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2012.04.21

「賭け」を見る

チェーホフ短編集「賭け」
作 アントン・チェーホフ
翻訳 松下裕
脚本・演出 山崎清介
出演 伊沢磨紀/佐藤誓/戸谷昌弘
    山口雅義/三咲順子/山田ひとみ
観劇日 2012年4月21日(土曜日)午後1時開演
劇場 あうるすぽっと A列15番
上演時間 1時間50分
料金 5000円

 ロビーでは、パンフレットが販売されていたけれど、値段はチェックしそびれた
 ネタバレありの感想は以下に。

 華のん企画の公式Webサイトはこちら。

 紀伊国屋演劇賞団体賞を受賞した3年前の作品の再演である。佐藤、伊沢、戸谷の3人の役者は続投、3人は入れ替わっている。
 チェーホフの「賭け」という短編を外枠に、5つの短編を組み合わせているという感じの戯曲である。
 さらに、その「賭け」を始めるシーンを冒頭に起き、どうしてその「賭け」を行うような話になったのかというシーンを最後に置く、話は循環し回って行くようになっている。技巧的な作品だ。

 でも、「賭け」以外の、「賭け」に組み込まれた短編はそれぞれ独立し、非常にストレートに演じられていると思う。
 犬や猫が出てきたり、その猫が「82歳だ」と言葉をしゃべったりもするし、6人の役者で6つの短編を演じるのだから一人が何役もほとんど衣装を変えることなく演じる。その短編に出番のない役者は舞台後方で気配を殺して座っている。
 そういう演出なのだけれど、やっぱり、非常に正統的という印象を受ける。

 元々は死刑と終身禁固刑のどちらが「人間的な」刑罰なのか、来年度にはかなり大きな会社の頭取になろうという人の屋敷に何人かが集まってとことん議論しましょうというところから始まったらしい。
 しかし、一人、佐藤誓演じるその頭取候補が「死刑の方が人間的だ」と主張し、戸谷昌弘演じる法律を勉強しているという男が「終身禁固刑なら、とりあえず生きていられる」と静かに主張したところから、この頭取が意地になったのか、稚気を発したのか、その男が「15年でも自由を奪われて過ごせる」と言ったことから、できるかどうかに200万ルーブルを賭けると言い始めるのだ。
 200万ルーブルがどれだけのお金かは今ひとつ判らないのだけれど、相当の高額であることは間違いない。

 賭けに乗った方の男もまともそうに見えて、罪もないのに15年間も幽閉されるという賭けにどうして応じたのか訳が判らない。でも、契約はさくさくと進む。
 そして、いきなり場面は15年後に飛ぶ。
 この男は、期限である15年が経過するわずか5時間前に、自らその幽閉された一室を出て行ってしまったのだ。
 どうしてそんなことになったのか、15年間の男の様子をこの頭取が語り始める。

 最初の1年くらいは男は軽い読み物といった本を乱読したらしい。本の注文には応じるというのが頭取の出した条件の一つだったから、それはありそうな展開である。
 森番の男が吹雪の日に家に入れてやった二匹の犬を連れた男が、助けを呼ぶ声を無視する森番の男に業を煮やして自分が助けに行き、戻って来るとこの森番の男に「ため込んでいる金を出せ」と脅す。この脅す男を戸谷昌弘が演じていることに意味があるのかないのか。
 最後、この男が今にも撃ちそうに鉄砲を構えたところで「待った!」と声がかかり、今演じられていた場面がいわば劇中劇であり、男が読んだ物語の一つであることが示されるのだ。
 このラストシーンの緊迫感は尋常ではなかった。
 枠として「終身刑」「死刑」なんていう言葉が周りに漂っているからだろうか。

 正直に言うと、それぞれの短編がどういうきっかけでどういう順番で語られて行ったのか、ちゃんと覚えている自信がない。
 次は、たぶん、2年目か3年目に男が楽譜を求め始めた、でも最初に男が求めた楽譜が何の曲だったか頭取が思い出せない、というところから始まったのが「忘れた!」という短編だったと思う。
 ちょっと「おい、大丈夫か?」といった感じの男が楽譜屋にやってきたのだけれど、愚痴ばっかりで肝心の「どの曲の楽譜が欲しいのか」が思い出せない。店の女主人とのやりとりをする中で、やっと、リストの曲(劇中では曲名も明かされているけれど、思い出せない)曲であったことを思い出す。
 同時に、頭取も思い出す。
 男は、リストの曲しか求めなかったのだそうだ。果たして、リストという作曲家に何かの意味が込められているのかどうか。

 次は、女優とそのマネージャーという夫婦のやりとりで構成された短編だ。これは確か、男が書いたもの、手紙は頭取に出すことしか認められていなかったけれど、自分に出す分には問題ない、そういう前振りだったと思う。
 女優の彼女は夫が「何もしないぐうたらだ」と罵り、マネージャーの夫は舞台から降りた彼女が「舞台上とは全く違うだらしない女だ」と罵る。ひたすら罵り合う。
 この女優を演じている三咲順子がいきなりキラキラと威厳すら表すのが驚きである。さすが、女優である。
 最後には、この二人はお互いがお互いを認め合っている、そういう内容の「やりとり」をして終わる。
 このマネージャーの男を佐藤誓が演じることに意味があるのか、ないのか。いちいち気になるのが困るところである。というか、気にした方が面白く見られる舞台だと思うのだ。

 頭取が犬になりたいだか、動物になりたいだか、そんなことを一言漏らしたばっかりに始まったのが「カメレオン」で、これは犬に噛まれたと訴え出られた警察署長が、その犬が著名人の犬だと思い込むと犬をかばって男に冷たくなり、その辺の野良犬だと思い直すと男をかばって犬をけ飛ばしまくる。そのあまりの豹変ぶりに、男は「カメレオン所長だ」と叫ぶ。
 これは分かりやすく、「どうして俺が犬にならなくちゃならないんだ!」と叫ぶ頭取に、周りが「だってなりたいっておっしゃるから」と返す。その冷たい感じが、実は現在の頭取の彼らの中でのポジションが判るようでおかしい。

 男が最後に読んだ(というか、頭取に買うことを求めた)本が「魔女」である。
 教会の留守を守っている男が、自分の妻を魔女と思いこみ、天候を操り、男をこの家に招き寄せ、そして自分のものにしているのだと信じ込み、妻を罵る。
 最初は取り合わなかった妻だけれど、そのうち道に迷った郵便配達夫がこの家にやってきて、そして・・・、という物語だ。
 この魔女を演じたときの山田ひとみがまた本当に楽しそうで、魔女ってある意味憧れの存在だよなと思ったりしたのだった。

 でも、この舞台の肝は多分この後にある。
 劇中劇であった筈のこれらの短編の登場人物が、実は、魔女の夫が「男」そのものだったかも知れず、女優は賭けが始まる現場に立ち会っていた女の一人だったのかも知れず、郵便配達夫はこっそり男に郵便を届けていたのかも知れず、警察署長もやっぱり賭けが始まる現場に立ち会っていた男の一人だったのかも知れない。
 でもやっぱり、劇中劇であったのかも知れない。この辺りの錯綜ぶりは一瞬惑乱されたような気持ちになる。

 そして、頭取は15年の期限の前日に「この男さえいなければ」と彼を幽閉していた離れに入り込んだことを告白し始める。
 200万ルーブルがどんな金額なのか、会社にどれだけのお金があってそのうち200万ルーブルはどれくらいを占めるのか、そういったことが判らないまま始めたものの、どうも会社の業績は思わしくないようで、男が注文するままに与えてきた大量の書籍を購入する資金も、15年の満期になる明日払わなければならない200万ルーブルも、彼を破滅に導こうとしているらしい。
 男を追い詰めた筈の頭取が逆に追い詰められている。

 一方で、男の方は、この15年間に様々なというだけでは語り尽くせない様々な大量の書籍を読み、「すべての英知は自分の頭脳に納められている」と豪語する。
 それもどうなんだという気がするのだけれど、そう言い切る男の迫力は尋常ではない。人々が大切だと思っているもの(そこには200万ルーブルも含まれるけれど、それ以外のものも当然あると思う。けれど、それは身も蓋もなく提示されることはない)を自分は軽蔑する、そのことを証明するために、自分は期間満了の5時間前にここを出て行く。
 この男はそういう趣旨の文章を残す。
 この男も、頭取も、どっちも狂気の縁を一歩は確実に踏み外しているよなと思う。

 最後、この賭けの発端となった「死刑と終身刑のどちらが人間的か」をとことん話し合うために、三々五々人々が集まってくる。
 そして、「とことん」話し合いましょうと口々に言い合い(しかし、その言い合う中に「男」はいない)、全員がアルカイックスマイルとはかくやと言いたくなる笑顔を浮かべ、スポットを浴び、舞台が暗くなって幕である。
 この終わり方、怖いの一言だった。

 短編のつなぎ方は結構強引だと思う。
 でも、こうして劇中劇なのかどうか、判然としないまま様々な人物が登場し、合わせて自ら幽閉されることを選んだ男の15年を追うことによって、この男の狂気と賭けを持ちかけた頭取の狂気とが一気に表に出てくるような舞台になったことは確かだと思う。
 出て行った男は死んでしまったのか、この男を殺したのは頭取なのか、それは明かされることはない。けれど、「殺してしまったのかも知れない」という気が、私はした。もしそうなら、それは200万ルーブルのためではなく、頭取が男に恐怖したからじゃないかという気がした。

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コメント

 逆巻く風さま、コメントありがとうございます&お返事が遅くなってすみません。
 GWは、のんびりするつもりが意外とあちこち出歩いてしまいました。

 そんな訳で、GWの観劇はこまつ座一本のみでした。
 逆巻く風さんがイチオシの「カルテット」って知らないなぁと今調べてみたら、グローブ座での公演だったのですね。最近はグローブ座=ジャニーズでチケットが取りにくいのでほとんどチェックしていませんでした。勿体なかったな。

 さて、GWも最終日ですね。
 英気を養ってまた明日からがんばりましょう!

投稿: 姫林檎 | 2012.05.06 12:10

GWも後半戦に突入ですが、いかがお過ごしですか?
私はもう前半戦に済ませて後はだらだらしたり、家の仕事をしたりです。

さてさてこの芝居日にちは違いますが観てきました。華のん企画も2度目だと慣れます。あー、こういうのをやっているんだ・・・と。
それにしても結末は何だったんでしょうか?余韻を残し過ぎでいろいろ解釈ができそうですが。

姫林檎さんが切った(笑)「エンロン」ですが、こんな題材(経済物というか)にしては見せてくれました。やはり市村さんが達者ですね。

そして1番良かったのが「カルテット」でした。地元出身の女優さん目当てだったんですが、凄く歌が良くていい意味で裏切られました。

では良いGWを。

投稿: 逆巻く風 | 2012.05.03 09:29

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