席が最後列の一番端で、何故か隣も前も空いていたというせいもあって、何だか自分一人がこの空間に付いて行けていない気がしてくる。
結局、この「付いて行けていない」感じは最後まで付いて回った。
理不尽ではないように、自然に(というのも変な言い方だと思うのだけれど)演じられているのだけれど、ここで行われていることはやっぱり不条理である。
自給自足を目指した農業共同体、のようなものを目指していて、他の同じような農業共同体(それは、宮藤官九郎演じる葉蔵と荒川良々演じる万蔵が逃げ出してきた「シカノバル」という集団だったりするのだけれど)とは闘争というのか不穏な関係に陥っている。
オウム真理教のサティヤンや、「1Q84」の共同体を何となくイメージさせる。
「統制」という言葉の下に何故か不条理なことがまかり通ってしまう、いびつな関係が次々と見せられる。
蝶子さんは元々は頭目の兄の婚約者だったようだし、頭目が頭目になって最初に作ったのはギロチン台で最近作ったのは絞首台である。頭目の兄は母の連れ子、妹は父親が他の女性に産ませた子どもだ。そして、この兄は蝶子さんとの間に子どもができなかったから妹を襲おうとして父親に止められ、そして父親を刺してしまったらしい。妹のカウンセリングをしている村杉蝉之介演じる赤痢先生は鬱病と赤痢を誤診して病院中に赤痢を広めて飛び降り自殺をしようとしたという過去を持っているようだし、ブタ吉とタチ政と呼ばれている2人は中学生くらいにみえる女の子を養女にして逆源氏物語をしようとしているし(そして、どちらが女親になるかで決闘しているし)、蝶子だって元々は修学旅行に来てはぐれてしまっただけらしい。
そこに、頭目にかけられた200億円の保険金を狙っている、近藤公演演じる「一本」という名の保険屋が来て、その保険屋は少路勇介演じる女経理主任とデキている(という言い方が何となく相応しく思える)らしいし、さらに赤痢先生がどこかで見つけてきた松尾スズキ演じる元オオカミ少年(嘘つきの方ではなく、オオカミに育てられた方らしい)がスーツ姿で加わり、スーツ姿なもんだから一本は保険金を奪うための相方だと思い込み、刑務所に入っていた兄が帰ってくる。混乱必至である。
そういえば、葉蔵と万蔵という訳の判らないいとこ同士も居着いてしまい、しかも葉蔵の方は言葉巧みに頭目と「友達」だと言い張っているし、どうやら池津祥子演じる頭目の母親はこの葉蔵とそっくりの男に昔惚れていたらしい。
しっちゃかめっちゃかである。
悪意を悪意と思っていないというか、悪意なんだけど悪意と気がつかずに大事に育てているというか、全員がそれぞれ勝手に不穏な空気を産んでいるというか、どうしてアンタ達は共同生活を送っているんだ、というツッコミを全員に入れたくなってくる。
ちっとも幸せそうではない。
塀の外がどうなっているかを示すことはほとんどないので、他に行き場所がないのか、外に出て行っても結局同じということなのか、よく判らない。
頭目の父親の具合が相当に悪くて、今日明日の命らしい。
そこで、母親が父が死んだら大笑いするんじゃないかと頭目は心配し、葉蔵に相談する。それは、内部の人間には相談できまいと思いつつ、母親が父親に酷い扱いを受けていたというなら、それは内部の人間はみな知っているんじゃないかという疑問も感じる。
それはともかく、実際のところは、父親はユートピアのみなに話をし、あっさりと亡くなってしまうのだけれど、母親はきちんと悲しんでいる。頭目は面食らっているけれど、とにかく悲しんでいる。
蝶子の妊娠は単なる便秘だということがバレたことが「引き金」になったことは間違いないような気がする。
兄は「自分が子どもを作れないのではないと判ったのだから頭目は自分だ」と言い出すし、頭目はブタ吉たちの養女である少女に「俺の子どもを産め」と迫る。蝶子は28歳になったというのにセーラー服姿に戻り、修学旅行生に混ざって脱出しようと決める。頭目は、母をここから逃がしてくれと葉蔵に頼み込み、妹は自分をここから連れ出してくれと葉蔵に迫って逆に絞め殺されてしまう。それを発見した頭目に、葉蔵は「万蔵がやったんだ」と今までの「頭を打ってしまった従兄弟の面倒を見続ける男」という仮面を捨て去って罪を押しつけ、頭目は万蔵を殺してしまう。
葉蔵に「一緒に逃げよう」と言われた母を見て、「そんなことはできない、しない」と言い張る母を見て、そして、母が出て行ってから葉蔵にお金を渡している頭目を見て「確かに、母を逃がす、だ」と阿呆な感想を持った。
その母は、葉蔵に言われたとおり裏口で荷物満載の台車とともに葉蔵を待っている。それでも「ちょっと来てみただけだ」などと自分で自分に言い訳をしている。
「ユートピア」に馴染んでいるように見えた母親もやはり実はずっと逃げたかったんだろう。
そこへ、蝶子が「修学旅行生に紛れることはできなかった」とすごすごと戻ってくる。
母親は、そんな彼女を見て「一緒に逃げよう」ではなく、自分が逃げるために持ってきたお金と荷物を全て渡し、「もう一度行け」と背中を押す。
そうして、ラストシーンでは、頭目の子どもを抱いた女を中心に(あのときの少女である)、母親ももちろんその場に立ち、記念写真を撮っている。
母親は満面の笑みである。
そして、あれだけかき回されかき回したのに、そんなことはなかったかのような日常の風情で写真を撮っている。
おい、あの騒ぎは何だったんだ。人死にも出ていたじゃないか、そういえばあの元オオカミ少年はどうしたんだ、と思う。
でも、「日常」には敵わないのだ。
どんなに不条理であっても、その中にいる人が「日常」だと思っていれば、それは最強なのだ。
「私には判らないのかも」とずっと思いながら見ていて、最後に私の頭に浮かんだのはそういうフレーズだった。
劇中で殺されて死会ったブタ吉を演じた宮崎吐夢と平岩紙が日本アカデミー賞みたいな衣装で出てきて司会を務め、カーテンコールが始まった。
日本アカデミー賞みたいな格好で、日本アカデミー賞みたいな紹介をし、日本アカデミー賞みたいなコメントをして行く。
役者さん達が半分素に戻って恥ずかしそうに出てくるのが何だか可笑しい。
そして、最後に回り舞台に乗って現れたのが松尾スズキである。
実は、元オオカミ少年が、人物相関図の「大神さん」であると気付かず、ついでに、元オオカミ少年を演じていたのが松尾スズキだとこの瞬間まで気が付かなかったのは我ながらナサケナイ。
そして、「伊藤リオン容疑者と同じ日に誕生日を迎えました!」という紹介にやっぱり何となく恥ずかしそうな表情になり、ろうそくの火のついていないバースデーケーキが登場し、吹き消すマネをし、「斉唱」という合図で伴奏なしで一人で歌い出す。
これまたやっぱりさらに恥ずかしそうに笑い出しつつその斉唱に合わせて歌う劇団員達が何だか可笑しい。
自宅に戻ってから確認したら、松尾スズキの誕生日は12月15日だった。
「やられた!」と思ったのだった。
| 固定リンク
「*芝居」カテゴリの記事
- 「連鎖街のひとびと」を見る(2023.12.03)
- 「リア王」の抽選予約に申し込む(2023.12.02)
- 「無駄な抵抗」を見る(2023.11.26)
- 「ねじまき鳥クロニクル」を見る(2023.11.19)
「*感想」カテゴリの記事
- 「連鎖街のひとびと」を見る(2023.12.03)
- 「無駄な抵抗」を見る(2023.11.26)
- 「ねじまき鳥クロニクル」を見る(2023.11.19)
- 「ガラスの動物園」「消えなさいローラ」を見る(2023.11.12)
- 「終わりよければすべてよし」を見る(2023.10.28)
コメント