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「たいこどんどん」
作 井上ひさし
演出 蜷川幸雄
出演 中村橋之助/古田新太/鈴木京香/宮本裕子
大石継太/大門伍朗/市川夏江/大林素子
飯田邦博/塚本幸男/立石凉子/六平直政/瑳川哲朗
観劇日 2011年5月7日(土曜日)午後1時30分開演
劇場 シアターコクーン M列13番
上演時間 3時間40分
料金 10000円
ロビーでは、パンフレット(1500円)や、出演者の方々が過去に出演した作品のDVD、井上ひさしの著作や中村橋之助の手ぬぐいなどが販売されていた。
また、シアターコクーン恒例だと思うのだけれど、演目にちなんだカフェメニューが提供されていて、今回は「どんと焼き」だった。
ネタバレありの感想は以下に。
舞台には、歌舞伎の定式幕がかかっていて、客席の1階と2階の間の部分には赤い無地の提灯が飾られている。
その和のしつらえの劇場が暗くなり、そこに流れてきたのがアメイジング・グレイスだったことにまず驚いた。
何故ここでアメイジング・グレイス? と頭の中ははてなマークでいっぱいである。
幕が引かれると、そこには日本橋の風景なのか、遠くに見える富士山や松の木やお店などなどの書き割りといえばいいのか、屏風のように立っているこれらの風景の間に出演者全員が勢揃いして立っていた。
思わずという感じで客席から拍手が起きる。何だか客席も歌舞伎っぽい。
幕が上がると、やはりと言うべきか、舞台奥は鏡になっていて、客席を映し出していた。蜷川幸雄演出の定番となりつつあるように思うのだけれど、たまたま私がそうした舞台美術の舞台に「当たっている」だけなんだろうか。
どのお芝居でもこの舞台セットを使うことの「普遍的な意味」があるのに、私が気がついていないだけなんだろうか。
よく判らない。
私の席はM列だったので、その鏡に映ることはなかったのだけれど、もし映っていたら相当に決まり悪かっただろうなと思う。
古田新太演じる桃八というたいこもちが登場し、ところは江戸日本橋、ときは江戸時代の終わり頃で黒船が品川沖に浮かんでいる頃、桃八は太鼓持ちで、江戸の大店の跡取り息子である清之助と待ち合わせをしていることが判る。
そこに現れたのが中村橋之助演じる清之助で、2人はこれから品川宿に遊びに出ようというところらしい。
2時間ドラマ風にいうと、これが2人の転落の始まりだった、ということになる。
それにしても、調子が良くて遊び人で商売のことなんかからっきしという感じの若旦那が中村橋之助にぴったりだし、これまた調子が良くて口八丁手八丁とにかく強かなたいこもちなんて古田新太のハマリ役だろう。
あて書きしたんじゃないかと思うくらいにぴったりハマっている。
ちなみに、2人で歌うシーンもあるのだけれど、そのハモり方も決まっていた。
さて、品川宿で飲もうというところで、若旦那のお気に入りの女郎が薩摩藩士のお座敷に呼ばれているとかで現れず、若旦那はガマンというものを知らない。桃八に「隣の座敷に酒を差し入れて、その代わりに鈴木京香演じる袖ヶ浦を連れて来い」などと無理難題を押しつける。
まあ、この押しつけ方が憎めないというところが多分この若旦那の困ったところで、桃八もうっかり引き受けて薩摩藩士の部屋に乗り込み、結局、大もめ。
袖ヶ浦の機転で海に小舟で逃げ出したのはいいものの、その海が時化て小舟はひっくり返り、秋田行きの船に拾われたのはいいものの江戸で降ろしてはもらえず、釜石まで行く羽目になる。
ここで、清之助は家に手紙を書いて自分の無事を知らせ、釜石で養生しているのでその宿に支払う金を持たせてくれるように頼む。
この逗留した宿の女将がクセモノだったのがさらに運の尽き、美人局を仕掛けられたかと思いきや、さらに上を行って、女将が宿の主人を殺すのに加担させられ、小刀で脅されて、清之助は桃八を鉄鉱山に売り飛ばす。
今になって思えば、江戸の清之助の実家から金を持ってきた手代が殺されてしまったのも、女将とグルになった土地の目明かしの仕業だったのかも知れない。
何にせよ、鈴木京香は歌っているよりも、悪女を演じているときの方が何倍も格好いいし似合っていると思う。
それはともかくとして、清之助によって女将たちに売られ、目明かしによって鉄鉱山に売り払われた桃八は、いつか若旦那が自分を請け出しに来てくれると信じて時を待ったけれど、何故か若旦那からの使いが来る気配はない。
待ち疲れて身も心もぼろぼろになった3年目、近在の暴動の余波が鉱山にも及び、それに乗じて桃八は逃げ出す。
この鉱山に閉じ込められてから逃げ出すまでの3年は、古田新太が一人、舞台に立って語ってゆく。その笑いを織り交ぜて、でも広い舞台と物語を背負って気負わない感じが、何だかとても潔かった。
それはともかくとして、この桃八が本当によく判らない。
命からがら逃げ出して、何とか糊口をしのぐすべも身につけて、そこで何故か江戸に帰ってすらいなかった若旦那と再会した桃八は、恨み骨髄に徹しているかと思うとそういうわけではなく、「私には若旦那は殴れない」と一発殴ってやることすらしないのだ。
何故だー! と心の中で叫んでしまう。
それはお人好し過ぎやしないのか。というか、お人好しとかいう問題なのか。たいこもちだからなのか。
このあっさり許してしまう桃八の心持ちが、私にはどうしても判らなかった。
私には判らなくても、若旦那と桃八は2人揃って江戸を目指すことになる。
その後も、雨宿りしているところにやってきた女2人に手もなく騙されて山賊の住処に連れて行かれる羽目に陥ったのも、若旦那がその女の一人が「袖ヶ浦にそっくりだ」と浮気心を出したことが発端だし、連れ去られた先で山賊の頭目におかしな謎かけをして命長らえ、ついでに逃げ出すきっかけを作ったのは桃八である。
でも、この2人の関係は崩れないし終わらない。
桃八も、少なくとも品川からこっち、若旦那に酷い目に遭わされたことはあっても、何らかの恩恵にあずかったことはないはずなのに、何故怒ったりくさったりすることすらしないのか。
新潟で、若旦那が梅毒にかかっていることが判り、そのために三味線が上手く弾けずに義太夫を語れなかったときも、その若旦那を殴ったのだったか酷い言葉を浴びせたのだったか、その土地の目明かしに啖呵を切りまくった桃八は、足を切られてしまう。
それでも、桃八は、梅毒を患った若旦那のために、自分は片足で乞食をしながら暮らしてゆこうとする。
何故、そうして「首をくくりましょう」と言うほど若旦那に尽くすのか。
それでも、最後には、「佐渡島帰りの人の草鞋を集めて、そこに付いた砂金を取って金儲けしよう」という若旦那のアイデアが功を奏し、いつの間にか若旦那の梅毒も完治して、2人は9年ぶりにやっと江戸に戻ることができた。
ところが、日本橋に戻っても、若旦那の家がない。
更地になっていて、薬種問屋そのものがない。
その辺りを歩いていたお嬢さんに聞いてみると、若旦那が時化に取られたと聞いて母親が具合を悪くして亡くなり、若旦那無事の知らせが届いたものの、今度は押し込みで父親が亡くなり、大黒柱がいなくなった店は傾いて、付け火にあって全焼、その騒ぎで若旦那の妹まで行方不明になってしまったと言う。
若旦那が繰り返し繰り返し窮状を訴える手紙を書いてもなしのつぶてだったのはそのためだったのだ。
「江戸に帰りさえすれば」と思っていただろう若旦那は、すっかり何もかもに怖じ気づいてしまう。
「どうやって生きていけばいいんだ」と嘆く。
そこへ、追い打ちをかけるように、先ほどのお嬢さんが「もうここは江戸じゃないのよ、東京っていうのよ」と明るく言い放つ。
2人が東北から越後に珍道中をしている9年間の間に、すっかり故郷も変わってしまっていたらしい。
そのことに激しくショックを覚える若旦那は、それは江戸に戻れば守られるんだという気持ちが強かったからだろう。
一方の桃八は、最初からそんな「守られる」立場なんて持ったこともなければ期待したこともない。どうすればいいかなんて、妹さんを探すに決まっている、人間何がどうなったって、足を交互に出して歩いて生きて行くことに変わりはないのだと、先ほどのお嬢さんよりもさらに明るく(多少はやけっぱち気分もあっただろうけれど)大きな声で言い放つ。
そして。
幕が引かれたときと同じように出演者全員が、江戸だった街並みをもう一度作り、そして勢揃いして立つ。
一度隠れ、再び現れる。
そこで、アメイジング・グレイスが流れる中、幕が引かれる。
本当のことをいうと、ここで終わったときに私は「だから?」と心の中で呟いてしまった。
言葉遊びは健在、というよりも、初期の頃から異彩を放っていて楽しいし、おぉ! という台詞回しや歌詞もたくさんある。歌詞を字幕で流すことで、その「言葉遊びの巧緻さ」がさらに強調される。
多分、私には掴みきれない何かがあったんだと思う。でも、少なくとも私には、それはストレートには伝わって来なかったと思う。
一体この2人はどうなってしまうのかと楽しんで見た分、可笑しくて笑ってしまうシーンがたくさんあった分、その裏に潜り込めない自分に何だか悔しい気がしたのだった。
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