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「海辺のカフカ」
原作 村上春樹
脚本 フランク・ギャラティ
演出 蜷川幸雄
出演 柳楽優弥/田中裕子/長谷川博己/柿澤勇人
佐藤江梨子/高橋努/木場勝己 他
観劇日 2012年5月19日(土曜日)午後1時開演
劇場 彩の国さいたま芸術劇場 大ホール 1階Q列22番
上演時間 3時間50分(20分の休憩あり)
料金 9800円
ロビーでは、パンフレットやTシャツ、ブックカバーなどのカフカグッズが販売されていた他、この劇場で上演されるお芝居いくつかのチケットの販売も行われていた。
ネタバレありの感想は以下に。
彩の国さいたま芸術劇場の公式Webサイト内、「海辺のカフカ」のページはこちら。
村上春樹の「海辺のカフカ」はかなり長い長編で、上下2冊に分けられている。
そして、私の中では、かなり「暴力」と「性」に関する描写が多い小説というイメージだ。
さらに、田村カフカと名乗る少年の物語と、ナカタサトルという老人(と言っては申し訳ないくらいな感じの年齢)の物語とが最初は別々に進行しているかのようにみえて実は最初からリンクされていた、という構造になっている。
ナカタさんは猫とおしゃべりするし、鰯をたくさん降らせるし、カフカ少年はどことも知れない世界に入り込んだりする。夢なのか現実なのか判らない(とカフカ少年が思っている)場面も多い。
要するに、舞台化はかなり難しいのではないか、かなり大胆な工夫が必要なんじゃないかという感じがしていて、当初は上演時間4時間が予定されていたし、一体どういう風になるのだろうと思っていたのだ。
蜷川幸雄演出の舞台で、開演前に幕が下りているのは珍しいなと思っていたら、単純に舞台上が真っ暗なだけだったらしい。
開演すると明かりが入り、人形などを飾るときのケースのような、三方がガラスというよりはビニルというか固くない少し撓むような透明の素材で囲われた、大小様々な四角が黒衣の手によって舞台上を縦横無尽に動き回る。中には、トラックが中に入っていたり、自動販売機が並んでいたり、木々の下にベンチがあったり、書斎のようなセットが入っていたりする。
そして、その中の一際小さなケースには、柳楽優弥演じるカフカ少年が丸くなって眠っている。まるで生まれる前の胎児のように手足を曲げて、白い冷たい光に照らされている。
カフカ少年はカラスと呼ばれる少年と会話しながら自らの歩くべき道を探している。小説を読んでいるときにはそれはもちろんイメージとしての存在だったのだけれど、この舞台では、舞台上にカラスと呼ばれる少年を登場させる。
カフカ少年が白いシャツ、チノパンといった格好であるのに対し、柿澤勇人演じるカラスと呼ばれる少年はシャツもパンツも黒で、髪だけが半白だ。それだけで彼がこの夜に実体として存在しているのではなく、カフカ少年にしか見えない存在なのだということが判る。
カフカ少年の家の、恐らくは父親の書斎から始まったこの舞台は、この透明なケースを組み合わせ、組み替え、出し入れすることによって次々と場面転換が行われる。
完全に黒衣の人力で動かされていて、そのケースの中や外で演じられているときは、黒衣は陰に隠れたりぺたんと床に寝そべって姿が見えないように工夫しているようだ。
小説ももともと様々な場所の様々な登場人物が現れる場面が次々と語られて行くので、その雰囲気ごと、上手く舞台に持ってきたという印象だ。
柳楽優弥は違和感なく15歳の少年を演じてしまう。15歳の少年にしては目力がありすぎだろうと突っ込みたくなるけれど、何しろカフカ少年は世界で一番タフな15歳にならなくてはならないのだから、それくらいの目力は必要なのだ。
彼と恋に落ちる、あるいは彼の母親かも知れない佐伯さんを演じる田中裕子が、意外なくらいの優雅さを見せる。そしてその落ち着いた物腰と、カフカ少年と「関係を持つ」ときの動きとのギャップが激しい。あぁ、こういう風に見せる方法もあるんだなと思う。田中裕子は青いノースリーブのワンピースのような衣装を着たままなのだけれど、ほとんど何も身にまとっていない柳楽優弥よりも艶っぽい。
カフカ少年ともっとも「絡む」のは、佐伯さんが館長を務める図書館で働いている大島さんだ。この大島さんを演じる長谷川博己が「気持ちは男性だけれど生物学的にも法的にも女性」であることをとても控えめに演じているのが好感を持てる。小説の大島さんへの好意を舞台上の大島さんにそのまま向けられる感じがする。
細かいことをいえば、もう少し足を揃えなくてもいいんじゃないかという気がするけれど、それは「過剰」ということでは全くない。どちらかというと、私が普段、全く女らしくないことの方が問題なんだろうと何となく納得してしまった。
一方の物語の核となるのが、木場勝己演じるナカタさんである。ナカタさんは、ご本人曰く「頭があまりよくない」のだけれど、何か独特の雰囲気を持っている。そういう少しクセのある役を演じているときの木場勝己は何と生き生きとしているのだろうと思う。
高橋努演じるホシノくんとの相性もバッチリである。
大島さんのお兄さんが登場しないのは残念だし、佐藤江梨子演じる桜とカフカ少年の関係が、父かカフカ少年に投げかけた「呪い」の話が省かれた(ように思うのだけれど、私が聞き落としただけだろうか)ために、何というか軽くなってしまったようにも感じる。
それはカフカ少年と佐伯さんとの関係についても同様で、「母親かも知れない人と」というカフカ少年のとまどいのようなものがすっかり影を潜めてしまったようにも思う。
それは「海辺のカフカ」という小説では相当に大切なパーツだと思うので、恐らくは全体で3時間50分という舞台にしては長めの、でもやっぱり小説を舞台化するには短すぎる時間に収めるために、敢えて外した重要なパーツということになるんじゃないかと思う。
当たり前のことだけれど、そうして敢えて外された部分はたくさんあって、でも、私にはこの部分が一番気になったし、一番大きいんじゃないかという気がした。
逆に、「海辺のカフカ」の歌が聴けたのは何だか嬉しい。
それはこの小説を映像なり舞台なりにしようとしたら、間違いなくこの歌は劇中で流されると思うのだけれど、そのメロディも歌声も、この芝居と小説にとても合っていたと思う。
そういえば、舞台を見て初めて思ったのだけれど、ジョニー・ウォーカーとカーネル・サンダースの違いはどこにあるのだろう。
この2人(?)がこの小説には(舞台にも)登場するのだけれど、その宛がわれたキャラクターがかなり違うというか、いっそ差別と言っていいくらいに待遇の違いがある。
例えば、この2人が役柄を交換しても成立するんだろうか。
「海辺のカフカ」という小説は何度も読んでいるし、だから結末も知っているのだけれど、それでもやっぱり続きが気になって、もの凄く集中して見ていたようだ、終わったら何だかちょっとくらっとした。
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コメント
sAllyさま、初めまして&コメントありがとうございます&お返事が遅くなってしまってすみません。
そして、もう一つすみません。
私は(お恥ずかしいことに)マーラーの交響曲第5番第4楽章がどういう音楽なのかすらさっぱり判らないのです・・・。
お役に立てなくてごめんなさい。
投稿: 姫林檎 | 2012.05.26 12:06
はじめまして、私も19日に舞台を拝見しました
ご存知でしたら教えてください
マーラーの交響曲第5番第4楽章って、何の場面で流れていましたっけ・・???肝心なところを思い出せずにいました
投稿: sAlly | 2012.05.21 23:39
あんみん様、コメントありがとうございます。
あんみんさんも「海辺のカフカ」ご覧になったのですね。
通路席で役者さんを間近に見られたなんて羨ましい! 私はカフカ少年の目力はオペラグラスの力を借りて確認しましたもの。
そして、そうですよね。「呪い」のエピソードを入れて欲しかったですよね、やっぱり。あのエピソードが入るか入らないかでさくらの存在感も意味も全く違ってきますものね。
「日の浦姫」は迷っています。
確かに魅力的なキャストですが、でもいつもの感じもするし、近親相姦ものですがそれを井上ひさしがどう描いたかは興味があります。
抽選に申し込んで当たったらラッキー、チケット取りにムリはしない、という辺りのスタンスになりそうです。
投稿: 姫林檎 | 2012.05.21 22:56
こんにちは。
私も観ました、カフカ。長かったですね~。
意外と(失礼!)一番良かったのは田中裕子でした。
とてもふんわりとして素敵で、なるほど優雅でしたね。
アクリルケースがどんどん入れ替わっていくところも
リズムが有って飽きさせなかったですね。
若い佐伯さんの場面も神秘的でよかったです。
新旧2人の青い衣装が効果的でした。
ただジョニーウォーカーの猫殺しのくだりは、
あんなにリアルに長めにやるよりは、
短くしてその分『呪い』エピを入れて欲しかったです。
内臓のところなんて猫好きな人には正視できないと思います。
私は蜷川通路席(G列)の恩恵で、カフカと大島さんが間近で見ることが出来て、確かに目力凄かったです(笑)。
ところで姫林檎さんはコクーンでやる『日の浦姫』観ますか?
井上ひさし×蜷川幸雄×大竹しのぶ×藤原竜也「日の浦姫物語」
キャストが魅力的ですが、あぁまた近親相姦ものです...。
新旧・身毒丸キャストですね。どうしようか迷い中。
投稿: あんみん | 2012.05.20 13:37