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2011.03.21

「日本人のへそ」を見る

井上ひさし追悼ファイナル「日本人のへそ」
作 井上ひさし
演出 栗山民也
音楽・出演 小曽根真
振付 謝珠栄
出演 辻萬長/石丸幹二/たかお鷹/久保酎吉
    山崎一/明星真由美/町田マリー/植本潤
    笹本玲奈/吉村直/古川龍太/今泉由香/高畑こと美
観劇日 2011年3月19日(土曜日)午後1時30分開演
劇場 シアターコクーン 2階D列13番
上演時間 3時間5分(15分の休憩あり)
料金 8400円

 ロビーではパンフレット(1400円、だったと思う)や、Tシャツ、書籍などが販売されていた。
 また、「国民の映画」のロビーにもあったし、ここにも義援金を募る箱がロビーに置かれていた。ただし、特に上演するに当たっての挨拶のようなものは、このお芝居ではなかったと思う。

 ネタバレありの感想は以下に。

 こまつ座の公式Webサイトはこちら。

 確か、第一幕が1時間55分、休憩を挟んで、第二幕が55分の予定だったと思う(いや、休憩15分を足してトータルで3時間だった気もするので、どこかで5分違っているかも知れない)。
 随分と前半が長いのだな、「国民の映画」と逆バージョンだな、と思った記憶がある。
 そうしたら、このアンバランスな休憩の入り方にもの凄く意味がある、ここにトリックの肝があると言っていいくらいのお芝居だった。
 「やられた」の一言である。

 「日本人のへそ」は井上ひさしの戯曲デビュー作であるという。
 第一幕、辻萬長演じるアメリカ帰りの大学教授が、吃音の治療のために芝居を演じさせるという方法を考案したと口上を述べ、そして、吃音の人々による芝居をこれから上演すると説明する。
 その劇中劇は、ヘレン天津という浅草で一世を風靡したストリッパーの半生を描いており、ヘレン天津自身がヘレン天津を演じるのだと言う。
 それじゃあ、自分の感情と離れた言葉をしゃべるときには吃音は出ない、という大前提が崩れるではないかと思ったのだけれど、それは後に続く伏線(だったかもしれないの)である。

 東北地方から集団就職で東京に出てきた笹本玲奈演じるヘレン天津(東京に出てきた段階では違う名前だった筈だけれど)は、「東京に出て行ったらすぐ男に騙される」と思い込んだ父親に家を出る前の日に乱暴されてしまう。
 しかし、そのことはまるで「なかったこと」であるかのように、東京での日々が綴られる。
 最初の就職先であったクリーニング店では、最初のお休みの日に浅草に遊びに行って東大生を詐称してインチキな英語学習法を売っていた男に一目惚れし、最初から彼女に目をつけていた店主に迫られたところを蹴っ飛ばしてクビになる。
 後は、お決まりの転落の日々だ。

 その様子を、小曽根真の軽快なピアノの音と謝珠栄の振り付けた踊り(ダンスというよりも似つかわしいと思う)、時には石丸幹二と笹本玲奈が歌い上げ、語って行く。
 芝居の前半では時々、辻萬長演じる大学教授が、劇中劇の役者ではなく大学教授として現れて「これは劇中劇ですよ」というアピールをしていたのだけれど、いつしか、劇中劇がこのお芝居であるかのような世界に引きずり込まれる。
 井上ひさし作品にこういう評はどうかとも思うけれど、結構「これっていわゆる下ネタなんじゃあ・・・」という歌や台詞がかなり多めに散りばめられていて、デビュー作はこういう感じだったのか、などと見当違いのことを考えていた自分がちょっとばかり情けない。

 転落の最後にストリッパーになったヘレンは、劇場の仲間と労働条件の改善を求めてストライキを決行し、そのストライキを威圧というのか暴力的に抑えるためにやってきたチンピラ達の中に件の東大生を詐称していた男を見つけ、ヘレンはあっという間に仲間を裏切ってしまう。
 2人は結婚したのかしないのか、とにかく一緒に暮らし始めたらしいのだけれど、ヘレンはあっという間に組長に売られ、組長と懇意らしい右翼の男に売られ、右翼の男が取り付いている政治家に売られ、これも転落の続きなのか、逆玉という奴なのかは、かなり判断に迷うところだ。
 そして、辻萬長演じるこの政治家の男が、舞台上で背中を刺されて倒れたところで第一幕が終わる。

 ここで第一幕が終わってしまって、この後どうなるんだろう。あと55分も物語が続くのだろうか。

 そう思っていたら、第二幕の幕が上がると、そこは何故か結構立派なお宅の応接室といった風情になっていた。
 それまでは、コンクリート打ちっ放しの、どこと特定できないような殺風景な舞台セットだったのだ。
 そして、お手伝いさんや秘書の女性は三角関係か四角関係を演じているし、チンピラの男たちや秘書や客人らしい組長さんや右翼の男たちは、石丸幹二演じる大学教授に全員が惚れてしまっているらしい。
 ここはどこだ!

 そう思っていると、いかにも「二号さん」といった風情の笹本玲奈演じるヘレンが登場し、彼女の「旦那」である政治家の吃音を直すために、この大学教授の指導の下、屋敷内の人間を総動員して芝居を演じていたところ、最後に政治家が本当に刺されてしまったのだ、ということが徐々に説明されてくる。
 どうしていきなりこの極端な設定なのだ。
 しかも、第一幕で辻萬長が演じていた大学教授も含めて「役」だし、屋敷の人間が演じていた吃音の人々の設定も「役」だという。要するに第一幕全体が、政治家の吃音の治療のために演じられていたお芝居だったんです〜、と白々しく語られるわけだ。
 やられた! と思う余裕すらなかった。どういうことだったわけ? どこからどこまでが「本当」でどこからどこまでが「設定」だったの? というような疑問がひたすらグルグルと頭の中を回る。
 付いていくのに精一杯である。

 そして、劇中で政治家が刺されたという事件は「劇」ではなく「現実」だったようで、しかも犯人は屋敷内にいるということになり、犯人捜しが始まる。
 ヘレンと治療のために来ていた「大学教授」の仲がかなり怪しげに描かれているところがこれまた罠だったのだけれど、そんなことに私が気がつけるはずもない。彼と彼女の仲がバレやしないかとドキドキしてしまう。
 しかし、右翼の男が現れ、政治家の男が死んだ、昨夜から今朝にかけてのアリバイがない奴は、という話がどんどん進んでしまう。すると、屋敷内の誰も彼もが男性同士、女性同士でカップルでアリバイがあるのだと言い始める。何だかおかしな話なのだけれど、すっかり第二幕の最初に度肝を抜かれているから、そういうありがちな疑問は浮かんで来ない。

 そして、唯二人、アリバイがない状況に追い込まれた彼と彼女が「実は」と言ったときに、死んだ筈の政治家が現れ、「ずっとお前達を疑っていたんだ」「お前達のウソを暴くために、屋敷の人間をすべて同性愛者に仕立ててこの芝居を仕組んだのだ」と言い放つ。
 今なら、「だから、そこで同性愛者にする必要は全くないから!」というツッコミができるのだけれど、見ているときには「えー!」という驚きしかない。また、やられたよ、油断してたよ、と頭を抱えたくなる。井上ひさしはデビュー作からとっくに井上ひさしだったんだな、ということを改めて思い知らされる。

 そう殊勝な気持ちになっていると、ヘレンは「私はこの人(大学教授)と何でもない」と言い放ち、もちろん、嬉しそうに両手を広げた政治家の横も素通りし、ピアノを弾いていた小曽根真に走り寄って抱きつく。
 そう来るか!
 「そういえば彼は昔浅草でピアノを弾いていたことがあるんだ」とは、大学教授の独白である。

 もう訳が判らない。
 そう思っていると、「パンっ」と音を立てて石丸幹二演じる大学教授が手を叩いた。「は?」とぽかんとしていたら、第一幕のトップからここまで、最後に立て続けに返されたどんでん返しも含めて「劇中劇」だったのだ、と言われてしまうのだ。
 だから! どこまでたたみ込めば気が済むのか。

 そして、最初のシーンに戻る。
 役者さん達は、(多分)最初に演じていた吃音の人々に戻り、群唱を始める。
 昔あるところにカタカナ国があり、アイウエ王がいた、で始まる、一連の五十音の物語が、ゆっくりとデコボコかつギザギザに語られる。

 とにかく「やられた!」の一言しか出てこないお芝居だった。
 そして、井上ひさしという人はきっとここまで技巧を凝らし、誤魔化し、人の気をそらさなければ、語りたいことは語れないと思っていた(あるいは、語りたいことを語れなかった)のだな、と何となく思ったのだった。

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コメント

 逆巻く風さま、コメントありがとうございます。

 逆巻く風さんはこちらの公演を見るご予定がご覧になれなかったのですね。
 それは残念でしたね。

 そうですね、このお芝居に限らずどのお芝居でもやはり実際に見て自分で感じることが第一だと思いますが、「日本人のへそ」はやはりご覧になって「!」という衝撃を受けて頂きたいです。
 感想と言いつつかなり内容に触れてしまっていますので、私の感想など読まずに、ぜひいつかご覧になる機会を楽しみにお待ちくださいませ。

投稿: 姫林檎 | 2011.03.21 23:29

観る予定だったんですが地震の影響で観れませんでした。
(こちらは被害はありませんでしたが・・・)
内容は読む気がせず、感想の最後の3行を読んだんですがなんだかよく分かりません。多分、実際に観なければ良いのか悪いのか分からないでしょうね。

投稿: 逆巻く風 | 2011.03.21 12:33

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