「三人姉妹」を見る
華のん企画プロデュース「三人姉妹」
原作 アントン・チェーホフ
脚本・演出 山崎清介
出演 竹下明子/伊沢磨紀/久保酎吉/福井貴一
佐藤誓/戸谷昌弘/佐藤あかり/若松力
加藤記生/北川響/吉田妙子
観劇日 2011年10月29日(土曜日)午後2時開演
劇場 あうるすぽっと B列11番
料金 5000円
上演時間 1時間55分
ロビーではパンフレット(900円)が販売されていた。
ネタバレありの感想は以下に。
チェーホフの作品は、この華のん企画のチェーホフシリーズが始まるまではほとんど見たことがなかった。
そういうわけで、「三人姉妹」も初めて見た、と思う。
正直に言って、こんなに救いのない物語だとは思わなかった。考えてみたら、桜の園だって、ワーニャおじさんだって幸せな物語ではないのだけれど、「三人姉妹」と言われると華やかなイメージが浮かぶではないか。
もしかすると、決して希望のない終わり方のお芝居ではないのかも知れないのだけれど、見終わって最初に浮かんだ感想はやはり「救いがない」だった。
そして「三人姉妹」がどういう物語かと言われると、モスクワへ帰りたかったのに帰れなかった、帰れないことを悟った三人姉妹の話、と答えることになると思う。
そういえば、第三舞台のお芝居で、新劇のお芝居をパロって「モスクワへ!」「モスクワへ!」と叫ぶシーンがあったのだけれど、あれがこの「三人姉妹」をパロっていたのだということを、今頃になって悟ってしまった。というか、この舞台を見ているときすら気付かず、何故か帰りの電車の中で、突然、思い浮かべてしまったという体たらくである。
伊沢磨紀演じる長女オーリガ、佐藤あかり演じる次女マーシャ、吉田妙子演じる三女イリーナは、モスクワで生まれ育ったのだけれど、今は父親の仕事の関係で田舎にいるらしい。そして、三姉妹に教養をつけることを厳命したその父親も亡くなり、モスクワへ帰ることを渇望しつつ、「半年後にはモスクワね」と言いつつ、父の関係なのか軍人が頻繁に出入りする家で、割と裕福な感じで日々を送っているようである。
そこへ、この町に駐屯することになった軍の隊長である福井貴一演じるヴェルシーニン中佐がやってくる。彼は幼い三姉妹に会ったことがあるらしい。
物語はここから始まって、この軍がこの町を離れるところで終わる。
軍隊がやってきて、三人姉妹というタイトルなのに長女と次女の間にいる佐藤誓演じる長男アンドルーが、竹下明子演じるナターシャにプロポーズして終わる一場から始まる。
イリーナはいわばこの一家のアイドルのようだ。
そして、二場になると時間が数年たっていることが判る。アンドルーとナターシャは結婚して長男が産まれ、マーシャはヴェルシーニンと恋をし(双方が既婚者なのだけれどどうも「不倫」という感じがしないのは何故なんだろう)イリーナは電報局で働き始めている。モスクワが遠くなるのと同じスピードで家族が壊れ始めているように見える。もう一つ、この家族を壊してしまいそうなのはナターシャの存在で、彼女はどちらかというと悪者のように描かれていると思うけれど、実際のところ、教養高くモスクワをひたすら懐かしむ小姑たちがいる家に嫁に入ったナターシャは、彼女の側から見ると、相当に苦労があったに違いないと思う。
町が大火事になった日、オーリガは疲れ果て、マーシャは姉妹に自分の恋を激白し、イリーナは働くことに夢を失くして相変わらずモスクワへの夢を口にする。その妹にオーリガはトゥーゼンバッハ男爵との結婚を勧める。どんどん存在感を失っているアンドルーは、モスクワの大学教授の座を諦めて議員になった自分を認めず、ナターシャを嫌う姉妹を難詰する。
はっきり言って、三場はみんなが隠していた黒いもの、マイナスの感情をはき出していて、その割に空気が疲労感で溢れてはいるけれども穏やかなところが不気味である。
そして、軍隊が去って行く最後の場面。オーリガは望んでいなかった校長を務めるようになり、軍隊が町を去ってマーシャの恋も終わり、「愛してはいない」と双方が知りながら戸谷昌弘演じるトゥーゼンバッハ男爵と結婚しようとしていたイリーナだけれど、そのトゥーゼンバッハ男爵は若松力演じるソリョーヌイとの決闘に負けて死んでしまう。
それでも三人姉妹は寄り添い、明日から新しい生活が始まるのだと前を見つめる。
前を見つめているけれど、恐らく、三人姉妹がこの家に集まることはもうないのではないかと思わせる。
この「三人姉妹」には悪人は出てこない、ように思う。
悪人は出てこないけれど、気持ちのいい善人もまたいないような気がする。
「三人姉妹」がそういう物語なのかどうか、私には判らないのだけれど、台詞は似ていても「また、明日という日があるんだわ」と決然と呟いたスカーレットと、この三人姉妹の明日は全く違っているし、その明日に向かう心持ちも全く違うような気がする。
モスクワへ帰りたかったのに帰れない、働くことに夢を持っていたのに働いていても夢も理想もどこにも見えて来ない、でもそんなことを言えるのも「三人姉妹」に登場する誰もが生活に困っていないからのような気もする、哲学を語れるのも生活に不安がないからだと思うのは私の偏見だろうか。
変な人物は出てきても、嫌な感じの人物は出てこない。嫌な感じといえば、次女のマーシャのもの言いが一番嫌な感じかも知れないと思ったくらいだ。
「三人姉妹」という芝居を初めて見たのだけれど、この悪人はいないけど閉塞感だけはたっぷりとあるこの枠組みは、三人姉妹のスタンダードな解釈なんだろうか。勝手な思い込みかも知れないのだけれど、もしかして一風変わった解釈なんじゃなかろうか。
クラッピングがないのはどうして? と思ったくらい、何となく子どものためのシェイクスピアシリーズを彷彿とさせた理由もよく判らない。
登場人物が舞台上からいなくなることは(多分)なく、出番ではないときは後ろを向いて椅子に腰掛け微動だにしない。そして、ふっと立ち上がったり、くるっと向き直ったりして「ただいま参戦中」であることを表明する。
舞台の両脇に衣装が並べてかけられていて、衣装替えも舞台上で行われる。
そして、その舞台は、舞台の上に一段高く正方形に作られ、額縁のように空間が切り取られている。その正方形の舞台の周りが使われるのは最終場、アンドルーが乳母車を押して歩いているときだけである。
華のん企画らしい、山崎清介演出らしい、そして恐らくはスタンダードではない舞台だったと思う。
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コメント
逆巻く風さま、コメントありがとうございます。
そして、久々に同じお芝居を観ましたね! ふふふ。
良かったとイマイチとか、そういえば書いていませんね、私。
華のん企画のお芝居はもう私にとっては良かったというのは決まりのようなものなので、改めて書く感じではなかったのかも知れません。
同時に、あまりチェーホフのお芝居を観ていないので、多分、華のん企画のこの「三人姉妹」は新しかっただろうと思うのに、そこをすっと判ることのできない自分が悔しい、という気持ちが先に立った、ということかと思います。
って、自分のことなのに他人事のように書いていますが。
今回は買いませんでしたが、華のん企画のお芝居のパンフレット、楽しいですよね。
どの辺りでニヤリとされたのか、ぜひお教えくださいませ。
投稿: 姫林檎 | 2011.10.31 22:45
訂正 姫林檎さん です。単なる間違えですので悪しからず。(^^;
投稿: 逆巻く風 | 2011.10.31 19:57
一日違いですが観ました。感想は、非常に面白かった!です。
こういう想像力を駆り立てるようなの大好きです。役者さんの台詞、立ち居振る舞い、”詩”のような感じがしました。一歩間違えると不条理劇になってしまいそうなんですが、そうでもなかったです。
良かったとかイマイチとか書いてありませんので良く分かりませんが、ストーリーを重視する姫林檎はあまり得意な分野ではないんじゃないかと思うんですがどうなんでしょう?
終演後、感激してパンフレットを買ってしまいましたが、それには人物相関図が載っていたり言葉の説明とかが書いてあったり、また役者さんのコメントがあったりで思わずニヤリとしてしまいました。
投稿: 逆巻く風 | 2011.10.31 19:51