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「OPUS/作品」
作 マイケル・ホリンガー
翻訳 平川大作
演出 小川絵梨子
出演 段田安則/相島一之/加藤虎ノ介/伊勢佳世/近藤芳正
観劇日 2013年9月27日(金曜日)午後7時開演
劇場 新国立劇場 小劇場 1階r2列4番
料金 5250円
上演時間 1時間55分
ロビーではパンフレット(800円)や、音楽にちなんだ雑貨が販売され、舞台セットの模型等が展示されていた。
ネタバレありの感想は以下に。
音楽の知識のない私は「opus」を「オプス」と読んでいたのだけれど、劇中で「オーパス」と言われているのを聞いて初めて読み方を知った。そういえば、op.**という感じで作品番号を表しているのを見たことだってあるのに、相変わらず察しの悪いことである。そもそも、タイトルにだって「作品」と書いてあるのに、と自分で自分にツッコミを入れた。
舞台は四方を客席に囲まれている。シンプルで、作り付けになったセットは全くない。真っ黒な四角である。
そこに、椅子が四脚と譜面台が4つ置かれ、その四角く高さのある黒い舞台の両側に付けられたスロープを上がって役者さんたちが現れる。
最初に出てきた4人は、段田安則演じるエリオット(第一バイオリン)、相島一之演じるアラン(第二バイオリン)加藤虎ノ介演じるドリアン(ヴィオラ)、近藤芳正演じるカール(チェロ)だ。弦楽四重奏団のメンバーなのだ。
やけに満面の笑顔で登場したアランが、何やら語り始める。だいぶ後になって判ったのだけれど、この最初のシーンは、この弦楽四重奏団「ラザーラ・カルテット」を追ったドキュメンタリー番組の一部ということだったらしい。
テレビであるからして、そこは美しくそれぞれが「思うところ」を語って行くのだけれど、しかし、誰かの台詞に被せて誰かがしゃべったり、テレビであるのに不穏な空気もそこはかとなく流れている。
次のシーンからは、ドリアンが消えていて、伊勢佳世演じるグレースが3人の前でヴィオラを演奏している。
ラザーラ・カルテットは、今はともかく、一時代を築いた(グラミー賞も得ているという)カルテットで、だから、グレースを見つめる3人は「おじさん」だ。そこに若い女性がやってきてヴィオラを弾き、あっという間に「合格」を告げられ、ホワイトハウスで演奏するのだと言われ、舞い上がるだろうと思った彼女はしかし、オーケストラのオーディションが3日後にあるからそちらを受けさせてくれと言う。
エリオットは、「そんな時間はない」と彼女の合格を取り消す。
彼らにとって、オーケストラの弦楽器奏者は単なる「部品」で、四重奏団の4人は「音楽を作り上げる人」という強烈な矜持を持っているのだ。
その強気かつ誇り高い説得に感化されたのか、一度は辞退を告げたグレースが戻って来て四重奏団の一員に加わることになった。
早速、次の日からホワイトハウスに向けて練習である。
同時に、このカルテットが「どうしてドリアンを解雇したのか、しかもこの時期に」ということも徐々に明かされて行く。暗転というほどでもなく暗くなり、無言でグレースが去ってドリアンが登場すると、回想に入ったんだなということが判る。
ドリアンは天才肌の奏者で、ときどき(というか、割としょっちゅう)やることが破天荒である。音楽のことになるとしばしば自分の意見を譲らず、モーツァルトを演奏するときには、そこでモーツァルトと彼が音楽を生み出しているかのようだった、というのはアランの評だ。「ネットで色々と評判が・・・。」とグレースが聞き出しているところが、現代演劇である。
一方の、謹厳実直を絵に描いたようなエリオットと恋仲であったことも割と早いところで明かされる。
音楽面での対立と、恋仲故の偏狭さが、ドリアン解雇の理由のように見える。
しかし、言葉では「ドリアンは一線を越えたと考えたんだ」とアランは言い、エリオットは「こいつは、カルテットのヴァイオリンを盗み出したんだぞ!」と叫ぶ。
ヴィオラ奏者のドリアンが、ヴィオラではなくヴァイオリンを持ち出したことにはもちろん理由がある。
そんな天才肌の奏者がいるなら、どうして第一ヴァイオリンにしなかったのかとグレースは尋ねる。どうやらそれは、音楽家にとっては「当然の」疑問らしい。
私などは、ヴァイオリンとヴィオラってそんなに簡単に行ったり来たりできる楽器だったのかと驚いた。
そのグレースの問いに対して、アランは、君は天才にキューを出してもらって演奏したいかい? と尋ねる。いつか判らないけれど必ず現れるモーツァルトを待ち、しかし、普段は壊れかけているかのような彼に合わせて演奏したいのか、と。それは10年も前に3人が出した結論だったようだ。
アランは演奏旅行先での浮気が原因で妻に逃げられているし、カールは癌を患ってから5年が立とうとしている。
50代であろう彼ら3人には、それぞれ秘密があり、事情があり、譲れない何かがあり、カルテットがある。
そこに入って来たグレースは、最初はおどおどとしているが、次第に微妙なバランスの上に立っている5人(そこには、「死んでしまったのかもしれない」というドリアンもやはり「いる」のだ)のキャスティングボードを握るようになって行く。
そのグレースだって、もちろん、秘密を抱えているのだ。
エリオットは、ホワイトハウスで演奏する曲として、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲作品131を主張する。
アランやカールは「長すぎる!」と反論するが、実際のところ、それは、このカルテットが取り組んでいたベートーヴェンの四重奏曲集のレコーディングで最後の一曲となり、しかし最後まで録音することができなかった因縁の曲目のようだ。
また、ドリアンが盗み出したヴァイオリンと対をなすヴィオラも、3人の取り決めに反して、エリオットは強引にグレースに弾かせることにしてしまう。
ドリアンを解雇したことで壊れたのはエリオットだったようだ。
アランもカールも結局は、第一ヴァイオリンであるエリオットの言うとおりにするけれど、リハーサル中も音楽の解釈で4人はモメ続ける。そのもめごとの多くの原因はエリオットだ。
ついには、「昨夜一緒に野球を見た」というアランとグレースの会話を聞いたエリオットが2人に嫉妬しているのか、ドリアンを失った傷がうずくのか、「楽団内の恋愛は禁止だ!」と叫ぶ。自分がドリアンと「できて」いたことは完全に棚の上に上げられ、アランもカールもあきれ顔だ。
カールはカールで、検査の結果を3人に告げようとはしない。そこは付き合いが浅いグレースが割と躊躇なく「検査の結果は?」と尋ねると、「大丈夫」と笑顔で答える。その笑顔はどう見ても怪しくて、エリオットとグレースが外に出たスキにアランがもう一度尋ねると、カールは「よく判らないんだ」というよく判らない答えをする。
どうしてそこで納得するんだ! とアランにツッコみたい気分で一杯だ。
「受けるのを止めた」筈のオーケストラのオーディション会場で、グレースはドリアンと出会う。
この期に及んで「このドリアンは幽霊か?」「どうしてグレースのところにドリアンの幽霊が出るんだ?」と思ったけれど、そうではなく、このドリアンは生身の人間である。
そして、カルテットのヴィオラを持ってきていたグレースに、ドリアンは「その楽器を貸してくれ」と言う。ためらいつつもグレースが断れる筈もない。
ホワイトハウスでの演奏の日、アランはエリオットに声をかける。「昨日、ジャニス(カールの奥さん)から電話があった」。
それだけで、2人の間では通じる。
そして、2人が知ってしまったことを、戻って来たカールはもちろんすぐに察し、「ジャニスに聞いたんだな」と言う。
この辺りのあうんの呼吸は、中味は深刻だけれど楽しい。見事に息が合っている。
そして、演奏も上手く行き、カーテンコールまでもらった4人が満足げに控え室に戻ってきたところに、ドリアンが現れる。「祝福に来たんだ」と言い、「母親の関係で自分にも招待状が届いていたんだ」と言う。
今まで連絡がなかったことに憤り、グレースとドリアンが顔見知りであることに驚く3人に、ドリアンは次々と爆弾を投げ入れる。
グレースがオーケストラのオーディションを受けて合格していることを暴露し、カールに昨夜電話して伝えたことだけれどと前置きをして、カールが止めるのも聞かず「提案がある」と言い出す。
グレースはオケに行き、自分を戻して欲しいという提案だと受け止めたエリオットは怒り出し、「おまえはヴァイオリンを盗むことまでしたんだぞ!」と怒鳴りつけるが、ドリアンの提案には先がある。
ドリアンは、自分を第一ヴァイオリンにし、グレースをヴィオラ奏者に迎え、エリオットを解雇することを提案してきたのだ。
そして、カールはそれに賛成しているらしい。余命がほとんどないと判ったカールは、人が変わったかのようだ。
結局、4人はこれまでと同様、平等に投票権を持ち、それぞれの意思を述べ、ドリアンの提案を受け入れることを決める。
もちろんドリアンの提案は残酷なものだし、「どれだけこいつに振り回されてきたのか判っているのか」と叫ぶエリオットに「しかし、ドリアンの頑固さは我々の音楽のレベルを高めていた」と答えるカールの台詞は元より、何より、日頃は「まぁまぁ」と笑顔を崩さないアランの「頑固さ、偏狭さを我慢するほど、エリオットの音楽性は高くない」という台詞が何よりも残酷に響く。
この人たちはプロなんだと思い知らされるやりとりだ。
この芝居の場面の多くはリハーサルだし、リハーサルでなくても楽器を手にしているシーンがほとんどだ。
演奏のシーンも多いけれど、何というか、「本当に弾いているように見える」ことに重きはおいていないように見える。弓は動かすけれど左手は動いていないし、音と弓の動きもシンクロしているとはいえず、時々、違和感を覚えたことも事実だ。
しかし、この4人は音楽のプロなんだということを疑わせるようなことは(少なくとも私にとっては)ない。
カルテットのヴァイオリンを持ち帰ろうとする「解雇された」エリオットに、4人はヴァイオリンはカルテットのものだと置いて行くように迫る。エリオットはほとんど子供のように抱え込み、ヴァイオリンを渡すまいとする。最後の「誇り」の象徴だというとなのかも知れない。
しかし、そのヴァイオリンを渡せ、ドリアンにも渡さないから、と必死の形相で(といっても、私の席からは顔は全く見えなかったけれど)言ったカールは、そのヴァイオリンを椅子に叩きつけて壊す。ドリアンはもちろん、流石のアランも泣き叫び、グレースは声も出ない。
しかし、カールは「こうするしかなかった」と荒い息で告げる。自分は月に数回しかリハーサルに参加できない、争っている時間などない、と。
ここで、場面は、最初に戻る。
まだドリアンがいて、カルテットがかろうじて上手く行っている(ように見える)頃に戻っている。
さてここでアランが何を語っていたのか、私は覚えていない。カルテットについて語っていたんだろうか。
そして、少しだけ場がクールダウンしたところで幕である。
この4人の中に入った伊勢佳世は相当大変だったろうなとか、四方から客席に囲まれた舞台だったけれど「背中を見せる」「顔が見えない」ことが気になったのは最後のカーテンコールのときだけだったなとか、このどこか弦が張り詰めているかのような空気は何か(それもあまり嬉しくないことを)思い出させそうで、思い出したくなくてムズムズするよ、とか、最後の暗闇で色々と思う。
とにかく、「流石」の舞台だった。
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コメント
あんみん様、コメントありがとうございます。
OPUS、ご覧になりましたか。
模型のヴァイオリン、私は気がつきませんでした・・・。飾ってあったのですね。
そういえば、感想には書き忘れていましたが、カールがヴァイオリンを椅子に叩きつけたとき、カールはチェリストだったからヴァイオリンを壊せたのかしら、これでカールがもしヴァイオリニストだったらヴァイオリンを壊せたのかなぁと思ったことを思い出しました。
いつも飄々としていたアランですら、あのシーンだけは本気で怒鳴って泣きそうになっていましたから。
「TRUE WEST」ご覧になるのですね。
ぜひ「奈落」に注目してみてください(笑)。
投稿: 姫林檎 | 2013.10.05 20:58
こんばんは。OPUS、"小"作品という感じで良かったですね。
段田さんがお得意の嫌なヤツがはまってました。
最初に得意げに話した多数決ルールが、
自分の首を絞めることになるところも良かったです。
出口の所に模型が飾って有って『舞台で壊すのは小道具として制作したものです』と有りましたが、
あ、この後に壊すなと流れでわかるのですが
毎回壊さなくても、ゴミ箱に放り投げるではダメかなと思いました。
やはり演出上でもステージ上で物を壊すのは嫌ですね。
ところで来週『TRUE WEST』を観に行くんですが
姫林檎さんのレポが気になってしまい、バックステージツアーの最後のくだりだけ覗いちゃいました。
確か、トラムの『TOPDOG/UNDERDOG』もステージの下に空間が有って
ブルーのライトが透明の柱の中に仕込んであって、とても幻想的でしたね。
来週が楽しみです!
投稿: あんみん | 2013.10.04 22:05
ひかる様、お久しぶりです&コメントありがとうございます。
そうでした、そうでした。
アランが、もうすでに壊れてしまった夢を語っていたシーンでした。
教えていただいてありがとうございます。
ところで、あのヴァイオリンはどうしても壊さなくちゃいけなかったんでしょうか。(今更な疑問ではあるのですが。)
それこそ、今更ながら、気になっています。
投稿: 姫林檎 | 2013.09.30 22:46
最後のシーンでのアランの独白は、カルテットの最後についてのアランの理想・夢でした。
4人が90才を過ぎて、それでも、なお演奏を続けていて、ベートーヴェンを弾きながら、その曲間のわずかな休止の時に、4人とも息を引き取る。
まさに4人で一つの弦楽器を奏でるかのように・・・。
決して有り得ない理想の夢であり、ヴァイオリンを粉々にした後では、極めて空疎で哀しく聞こえました。
投稿: ひかる | 2013.09.29 23:49