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2013.06.01

「て」を見る

ハイバイ 10周年記念全国ツアー 「て」
作・演出・出演 岩井秀人
出演 上田遥/永井若葉/平原テツ/青野竜平
    奥田洋平/佐久間麻由/高橋周平/富川一人
    用松亮/小熊ヒデジ/猪股俊明
観劇日 2013年5月31日(金曜日)午後7時30分開演
劇場 東京芸術劇場 シアターイースト 自由席(2列目中央ブロックの座席にしました)
上演時間 1時間45分
料金 3500円

 午後7時30分開演の公演で、開場が7時10分、多分それから10分くらいして客席のドアが開けられ、10番ずつ整理番号が呼ばれて入場するという自由席だった。私は125番で、客席が開いた時間にいたら前から2列目のセンターブロックで見ることができた。ラッキーである。

 ロビーでは過去公演のDVDやTシャツなどが販売されていた。

 ネタバレありの感想は以下に。

 ハイバイの公式Webサイトはこちら。

 「評判がいい」ことは知っていたし、だからチケットを購入して行ったのだけれど、「ハイバイ」という劇団は初見で全く予備知識なし、「て」というこのお芝居も再演だそうだけれどもちろん初めて、ないない尽くしで見に行った。
 自由席というのも久しぶりだ。
 芸術劇場のサイトで予約したチケットの引き取りに行ったら、ちょうど1F東京芸術劇場ボックスオフィスから劇場窓口にチケット引き渡しの担当が変わるタイミングだったらしく、すぱっと引き取りできなくてウロウロしてしまったり、ロビーの開場と客入れのタイミングがよく判らずにやっぱりウロウロしてしまったり、見る前から緊張してしまった。
 結果としては、前から2列目中央ブロックの中央よりといういい席で見られたので、結果オーライである。
 当日券を求める人も結構並んでいたし、満席だったようだ。

 客席は舞台を真ん中に2方向から見るようになっている。舞台上には、開演前には何もなかったんだか、棺だけがあったんだか、すでにうろ覚えだ。
 黒い床、屋根と壁を表しているのだろう柱と梁が吊されている。柱は床から1mくらいのところから浮かんでいる。
 向こう側の客席まで視界を遮るものはほとんどなく、バッチリ視線が合うのが開演前は恥ずかしいような気がした。そういえば、舞台が始まってしまえば全く気にならなかったなぁと今になって思う。

 遺影を持って喪服のワンピースを着た岩井秀人が舞台に登場し、携帯電話を切るようにというアナウンスを始めた。このときの注意でやけに印象に残っているのが、「飲食はどうぞ」でも「飴の包み紙をゆっくりと静かに開けようとする人がいて、とてもとてもその気遣いは有り難いのだけれど、結果としてその飴を開ける様子にその辺りの客席の人の集中力がすべて持って行かれる。それなりに集中して作り込んでいるつもりの舞台なんだけれど、飴の包み紙に負ける。飴の包み紙は一気にさっと開けて欲しい」という趣旨のお願いがあって、そうなのよ気になるのよ、こういう注意を待っていたのよ、と思った。
 思っているうちに役者さんが舞台上に登場し棺を囲み、ふと気がつくと棺の上に「手」が置かれ、教会でのお葬式が始まる。
 岩井秀人演じる母の親であるおばあちゃんのお葬式のようだ。

 そこから恐らくは時間を遡り、少し行ったり来たり揺れる時間がありつつ、ある日、おばあちゃん、父、母、長男、長女とその夫、次男、次女、次男の友人が、本当に久しぶりに全員集まろうとしている、その様子が描かれているということが判ってくる。
 おばあちゃんは痴呆症を抱えているようで、しかし、静かにベッドで暮らしている。永井若葉演じるおばあちゃんは、全く「老け」の作りはしていないのに、じっと見ているとおばあちゃんに見えてくるから不思議である。
 こういうまとめ方はどうかと思うけれど、一家は、父親の家庭内暴力に怯え悩まされ木刀やゴルフクラブで殴られることもあり、子ども達は次々に独立し、ほとんど会うこともない、少なくとも全員が揃うということはずっとなかったんだということが判ってくる。

 この辺りからあとの前半は、とにかく痛かった。痛かったというか、辛かった。
 兄弟がそれぞれの思いや過去を抱え、結果としてみなが違う方向を向いている。次男と長男のやりとりは特に辛い。長男は、どうしてそこまで人の神経を逆なでするようなことを言うのかと客席にいても恨めしくなったし、でも、確かに言葉としては間違ったことは言っていないような気もする。その長男の物言いに一々反感を持ち我慢しようとしつつも結局反論して自爆してイライラを爆発させる次男に共感しつつも落ち着かない。
 長女はとにかく「家族をもう一度一つに」と思っているようで、波風立たないように喧嘩が始まらないように心を砕いているのだけれど、それも見ようによっては独りよがりなのかも知れない。

 基本的には、恐らくは善良で普通で長女の考えも判りつつ、父親や長男にはイライラし続けている次男の目線で描いていて、とにかく心臓が(心がではない)痛い。正直、どうして見に来てしまったんだろうとまで思ったくらいだ。
 そして、何の説明もなく、おばあちゃんがずっと持っている「手」が、あまりにもおばあちゃんも家族も普通に取り扱っていて、どことなく不穏である。
 緊張で心臓がキリキリしてくる。

 おばあちゃんの棺を教会に運び、葬儀を行い、家に帰ってくる。
 そこで、また記憶がすでに定かではないのだけれど、舞台の位置をくるっと反転させる。舞台自体はもちろん動かないのだけれど、私から見て右側奥にあったおばあちゃんのベッドが左手前に運ばれ、右手前と左側にあったドアノブだけのドアが、左奥と右側に移動してくる。180度舞台の向きを変えた感じである。
 そして、前半は主に次男の視点で展開されていたのだけれど、同じ時間軸を今度は母親と長男の視点から見て行くことになる。次男が来る前におばあちゃんの部屋で長男と母親がどんな会話をしていたのか、母親が「みんなの集まり」の最中携帯電話が鳴って部屋を出た後どんなことがあったのか、次々と部屋を飛び出して行った後母親と長女の間でどんな話があったのか。

 そこにあるのは、謎解きではない。
 家族みんなでカラオケを楽しんでいるシーンがあったけれど、それは多分、母親が見た幻想で、でも夢が描かれている訳でもない。
 見えていることしか見ないし、聞いたことしか聞いていない、絶対に正しいことも悪いこともなく、善人も悪人もいない。というか、誰でもが正しいし正しくないし、善人でもあるし悪人でもある。
 「ホテルリバーサイド」を歌っていた父親のマイクを奪って「これで全員が揃った」と興奮していた次男を、何故長男が物も言わずに引き倒したのか。次男かすれば、それは長男のただの横暴であり暴力なのだけれど、長男からするとそれは母親への思いの現れだったと後半になってやっと判る。
 私にはこのシーンが一番印象に残った。

 後半、母が長女に「離婚は考えなかったの?」と聞かれ、父親に「別れようか」と切り出して頷かれると「これでチャラになるとでも思うのか。」と詰め寄るシーンがある。
 おばあちゃんが亡くなり、長女と長男がお互いを責めるシーンがある。
 前半と後半を見てしまった客席からは、まだ足りないのだけれど、でも、言わなくちゃ始まらないんだよ、というやっと始まったのかも知れない、という感じはする。それがいい方向に動くのか、そもそも「いい方向」ってのが何なのか全く判らないのだけれど、でも、ちょっと上向きな気分になっていた。

 何だか凄いお芝居を見た、と思う。

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コメント

 あんみん様、コメントありがとうございます。
 図書館でお借りになった本は、無事、読み終わりそうでしょうか(笑)。

 飴の包み紙の話があまりにも印象に残っていたのですが、このお話をする前には、岩井さんは携帯電話のお話もされていました。曰く、バイブ音が響き渡っているのに「自分の携帯ではない」という振りをし続ける人の神経が全く判らない、理解出来ないと。
 同感です。
 今までになく、周りに携帯電話の電源を確かめる方々がいらっしゃいました。

 それから、私の書き方がいけなかったのかも知れません。確かに重いお話ですが、決して笑いがないということではないのです。というか、思わず吹き出してしまったことも数知れず。

 私は半自伝的な作品であるということすら知らずに出かけたので、帰宅してから、今回、岩井秀人さんご本人がお母さんの役を演じていることにはきっと意味があるのだろうなと思ったという体たらく。
 同時に、だから、この舞台の屋台骨を背負っているお母さん役は、女優が演じたら文字通り重すぎるのだろうなとも思いました。

 機会がありましたら、あんみんさんもぜひ!

 私もOPUSは見たいなぁと思っていますよ〜。

投稿: 姫林檎 | 2013.06.01 21:46

こんにちは、図書館の返却期限が迫った本があるのに、
ついつい姫林檎さんのブログを覗くあんみんです。

これ、気になって行ったんですが日程が合わず観てませんでした。
ご自分の家族の話とは知っていましたが、こんな話だったのかと絶句。。。
ちょっと重たすぎるかなあ。
再々演が有っても観ないかなあと思いました。

飴の包み紙の件、膝を打ちますね!
最初から最後までビニールをガサガサしている人は何がしたいのか?
そっとしているつもりでも、ベルクロテープをベリ、ベリと
ゆっくり剥がされたりすると50%気が行きますね。
一気にベリッ!と剥がして頂きたい。
先日、すぐ後ろにいちいち脳内言葉を口に出すおばさまがいて
『あらま~、あんなに背がちがうのね~』とか。。。
すごく迷惑しました。
別の公演でお目当ての俳優が出た瞬間、携帯のシャッター音も。。。
また初日のお芝居を観に行って、どんなだろうと幕が開くのを待ってる時
ほぼ暗くなりかけてもコソコソ話しては爆笑する二人が
目立ってましたが、始まる前は本当に静寂な中に身を置きたいものです。
咳払いやコンコン咳は全く気になりませんが
いくら通信電波妨害装置を作動させても
携帯のアラーム、バイブ音、時計の正時音は無くならないし。
ストレス無く最後まで静かな場内で観劇する事は無理ですねぇ。。。(遠い目)

最近マナーが悪い人に多数遭遇していたので、ついつい愚痴りました。

断色、春琴や樋口一葉楽しみですね。
あと9月の段田さんのOPUSを観ようと思っています。
いかがですか?

投稿: あんみん | 2013.06.01 15:20

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