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「ろくでなし啄木」
作・演出 三谷幸喜
音楽 藤原道山
出演 藤原竜也/中村勘太郎/吹石一恵
観劇日 2011年1月14日(金曜日)午後6時30分開演
劇場 東京芸術劇場 中劇場 2階A列16番
上演時間 2時間45分(15分の休憩あり)
料金 10000円
2011年最初の観劇は、この「ろくでなし啄木」だった。なかなか幸先良いスタートである。
ロビーでは、「スィーニー・ドット」のチケットが販売され(席も選べるようだった)、パンフレット(1500円)やトートバッグ(1000円)、手ぬぐいなどのグッズが販売されていた。
開演前の注意アナウンスは三谷幸喜と野田秀樹の掛け合いで、これがなかなか楽しかった。
三谷幸喜のボケと野田秀樹のツッコミ。こうして改めて文字にしてみると、何と贅沢なんだろう。
2010年最後に見たお芝居「抜け穴の会議室」でも似た感じのアナウンスがあって、2011年最初のお芝居にも続いて、効果のほどはともかくとして、楽しくていいと思う。
ネタバレありの感想は以下に。
舞台奥で雨が降りしきる。雨音も高い。そこに、藤原竜也演じる石川啄木が黒い帽子に黒いマント、黒い傘を差して立っている。奥の壁に「ろくでなし啄木」の文字が浮き出る。
この格好にトランクを持っていたら、それはどっちかというとラフカディオ・ハーンのイメージだよ、と思う。
それはともかくとして、その無言で白い顔で土砂降りの中立っている啄木からは冷たい空気が滲み出ている。
石川啄木の死後10年たって建てられた記念碑の除幕式か何かの後、啄木に縁があったらしい2人の男女が話し出す。
吹石一恵演じる女「とみさん」は、小料理屋の女将か何からしい。
一方、中村勘太郎演じる「てつさん」は、かんざしやが大繁盛しているらしい。
要するに、裕福な2人であり、12年ぶりに顔を合わせた2人らしい。
女が男に「12年前のあの夜に何があったのか知りたい」と言い、女が語り始める。
舞台の奥行きを深く使って、手前に寂れた風の旅館の一室、障子が2枚開け閉てできるようになっていて廊下が舞台を横切って真っ直ぐ伸びている。そして、その廊下の向こうに障子1枚を挟んでもう一室ある。
天井がなく壁がなく柱がなく、ほとんど障子だけでその空間を作っている。
12年前の「ある夜」の話が始まる。
啄木ととみさんとてつさんは、3人で旅行に来ているらしい。
啄木ととみさんは恋人同士で、でもこの旅行はてつさんが費用を全て出して3人で来ているという。
啄木は色男の嫌な奴で、てつさんは人のいい明るい男、とみさんが今ひとつ掴めなかったのだけれど、啄木(てつさんは「ピンちゃん」と呼び、とみさんは「一(はじめ)さん」と呼んでいた)にぞっこんで、気を使いまくり、でもそうやっているのも楽しいという様子は伝わってくる。
3人で温泉に行き、何故かとみさんが部屋に戻っても男2人は戻って来ていない。
そういうところから話が始まる。
てつさんは、実は元々はとみさんに惚れていて、告白して振られたという過去を持つ。
そのてつさんにからかわれた途端に啄木はむっとして(元々、激しく気分屋なのである)、とみさんに、てつさんに美人局を仕掛けてお金を取り上げようと持ちかける。
最初は「そんなことできない」と言っていたとみさんだけれど、「これ以上、てつさんに世話になるのは嫌だ」「お金を巻き上げるのはいいの?」「その方がてつさんのためだ」という訳の判らない会話をするうちに、段々その気になって行くのがコワイ。
そうして、とみさんはてつさんを誘惑し、しかし「何をやっているんだ!」と助けに来てくれる筈の啄木は現れない。
とみさんはてつさんに美人局の計画をそっくり伝えた後、「なかったことにしてくれ」「100円を一さんに恵んでやってくれ」と頼み、てつさんは「全部が繋がった」とそれを受け入れる。
頼む方も頼む方だけれど、受け入れる方も受け入れる方である。
そして、一度は「100円」と言いつつ、てつさんの有り金全部115円をくれ、と言ってもらってしまうとみさんはなかなかの強か者である。
そして、とみさんが「てつさんに全部正直に話したら、100円をくれた」と戻って来た啄木に告げる。
なかなか信じようとしなかった啄木だけれど、ついに信じてとみさんを抱こうとし、そしてふいっと「雨の中を待っていたら寒くなったから温泉に行ってくる」と出て行く。
そして、二度と戻って来なかった。
とみさんが語る「12年前の夜」はこういう夜である。
そして、最初のシーンに戻り、今度はてつさんが「12年前の夜を語りましょう。でも、聞きたいと言ったのがあなただということは忘れないように」と一転、冷たい声で宣言したところで休憩に入る。
後半のスタート、やはり舞台奥で啄木が黒い帽子に黒いマント、黒い傘を差して雨に打たれている。
ただし、幕開けでは啄木はこちらを向いていたけれど、今は背中を見せている。
そして「ろくでなし啄木」の文字も裏返しになっていて、「これからお見せするのは、前半にお見せしたお話の”裏返し”ですよ」と無言のうちに語っている。
三谷幸喜らしいなぁ、と思う。
三谷幸喜らしいといえば、障子が左右から閉まってきてすれ違い、すれ違ってできた真ん中の空間に登場人物が手品のように現れる、という演出が気に入っているらしい。
確か、この登場(あるいは、退場)を私が最初に見たのは、やはり三谷幸喜演出の「You Are the Top」というお芝居だったと思う。
そういえば、「You Are the Top」も男2人に女1人、男2人が女1人を争うお芝居だったなぁ、と大ざっぱなことを思い浮かべた。
後半の舞台の語り手は、もちろんてつさんである。
てつさんは、実は啄木から「とみさんは、やっぱりてつさんのことが好きなんだ」と大嘘を吹き込まれ、しかも啄木の口車に乗って「100円でとみさんを買う」ような羽目になり、こうした前段があったからこそとみさんが誘惑したときに簡単に騙されてしまったんだ、ということが明かされる。
どうも、「風呂に入ってくる」というのは大抵の場合は嘘で、温泉に入ると言って姿を消していた間は男2人が、というよりは、啄木が必死にてつさんを騙くらかそうとしていた時間だったらしい。
そして、実は啄木が美人局を企んだ、ということが判った後の、啄木とてつさんの「対決」は、てつさんの独壇場である。
中学のときに両親を亡くしてテキ屋で生きてきたてつさんは、どんなに人が良かろうと、本気になれば啄木が逆立ちしたって敵う相手ではないのだ。
何だかすっとしてしまった。
ついでに、どうしてとみさんは、こういうてつさんが判らないかな、とちょっと腹が立った。
それにしても、舞台が進むにつれてますますそう思うようになったのだけれど、中村勘太郎はどんどん中村勘三郎に似てきているように感じた。
テキ屋という商売で、人が良くて、という役柄のせいもあるとは思うのだけれど、ふとした台詞回しが本当に似ている。
そして、格好良くなったなぁ、と思う。
ふんどし姿のシーンが結構長かったのだけれど、見れば見るほど鍛えられた身体だということが判る。
それはともかくとして。
結局、美人局を仕掛けられたてつさんは、啄木に「小さくてもいいから東向きに大きな窓のある家を見つけて2人で暮らせ。そこで産まれた話を自分は読みたい」と告げて励まし、美人局の片棒を担がされたとみさんは、啄木が聞いているとも知らずに「自分は居酒屋を経営して、その2階で流行作家になった啄木が小説や詩や短歌を書いている」という夢を語る。
とみさんが夢を語り終えたとき、啄木は姿を消しており、朝の光が差し込んでも戻っては来ない。
しばらくして、てつさんもとみさんもそれぞれに、啄木が母と妻と娘とで新居を構えたことを知る。
そこで、終わりかと思ったのだけれど、仕掛けはここから動き出す。
最初のシーンに戻り、二人がしみじみと啄木を思い出しているところに、じゃん! と奈落から飛び出すように(というか本当に跳ねていたと思う)袴姿の啄木が搭乗した。もちろん、それらしくなかったけれど、幽霊である。
そして、「本当のこと」を語り出す。
とみさんを大切に思っていたこと、旅行前に北海道から家族が上京すると連絡があったこと、それに絶望したこと、だったら死んでしまおうと思ったけれど自殺する根性はなく、だったらとみさんとてつさんを酷い目に遭わせてより自分を憎んだ方に殺されようと思ったこと、そのために部屋に包丁を置いておいたこと。
この「包丁があった」ことを思い出すために、とみさんの話では部屋に「りんご」があったことになっていて、てつさんの話では部屋に「みかん」があったことになっていて、啄木が「その違いが重要なんだよ!」と幽霊のくせに騒ぎ立てる。
うーむ、判りやすく違いを出していると思ったら、そういうことだったのか、と腑に落ちた。
啄木は、とみさんを抱いたときに、とみさんがてつさんに抱かれたこと、2人して啄木に内緒にしようと騙していたことが許せなかったと語る。
2人ともが自分を憎むように仕向け、より憎しみが大きかった方に殺されようと思ったのに、2人とも自分を憎んではくれなかったと語る。
短歌の制約から飛び出そうとして実は誰よりも制約を意識している自分には、てつさんの自由さが憎くて羨ましかったのだと語る。
とみさんが自分の短歌に節をつけて詠ったとき、永遠の命が吹き込まれたように感じたと語る。
でも、何だか啄木はどこまで行っても「格好つけた自分」しか語っていないように感じた。
さて、啄木の真実はどこにあったのだろう。
私はずっと、啄木は実は自分はもうとみさんと会えなくなるから、だったら、とみさんのことを未だに好きなてつさんにとみさんと一緒になってもらおう、頼んでおこうという、もの凄く傲慢な思いつきを本気で、それも非常にひねくれたやり方で実行したんじゃないかと思ったのだけれど、そういう雰囲気は彼らの「告白」からは立ち上がってこなかった。
多分、違ったんだろう。
朝の光だけが真実だ。
そこで自分のやるべきことを知った啄木は、翌年に「一握の砂」という歌集を出す。
それでいいか。そもそも、お芝居として面白かったし楽しかったしハラハラドキドキしたしつい前のめりになったし。
そう思ったのだった。
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コメント
逆巻く風さま、コメントありがとうございます。
今から「ろくでなし啄木」のチケットが確保できたのですか? 凄いですね。
どうぞ楽しんでいらしてくださいませ。
「十二夜」と「大人は〜」は観劇予定です。見ましたら、こちらに感想を書きますね。
投稿: 姫林檎 | 2011.01.21 23:33
これ、予定に入れました。楽しみにしたいと思います。
さてさてこの間は(もうだいぶ前ですが)「十二夜」「大人は、かく戦えり」を観てきました。前日には地元で「抜け穴の~」を観ましたから、3連チャン?
姫林檎さんは十二夜、大人は~の観劇予定はありましたっけ?またその時にでも感想を書きます。
投稿: 逆巻く風 | 2011.01.21 10:33