「南へ」を見る
野田地図 第16回公演「南へ」
作・演出・出演 野田秀樹
出演 妻夫木聡/蒼井優/渡辺いっけい/高田聖子
チョウソンハ/黒木華/太田緑ロランス
銀粉蝶/山崎清介/藤木孝
観劇日 2011年3月26日(土曜日)午後2時開演
劇場 東京芸術劇場中ホール P列17番
上演時間 2時間10分
料金 9000円
ロビーでは、パンフレット(1000円)や、過去公演のDVD等が販売されていた。パンフレットは少し迷ったけれど、その分を場内の募金箱で募金することにした。
開演前、恐らく公演を再開した最初の公演で野田秀樹が行った挨拶の録音が流されていた。野田地図のWebサイトにも同じ挨拶文が掲載されていた。
ろうそく1本の明かりがあれば演劇公演は打てる、というのは三谷幸喜の挨拶とほぼ同じ台詞だけれど、それを「実際にそうなったらプロデューサーと相談する」と落とした三谷氏と、ろうそく1本を灯すことすら恐れている(た)と続けた野田氏と、恐らく問題意識は近いところにあるのだろう。二人ともこんなときだからこそ、劇場の明かりを消してはいけない、と言っていた。
また、「お帰りをお急ぎの方もいらっしゃるでしょうから」ということでカーテンコールは2回、募金をお願いします、と最後に野田秀樹が挨拶した。
ネタバレありの感想は以下に。
開演前、舞台セットが揺れたり大きな音を発する演出があります、というアナウンスが場内に流れていた。場内は明るくてセットが見えたのだけれど、確かに、舞台奥に噴火する火山が描かれ、赤いマグマが吹き上げて客席の天井の方まで伸びている。
ずっと流れていた「カントリーロード」の音楽の音が少し大きくなり、一瞬暗くなり、バッとたくさんの人とパイプ椅子が飛び出てきて舞台の幕が開いた。
その場所が何なのか、最初のうちはよく判らなかったのだけれど、蒼井優演じる自殺未遂らしい興奮して暴れている女の子が担ぎ込まれてきたり、中年夫婦の観光客が行方不明だという連絡が旅館から入ったりしている。
そうしてバタついているところに、妻夫木聡演じる新入りの「南のり平」がやってきて、やっとその場が火山の観測所であることが判った。
のり平に、先ほど担ぎ込まれただけの筈の女性が強気に「あんた誰!」と言い、名刺を見せたりIDカードを見せたりするのり平に、「こんなのだめ」「安っぽい!」「あんたはこんな物であなたがあなたであることを証明できていると思うのか」と詰め寄る。自分の方がよっぽど正体不明だろうに、強気に出るとはここまで強いものか。
「自分が自分であることの証明」はこの芝居のテーマの一つの柱であるように思える。
舞台上の両脇にパイプ椅子を並べて、出演者は舞台で演技をしていないときにはみんなそこに沈んで座って待っている。
舞台上には、4本の細い柱と梁でつないだ枠があって、その枠組をグラグラと揺らし、パイプ椅子を踏みならしたり床にガタガタ小さく打ちつけることで、火山の噴火の予兆であるらしい地面の揺れを表している。
なるほど、確かに「揺れ」が目と耳に訴える形で表現されている。そして、この演出に「いたずらに不安を煽ったりする意図があるわけない」という趣旨の説明を加えざるを得なかったことが悲しい。
妻夫木聡を舞台で見たのは多分「キル」以来のことで、「キル」のときに堤真一にしゃべり方が似ているなと思ったことを覚えているのだけれど、今回もなぜだかそう思った。しゃべり方と言うよりも声質が似ているのかも知れない。
蒼井優を舞台で見たのは多分初めてで、彼女が強気でのり平を攻めているところを聞いて、何故だか「あれ、大竹しのぶっぽい」と思った。やっぱり、しゃべり方というか声が似ているのかも知れない。
単純に、私が「動きが似ている」とかは判らないだけという可能性もかなり高いのだけれど、ハラハラしながら見るという感じは全くなく、2人ともよく動くな−、と思う。
渡辺いっけい演じる所長と、山崎清介とチョウソンハ演じる所員2人で、恐らくはまったりと呑気にごろごろと何もしていなかった観測所は、この新入り観測員とウソばっかりついている女の子の2人の「謎の人物」たちに振り回されて行く。そういえば、のり平も女の子も素性が判らないまま観測所の一員としてとけ込んで当然のようにその場にいる。「本当は誰なのか」は実は問題にはならないのかも知れない。
そこをさらに、高田聖子演じる長女が率いる麓の旅館の三つ子姉妹がかき回す。
こういう風に、一定のまったりした秩序をかき回しているときの高田聖子の余裕というか、目の奥で笑っている感じは凄くいいと思う。
三姉妹の旅館に、銀粉蝶演じる天皇の巫と藤木孝演じる皇后の巫、野田秀樹演じるVIP(Very Inportant Pigeon、と落としていたけれど、それは「知らせを持ってくる」という意味ともかけてあったらしい)の3人組がやってきて、天皇行幸の先触れというのか、調査をしにきているのだという話を始める。
怪しすぎる。
大体、お芝居だからついうっかり通り過ぎそうになるけれど、、巫の2人の性別が逆転している必要はどこにもあるまい。そういう2人を連れ、自らVIPと名乗るような輩をどうして信用するのか。
しかし、「天皇行幸がこの町にあるらしい」という噂はあっという間に広がって、花火やら横断幕やら、町を挙げて上へ下への大騒ぎだ。
情報の真偽は確認しようよ、とツッコミたくなる。この「曖昧な情報に踊らされる」というところも、このお芝居のキーの一つで、かつ、舞台セットが揺れることなどよりもずっと今の状況を象徴しているように思う。
この旅館に伝わっていた巻物に書かれた「誰も読めない」文字は、嘘か本当か、嘘つき女の子によると「サンカの文字だ」ということらしい。そして、その巻物に書かれていた「300年前に南のり平が予言した火山の噴火」の話が舞台上で展開され始める。
300年前、同じく「南のり平」という狼少年(という年齢ではなかったみたいだけれど)が、「火山が大噴火するぞ!」と言い続け、また、本物か偽物か「天皇行幸の前触れ」として現れた三人組が渡そうとした「お墨付き」を得て村を捨てて山の民として生きようと決めた(らしい)人々の物語である。
観測所の話と300年前の話、そして両方に共通する「山が噴火する」と「天皇行幸がある」という話。
これらを繋いでいるのは、多分、300年前の噴火を記した三姉妹の旅館の巻物であり、主を持たずに山を渡り歩いたサンカの人々の文字であるというところが、このお芝居の視線のありどころだと思う。
そして、そのサンカの文字で書かれた物語が起きあがるためには、南のり平に言わせれば「大嘘つき」の彼女の媒介が必要だというところにも、多分、何かがあるのだと思う。
まるで本当のことのように次々と嘘を繰り出していく彼女が何故か300年前にはアマネという世にも素直な女性だったことは、ふとしたときに現代の彼女の前に現れる、黒木華演じる「もう一人の私」が何者なのかということにも通じるのかな、という感じがした。
自分が自分であることも「学ぶ」必要がある。
この国の歴史は、天皇詐欺の歴史だ。
そして、物語ではなく、キーワードというかこのお芝居のテーマは多分この2つを繋いでいる「何か」なのだと思う。
この「南へ」という舞台に、言葉遊びは少ない。最初に大勢の役者さんたちが飛び出てきたように、飛んだり跳ねたりというシーンは実は多いし、主役2人も舞台狭しと走り回るのだけれど、疾走感というのは何故か感じられない。というよりも、疾走感を狙ってはいないように見える。
その代わり、「ザ・キャラクター」でも、いわゆる報道陣の目を通して物事が語られる様子を描くことで、情報とか二次情報とか映像とか、そういったものの胡散臭さを強調しているように思う。
多分、鍵はここにある。
けれど、やっぱり私にはその鍵を開けることはできなかったように思う。
結局、観測所に迷い込んだ謎の女の正体は何なのか、のり平の正体は何なのか、それは最後まで語られることはない。
ただ、最後、女は姿を消し、男は扉から出て行く。そして、男は暗い舞台でスポットライトに浮かび上がらせながら、出陣するかのようにゆっくりと歩いて去って行く。
元々は2回見るつもりでチケットも持っていたのだけれど、12日の公演は中止され、払い戻しをお願いした。
やっぱり、今だからこそ、もう1回見て、もうちょっと「掴んだ!」という感じになりたかったなと思った。
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