「しみじみ日本・乃木大将」を見る
「しみじみ日本・乃木大将」
作 井上ひさし
演出 蜷川幸雄
出演 風間杜夫/根岸季衣/六平直政/山崎一
大石継太/朝海ひかる/香寿たつき/吉田鋼太郎/他
観劇日 2012年7月14日(土曜日)午後6時30分開演(初日)
劇場 彩の国さいたま芸術劇場 J列1番
上演時間 2時間30分(15分の休憩あり)
料金 8400円
ロビーではパンフレット(1500円)や、馬の模様のついた竹製うちわ(500円)などが販売されていた。
ネタバレありの感想は以下に。
「しみじみ日本・乃木大将」は、井上ひさしのかなり初期の作品ということになるのだと思う。
登場人物のほとんどが、乃木大将家で飼われていた馬と、ご近所にいた馬の「足」というところがポイントで、ほぼ、そのワンアイデアを使い尽くすことで、乃木大将の殉死の理由を探るという舞台の重さを軽みに変えて見せてくれる。
逆に言うと、私などは井上ひさし作品を見るときにはどんでん返しを期待してしまうのだけれど、それは一切ない。ある意味、ストレートなお芝居である。
舞台は、明治天皇大喪の日、出棺(とは神道では言わないような気もするけれど)の2時間前の乃木大将の家で始まる。風間杜夫と根岸季衣演じる2時間後の自決を決意した乃木大将夫妻が、可愛がっていた馬たちにカステラを大量に与え、別れを惜しむ。
そこにやってきた、乃木大将の戦死した部下の子供が「書生にしてください」と懇願するけれど、2人は「明日また来なさい」と繰り返す。
その様子を見ていた馬たちは「これはおかしい」と言い出し、おかしいついでに馬の足たちが馬の体から離れて独立して動き出し、馬の足同士も別人格であるかのようにさらに分裂する。
女優陣が演じる近所の馬たちもやってきて、同じように分裂し、10人の馬の足たちによって、乃木大将は自決を決意しているのか、決意しているとすればそれは何故なのか、探り当てるべく乃木大将28歳以降の人生が語られることになる。
全編にわたって歌われる歌は、全て、どこか耳に懐かしい童謡の替え歌である。
前足と後ろ足の争いは「花いちもんめ」になっていたり、客席に手拍子を求めたり、客電をかなり明るくしたり、「参加」を求めているようにも思えたけれど、もう2歩くらい前進の必要ありという感じだった。電光掲示板で替え歌の歌詞は流れているけれど、例えば、一緒に歌えとばかりに歌詞カードを配ってしまうとかすると、また雰囲気が変わったのかもしれない。
乃木希典は小倉にいたときに、実弟が萩の乱への参加を求めたのを断り、舞台ではその様子を政府の役人に盗み聞きさせて自分の潔白を証明しようとする。その企みが弟にばれ、しかも弟は参加した萩の乱で討ち死にし、自分の恩師も萩の乱に教え子が多数参加したことに責任を感じて自決してしまう。
弟との話合いの場にあった連隊旗は、こぼしたお茶を拭くのに使われたり、かなりぞんざいな扱いを受けているのだけれど(これは乃木だけがそうだったというよりも、軍全体でのことらしい)、その後、乃木にとってこの「旗」は、天皇の代理であり、弟であり、恩師でもあるという存在に変わる。
馬の足たちは、「乃木大将は自決を決意している」派と「そんなことはない」派に何となく分かれ、それぞれが自分の推理を証明すべく、「あのとき乃木大将はこう言った」「あのとき乃木大将はこうしていた」と乃木大将の一生を振り返る。
馬たちが直接立ち合っていない場面の話も多いのだけれど、そこは、「代々の乗馬たちによって乃木大将に関する話は引き継がれてきている」と最初の方で語らせる辺りが周到である。
ちなみに、馬の足たちは、その「過去の場面」を演じる際に、馬の足だけは履いたままだったり、一々上着を脱いでサスペンダーを外して完全に人間の形になって演じていたりする。馬の足だけが残してあるときは歩くのも馬っぽかったりして可笑しい。
「アドリブですか?」というような笑いも随所に織り込まれていて、これだけの役者さんたちが集まると舞台は自在だなと思う。
西南戦争で(だったと思う)その連隊旗を敵に奪われた乃木は、負傷したにも関わらず病院を抜け出して戦線の指揮を執るべく戦場に戻る。その姿はまるで「死にに行く」ように見える。
児玉源太郎と山県有朋は、乃木のそうした行為の報告を受けると、これを利用して連隊旗は天皇であるという図式を作ることで陸軍をまとめあげようと考える。乃木に対しては、明治天皇から死ぬなと言われ乃木がそれに従うことで、「人の生殺与奪を握る明治天皇は神である」という神格化を強めて陸軍をまとめあげ、その「まとめあげるべき陸軍」のいわば象徴のような役割を担わせようとする。2人ともしみじみとイヤな奴に描かれたものである。
この策士2名を朝海ひかると香寿たつきの元宝塚女優が宝塚風に演じきるのが可笑しい。蜷川演出の一環かと思っていたのだけれど、これは戯曲の指定なのだそうだ。
乃木大将は、弟と恩師の一件を終生気に病んでおり、「自分も死ぬ」ことを求めていた。
しかし、明治天皇のお声がかりもあり、自分の役割を「陸軍軍人たる模範の型を示すこと」だと心得ていた。
明治天皇も、乃木の真意を知りながら、その「模範の型」を示すことを求めていた。
私には、馬たちの求めていた回答はこれなんじゃないかという風に見えた。言い方を変えると、この戯曲の結論は、乃木を殉死に追い込んだのは「人として」知っていること(乃木の真意と、山県有朋たちの企み)を口に出さずに2人の思惑どおりに乃木と接していた明治天皇である、というところにあるのじゃなかろうか。
遊び心と笑いの場面たっぷり、しかし劇中で乃木の乗馬を刺した虻のように明治という時代が日本をどう作ったのか、そのやり方を痛烈に刺している、もの凄くストレートな芝居を見た。
| 固定リンク
「*芝居」カテゴリの記事
- 「リア王」の抽選予約に申し込む(2023.12.02)
- 「無駄な抵抗」を見る(2023.11.26)
- 「ねじまき鳥クロニクル」を見る(2023.11.19)
- 「ガラスの動物園」「消えなさいローラ」を見る(2023.11.12)
「*感想」カテゴリの記事
- 「無駄な抵抗」を見る(2023.11.26)
- 「ねじまき鳥クロニクル」を見る(2023.11.19)
- 「ガラスの動物園」「消えなさいローラ」を見る(2023.11.12)
- 「終わりよければすべてよし」を見る(2023.10.28)
- 「尺には尺を」を見る(2023.10.22)
コメント
逆巻く風さま、コメントありがとうございます。
朝海ひかるさんと香寿たつきさんのお二方が「宝塚風」に演じたシーンはやはり華やかでしたよ。コミカルな感じもあって、お二方がそれを楽しんで演じていらっしゃる雰囲気も良かったです。
ごめんなさい、相変わらず逆巻く風さんがご覧になったミュージカル・お芝居、いずれも見ておりませんでした・・・。
「日本の面影」もノーチェック。今見てみたら、ラフカディオ・ハーンの物語だったのですね。
そして、今日が千秋楽だったようですね。
再演を期待したいと思います。
投稿: 姫林檎 | 2012.07.25 22:56
見たかったなあ・・・朝海さん (笑)
でもさいたまは遠いですね。
さてさて東京観劇、今回はミュージカルは一つ「ルドルフ」であと「ドメスティック・パレード」「日本の面影」でした。「日本の~」が意外に良かったかな。
俳優座で1列中央、割と簡単にチケットが取れたんで嫌な予感がしたんですが、やっぱり。
座ってみると首は疲れるし全体も見えない居眠りも目立ってできない・・・・でもそんな心配は杞憂でした。
紺野さんはTVで見るくらいに表情が見えましたし、役者の皆さんの迫力もすごかったですし。
いいものを観た、と満足しました。
投稿: 逆巻く風 | 2012.07.25 22:31