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2012.12.01

「バカのカベ -フランス風-」 を見る

加藤健一事務所 VOL.84「バカのカベ -フランス風-」
作 フランシス・ヴェベール 
訳・演出 鵜山 仁 
出演 風間杜夫/加藤健一/新井康弘/清水明彦(文学座)
    西川浩幸(演劇集団キャラメルボックス)/日下由美/加藤忍 
声の出演 平田満
観劇日 2012年11月30日(金曜日)午後7時開演
劇場 本多劇場 L列6番
料金 5000円
上演時間 2時間5分(15分の休憩あり)

 ロビーではパンレット(多分、500円だったと思う。最近のお芝居のパンフレットとしては破格にお安いのではないだろうか)が販売されていた。

 ネタバレありの感想は以下に。

 加藤健一事務所の公式Webサイトはこちら。

 風間杜夫演じるピエールの家の居間が舞台である。
 絵や彫刻が飾られて、どう見ても裕福な暮らしをしているらしい。もっとも、肝心の本人はガウン姿におっかなびっくりそろそろと歩いていて、「ぎっくり腰」をやってしまったという情けない姿である。
 そこに、日下由美演じるピエールの妻シャルロットが帰宅し、今夜のパーティに行くのは無理だ、今夜は行かないでくれと懇願するのだけれど、ピエールは大丈夫だと言い張り、西川浩幸演じるアルシャンボー医師を呼んであるからと言う。シャルロットは「私もパーティの予定があるから」と出かけてしまい、でも、医師に止められてピエールは泣く泣くパーティへの出席を諦める。
 話はここからだ。

 キャラメルボックスの芝居以外で西川浩幸を見るのはもしかしたら初めてなのかも知れない。アルシャンボー医師の出番は本当にこの最初のシーンだけで、ちょっと寂しい感じがする。
 でも、同時に、病を得た後で西川浩幸を舞台で見るのも(多分)初めてか2度目くらいで、元気に舞台に立つ姿を見て何だか嬉しくなったのも本当だ。
 「もっともっと!」と言いたくなる感じだった。

 こののっけから出てくる非日常用語の「パーティ」がこの舞台の胆で、これが普通のパーティではない。
 趣味と性格の悪いことに、パーティ出席者が持ち回りで「こいつは莫迦だ」というゲストを呼び、一晩中、そのゲストを笑いものにして喜ぶという趣向のパーティなのだ。
 シャルロットが嫌うのも当然である。

 今日のパーティのゲストはピエールが招待していたらしく、パーティ中止を知らせようとしたのだけれど、残念ながら留守番電話である。
 この吹き込まれたメッセージがまたミュージカル調とでもいうのか、可笑しなもので、ピエールの(悪い意味での)期待は高まるというものだ。
 もっとも、この性格悪く盛り上がっているピエールはぎっくり腰で、見た目、全く颯爽としていないというところが辛うじて許せるような気にさせる。

 連絡が間に合わず、加藤健一演じる「本日のゲスト」フランソワがピエールのマンションにやってくる。
 マッチで様々な建物のミニチュアを作るのが趣味で、税務署に勤めていて、非常に「間の悪い」男であることは事実なのだけれど、こういうタイプの人を笑いものにするというのはどうなんだ、という感じがする。
 何というか、人がいい故の言動の数々を笑いものにするというのは、それが芝居の中のことだと判っていても、どうしてそれを芝居にしなくちゃいけないんだと思ってしまう。
 この後の居心地の悪さは結局のところ、全てここに発しているように思う。

 この後、ピエールの家におけるフランソワは、もうやることなすこと裏目の一言である。
 ピエールを寝室に連れて行こうとしてうっかりオーバーアクションを取って、ピエールを背負い投げしてしまう。
 ピエールに頼まれてアルシャンボー医師に電話しようとしてうっかり加藤忍演じる愛人のマルレーヌに電話してしまい、マルレーヌを呼び寄せてしまう。
 フランソワが夫人に逃げられた話をした直後、シャルロットから「もう帰らない」という電話が入り、ピエールを慰めようとするのだけれど神経を逆なでするような台詞しか出てこない。
 寝室にピエールが引っ込んだ隙に帰ってきたシャルロットをマルレーヌだと勘違いし、ピエールの浮気を洗いざらい話してしまう。
 シャルロットの行方を掴もうと、新井康弘演じるシャルロットの元彼ルブランに映画プロデューサーの振りで電話するよう頼まれ、うっかり折り返しの電話番号としてピエールの自宅電話を教えてしまう(もちろん、嘘はバレバレである)。

 悪気はない。
 この「悪気はないけど、ダメダメなことばかり」という情けない感じを演じさせたら、加藤健一の右に出る役者はいないんじゃなかろうか。とことん、ハマり役である。

 ピエールも、フランソワに帰るように言ってシュンとしている様子を見せられ、ついつい自宅に居続けることと、シャルロットの行方を探す手伝いをさせることと、その両方を許してしまう辺りに「悪役にとことんなれない人の良さ」を垣間見せるのだけれど、どうも、「悪気がなければいいってものじゃないよね」ではなく「こんなに悪気がなく間が悪いだけの人を責めなくても」と思わせるのは、多分、狙ったことなんだろう。
 しかし、座りが悪すぎる。

 この後も、ルブランが様子を見にやってきたり、シャルロットがすけこまし(古い!)の男の元に行ったんじゃないかと盛り上がったり、その男の隠れ家を知っているという税務署職員の清水明彦演じるシュバルをフランソワが呼び出し、それが結局ピエールの脱税を摘発する結果を招いたり、とにかく「間の悪さ」は次々と発揮されて行く。
 ピエールのシャルロットを探す必死さからは、徐々に少しずつ、こいつも根は悪い奴じゃないんだと思わせられる。
 もっとも、その必死さの裏返しとしてマルレーヌを振るそのやり方は、はっきり言ってかなり酷い。マルレーヌがピエールの「性格の悪さ」を強調しようとバカのカベというパーティの話をしてしまうのもむべなるかなという感じである。
 これを聞いたフランソワがピエールを追求する場面は、こんな場合でも嵩にかかったりしないところがやっぱり、実はピエールなどよりもよっぽど人格者だと思わせる。
 表面に惑わされてはいけないのだ。

 シャルロットの行方は見つけることはできなかったけれど、警察から電話が入り、シャルロットは交通事故に遭って入院していることが判明する。
 急いで駆けつけようとしているピエールの元にシャルロットから「もう来なくていい」と電話が入る。

 この後、フランソワが病院のシャルロットにかけた電話が、この芝居の白眉である。
 それまでとは打って変わった思慮深さ、落ち着いた深みのある声で、フランソワはピエールがどんなにシャルロットのことを心配していたか、訥々と誠実に語るその語り口でシャルロットを説得する。
 「ピエールに言わせられている訳ではない」「バカのカベのパーティのことも聞いた」「あまりにもピエールが心配だから外の公衆電話からこの電話をかけている」と言うのだ。
 このシーンがあって初めて、前半の後味の悪さというか座りの悪さの理由が判ったような気がして、すっきりはしないものの、何となく落ち着いたような気がした。

 しかし、この戯曲はもう1回引っ繰り返す。
 しんみりと2人が話し合い、次の「バカのカベ」パーティには、フランソワがピエールを招待して1等賞を取ろうなどと笑いあい、友情が生まれたかのように見えたそのとき、ピエールの家の電話が鳴る。
 調子を取り戻したフランソワがはいはいとやけにテンション高く明るく電話に出ると、電話の主はシャルロットである。
 当然、先ほどの「本当の」電話(ただし、電話をかけた場所だけは嘘をついた)全体が嘘だったのだとシャルロットは思い込み、電話はたたき切られる。

 この数時間にやられた失態の数々を、電話一本で取り戻したかに見えたフランソワは、しかしほっとしたからか、そもそもがやっぱり「間の悪い」男だからなのか、次の電話一本でまたもや引っくり返してしまう。

 この最後のシーンのために、このお芝居がここまで積み上げられてきているのだということは判るし、フランソワとピエールの造形はそれぞれ加藤健一と風間杜夫というキャラクターを最大限に活かした、得意技・必殺技の応酬で非常に見応えがあった。
 はっきり言って、私だってかなり笑った。大笑いした。
 それでも、やっぱりこのお芝居の(特に)前半部分で感じた違和感は払拭できなかったのだった。

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