「八月のラブソング」 を見る
加藤健一事務所VOL.85「八月のラブソング」
作 アレクセイ・アルブーゾフ
英訳 アリアドネ・ニコラエフ
訳 小田島恒志
演出 鵜山仁
出演 戸田恵子/加藤健一
観劇日 2013年3月15日(金曜日)午後7時開演
劇場 本多劇場 A列9番
料金 5000円
上演時間 1時間50分
ロビーではパンフレットが500円で販売されていた。
ネタバレありの感想は以下に。
加藤健一事務所の公演では、開演前の注意事項を研修生の様な雰囲気の若い役者さんが告げることが多い。
その彼女が「ちょっとほろ苦い」とこのお芝居について評していたので、単純な私はアンハッピーエンドのお話なんだなと思って見始めた。
「前説」というのは重要である。
1968年だから、まだソ連だった頃、ソ連のどこかリゾート地っぽい場所である。
そのリゾートっぽい場所のサナトリウムに、戸田恵子演じる患者のリディア(本名はもっとずっと長いらしい)がやってきたのだけれど、これがかなりの問題「患者」らしい。他の患者からの苦情を受けて、加藤健一演じる主任医師は彼女を呼び出したのだけれど、現れたのは呼び出し時刻の数時間後でしかも場所は診察室ではなく屋外である。
自由奔放な雰囲気の女性患者と堅物の医師、2人は丸っきり反りが合わない。
2人切りの登場人物がこの設定で、タイトルが「8月のラブソング」で、前説で「ほろ苦い」と言われたら、それは内容はともかく方向は判ったようなものである。
ポイントは、この2人が揃って60歳くらいだということだ。
2人芝居で、戸田恵子と加藤健一がずっと絡みっぱなし、そしてその芝居を最前列で見られるというのはかなり贅沢な話である。
そして、最前列から見ても、戸田恵子の綺麗なことといったらない。金髪がやけに自然に似合っていて、肌も綺麗だし、ますますリディアという役を年齢不詳に見せている。
派手な格好も似合うし、自分勝手なことを言い募る姿も不思議と似合う。それはまぁ、問診票が無記入だらけで記入してあるところも嘘ばっかりでも困るし、夜中に詩を暗唱されたり早朝から唄を歌われたり、そんなことをしなくても良かろうと思うけれど、でも、「それだけではない」「何かがある」という感じがわざとらしくなく漂う。
一方の加藤健一の方は、生真面目な気むずかしそうな男を演じてもどこはかとなく「人のいい」感じが漂ってしまうのは仕方のないところだ。
でも、どんな役でも人の良さを漂わせつつ、さてどう料理をするかというのが加藤健一という役者のお芝居の始まりのような気がする。
女は、言いたくないことを聞かれると、端っから嘘を答えるか、「嘘ではないけれど本当でもない」ことを答えるか、嘘だけれど本当だったらいいなと思っていることを答えるか、どれかである。
男は、言いたくないことを聞かれると、黙ってやり過ごす。
女は「夫がいる」と言っているし、男は「妻は出て行った」と言っているのだけれど、恋をしているからということだけではなく、それぞれ伴侶のことがウィークポイントになっているということはすぐに知れる。
ときにはふざけて、ときには真剣に、相手の「伴侶」について聞き出そうとしたり、聞かれてはぐらかそうとする。
いくつになっても恋の始まりはかけひきだ。
でも、結局のところ2人の人の良さが滲み出てきて、入院した医師の見舞いに行ったリディアは「たまたま通りかかった」振りをするし(でもバッグからは見舞いの品が次々と現れるし)、退院する医師を待って他の人が音楽会に出かけた夜に一人病院に残っている。
目に涙を浮かべて音楽会の途中で席を立ったリディアを医師は追いかけるし、彼女を慰めようと医師はリディアをレストランに誘う。
恋の始まりはかけひきだけれど、恋の始まりはいくつになっても可愛らしく、そして微笑ましい。
リディアの「夫」が常にリディアの側にいるようないないような状態であることの意味を聞いた医師は彼女をレストランに誘い、2人は酔っ払って歌ったり踊ったり楽しそうだ。
でも、ある夕方、激しい戦闘で亡くなった兵士達の墓地を散歩していたとき、そこに医師の妻であった女性の墓があること、彼女がここで亡くなり毎日花を供えるために医師がここに移住してきたことを知ったリディアは、自分のこれまでの様々な「天の邪鬼な」物言いを悔いて、その場を駈け去ってしまう。
私の思う「ほろ苦い」はさらにもう一歩ほろ苦いエピソードが加わって幕という感じだ。
だからここから先の展開は、私にとってはかなり意外で、退院して一人立ち去ろうとしていたリディアを医師は捕まえて、色々下手な物言いをしていたけれど、結局、来なくなった娘の代わりに自分の家に滞在してくれるよう誘い、リディアは応じる。
1週間、楽しく暮らしていた2人だけれど、リディアは、医師の妻の写真を入れる額縁を手作りして置き土産にし、いよいよモスクワに帰るためにタクシーを呼ぶ。
見送らないよう言い置いて出て行ったリディアを追うかどうか迷っていた医師だけれど、タクシーのドアが閉まり走り去る音を聞いて力を落としたところに心臓の発作が襲う。
ここで幕か? と私は思った。ここで終われば、確かに「ほろ苦い」お話である。
そこへ、リディアが「タクシーを追い返しちゃった」と戻って来る。いや、リディアに医師の死を知らせるところまでしなくてもいいじゃん、と思った瞬間、医師が身じろぎし、生き返ったのか元々発作も起こしていなかったのか、とにかく起き上がる。
ここで、幕である。
これじゃあ、ハッピーエンドではないか。
決してバッドエンドを期待していたわけではないし、元々が大団円のハッピーエンドが好きなのだけれど、何となく釈然としない思いが残ったのは、「ほろ苦い」の一言の影響が大きい。
でも、ハッピーエンドで良かった。
本当にほろ苦いのは多分この後なんだろうなとも思えた。
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