「キネマの天地」を見る
こまつ座第95回公演「キネマの天地」
作 井上ひさし
演出 栗山民也
出演 麻実れい/三田和代/秋山菜津子/大和田美帆
木場勝己/古河耕史/浅野和之
観劇日 2011年9月10日(土曜日)午後6時30分開演
上演時間 2時間20分(15分の休憩あり)
劇場 紀伊國屋サザンシアター 3列16番
料金 7350円
ロビーでは、「ザ・座」のバックナンバーやTシャツ、クリアケースなどが販売されていた。
また、リピーター割引のチケットの販売も行われていた。こんなに面白いのに勿体ない、まだチケットがあったのか、と思ったのだった。
ネタバレありの感想は以下に。
とてもお勧めなので、でもネタバレが判ってしまうと面白さが減ってしまうので、できればここは読まずに舞台をご覧になっていただきたい。
元々、映画をほとんど見ない私は、「キネマの天地」という映画を見た記憶もないのだけれど、当時、有森也実が主役に抜擢されて話題になっていたことは何となく覚えている。
この「キネマの天地」という舞台は、映画が封切られた頃にその続編として舞台で上演されており、でも、「こまつ座」としての上演は今回が初なのだそうだ。
古河耕史演じる東大出の助監督が待ち構える劇場に、大和田美帆演じる田中小春(彼女が映画版「キネマの天地」の主人公である)を皮切りに、映画会社所属のスター女優達が次々にやってくる。
田中小春は「**娘」シリーズだし、秋山菜津子演じる滝沢菊江は「毒婦」シリーズだし、三田和代演じる徳川駒子は「母物映画」シリーズだし、彼女らはいずれも当たり役のシリーズ映画を持っている。
そして、麻実れい演じる立花かず子だけはそういった特定のシリーズは持たないのだけれど、あなたのファンだから数の子は食べません、というファンを多く持つ大女優である。
浅野和之演じる小倉監督が彼女らを集めたのは「大作映画」のオファーだという話だったのだけれど、それが1年前の再演となる「ぶた草物語」という舞台の稽古という話になる。
稽古前にお手洗いに行かなくては、人々の前でお手洗いに行くような夢を壊すことはできないから女優はみんな膀胱炎である、膀胱炎であることがスター女優の条件であり勲章である、などというどこか本末転倒のような話で盛り上がった4人の女優は一度舞台稽古の現場を離れる。
そこに、木場勝己演じる大部屋俳優がやってきて、男3人で、1年前の舞台「ぶた草物語」で亡くなった、小倉監督の妻である松井チエ子を殺した犯人をこの舞台で突き止めてやろうと改めて結束する。
井上ひさし脚本が、どんでん返しの種をこんな序盤で明かす訳がない。これは更なるどんでん返しが約束されたようなものである。引っかかるまいと決意を新たにする。
そうして、舞台稽古が始まると、やはり4人のスターの自己主張はすさまじい。
あり得ないだろうと思ったり、劇画チックすぎると思ったり、そんなマイナス要素(膀胱炎になるのがスターの明かし、みたいな)を競ってどうすると思ったりするのだけれど、でも、「これはおもしろ可笑しくしてあるけど、でも似たようなことはあったに違いないし、あるに違いない」と思っている自分がどこかにいる。
不毛だとは思うけれど、きっとそういうこともあるんだろうな、そこを蹴落とされずに見返してやると奮起した人たちがここにいるし、後輩に同じようなことをするんだろうな、と思うのだ。
私は全く体育会系でないし、先輩後輩が厳しい集団にいたことがないので、この辺りのことがよく判らない。
先輩の言うことには絶対服従、黒いものも白いと言われれば白、みたいな世界はおかしいだろうと思っているのだけれど、でもそれを自分が体験していない分、その理不尽さを通り抜けることが人間として必要なんだ、そこを生き延びてこそ本物の力が付くんだ、みたいな論法に滅法弱い。確かに私がダメなのは、そういうのをくぐり抜けて来ていないからなんじゃないか、必要なところを落として来てしまったんじゃないか、とつい弱気になってしまう。
なので、基本としては否定的なんだけれど、つい「必要悪なのかも」という発想になってしまうのだけれど、多分、「キネマの天地」というこのお芝居はそこを肯定してはいないのだと思う。
1年前の舞台で共演した女優が気付くのでは亡いかと心配する小倉監督に、俳優は「それならちょっとやってみましょう」と演劇評論家などなどに変装して現れる。
歌舞伎出身で大部屋俳優が長い彼は、芝居のイロハみたいなものを十分に呑み込んでいるし、下手をすると誰よりも詳しい。そして、情熱がある。
そうして、女優達が大もめに揉めだしたときに現れて語る彼の「芝居論」「演劇論」とも言うべき言葉は、少しずつ女優達に浸透して行く。
そこを思い出せない私も阿呆なのだけれど、かなり含蓄のある言葉であったことは間違いない。そして、そこに芝居に対する愛があったことも、また間違いがない。
「キネマの天地」は、時代背景がほとんど語られず、社会への風刺のようなものも全くないのだけれど、その代わりに、全編で芝居や演じるということや舞台に対する井上ひさしの思いのようなものが、ストレートに表現されていると思う。
件の俳優がとうとう刑事として現れ、この舞台は松井チエ子殺害犯人を見つけるためのものだ、と大きく影を引きながら宣言したところで休憩に入った、と思う。
2幕目は、1幕の最後の一部分を繰り返し(この繰り返し方が舞台稽古っぽい)、そのまま先へ進んで行く。
4人のスター女優たちに対して、次々と「動機」らしきものが突きつけられて行く。
この辺りがまた、すさまじい限りで、その「動機」がすさまじいのではなく、「これが殺人の動機だろう」と突きつけられたことどもについて、4人の女優たちは、別に事前に相談していたりするでもなく、必死になるでもなく、ごく自然に「それはよくあることだ」と口々に語り出すのだ。
いや、だから怖いだろう。
「生きているどじょうを巻いた海苔巻きを差し入れした」なんて話を笑いながらしないで欲しいというものだ。
そうして、小倉監督と助監督が調べ上げた動機は次々に論破され、ついでに松井チエ子という女優の「意地悪さ」もかなり暴露されて夫である小倉監督が少々居心地の悪い思いをした頃、ふいっとかの大部屋俳優が、誰も語っていない「松井チエ子殺害動機」を語り出し、場の空気は一変する。
小倉監督も、こうなってはと彼に刑事役を演じてもらっていたことを話し、そうして、実は4人のスター女優を追い詰めると見せて、逆に刑事役をやってもらった彼をあぶり出そうとしたのだと語る。
そこで語る、4人のスター女優を相手に舞台に立てることの魅力、それは自分が殺人犯であることが暴かれる危険よりもずっと大きいのだという台詞に、4人の女優達は、改めて自分の立ち位置とその幸福さに思い至ったように見える。
彼が警察に自首すると舞台を去った後、4人のスター女優達は、最初のいがみ合いが嘘のようにして、小倉監督の超大作の台本を受け取り、食事を一緒にしようと劇場を後にする。
もちろん、この舞台はここでは終わらない。
それでは、どんでん返しでも何でもない、正統派の推理劇ではないか。
そこへ、件の大部屋俳優と警察に付き添った筈の助監督が戻ってくる。もちろん、警察から戻ってきた訳ではない。
今の一件は、徹頭徹尾、超大作の映画でスター女優4人がいがみあって映画を台無しにするようなことがないよう、「舞台」「演技」というものに対する愛と敬意を取り戻す(あるいは思い出す)よう、彼ら3人が仕組んだお芝居だったのだ。
小倉監督曰く「あと半年くらいは保つだろう」ということだ。
井上ひさし作品だったら、あと2回くらいはひっくり返してもらいたい。
でも、そこまでどんでん返しの連鎖をするよりも、もっとストレートに素直に、舞台や演技や映画について描きたかったんだろうなと思う。
ある意味、井上ひさしの「理想」がてらいなくストレートに語られたこのお芝居に、どんでん返しの連鎖は必要ないのかも知れない。
面白かったし、惹きつけられた。
ラストに出演者全員で歌っていた、蒲田行進曲のテーマ(そういえば、劇中では歌も踊りもなかった)がいつまでも耳に残った。
| 固定リンク
「*芝居」カテゴリの記事
- 「先生の背中 ~ある映画監督の幻影的回想録~」の抽選予約に申し込む(2025.03.29)
- 「フロイス -その死、書き残さず-」を見る(2025.03.23)
- 「リンス・リピート」のチケットを購入する(2025.03.20)
- 「やなぎにツバメは」を見る(2025.03.16)
- 「デマゴギージャス」を見る(2025.03.09)
「*感想」カテゴリの記事
- 「やなぎにツバメは」を見る(2025.03.16)
- 「デマゴギージャス」を見る(2025.03.09)
- 「にんげんたち〜労働運動者始末記」を見る(2025.03.03)
- 「蒙古が襲来」を見る(2025.03.01)
コメント
逆巻く風さま、コメントありがとうございます。
「キネマの天地」良かったですよね!
大和田美帆さんも、私は映画の「キネマの天地」を見ていないのですが、きっと有森也実が演じた小春とはかなり違った、でも魅力的な小春だったと思います。
こまつ座のお芝居が相変わらず楽しくて質が高いことには安堵しますし、嬉しいです。
そして、おっしゃるとおり、「醒めながら見る夢」は迷った末にチケットを取っておりませんです。
逆巻く風さんは、私の「迷った末に止めた」辺りを正確に突いてくださいます、本当に。
そして、よかったとおっしゃるのを聞いて、「見れば良かった!」と思うことになります(笑)。
でも、再演の「炎の人」は見に行きますから!
投稿: 姫林檎 | 2011.09.24 22:56
観てきました!
個性あふれる役者さんたち、素晴らしいですよね。
その中で新人っぽい大和田美帆さん、臆するどころか対等に渡り合っていました。今後が楽しみです。
ホント、あの人たちの演技では騙されてしまいます。2転3転となって、どこまで行くんじゃい!って感じでした 笑。
やはり井上作品、安心して観れます。
でも内容・・・よりは役者さんの熟練の演技を堪能する舞台でしょう。
もう1本観てきました。「醒めながら見る夢」でしたが、辻仁成さん演出についついつられて。ミュージカルとうたっていましたが、やはり音楽劇っぽかったです。なかなか感動的で、ひょっとしたら「キネマの~」より内容はよかったかも・・・と書いても姫林檎さんは観る予定はないでしょうね (^^)
投稿: 逆巻く風 | 2011.09.19 08:31