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2013.02.12

「テイキング サイド~ヒトラーに翻弄された指揮者が裁かれる日~ 」を見る

「テイキング サイド~ヒトラーに翻弄された指揮者が裁かれる日~ 」
作 ロナルド・ハーウッド
演出 行定勲
出演 筧利夫/福田沙紀/小島聖/小林隆/鈴木亮平/平幹二朗
観劇日 2013年2月11日(月曜日)午後1時開演(千秋楽)
劇場 天王洲銀河劇場 C列17番
料金 9000円
上演時間 2時間45分(15分の休憩あり)

 ロビーではパンフレット等が販売されていた。
 劇場のロビーで東日本大震災の募金箱を見たのは久しぶりのような気がする。ただ私が気がつかなかっただけだろうか。

 ネタバレありの感想は以下に。

 「テイキング サイド」の公式Webサイトはこちら。

 筧利夫演じる米軍のアーノルド少佐が、平幹二朗演じるフルトヴェングラーの非ナチ化裁判に向けた調査を容赦なく行っていく、その一部始終を描いた舞台である。
 福田沙紀演じる秘書のエンミも1週間前に変わったばかりらしいし、助手を務めるウィルズ中尉もちょうどフルトヴェングラーへの尋問を始める直前に着任したらしい。それは、アーノルド少佐の方に問題があったんじゃないのという雰囲気は最初からひしひしと感じられる。
 この2人は音楽を愛し、フルトヴェングラー「博士」と呼んで彼を尊敬しているけれど、アーノルド少佐は全くといっていいほど音楽に関心はないし、フルトヴェングラーという指揮者の偉大さにも無頓着だ。

 サイトの「物語」を見ると、以下のように書かれている。
 アーノルド少佐は、フルトヴェングラーについてナチスを支持しその芸術家としての立場を利用して権力を掌握したはずであると決めつけて執拗に追求し、フルトヴェングラーもその執拗すぎる追求に次第に冷静さを失っていく。しかし、人間の尊厳を無視したようなアーノルド少佐の追及の仕方や偏狭な判断に疑問を持ちはじめたアシスタントや助手は、時間が経つにつれてフルトヴェングラー側にまわり、やがて彼を擁護し始める。それでも、「ナチを憎むがゆえの審判なのだ……」とアーノルド少佐は鬼気迫る追及を続けていく・・・。

 フルトヴェングラーの名前は聞いたことがあったけれど、その立場というか評価はほとんど知らない私は、サイトで物語を読んでから出かけたのだけれど、良くあることながら、私が見た舞台と、事前に読んだ「物語」とは何だか随分と違っているように感じられた。
 アーノルド少佐が何故、これほどまでに執拗な追求をするのか。舞台では、アウシュヴィッツに行ったことやその他ナチスのやったことを目撃し、しかもその記憶を一生鮮明に抱えたまま生きて行かなくてはならないことから、と説明しているように見えたけれど、それが、フルトヴェングラー個人に対する追求に辿り着くまでには更に理由というか契機があった筈じゃないかと思える。
 その疑問は、ウィルズ中尉が「あなたは誰の命令を受けてフルトヴェングラーを追求しているのか」「誰の命令も受けていないのではないか」とアーノルド少佐に迫る場面からも当然に生まれてくる。
 しかし、その疑問にこの舞台は答えることをしない。

 アーノルド少佐のやり方は常軌を逸していると感じられる。
 小島聖演じるザックス夫人は、ユダヤ人ピアニストだった夫を国外に逃がすべく協力してくれたフルトヴェングラーに感謝していて、フルトヴェングラーがそのような活動を行っていたという証拠を地道に集めている。実際に、フルトヴェングラーを取り調べるというアーノルド少佐の元に、わざわざやってきたほどだ。
 しかし、アーノルド少佐は彼女を適当にあしらって帰し、しかも、その後、彼女が懐かしんでいたパリに帰れるように手配し、フルトヴェングラーの裁判に彼女が参加できないように画策する。

 さらに、フルトヴェングラーが指揮していたベルリンフィルで第2ヴァイオリン奏者だった小林隆演じるヘルムート・ローデについても、彼がナチ党員だったことを突き止めると、彼を弾劾するのではなく、有罪答弁取引を持ちかける。というか、アーノルド少佐はそう称していたけれど、要するに、ヘルムート・ローデの罪を見逃す代わりにフルトヴェングラーの弱みを教えろと迫った訳で、汚い裏取引であることは間違いない。そうと承知しているからこそ、助手も秘書もいない夜に彼を呼び出したのだろう。
 繰り返すようだけれど、ナチスを憎んでいたとしても、特定の個人に対して証拠があるわけでもないのにどうしてここまでできるのか。アーノルド少佐の謎が明かされることはない。

 ここで豹変振りが一番怖かったのはこのヘルムート・ローデかも知れない。
 見たところ、普通に善良な人のようだ。最初の尋問では、フルトヴェングラーに対する尊敬と感謝の念を表し、擁護しようと要らないことまでしゃべり出す。
 そういえば、このアーノルド少佐の尋問のやり方というのが嫌な感じで、質問をした後はひたすら黙って相手の不安を煽ってしゃべらせる。全く関係なく、そうか、こういう場合には黙っていることが一番の対応策なんだななどと考えてしまった。
 そして、フルトヴェングラーも当初は、相手の沈黙に対して自らも沈黙を続け、必要最低限の応答しかしないという正しい対応をしていたのだ。

 ヘルムート・ローデは、自分がナチ党員だったことをアーノルド少佐に突きつけられ、それを認めざるを得なくなり、アーノルド少佐の言う有罪答弁取引に一旦応じると、次々とフルトヴェングラーの弱みをしゃべり出す。
 えーと、あなた個人はフルトヴェングラーに恨みも何もなかったのでは? それが必要以上にここでしゃべりまくっているのはどうしてなんだ? と胸ぐらを掴みたくなるような豹変振りである。

 ヘルムート・ローデから得たを手にアーノルド少佐が側面から、フルトヴェングラーに揺さぶりをかけてゆく。若き指揮者カラヤンへの嫉妬や、女性関係をあげつらうことで、フルトヴェングラーがドイツに残ったのは祖国愛のためでもドイツ国民に慰めを与えるためでもなく、ただ自分のその当時手にしていた地位にしがみつきたい、それをカラヤンに譲りたくないというだけのことだったんじゃないかと追求する。
 いや、そうだとしても、フルトヴェングラーとナチスとの関係は何ら証明されないんじゃないかと思ったし、ウィルズ中尉も最初はそう指摘していたのだけれど、だんだん、アーノルド少佐の追求を認めたらフルトヴェングラーの負けだという雰囲気が作られて行く。

 誰にだって弱点の一つや二つはあるし、欠点の一つや二つもある。弱点や欠点があったからといって、その人そのものを否定する必要はないし、そんなことはできる訳がない。
 後半のアーノルド少佐の追求を見て思ったのは、詰まるところ、そういうことだと思う。
 それでも「偉大な指揮者」と言われ、自由や祖国を愛すると公言してきたフルトヴェングラーにとっては、その鎧を傷つけられることはすなわち致命傷でもあったのかも知れない。
 平幹二朗とフルトヴェングラーの容姿は全く似ていないのだけれど、でも、舞台を見ているうちに、平幹二朗がフルトヴェングラーというよりは「偉大な音楽家」以外の何者にも見えなくなってきたのが不思議だ。

 舞台は、追求を受け続けたフルトヴェングラーが体調を崩し、アーノルド少佐はヘルムート・ローデを呼んで彼をトイレに案内させる。その手伝いをしに行ったエンミは「あの方からお礼を言われ、名刺をいただきました」と感激の面持ちだ。アーノルド少佐は、誰かに電話し、フルトヴェングラーを追求する証拠はないが痛めつけることはできると言い切る。その電話の邪魔をするようにウィルズ中尉は大音量でクラシックのレコードをかける。
 そこで、幕である。

 結局、様々な疑問に答えが出されることはない。
 アーノルド少佐の真実にも、フルトヴェングラーの真実にも、届かない。
 ザックス夫人が舞台で言ったように、真実などない、そういうことかも知れない。真実など、それを見る人の数だけあって、だからこそ「どちら側につくのか」とこの舞台のタイトルが付けられているのかも知れない。
 難しく、激しく、重い舞台だった。

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