「ホロヴィッツとの対話」を見る
パルコ・プロデュース公演 「ホロヴィッツとの対話」
作・演出 三谷幸喜
出演 渡辺謙/段田安則/和久井映見/高泉淳子
観劇日 2013年3月8日(金曜日)午後7時開演
劇場 パルコ劇場 K列6番
料金 9800円
上演時間 2時間10分
ロビーではパンフレット(1800円)、ポスター(1500円)、過去公演のDVDを販売していた。
ネタバレありの感想は以下に。
ウラジミール・ホロヴィッツというピアニストの名前は知っているけれど、CDも含めて演奏を聴いたことはない。不世出のピアニストだ、という評価だけだ。
そういう感じで予備知識一切なしで見に行った。
でも、「Tea for Two」と「Night and Day」のくだりは全く判らなかったので、クラシックはともかく、こちらは予習していった方が笑えると思う。恥を忍んでここで疑問を書いてみるけれど、この2曲はもしかしてもの凄く似ているのか?
舞台の奥にグランドピアノが置かれ、ピアニストが一人いる。劇中音楽担当、ということだ。通常はスクリーンが降ろされ暗くなり、「そこにいるようだ」という気配しか感じさせない。
それとは別に、舞台中央にグランドピアノが置かれている。こちらは小さめのグランドピアノで、パルコ劇場の舞台は奥行きがあまりないからな、と思う。
舞台は、ホロヴィッツの家と、ホロヴィッツのピアノの調律を担当するフランツ・モアの家とで展開し、応接セットが入れ替わるけれどピアノはずっとそのまま舞台中央にあり、ピアノの部分だけが回り舞台になっている。
段田安則演じるホロヴィッツと、高泉淳子演じるワンダの夫妻が、渡辺謙演じるフランツと和久井映見演じるエリザベス夫妻の家に、土曜の夜、ディナーを食べに行く、というところから話は始まる。
どうしてそんなことになったのか判らないけれど、エリザベスは朝から掃除と料理と自分の服選びに余念がない。一方のフランツは、ホロヴィッツ夫妻の「変」なところは重々承知の上で「それでも彼は神に選ばれたピアニストなんだ」とどこかロマンチックかつ浮き世離れした感じである。
でも、ホロヴィッツだけでなく他のピアニストの調律も引き受け、しかも「会社に相談する」と言うフランツはどうやらサラリーマンらしい。何だか意外だ。
繊細かつ天才であるピアニストのホロヴィッツも、その妻で偉大な指揮者を父親に持つワンダも、相当に「クセのある」人物たちである。
単に感じの悪い人々であると受け止めて一々憤慨しているエリザベスの気持ちはよく判る。
でも、最初のうちは、ワンダの奇矯ともいえる服装や「自分たちは一流かつ上流階級の人間である」という信念に基づくのであろう差別の感覚は、とにかく神経質で周りと上手くやっていけない夫への非難を自分に集めるためではないかと思わせ、最後には逆に、ワンダの娘の「才能」への執着と娘に才能がないことを知り抜いていたホロヴィッツが妻を守ためにより神経質な振る舞いをしていたんじゃないか(もちろん絶対に地もあると思うが)と感じさせる。
段田安則の芸達者ぶりはわざわざここで言うまでもない。もうちょっと「可愛くなく」演じても良かったんじゃないかというくらいだ。
そこに拮抗すべきワンダを演じた高泉淳子は流石である。いや、高泉淳子はこうじゃない演技もありなのよ、と凄く思ったけれど、でも高泉淳子のここを捕まえてワンダという人物を作らせるのか、と納得する気持ちも湧いた。逆にこちらはもうちょっと可愛く作っても良かったんじゃないかとは思う。
12年ぶりということだからそれはそうだろうと思うのだけれど、渡辺謙の舞台を見たのは初めてである。ミーハーな私のせいという要素も多分にあるのだけれど、何というか「渡辺謙がそこにいる」という感じが強い。良くも悪くも渡辺謙が演じているのだから、フランツ・モアという調律師は誠実で謙虚な人柄だったんだろうなという順番で感想が浮かんだ。
その妻を演じる和久井映見は、こちらもやはり和久井映見がそこにいる、という感じになっている。彼女が演じているのだから清楚な良妻賢母なのだろうなと思わせるのだけれど、こちらは言動の方が裏切っていて、時々混乱する。そして、声が一定でないような気がして、そこが気になった。
いずれにしてもこの4人で、前半は、ところどころに笑いを挟みつつ「仕込み」をしているという感じである。
笑いは起きるけれど、喜劇ではない。
前半は「これからシリアスか笑いかどっちに転がるんだろう」「判っていないのは私だけか?」みたいな感じで、その辺りがちょっともやもやする。
この舞台は、フランツ夫妻がホロヴィッツ夫妻を招いたホームパーティで、果たしてどうしてホロヴィッツは滅多に他人の家では弾かないピアノを弾いたのか、という(あまりはっきりとは提示されていないところが残念だけれど)謎を解き明かすというか、どうして弾いたのか、その経過を見せている舞台である。
自分の調教師であるフランツが調教したピアノだということも大前提なのだろうけれど、それだけということでもない。
隣家から聞こえる下手なピアノの練習の主に「聞かせてやる」ことが目的だというように本人は取り繕っていたけれど、それが理由ということでもないだろう。
この舞台で描かれていたのは、親と子の関係だったり、家族だったり、夫婦の関係だったような気がする。
ワンダがことあるごとに持ち出す「娘のソニア」がすでに亡くなっていることやあまり幸せとはいえない人生を歩んだのであろうことは割と早い内に察せられる。
それは誰もが知っていることなのだけれど、誰もがしてきできなかったころのようだ。
子育てについて非難され、子供について非難されてカッときたエリザベスが、フランツの制止も聞かず、ついに、「ソニアは亡くなったの!」「あなたがソニアの話をするたびに周りは気を使ってしまう」「誰かが言わなくてはいけないと思っていた」とぶちまける。
ここで、ワンダはそれこそわなわなと震えるだけなのだけれど、ホロヴィッツが静かに「我々が娘を殺したようなものだ」と言うのが切ない。
このホームパーティの真ん中には、やはり「家族」があるし、ホロヴィッツとか調律師とか関係なく、「家族」「夫婦」を描こうとしていたんじゃないかと思う。
でも、この芝居の白眉はこの後に来る。
「神などいない」と言い切るワンダに対して、フランツは「私の話を聞いていただけますか」と、ドイツに居たときに空襲に遭ったという話を始める。20分で2万4千人が亡くなり、街は焼き尽くされたという。
しかし、ある日、楽器を作っていた友達の家で、地面に埋められたドラム缶が掘り返され、そこから楽器が出てくる。また音楽ができる。神はいつも近くにいる。そう思った、という長い独白だ。
それまでの雰囲気は一変し、そこはフランツの子供時代であり、ドイツであり、空襲の最中だ。
この独白で何かが解決した訳ではない。
しかし、この独白を聞いて、多分、ホロヴィッツとワンダの夫妻の時計(それは娘のソニアが交通事故を起こして寝たきりとなった10年前から止まっていた)が再び動き出したのだ。
それで、ころっとワンダがいい人になったりしないのが、三谷芝居のいいところだ。
でも、止まっていた時計を動かしてくれたから、その経過や経緯はともかく、ホロヴィッツはピアノを弾いたのではないかと思う。感謝の意味も込められていただろうし、鎮魂の意味も込められていただろう。
そういう風に感じられた。
なのだけれど、何故だかストンと落ちていない感じがする。
理由は判らない。
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コメント
あんみん様、コメントありがとうございます。
確かに、渡辺謙演じるフランツは、あるいはフランツを演じていた渡辺謙は普通にいい人でしたね(笑)。
Wikiで検索してみたら、フランツ・モア氏はご存命だそうで、もしご本人がご覧になったらどういう風に感じられるのか気になります。
音楽については、ネットで感想をザッピングしていたときに、「何故ホロヴィッツはフランツの家のホームパーティでピアノを弾いたのか」というお芝居だったのだから、その過程でピアノの音はない方が良かったんじゃないか、という感じで書かれている方がいらして、なるほどと思いました。
大阪ではどんな風になっているのか、ぜひご感想をお聞かせくださいませ。
投稿: 姫林檎 | 2013.03.10 22:50
こんばんは。
レポお待ちしていました。
三谷コメディ、久し振りですよね。
笑いの部分は堪能できました。
段田さんはいつものごとくで、高泉さんのワンダが絶品!
和久井さんはもう少し低音だといいな、
時々声がひっくり返りそうになってましたね。
謙さんは...二人の前でかすんじゃったかな?
もっと裏のある役の方が良かったかも。
善人過ぎて普通っぽいというか。
いつも荻野さんの音楽が、相乗効果をもたらして大好きなんですが
今回は余り練った感じがなく残念でした。
最後のホロヴィッツが弾くぞのところで何か工夫が欲しかったです。
『対話』というタイトルから、会話からどんどん膨らんで
あらぬ方向へ転換していくのかと思ってましたが…。
そこへ結びつくのか!と膝を打ちたかったです(笑)。
大阪も観に行きますので、進化を期待して80点。
でも大人のお芝居が観られたと満足出来ました。
投稿: あんみん | 2013.03.10 22:27