「かもめ」を見る
シス・カンパニー公演 「かもめ」
作 アントン・チェーホフ
演出 ケラリーノ・サンドロヴィッチ
出演 生田斗真/蒼井優/山崎一/梅沢昌代
中山祐一郎/西尾まり/浅野和之/小野武彦
野村萬斎/大竹しのぶ
観劇日 2013年9月14日(土曜日)午後1時開演
劇場 シアターコクーン T列1番
上演時間 2時間40分(15分の休憩あり)
料金 7500円
ロビーでは珍しくシンプルにパンフレットのみ(だったと思う)が販売されていた。
ネタバレありの感想は以下に。
ネタバレありとはいうものの、チェーホフの「かもめ」である。これ以上有名な戯作もなかなかないという大御所だから、普通はストーリーも登場人物も知り尽くして見ている人が多いのだろう。
私は多分、二度目の「かもめ」で、大ざっぱな筋は覚えていたものの、それだけという情けない状態で見始めた。
この物語の中心は蒼井優演じるニーナにあるような気がする。
蒼井優が豚家は割と「全てをかっさらっていく」感じの演技をすることが多いせいかも知れないけれど、コスチャの母親の大女優役で大竹しのぶが出ていることを考えると、なかなか激しい舞台である。女優陣のみならず、よくよく配役を見てみれば、改めてもの凄く贅沢な舞台であることを感じる。
そういえば、山崎一は割とケラリーノ・サンドロヴィッチの舞台に出演していることが多いけれど、他の役者さんたちは初顔合わせだったことが多いのではなかろうか。
休憩前は、演出がケラリーノ・サンドロヴィッチであることをすっかり忘れ果てて見ていた。
最初のシーンは、屋敷の湖に面した庭に舞台を作り、その湖面のラインを舞台奥の背景として斜めに引き、さらに湖面に映った月だけを見せてくる辺りがケラリーノ・サンドロヴィッチを感じさせたくらいで、元々、「かもめ」がどんなお芝居なのか知らない私が言うのも何なのだけれど、とてもオーソドックスに作られていたんじゃないかと思う。
山崎一演じるソーニンがときどき笑いを取っていたのも、時代がかった設定と台詞と人々の中でスパイスというか一服の清涼剤になっていたように思う。
ニーナは、最初は生田斗真演じるコスチャと恋仲で、だからこそ彼が書いた芝居に出て、彼の演出のままに演じていたのだけれど、それが大女優であるアルカージナや、野村萬斎演じる当代の人気作家であるトリゴーリン達に全く評価されていないのを目の当たりにしたことで心変わりをしたらしい。
というよりも、「名声」という言葉が連発されていたためか、ニーナは、コスチャが「大女優」の息子であって、コスチャ自身が名声を持っている訳ではなく、名声を得られるようになる可能性もなさそうだというところに愛想づかしをしたように見える。
ニーナが何より求めて尊んでいるものは「名声」らしい。
ニーナがこの舞台の主役のように見えた理由のもう一つは、休憩の入るタイミングだったように思う。
これまた曖昧な記憶なのだけれど、前に見た「かもめ」は、「ある年の夏」と「その数年後」の間で休憩が入っていたと思う。しかし、今回の「かもめ」は、休憩後に、「ある年の夏」の最後の一場面が演じられる。アルカジーナとトリゴーリンがモスクワに戻ろうというところにニーナがやってきて、トリゴーリンにロケットペンダントを贈り、「女優になる」と宣言し、トリゴーリンとキスを交わす。
ニーナの変化を軸に休憩が入れられているような印象だ。
一方のコスチャは、ニーナに恋し、トリゴーリンに奪われ、アルカージナと現代演劇と彼の考える「新しいスタイル」に翻弄され、拳銃自殺を図ったけれども果たせずにトリゴーリンに決闘を申し込む。
やっていることだけを抜き書きすると滅茶苦茶なのだけれど、それが嫌味なく見えるのは、生田斗真の容姿や佇まいが醸し出す育ちの良さが大きく貢献していると思う。台詞も聞きやすい。豪華すぎる共演陣の中で、端正にすっくと立っていたと思う。やはり主役は「かっこよさ」からブレてはいけないのだ。
数年後、嵐の屋敷では、ソーニンが倒れたということでアルカジーナたちがやってくる。
どうしてそこまで無神経なのかわざとなのか、よく判らない浅野和之演じるドールン医師に尋ねられたコスチャが語る「ニーナのその後」は悲惨の一言である。
トリゴーリンの子を産んだものの捨てられたニーナは女優としても大成できず、今は地方巡業をしていてこの屋敷の近くに来ているという。彼女の舞台を追って訪ねては面会も許されていないというコスチャもまた悲惨と言えるのかも知れない。
逆にコスチャは、作家としてある程度の名声を得ているらしい。しかし、その容貌はより一層、神経質になっているように見える。
実は、この後の展開は私にはよく判らなかった。今さらながら気がついたのだけれど、私はもしかしてチェーホフが苦手なのかも知れない。
嵐の夜、持ち直した(らしい)ソーニンを囲んで夜食を食べに人々が場を移した後で、ニーナがやってくる。さて、彼女はここへ何しに来たのか。コスチャは「自分に会いに来た」と信じて疑っていないようだし、ニーナも最初はそれを否定する素振りは見せない。
しかし、「私はかもめ」と言い続けたり、いかにも神経が疲れ切っているという風情である。「幸せ」ではなさそうだ。
コスチャは、果たして、ニーナが変わり果ててしまったことにショックを受けたのか、これだけ酷い目に遭わされてもニーナが「トリゴーリンのことを一番愛している」と確信を持って断言したことに打ちのめされたのか、自分が「新しいスタイル」と口では言い続けてもマンネリ化しているのに対して、「憐れ」だと思っていたニーナが女優としてやっていくために「耐えることよ」と言い切って、そのときだけは凛として立っていたことが受け入れられなかったのか。
そのどれでもないような気がするのだけれど、どうなんだろう。
そういえば、主にニーナとコスチャのやりとりの間、嵐のために電気の調子が悪いのか、明かりが点いたり消えたり、ジジジーと音をさせたりしていたのが、ケラリーノ・サンドロヴィッチぽかったかも知れない。
コスチャのデスクの上のテーブルスタンドの笠だけ、セピアな感じのセットの中で唯一人工的な緑色だったのが異様に目立っていた。あれはどうしてだったんだろう。
銃声が響き、コスチャは自殺する。
以前のピストル自殺未遂を思い出して怯えるアルカージナに、様子を見に行ったドールン医師は「自分の持ってきたエーテルが破裂していた」と安心するよう言うが、トリゴーリンに「アルカージナをここから話せ、コスチャが自殺した」と囁く。そこで、幕である。
コスチャの自殺というこの芝居の最後のシーンにニーナを舞台上にいさせなかったのは何故なのか、チェーホフに聞いてみたい気もするけれど、聞かなくちゃ判らないというところが私のダメなところのような気もする。
この「かもめ」はニーナとコスチャの物語、だったのかも知れない。少なくともどうも私はそういう目線で見ていたようだ。
贅沢な舞台だった。
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コメント
あんみん様、コメントありがとうございます。
台風直撃の日にご観劇だったのですね・・・。とにかく無事にご覧になれて何よりでした。
実は、我が家の辺りは「凄い」と言われているほど凄くはなかったのですが、新幹線などにはかなり大きな影響が出ていたようでしたものね。お疲れ様でした。
マーシャは、かなり「いい」役ですよね。
以前に見た「かもめ」では小島聖さんが演じていて、やはりその美しさにうっとりしたことを覚えています。
喪服の女ってそれだけで美人に見えると思う!(笑)
チェーホフも彼女の出てくるシーンを書いているときは楽しかったんじゃないかという感じがします。
確かにケラさんがいつも通りにチェーホフを演出していたら、かなり違った作品になっていたような・・・。
あと3作品というのは、「三人姉妹」「桜の園」「ワーニャ伯父さん」なんでしょうか。
確かに、見てみたいですね。全然違う感じの演出だといいなぁと思います。
投稿: 姫林檎 | 2013.09.21 23:21
こんにちは、9/16の台風直撃の中!観てきました。
2列目にポッカリ空席も有りましたよ、やはり。
前日は歌舞伎座の昼夜でしたが、行きの新幹線も途中で止まり、
昼の部に遅刻(ただメトロ直結で濡れず)
帰りの新幹線も1時間遅れで、改札内の人波の中立ちっぱなしという
稀にみる悪天候大当たりの遠征でした。疲れた~!
でも舞台の内容的には大満足の遠征でした。
歌舞伎座の新作・陰陽師も、昼の部も良かったです。
さて、かもめ。ケラさんと言えども退屈かもと思ってたら!
良い意味で期待を裏切られて、なかなか良かったですよね。
私も1幕はケラさんらしさは感じなかったですけど
いつものプロジェクションマッピングは無くても
場面転換の家具移動が『らしさ』が出ていたなと思いました。
今回マーシャの西尾まりさん、一番素敵!『喪服が制服なの』って♪
チャーミングで生き生きとしてて、片思いを諦めるけれど
結婚の決め方とか、トリゴーリンとのお酒、ダンナへの対応
1人だけ思い通りに楽しくやってるような。。。
萬斎さんはちょっと影が薄かったかな~、もっとワルっぽく魅力的だと良かった。
ニーナとの洋服ラックのキスシーン、良かったですね。
ニーナの前半はバンビみたいに可愛らしくキュートでした。
全体的にケラさんの毒気が、シスのスパイスで緩和されてたような。
その緩和はチェーホフには良かったかも。
あと3作(ケラ×チェーホフ)は上演時期は未定だそうですが、全て観たいです。
投稿: あんみん | 2013.09.21 13:06