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「猟銃」
原作 井上靖
翻訳 セルジュ・モラット
日本語監修 鴨下信一
演出 フランソワ・ジラール
出演 中谷美紀/ロドリーグ・プロト
観劇日 2011年10月8日(土曜日)午後2時開演
劇場 パルコ劇場 F列30番
料金 7350円
上演時間 1時間40分
ロビーでは、パンフレットとポスター、パルコ劇場でこれまでに上演された作品のDVDが販売されていた。
ネタバレありの感想は以下に。
中谷美紀の初舞台という宣伝文句に、それは見てみたいという気持ちと、これを見てみたいって私は単なるミーハーなんじゃないかという気持ちと、結構せめぎ合いがあったのだけれど、見終わってみれば、これは見てよかった。
言い方は悪いけれど「イロモノなんじゃないか」というような私の事前のイメージは完全な邪推で、今では私の中で「化粧」に近い、一人芝居の一つの完成形に位置づけられている。
この「猟銃」は一人芝居ではないのだけれども、でも、そういう位置づけである。
客席は開演前からかなり暗めの照明になっていた。
舞台ももちろん暗い。
そして、開演してからも、舞台上の照明はかなり絞ってある。演じている中谷美紀と、紗のカーテンの奥にいるロドリーグ・プロト演じる三杉穣介の表情が辛うじて見えるというくらいだ。
舞台は、男声のナレーションが暗い中に響くところから始まる。この男性「私」は、狩猟についての雑誌にどこかですれ違った猟銃を持った男のことを書いた詩を載せたことがあり、数ヶ月して三杉穣介という見知らぬ男性から「その猟銃を持った男は私のことだと思う」「私に届いた3通の手紙を読んでもらいたい」という手紙を受け取る。
幕開けは、雨である。
そして、3通の手紙を書いた女性3人を、中谷美紀が順に演じて行く。
中谷美紀の台詞は、全て、その手紙の文面である。
中谷美紀は、最初、女学生風の服装と髪型、眼鏡をかけた姿で登場する。手紙の言葉使いからして現代ではない。
この薔子という娘は、母を亡くしたばかりであり、穣介おじさまに手紙を書いたのだそうだ。
随分と懐いていたらしいその「おじさま」に、彼女は淡々と礼儀正しく、でも痛烈に、穣介おじさまと母親との関係を知ってしまった顛末を語り、「もう会いたくない」と告げて手紙は終わる。
彼女の足もとには水が張られ、蓮の花(だと思った)が浮かび、彼女はマッチを擦っては線香に火をつけて手向けている。劇場にはその香の匂いが立ちこめている。
そうして、着ていたブラウスとセータ−、スカートを脱ぎ捨て、結っていた髪を下ろすと、そこには赤いドレスを着た、蓮っ葉と言っていいだろう感じの女性が登場する。
床からはいつの間にか蓮の花が消え、水が消え、砂利なのかビー玉なのかそういったものが敷かれているようである。
単細胞の私は「不倫相手イコール蓮っ葉な女性」という短絡的なイメージから、最初は彼女を薔子の母親かと思ったのだけれど、それでは薔子の語る母親とのギャップが大きすぎる。
彼女は、三杉穣介の妻なのだった。
だとすると、「三杉穣介さま」という書き出しと、こういう書き出しはまるで恋文のようだという続く言葉はそれだけで痛烈である。
随分と浮き名を流した、「不貞」の妻らしいのだけれど、それにしては彼女の言葉使いはやはり上品である。
その上品さは、彼女が結婚生活で失ったものどもを思い起こさせて辛い。
終始無言で猟銃を手入れしていたり、手紙を読む女の声に聞き入っていたり、読まれている手紙の場面を演じていたりするロドリーグ・プロトの立ち姿にも苦悩が滲んでいるように感じられてくる。
彼女が三杉穣介の妻であると気がついたのと、彼女が薔子の手紙に出てくる「みどりおばさん」であり、薔子の母親の親友とでもいうべき存在であると気がついたのが同時くらいだった。
降ろされた紗の幕には三通の手紙の一部が書かれていて、照明の当たる部分にくっきりと「みどりの手紙」と書かれているのに気がついたのと、みどりが三杉穣介の妻であると気がつかざるを得ないようなことが語られているのとが同時だったのだ。
多分、ここまで鈍い観客は私くらいだったと思うけれど、でも、見事なくらいだった。
このみどりを演じているときが、一番動きが大きい。
それは、多分、3人の女の中で彼女が一番「主張する」女だったからだろう。声も変え、しゃべり方も変え(手紙を読んでいるのだからそれほどの違いが出る筈もないのだけれど、でも、くっきりと違うことが判るのだ)、すっかり浸かってしまった。
ノースリーブというよりもスリップドレスに近いドレスを脱ぎ、スリップ姿になって、最後の「彩子の手紙」が始まる。
床は端から倒されていって、平らな少しつやつやとした床に変わって行く。
私には「さえこ」と聞こえていたのだけれど、字面は「彩子」らしい。
それはともかく、この女性が、薔子の母親であり、みどりの従姉妹で親友であり、三杉穣介の不倫相手だった女性である。
ほとんど動かず、すっと立つか、正座しているか、礼儀正しい、奥ゆかしい、まさに「大和撫子」を地で行くような彼女の手紙は、やはり端正である。
でも、そこに書かれていたことは、この上もなく激しい「裏切り」である。
スリップも脱ぎ、そして真っ白な着物と帯を着付けて行きながら彼女が語る感謝と愛に溢れた遺言は、でも、三杉穣介に対する痛烈かつ重たい裏切りを打ち明け、実行する内容なのだから、人は見かけによらないとはこのことである。
そして、その3人の女性を一人の女優が演じていることに改めて驚く。
落ち着いた口調で語って行く彩子の手紙は、不倫をみどりに知られたら死のうと思っていたこと、三杉穣介のことを書いてきた日記を娘に焼いてくれと渡したときに死を決めたこと、でも、そうと気付かせようとしたのかどうか、彼女が生きる気力を失ったのは別れた夫の再婚を聞いたためだったことが語られる。
怖すぎる。
これを書いた井上靖という人は一体どういう人なんだ、と思う。
愛するよりも愛されたいと望んできた、そのとおりに愛された、幸せだった、でも本当は別れた夫をずっと愛していたし、「悪人になろう」「みどりと他の全ての人を騙そう」と言い合ったときに自分は三杉穣介をも騙そうと決めたのだと打ち明けて、その遺言は終わる。
小説はこの続きがあるようだけれど、舞台はここで幕である。
いや、3人の女を演じ分け、集中しきっていた中谷美紀も見事だったし、一言もしゃべらずに三杉穣介の苦悩を見せたロドリーグ・プロトの存在感も凄かった。
見て良かったし、また見てみたい舞台だった。
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コメント
capricornさま、初めまして&コメントありがとうございます。
同じときにパルコ劇場にいらしたのですね。それは奇遇ですね。
私の席からでも、表情まで見るのはかなり厳しかったので、さらに少し後ろということになると、オペラグラスが正解だったかも知れません。
でも、そのためにロドリーグ・プロトー氏に気づけなかったのは残念!
本当に彼なしでは成立しない、中谷美紀の一人芝居、という感じだったです。
次回ご覧になるときは、ぜひ、紗幕の向こうにもオペラグラスを向けてみてくださいませ。
投稿: 姫林檎 | 2011.10.10 23:06
初めてコメントさせていただきます。
私も同じ回で『猟銃』観ました。
中谷美紀は素晴らしかったですねえ。初舞台とは思えませんでした。
ちなみに私は列で言うと姫林檎さんの数列後ろだったのですが、照明の暗さもあって肉眼では中谷さんの表情を伺えなくて、ずっとオペラグラスを覗いていました。
その為、ロドリーグ・プロトーの存在感には一切気づかず(^_^;
もう一度、観に行く予定なので、その時には無言で頑張る彼にも注目したいと思います。
投稿: capricorn | 2011.10.08 23:11