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「隠蔽捜査」
原作 今野 敏
脚本 笹部博司
演出 高橋いさを
出演 上川隆也/板尾創路/近江谷太朗/中村扇雀
小林十市/平賀雅臣/朝倉伸二/宮本大誠
斉藤レイ/本郷弦/西田奈津美/岸田タツヤ
観劇日 2011年10月22日(土曜日)午後1時開演
劇場 シアター1010 1階14列32番
料金 8500円
上演時間 2時間30分(15分の休憩あり)
シアター1010で、2階席はよく見えなかったけれど1階席はほぼ満席というのは珍しいのではなかろうか。また、客席の年齢層が高めだったのも意外だった。
ロビーでは、パンフレット(1500円)等が販売され、この公演のDVDの予約も受け付けられていた。
ネタバレありの感想は以下に。
ちなみに、この公演と「果断ー隠蔽捜査2」を続けて見たので、この公演の感想はその間の時間に書いたもの(すなわち「果断」を見る前に書いたもの)ほぼそのままである。
原作の小説は読んだことがあって、結末は知っていたし、そもそも、舞台の一番最初に「この物語の結末」のシーンが演じられた。
そこから、「どうしてこういう結末になったのか」ということを最初から見せて行くという構造のお芝居である。
上川隆也、近江谷太朗の2人が出演しているし、舞台を暗めにして狂言回し役にスポットを当て話を進ませるという演出は数年前(いや、もっとかも知れない)のキャラメルボックスを思い出させる。
最初のうちはそう思っていたのだけれど、そうだ、このお芝居は高橋いさを演出だったんだ、元々がそれは劇団ショーマの形だったのかも知れないと思い直した。
警察を舞台にした話ではあるけれど、捜査のシーンはほとんど(もしかしたら全く)出てこない。いわゆる捜査に当たる刑事だって「果断」で活躍する(と狂言回しに紹介されていた)一人が一瞬出ただけである。
舞台上には奥にテーブルがあり手前に応接セットが置かれ、そこが警察庁総務課になったり、参事官室になったり、主人公である竜崎の家のリビングになったりするのだけれど、ガンとして刑事が集まるような部屋にはならないのである。
上川隆也演じる警察庁の竜崎総務課長がこの舞台の主役である。
この舞台は、ほぼ一貫してこの竜崎の視点で語られていたように思う。竜崎が経験してたことが伝えられ、竜崎が見聞きしたことが伝えられ、物事はほぼ常に竜崎の周りで起こる。竜崎が知らない情報を客席の私たちが予め知ることはなく、竜崎が驚くときは、客席の私たちも驚くということになる。
それにも関わらずというか、だからと言うべきなのか、竜崎の心情はほぼ全く語られない。
その竜崎の幼なじみが中村扇雀演じる警視庁の伊丹刑事部長である。彼は役なのか役者なのか微妙なところで狂言回しも務めているし、そもそも彼が「竜崎が左遷された理由を知ってもらいたい」と語り出す。
狂言回しだから当然のことながら竜崎よりも多くのことを知っているし、伊丹が過去を振り返っているのだけれど、でも、この舞台の視点と感情は彼のものではない。
その微妙な立ち位置を逆手に取って、出かけるために上着を着ようと妻の名前を連呼する竜崎に、そのシーンの外から上着を渡したりという、舞台と客席のまさに狭間に立ったような、でも笑わせるシーンを難なくこなしてしまうところが凄いと思う。
狂言回しだからどうしても説明的な台詞が多いのだけれど、それをエンターテイメントにしてしまう、違和感を感じさせずうるさく感じさせない。やっぱり見事だ。
何十年か前の事件の犯人(当時、少年だったために短い刑期で出所している)が続けて2人殺されるところから物語は始まる。
ほぼ同時に、竜崎の息子がヘロインを吸っているところを竜崎自身が見つけるという出来事が起こる。
殺人事件の捜査が進むにれ、この事件は復讐なのではないかという推測がなされ、さらに現職警官による殺人事件であることが明らかになる。
しかし、しつこいようだけれど、この舞台でその捜査の過程が語られる訳ではない。
あくまでも、この2つの「事実」を知った竜崎の迷いと正義と、そして殺人事件の隠蔽に事実関わっている伊丹との関係が語られるのである。
そういう意味でいえば、この舞台は推理劇でもなければ刑事ドラマでもない。それを期待すると多分、裏切られる。
小説を読んでいた私ですら、こんなに「捜査」シーンのない、その過程の省かれた話だったっけ? と思ったくらいである。
でも、休憩を含めて2時間半がぎっしりと埋まっているし、見終わって満足度が高い。骨太なドラマを見た、という印象が強い。
超堅物で正義を青臭く振り回すエリート官僚とくれば、もう、上川隆也のはまり役もいいところである。
そして、それを裏切らないところがいいし、家での不器用な感じも、時々突拍子もないユーモアを発揮しようと努力する健気なところまで、もうほとんど素に見えてくるくらいだ。
よくよく考えるとこの竜崎という男は、息子に東大進学を強制したり、権限を大きくするために出世は大切だ、出世のことしか考えないのは当然だと言い切ったり、奥さんに自分は国のことを考えるからおまえが家のことをやれと言い放ったり、そういう辺りは全く共感を覚えないのだけれど、それでも家族に許されている(呆れられているともいう)ところまで含めて、上川隆也のはまり役といえるだろう。
上川隆也が演じると、この男がそれでも何故家族に愛されているのか納得できる気持ちになる。
男優の多い舞台で、竜崎の妻を演じた斉藤レイと娘を演じた西田奈津美のさりげない存在感もよかったと思う。
特にこの妻が明るく強く控えめでしっかり者、ある意味で警察官僚の妻として理想の姿なんだろうが彼女を理想に描くって調子がよすぎるんじゃないかなどと思いもしたけれど、斉藤レイが演じるとそこに嫌味がない。
伊丹が自殺しようとしていたのを竜崎が止めたシーンよりも、家族が集まって、竜崎の長男がヘロインを吸っていたことを明かして自首することを話したシーンの方に涙腺を刺激されたのは、多分、この女優2人の力だと思う。
舞台の始まりと終わりは、竜崎がデスクでノートパソコンを開いて仕事し、その後ろの一段高くなったところに並んだ椅子にほかの出演者が座り、中村扇雀だけが狂言回しとしてその舞台を見上げている、という形になっている。
その後ろに並んだ人々の視線と姿勢が中央にいる竜崎に集まり、狂言回しが最後に竜崎を見つめて、そこでこの舞台の幕が下りる。
面白かった。
続けて「果断」も見るので、そちらも楽しみである。
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