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二兎社公演38「兄帰る」
作・演出 永井愛
出演 鶴見辰吾/草刈民代/堀部圭亮/伊東由美子
小豆畑雅一/枝元萌/藤夏子/二瓶鮫一
観劇日 2013年8月16日(金曜日)午後7時開演
劇場 東京芸術劇場シアターウエスト D列14番
上演時間 2時間30分(10分の休憩あり)
料金 5000円(お盆割引)
ロビーでは永井愛の著作本などが販売され、終演後、本にサインをしている永井愛氏本人のお姿も見かけた。
ネタバレありの感想は以下に。
珍しくサイトの「あらすじ」を読んでいたのだけれど、始まってしばらくして、随分と感じが違うなと思った。
堀部圭亮演じる保と草刈民代演じる真弓夫婦の家に、鶴見辰吾演じる保の兄の幸介がやってくるところから話は始まる。
正確に言うと、幸介は既に保の家にいて、そこへ、伊東由美子演じる幸介の妹で保の兄である百合子がやってきて、「どうして兄を家に入れたんだ」と保を詰問しているところから始まる。ずっと雲隠れというか行方不明だった幸介は、彼ら兄弟にとって鬼門というか、とんでもない大迷惑をかける男として認識されているらしい。
真弓にとっては初対面の夫の兄で、しかも、「一族の恥」扱いだった幸介という人物について保はほとんど真弓に話したことはなかったらしい。
ホームレスそのものといった様子でやってきた幸介に、「なるべく普通に接しよう」という努力の跡を見せつつ鼻をつまむ真弓はなかなか正直者である。最初は平気な振りをしていても、「実印は?」などと百合子に言われ、慌てて確認しに行って「ない」やっぱりあった」というやりとりをするところも、やはり正直者だと言えるだろう。
この幸介という人物が、いかにも胡散臭げである上に、如才ない感じも漂わせ、「コイツに騙されちゃいけない」感が溢れているところが厄介だ。この幸介という人物の佇まいがいたたまれない。
最初、この芝居を見に来るんじゃなかったと思ったくらい、いたたまれなかった。
そのうち、どちらかというと常識的な対応をしていたように見える保と、「とにかく兄となんか関わりあいになりたくない」という強硬な姿勢だった百合子が共同戦線を張り始め、親戚のおじさんや親戚のおばさんに「幸介の就職先」のあっせんを頼み始める。
保にとっては、いつまでも自分の家に居座られるかどうかが決まる瀬戸際だ。
幸介の生活費まで負担する羽目になったことで、百合子に「金銭的な面で折半を」と言い出すのが保ではなく真弓だというところもこの夫婦の関係を表している。
とにかく、率直・真面目・正論一本槍の真弓と、ひたすら周りに流されて平穏無事を志向する保、とにかく幸介の厄介払いをしたいという目の前の問題を片付けるためにはどんな手段でも使いましょうという百合子との溝は深まるばかりである。
二瓶鮫一演じるどこかの会社の顧問をしているらしいおじさんに幸介の就職先あっせんを頼み、藤夏子演じる酒屋を営んでいるおばさんに幸介を雇ってくれるよう頼み、その双方にお世辞やら何やら世間知の限りを尽くして幸介を押しつけようという百合子と保にとって、「両方に頼んでいるなら両方にそう告げるべきだ」と言い切る真弓ははっきり言ってお荷物である。
「後で判ったら感じが悪い」という真弓に私は大賛成だったのだけれど、その真弓に対する保と百合子姉弟の対応はかなり退いていて、しまいに百合子は大激怒しているし、これまたいたたまれない気持ちになってくる。
どうやら私も真弓と同じで「正論吐いて何が悪い」と思っているタイプらしい。
真弓の懸案事項は、この「幸介をどうするか」だけではないらしい。
夏休み中の今、息子の同級生の母親である枝元萌演じる金井塚という友人とともに、息子をオーストラリアのファームステイに送り出しているのだが、そのため休むことになった野球クラブの合宿の手伝いに行くか行かないか、ことあるごとに金井塚と語り合っている。どうやら「母親同士の派閥」のようなものがあるらしく、息子達は合宿に行かないのだから手伝いにも行かないと決めている2人に対し、他の野球クラブに子どもを通わせている母親達から問題視する声が上がっているらしい。
この戯曲はかなり前(どれくらい前かというと、携帯電話にアンテナが付いていた頃)に書かれたものだそうなのだけれど、それくらい前にもやっぱり子供の母親同士の派閥争いのようなものや、確執のようなものはあったのね、と思ってしまった。
それはともかく、ここのところの真弓と金井塚の話題は概ねいつでもこれである。
保には、真弓が正論で自分の努力を全て水の泡にしてしまっていると見えたらしい。
おじさんとおばさんは、犬猿の仲故に張り合い、それぞれが幸介の就職先を用意しようとし始める。おじさんなど、取引先に、思いっきり詐称した幸介の履歴書を見せることまでしているようだ。
そんな詐称の履歴書なんてすぐにバレるから無理だ、おばさんの酒屋に厄介になると言う幸介が一番マトモで、他の一族郎党全てが詐欺師に見えてくるから不思議である。
そもそも、幸介という人物、今でこそかなり図々しいものの人好きのする態度を保っているものの、ギャンブルに狂って2000万円の横領を行い、父親が自宅を売り払ってその埋め合わせをしたという過去の持ち主なのに、おかしなことである。
おかしなことと言えば、小豆畑雅一演じる百合子の夫正春が真弓夫婦の家にやってきて、幸介と顔を合わせたときもおかしかった。お互いが何故かタオルで顔のほとんどを隠して「初めまして」と言い合っている。
腕のいい修理屋の筈の正春が冷蔵庫の修理に手間取り、慌てているのか、指を怪我したり、ガラスの置物を落として割ったり、そのガラスの破片で足の裏を怪我したりしている。
後で判るのだけれど、正春は、幸介がツアコンをしていたいわゆる「売春ツアー」の客になったことがあり、いつそのことをバラされるかと気が気ではなかったというのが真相のようだ。
真弓と正春、真弓と幸介という組み合わせは和気藹々、和やかのムードを保っているのだけれど、一方で血縁で結ばれているおじさん、おばさん、保、百合子は連合軍体制で、思うように動かない幸介や、幸介をそそのかしている(と認定している)真弓に対してどんどん冷たくなって行く。
金井塚も、息子がオーストラリアでホームシックになっているらしい様子を電話で聞いたり、野球クラブの保護者仲間が自分達の悪口を聞いてナーバスになって行き、真弓に何度も「本音で話して!」と言ってくる。
真弓はどんどん追い詰められている気分になってくる。
経歴詐称したままおじさん紹介の会社社長と面接した幸介は、結局、経歴詐称の事実を告げないまま採用されたらしい。「面接で本当のことを言う」と何故か指切りまでした真弓は、とうとうそのことで折れてしまったように見える。
結局、逡巡の末に野球合宿の手伝いに行った金井塚が順調に溶け込んでいるらしいことも判って、真弓の折れた心にさらに追い打ちがかけられる。
新生活を始めるに当たってプレゼントすると言っていたミニバラの鉢植えも「あげない」と言い、「仕事の邪魔をするな」と2階に上がってしまう。
階下で1人になった幸介は、いきなり目つきが変わり、少し前まで話題になっていた印鑑証明をついに子供の絵を飾った額の裏で発見する。
同時に、2階から真弓が降りて来て、3000万円の借金の連帯保証人に保の実印が押してあるのはどういうことだ、その印鑑証明を返して欲しいと幸介に言う。
ここの幸介の豹変ぶりが、それまで「ちょっといい人」風だっただけに驚く。大袈裟に言うと「いきなりここで強盗殺人か?」というくらいの豹変ぶりだ。
結局、そこにインターフォンが鳴って、幸介は憑きものがおちたように印鑑証明を真弓の手に残し、手ぶらのまま出て行く。入れ替わりで入って来た正春が「さよならと言われた」と言うと、真弓は「自分で仕事を探すと言って出て行った」と返す。
自分の過去の悪事がバラされないと判って笑い続ける正春の小人物ぶりが際立ち、逆に「嘘つきはもの凄く努力して嘘を付いている。半端な正論を振りかざす奴にそれが判るか」と冷静に考えるとヒドスギル啖呵を切った幸介が人物に見えてくるから不思議である。
帰って来た保は、真弓に「お兄さんは出て行った」と言われると、おじさんから幸介の就職の見返りに仕事上での取引を持ちかけられてボヤいていたのが一転、「どうして引き留めなかったんだ」と追いかける。
ただ呆然としている真弓の前に、庭から現れた幸介は何も言わずにミニバラの鉢を手に去って行く。
ここで幕である。
ここで終わり?! と思ったのは私だけなんだろうか。
いや、真弓と保の夫婦はこれから先も上手くやって行けそうなのかとか、真弓と一族とも上手くやっていけるんだろうかとか、真弓は野球合宿の手伝いに行くんだろうかとか、色々と色々と気になることが山盛りではないか。
幸介の台詞ではないけれど、真弓の「この後」がどうなるか心配ではないか。
とりあえず、野球合宿の手伝いに行くのかどうかだけでも教えてくれ! と思ってしまう。張り巡らされていた伏線は見事に回収したのに、ここだけ放置するの? と言いたい気分だ。
同時に、ここで終わる勇気が、このお芝居を上質なものにしているんだろうなとも思ったのだった。
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