「大人は、かく戦えり」を見る
シス・カンパニー公演「大人は、かく戦えり」
作 ヤスミナ・レザ
演出 マギー
翻訳 徐賀世子
出演 大竹しのぶ/段田安則/秋山菜津子/高橋克実
観劇日 2011年1月29日(土曜日)午後2時開演
劇場 新国立劇場小劇場 A3列16番
上演時間 1時間25分
料金 7500円
ロビーではパンフレット(700円)が販売されていた。
前は、新国立劇場でお芝居を観ると、その月に上演している演目の解説が載っている小冊子が配られていたと思うのだけれど、今回はなかった。予算節減でなくなってしまったのだろうか。
ネタバレありの感想は以下に。
新国立劇場小劇場の舞台は、「小劇場」といえども決して狭くない。
そこに、赤い壁に赤い床、赤いソファが置かれたリビングがある。
その舞台に、大竹しのぶ・段田安則・秋山菜津子・高橋克実の4人は負けるどころか、完全に圧倒している。濃い。舞台が狭く感じる。
11才の息子同士が喧嘩して、秋山・高橋夫妻の息子が、大竹・段田夫妻の息子を棒で殴って、歯を欠くような怪我を負わせたようだ。
その問題を解決しようと、秋山・高橋夫妻が、大竹・段田夫妻の家にやってきて、話し合っている。
この間の出来事を文書にまとめ、被害者は謝罪を求め、加害者は関係修復を測りたいと考えている、というところらしい。
どちらの夫婦も最初は椅子に座り、姿勢を正し、上品に良識的に話をしている。
それでも、迎える側の、大竹しのぶ演じるヴェロニクがアフリカのどこかの国の現状を訴えるルポを出版したのだと敢えて説明する主張の強いキャラは、取り繕おうとする意思を簡単に裏切る。子供の喧嘩を「武装した」と表現する辺り、最初から戦闘モード炸裂である。
その「武装」という言葉に「武装って・・・」とすかさず反応する高橋克実演じるアランも、最初からボロが出ているといえば出ている、正直といえば正直な反応で、この話し合いに何の興味もないということを宣言するかのように、携帯にバンバンかかってくる仕事関係の電話に普通に出て、大声で指示を出している。
一番「良識派」っぽいのは、秋山菜津子演じるアネットで、黒いパンツスーツで決めていかにもキャリアウーマン風なのだけれど、「何をなさっているの?」と聞かれ、一拍おいて「資産運用?」と語尾を上げて答えるところが怪しい。
専業主婦が家で株式投資にのめり込んでる図が浮かんだのだけれど、実際はどうだったんだろう。
段田安則演じるミシェルは、エラそうにしつつも妻の尻に敷かれていることがありありで、でも明るく朗らかな対応は、一番、素に近い状態でこの場にいるんじゃないかと思わせる。
でも、どうして自宅でスーツを着てネクタイまで締めているのだ。
とりあえず、相手の職業など聞きつつ、息子の喧嘩の「後始末」は順調に進みそうだったのだけれど、順調に終わってしまってはドラマにならない。
アランにかかってくる電話がひっきりなしになり、アランとアネットが息子を謝罪に連れて来るという話になった辺りから、雲行きは判りやすく怪しくなって行く。
多分、実生活でもそうだと思うのだけれど、話はどんどん脱線していき、アランの子育てへの無関心さが暴露され、ヴェロニクの押しつけがましい教育論にアランが反発し、アネットが「息子は裏切り者と言われた」と喧嘩の動機を問題にし始め、何故か3人が揃ってミシェルが飼っていたハムスターを逃がしてしまったことを責め始める。
訳が判らない。
とにかく、もの凄い勢いで話が脱線していき、ヴェロニクが本性を現して行き、くるくると相手と議題を変えつつ論争があっちでもこっちでも勃発し、ついでに怒鳴り合ったり掴み合ったりが始まり、アネットは気分が悪いと吐き始め、ミシェルは母親から電話が入るといきなり猫なで声になる。
アランが顧問弁護士をしているらしい製薬会社の薬はどうも悪質な副作用があったようで、ミシェルの母親がその薬を飲んでいた、という話も始まる。
しっちゃかめっちゃかである。
アランが「こんなところに引っ張り出されて」と言い放てば、ミシェルも「俺は古くさい男なんだ」と(一応)進歩的に見せようという努力を完全に放棄する。
そういう意味では「演技は止め!」と宣言した夫たちに比べて、妻たちは実に自然に本性をむき出しにしていく。
それをこの4人にやられると、もうダメだ。
あまりの濃さとあまりの可笑しさにクラクラしてしまう。
そして、何が話されているかは本当にどうでも良くなってくる。
途中で、全員が次々とラム酒を飲み始めてからは、さらにしっちゃかめっちゃかである。
多分、4人の頭の中から息子の喧嘩のことは完全に吹っ飛んでいたと思う。そういえば、どうでもいいといえばどうでもいいのだけれど、アランがミシェルに対して「フランソワ!」と呼びかけていたけれど、あれはアドリブなのか素で間違えたのか台本通りなのか非常に気になる。
言いたいことを言っている4人は、それぞれが「今日は人生最悪の日だ」と思いっきり後悔を滲ませているのだけれど、それでも、何だかとても羨ましかった。
お酒の力は借りているし、息子が怪我をさせられた、怪我をさせた、という利害関係の対立がが思いっきり前面に出て大人の態度を装いつつも実は喧嘩上等な心持ちになっていたという事情はあるにせよ、とにかく、それまで抑圧していた(あるいは抑圧していなかった)様々なことをとにかくぶつけあっている、あるいはぶつけられてはいないのだけれどぶつけようという意思を実行に移している4人が、何だかとても羨ましかった。
後のことは何も考えていなかったよな、この人たち、という感じがする。
結局、脱線に脱線を重ね、今日の7時30分にアネットが息子を連れてやってくるということで「結局、ぐるりと回って元に戻った」などと言いつつも落ち着いたかに見えたこの話し合いだけれど、そこからさらに脱線が重なり、4人が疲れ果てて、阿鼻叫喚の騒ぎがふいっと静まった瞬間、このお芝居もふいっと終わったのだった。
灯りが消えた瞬間「ここで終わりか?! この話し合いに結論はないのか?!」と心の中で叫んでしまったのだけれど、よくよく考えればここまで脱線を重ねて言いたいことから言い辛いことまで言い合ったこの4人が、そんな当初の目的を達成しようという意思を持っている訳がないし、できるわけもない。
言いたいことの焦点がどんどんズレてきて、実は自分が何を言いたかったのかがやっと判ることもあれば、すっかり忘れ果てていることもある。ここまで騒ぎが大きくなるかどうかはともかくとして、そんなことはしょっちゅうなのだ。
終わった瞬間、とにかく脱力した。
でも、同時に、何だか清々しい気分にもなったのだった。
| 固定リンク
「*芝居」カテゴリの記事
- 「先生の背中 ~ある映画監督の幻影的回想録~」の抽選予約に申し込む(2025.03.29)
- 「フロイス -その死、書き残さず-」を見る(2025.03.23)
- 「リンス・リピート」のチケットを購入する(2025.03.20)
- 「やなぎにツバメは」を見る(2025.03.16)
- 「デマゴギージャス」を見る(2025.03.09)
「*感想」カテゴリの記事
- 「やなぎにツバメは」を見る(2025.03.16)
- 「デマゴギージャス」を見る(2025.03.09)
- 「にんげんたち〜労働運動者始末記」を見る(2025.03.03)
- 「蒙古が襲来」を見る(2025.03.01)
コメント
まさこ様、コメントありがとうございます。
ヴェロニクに向かって「フランソワ」と呼んでいましたか?
そう言われると段々、自分の記憶に自信がなくなってきたような・・・。段田さんが「ミシェルだよ」と言っていたように記憶していたのですが、妄想だったかも・・・。
確かに何度か見て違いに気がつくのも楽しいし、完全に作り込まれていたよ! と違いのなさに気がつくのも楽しいですよね。
私はどちらかというと色々な舞台を見たいのと、「一期一会」みたいに思っているところがあるので、一公演を何回も見に行くということはあまりないのですが、その楽しさは判ります。
投稿: 姫林檎 | 2011.01.31 22:50
あ、すみません、今気づきましたが、わたしが観た日はヴェロニクを「フランソワ」と呼んでた気がします(ちょっと自信ないですが)。
きっといろいろアドリブやら遊びやらあったんでしょうね。
何度か観たかったです。
投稿: まさこ | 2011.01.31 05:37
まさこ様、コメントありがとうございます。
「フランソワ」って呼んでいましたか!(笑) 台詞だったんですね。
何だか素で誤魔化そうとしているようにも見えたのですが、そこも含めて演技で演出だったのですね。教えていただいてありがとうございます。
「サクロン的なもの」って繰り返していましたね。何故なんでしょう。
新国立劇場だから、商品名は挙げられないとか? そんな筈はないと思うので、新国立劇場だから商品名が挙げられずに「的」が着いたんだな、という笑いを引き出そうとしていたんでしょうか。
ほんと、濃くて楽しいお芝居でした。
投稿: 姫林檎 | 2011.01.30 17:41
逆巻く風さま、コメントありがとうございます。
このお芝居はコメディ、でしょうかね、多分。
確かに大人の笑いだし、苦めの笑いですね。11才の少年が見ても笑えないのではないでしょうか。11才が大人ではないということではなく、自分の親のこととして見るか、自分のこととして見るかの差というか。
おっしゃるとおり息を詰めて見入ってしまっていたので、脱力感はそのせいだったかも知れません。
投稿: 姫林檎 | 2011.01.30 17:37
わたしは19日に観ましたが、「フランソワ」って言ってましたから、台詞なんですね。
気分が悪くなったアネットに薬をあげようとして大竹さんが「サクロン的なもの」とか?言って、その後、面白がって段田さんも言ってるようにも思えたんですが、昨日はいかがでした?
本当に濃くて面白い舞台でしたね!
投稿: まさこ | 2011.01.30 11:57
僕も観ました。
これって、コメディですよね?でもお笑いではないような。
確かに途中笑いが起こっていましたが、それは大人の笑い。
4人の芸達者な役者さんのテンポある台詞回し?途切れのない言い合い、そんな職人芸に魅せられる舞台でしょうね。
一種の緊張感があり、終わった後の脱力感てのはその辺りから感じられたんではないでしょうか。
投稿: 逆巻く風 | 2011.01.30 08:55