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2011.07.25

「リタルダンド」を見る

音楽劇「リタルダンド」
作 中島淳彦
演出 G2
出演 吉田鋼太郎/一路真輝/高橋由美子/伊礼彼方
    松下洸平/市川しんぺー/山崎一
観劇日 2011年7月23日(土曜日)午後5時30分開演
劇場 パルコ劇場 E列7番
料金 8400円
上演時間 2時間30分(15分の休憩あり)

 時間ギリギリに駆け込んだので、ロビーで販売されていたグッズはチェックしそびれてしまった。

 ネタバレありの感想は以下に。

 音楽劇「リタルダンド」の公式Webサイトはこちら。

 自宅が兼職場になってしまっているらしい吉田鋼太郎演じる「編集長」が舞台に現れたとき、「あぁ、シェイクスピアでも時代劇でもない吉田鋼太郎を見るのは久しぶりだ」と思った。やはり、吉田鋼太郎はシェイクスピアのイメージが強い。
 そこは編集長の自宅で、でも積み上げられた雑誌や無造作に置かれた楽器などから、ほとんど職場も同然になってしまっているらしいことが判る。
 部下たちが打ち合わせにやってきたけれど、どうも編集長の様子がおかしい。打ち合わせのことなどすっかり忘れてしまっていたようだ。

 舞台左手の隅にピアノが置かれ、生演奏が入る。
 始まりがストレートプレイのようだったので、生のピアノ演奏が入るから「音楽劇」なのかと思ったらそうではなかった。
 編集長が高橋由美子と伊礼彼方演じる部下達との打ち合わせを忘れ、市川しんぺー演じるライターと一緒に行く筈だったインタビューを忘れ、ライターが送ったファックスの地図を「判りにくい」と評した辺りで、部下達の疑問が爆発し「最近、編集長はおかしくないですか?」と言う。
 最初は、「自分の母が認知症で」だから疲れているのだと言っていた一路真輝演じる編集長の妻だったけれど、夫が妻を訪ねてきた兄と「こいつは誰だ」と喧嘩を始めたところで言葉を失う。
 ここで初めて歌が入ったのではなかろうか。編集長が若年性アルツハイマーであることによって産まれた感情の部分が主に歌になっていたように思う。
 記憶がどんどん崩れて失われて行っていることに気付いた編集長は「自分を病院に連れて行ってくれ」と叫ぶ。

 病院に行った編集長の帰りを待って、部下たちはイライラと部屋におり、ライターも一度は出かけた物の診断結果が気になって戻ってくる。かなり進行した若年性アルツハイマーであるとの診断だったらしい。「名医だったら治してくれればいいのにな」という呟きが重い。
 この編集長、前妻を3年前に(恐らく)事故で亡くし、その当時から高橋由美子演じる部下と付き合っており、でも今の妻と結婚したのは半年前、その再婚に際して松下洸平演じる息子とは完全に行き違ってしまっている。
 音楽雑誌の編集長としては敏腕だけれど、その分、自宅を「第二編集部」と称してまともに出勤していない風情もあるし決して清廉潔白な聖人君子ではないところがいい。

 編集長の妻のようこさんは、かなり出来た妻である。
 結婚して半年たったばかり、自分の母親も認知症で、そのこともあって離婚を勧める山崎一演じる兄をやんわりと押し戻して明るい顔で添い遂げようと決心している。前妻の息子からは旧姓で呼ばれても怒ろうとはせず、声を荒げる夫を制している。どんな仕事かは今ひとつ判らなかったのだけれど、仕事もバリバリこなしているらしい。

 なので、最初のうちは、正直に「自分と付き合っていたことを編集長が忘れてしまうことがイヤ」だと言ってしまう部下の方に切なさを感じる。ついでに、その先輩女性のことが好きらしい、伊礼彼方の視線も気になるところである。
 もっとも、彼女は隠しているつもりだったみたいだけれど、後輩に気付かれ、後でライターも編集長のことを「女遊びまでして」と評していたから、実際のところはバレバレだったんだろう。でも、一応隠そうとして、正直な気持ちを言いつつも誤魔化そうとして、あまりにも出来すぎた奥さんの前では出番などカケラもない。いっそ、一番気の毒に見えてしまったくらいだ。
 正直に言うと、このお芝居の間に絶対にこの部下2人は付き合う、と思っていたのだけれど、そうはならなかった。

 決して悪人ではないのだけれど、この音楽劇の中で敵役(?)となるのは、妻の兄ということになるんだろう。
 自分も母親の介護でいっぱいいっぱいで、でも、妹可愛さに「別れろ」と迫ったり、介護施設のパンフレットを集めてきたり、「自分は独身でよかった」と妹の前で言ってしまったり、パッと見て嫌な感じの言動をしているのだけれど、冷静に考えると「そりゃ、身内としてはそう言いたくもなるよね」と共感してしまうようなことを言っている。
 少なくとも悪意で言っているのではない。でも、敵役のように見えてしまうことがある。
 こちらもこちらで、相当に切ない話である。

 でも、一番切なかったのは、献身的に務めていたようこさんが、ずっと一緒にいましょう、と夫に話しかけ、夫が頷いたところまでは良かったのだけれど、「めぐみ」と呼びかけられてようこさんが目を見張り、それでもショックを受けたことを隠そうとし、自分は旧姓で呼んでいたくせに父親を怒鳴りつけようとした義理の息子を抑えて、「めぐみ」として返事をしていたシーンである。
 記憶は新しいものから失われて行く。
 結婚して半年の自分の記憶は消え、前妻の記憶は残っている。

 そのあまりの「切なさ」故に(だと思うのだけれど)、あんなにようこさんを認めようとしなかった息子が彼女を認め、父親とあれほど反りが合わなかったのに楽器を持ち出しては、父親が作詞作曲した曲を思い出させようとする。
 その曲は、亡くした母を思って息子が創った曲に対抗して、そして息子を励ますために編集長が作詞作曲した曲らしい。
 この、母を亡くしたときに創った曲がとても良かったし、歌っている松下洸平の高音もとての伸びて、とても良かった。彼が歌い終わったときには拍手が起きたくらいだ。

 見ているときに言葉としてそう思っていた訳ではないのだけれど、こうして書いてみると、この音楽劇のポイントというかツボは「切ない」のような気がする。
 だから、ある意味合理的で、「治療法はない」だの「薬は1種類しかない」だのと、ライターとして調べた経験をいいこと悪いこと問わず並べてみたり、編集長に向かって「自分をあんまり馬鹿にしたからこうなったんじゃないか」などと言い放つ後輩のライターも、一瞬、敵役に見えたりするんだろう。

 彼らは編集長の状況は会社に秘密にしつつ、編集長が心血を注いできた雑誌「リタルタンド」の特集業を発行しようと奮闘する。
 しかし、編集長の病状の進行は早く、部屋中に貼られた「忘れたくないんだ」と言いながら書いていたメモは日に日に多くなり、当初は音楽に関する知識は全く問題なく語られていたのに日に日に語られなくなって行く。
 編集長の病気の進行は早く、記憶はあっという間に女性編集者の入社当時まで遡り、息子が曲のイントロを弾いても歌い出すのは童謡ばかりになる。
 正直に言って、こうなるだろうなと思う方向に登場人物達の現実は進んで行く。そこに意外性のようなものはない。ただ、「受け入れた」人たちの日常が綴られているという感じだ。
 その中で、でもやっぱり、疲れたり昂ぶったり腹立たしかったり悔しかったり泣きたくなったりすることはあって、そうした心持ちは歌に託されて伝えられる。
 そして「あざとい」と判っていても、やっぱりやられてしまった。

 例えば、ラブソング特集の企画で、部下はどうしても編集長自身にその特集ページのリードを書いてもらいたい。
 でも、編集長は記事を書ける状況ではない。
 そこに、ようこさんが、編集長からもらったプロポーズの手紙を持ってきて「使えるかどうか判らないけれど」と差し出すのだ。
 「そんな大切なものは」と固辞した部下だけれど、周りに促され、受け取る。その彼女に後輩が「ここで読め」というのは、やっぱり思いやりだと解するべきなんだろう。それは、最後の決別のチャンスなのだ。

 具合を悪くしていたようこさんの母親が亡くなり、ライターが編集長と留守番をして、他の面々は告別式に出かけたようだ。
 このライターの妙に本音をしゃべるところがいい感じである。常識的にそうは言わないでしょ普通、でも思っちゃったりするよね、という辺りを突いているのが上手いと思う。彼やようこさんのお兄さんの存在が、きれい事ではない、ということを表してくれていると思う。
 ようこさんのお兄さんが、心労と、やはりアルツハイマーだった母親の最期の様子にショックを受けて、再びようこさんの家にやってくる。ほとんど周りのことが判らなくなっている編集長に、妹と別れてくれと掴みかかる。

 でも、この編集長は、ようこさんが自分には必要なのだと切々と訴える。
 まるで、今だけは、周りのことが判っているかのようだ。
 そして、ずっと持ち歩いていたメモをぶちまけると、そこには「ようこ」と書かれたメモがたくさん含まれている。
 回復の兆しか。
 そう思わせるところで幕である。

 いいお芝居、いい音楽劇を見た。
 このお芝居、見て良かった。そう思った。

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コメント

 逆巻く風さま、再び、コメントありがとうございます。

 確かに、一路真輝さん、美人でしたねー。知性派美人というのか、キリッとした佇まいでカッコよかったです。

 そして、なるほど、劇場で選ぶという方法もありなんですね。
 今まであまり意識したことがなかったのですが、数えてみたら「**で見ることが多い」みたいな傾向があるかも知れません。
 感じとしては、本多劇場とか紀伊國屋ホール、最近だとあうるすぽっとにも結構見に行っているような気がします。

投稿: 姫林檎 | 2011.08.07 23:20

「リタルダンド」一路真輝さんが美人でした~。素美人という感じで宝塚という派手な印象がなかったです。
観客もですが演じている役者さんも泣いているようでした。

「太陽に灼かれて」は、まず劇場、そして内容がサスペンス調で興味をひかれたからです。天王洲はあまり外れがないので。その点パルコはあまりいい印象がなかったんですが、今回の「リタ~」で見直したという感じです。

投稿: 逆巻く風 | 2011.08.07 12:45

 逆巻く風さま、コメントありがとうございます。

 リタルダンド、ご覧になったのですね。
 やっぱり「泣かされ」ましたか! 仲間がいて嬉しいです(笑)。

 「三銃士」も「太陽に灼かれて」も迷った末にチケットを取りませんでした。そういうことが多いですね、すみません。
 「太陽に灼かれて」はミュージカルではないのですよね? 逆巻く風さんがご覧になったのは、鹿賀さんの出演が理由なのでしょうか???

投稿: 姫林檎 | 2011.08.07 11:09

遅くなりましたが、観てきました。最初から最後まで緊迫感ある泣かされる芝居でした。ラストは良かったんですがもう少しねちっこく責めてもよかったかな?と。余韻を持たせる終わり方なんでしょうね、しかもスマートな劇場ならではの。
それはそれとして、同時に観た「三銃士」「太陽に灼かれて」も面白かったです。

投稿: 逆巻く風 | 2011.08.06 17:00

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