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2013.10.14

「ロスト・イン・ヨンカーズ」を見る

パルコ劇場40周年記念公演 パルコ・プロデュース公演「ロスト・イン・ヨンカーズ」
作 ニール・サイモン
上演台本・演出 三谷幸喜
出演 中谷美紀/松岡昌宏/小林隆/浅利陽介
    入江甚儀/長野里美/草笛光子
観劇日 2013年10月13日(日曜日)午後1時開演
劇場 パルコ劇場 D列5番
料金 8500円
上演時間 3時間10分(15分の休憩)

 ロビーではパンフレット(1800円)やポスターが販売されていた。

 こんなにもお花に溢れたパルコ劇場ロビーを見るのは久しぶりだったような気がする。

 ネタバレありの感想は以下に。

 「ロスト・イン・ヨンカーズ」の公式Webサイトはこちら。

 ニール・サイモンと言われても実はピンと来なかったりする。確認してみたら「おかしな二人」は何回か芝居で見ているようなのだけれど、自分で書いた感想を読み返してもぼんやりと何枚かの絵が頭に浮かぶだけで、ストーリーはほとんど思い出せない。
 いつものことながら、情けない限りである。

 三谷幸喜のニール・サイモンへの思いは結構あちこちで読んだり聞いたりしたことがあって、しかし、実際に三谷幸喜がニール・サイモンの作品を演出するのは初めてなのだそうだ。
 三谷幸喜といえば作・演出の両方を行うのが普通の形で、そもそも、戯曲を提供することはあっても、他の人が書いた戯曲を演出することはこれまでほとんどなかったんじゃなかろうか。
 そういう意味でも、かなり楽しみだった。

 楽しみといえば、中谷美紀の舞台出演も楽しみにしていた。彼女の初舞台である「猟銃」を見ていて、さて、今回の舞台ではどんな感じなんだろうと思ったら、「猟銃」で演じていた3人の女性とはまたさらに全く違う感じの女性だったので驚いた。
 そして、何度でもそう思うし主張したいのだけれど、やっぱり役者は声だと思う。
 今回の中谷美紀は、ほとんどずっと高い声で常にテンション高い感じで、でもそれが「キンキン」といった感じがなく、役に合っていたと思う。

 小林隆演じるエディは、亡くなった妻の治療費のために全財産を吐き出し、さらに多額の借金を背負っている。その返済を迫られて、アメリカ南部に鉄くずの買い付けの仕事をするために行くことになり、その間、浅利陽介演じるジェイと入江甚儀演じる弟のアーティを草笛光子演じる母に預かってもらおうと説得に来たのらしい。その緊張感溢れる佇まいからは、エディが本当に本当に母親を苦手にしていることがよく判る。
 もっとも、母親を苦手にしていることは、エディの他の兄弟も同じで、母が「預からない」と言い切ったものを、中谷美紀演じるベラは、「甥っ子は預かるもの」としてしゃべり倒して、いつの間にかそういうことで押し切ってしまう。
 ずっと母親と2人で暮らして来たベラも相当に疲弊していたのらしい。

 第二次世界大戦中のニューヨークが舞台のお芝居だけれど、このジェイとアーティの兄弟は、何だかいかにも「現代っ子」だ。父親を気遣い、空気を読む。読み過ぎて失敗したりもする。
 厳格な祖母は苦手で、でも何だかやけにテンションの高い(そして、少し頭のよくない)ベラおばさんも実はちょっと苦手、苦手なものだらけの兄弟は、父親からの手紙を頼りに暮らし始める。
 「厳格な祖母」「笑わない祖母」は手厳しいことも言う。だけど、ベラが売り物のプレッツェルを食べてしまったことを知っていて、「お前がきちんと見張っていないせいだ」とジェイに弁償するように言うのはどうなのか。それって「厳格」とかでは全くない、単なる嫌がらせのような気がする。

 祖母は孫たちにだけ冷たかったりうるさかったりしているのではなく、どうやら娘にも息子にも同じように扱い、同じように育ててきたのらしい。
 結果、長野里美演じるガートルートは時に呼吸困難になり、松岡昌宏演じるルイはギャングに追われているらしい。この辺りが「らしい」になるのは、特に休憩までの前半、この祖母の不可思議な厳格さと、祖母と父親やその兄弟との関係を、ジェイとアーティの10代の少年2人が少しずつ探り、感じる過程を見ることになるからだ。
 その手助けをしているのがベラで、ベラ自身にはそういう自覚はないような気もするけれど、自身の恋について2人のしゃべり、相談し、その流れで母親が多額の現金を家に隠していることまでも話してしまう。

 「そのお金があれば、具合が悪いと手紙に書いてきたお父さんは南部を仕事で動き回らなくてよくなる」とジェイは家捜しを始めるけれど、その家捜しを、ギャングに追われて帰ってきたルイおじさんに見つかってしまう。
 このルイは、多分、10代の少年達から見ると格好いいってことになるんだろうな、という感じだ。
 ルイと少年2人がそこそこやりとりできるようになったところで、1幕が終わる。
 そういえば、開演前も休憩中も、このお芝居では幕を下ろしていた。割と最近では珍しいのではなかろうか。
 暗転したときの舞台転換(といっても、場はずっとおばあちゃんちで変わらないので、テーブルや椅子や小道具を動かすくらいだけれど)は、役者さんたちがやっていて「見せる場面転換」になっていた。

 後半になって、やっと長野里美演じるガートが登場してくれて嬉しい。
 ジェイとアーティの兄弟はほぼ出ずっぱり、ベラはときどき外出するし、祖母は部屋に引っ込むし、家に帰って来てからのルイはそれでもかなり出ずっぱりだ。兄弟の父親のエディは、「南部にいる」ためか、登場は常に客席の通路で、息子たちへの手紙を読むという感じである。
 2人の兄弟のまなざしは、勢い、ベラとルイに向かうことになる。

 ジェイは、「僕が父さんの面倒を見られるようになる方が早い」とルイにくっついて金儲けに出かけようと決心する。そこには、実は「祖母から逃げ出したい」という思いもあるのだけれど、本人がそれに気がついているかどうかは微妙だ。
 ルイにその「希望」を伝えたところで、あっさり歓迎される筈もなく、怒鳴られ脅されるのだけれど、それでも「自分は父さんが好きだ」「僕の父さんを莫迦にするな」と叫ぶジェイを見て、ルイは少しだけ矛を収める。それなら余計に、ジェイを連れて出て行く訳もない。ジェイも何となく納得してしまったようだ。

 ルイがついにギャングに追い詰められてさらに逃げようとしたその日の夜、ベラは家族全員(エディを除く)を集めて食事をしようと計画する。
 もちろん、自分の結婚話を発表するためだ。
 なかなか言い出せない(でも舞い上がっている)ベラに、一刻も早く逃げ出したいルイはイラつくけれど、でも出て行かないのは妹思いだからなんだろうか。ジェイとアーティの兄弟がベラにフォローを入れ、ベラはやっと「結婚する」と言うことができる。
 そのベラに、迅速に真剣にツッコみを入れていたのはルイだったから、何だかんだ妹思いの兄なんだろう。

 ベラの結婚話に、ガートは自身のことを考えたのか理解を示す(示しているように見える)けれど、ルイは真剣にツッコみを入れるけれど、母親は最初から相手にしないという風情だ。おまえにそんなことはできる筈がない、という態度である。
 そこで、恐らくは初めて、ベラは母親に正面切ってくってかかる。自分のことを莫迦だと思っているんだろうけれどそうではない、お母さんは私たちが愛そうとしても決して愛されようとはしてくれなかった、兄達が弱くなったのもガートが上手く呼吸ができないのもみんな母さんがそう育てからだ、自分は「子供」かも知れないけれど女としての幸せだって欲しい、それのどこがいけないのか、私だって健康な赤ちゃんが産める、子供ができたら決して母さんのようには育てない。
 泣き叫ぶベラを見ていて、私はどこかでベラを見たことがあると思えたのだけれど、それが舞台の話なのか、現実の話なのか、どうしても思い出せなかった。

 そうして、ベラは家を出て行ってしまう。
 ガートがやってきて、ジェイとアーティの兄弟に実はベラは自分の家にいるのだと告げる。ベラが結婚できるかどうかは、今日のベラとその相手との話し合いにかかっているけれど、どうなるかは判らないと言ったときの彼女は、間違いなく「姉」の顔である。
 ジェイとアーティの兄弟を追い出し、祖母とベラは話し始める。ベラの相手の男は、ベラとは結婚しないし、子供も欲しくないし、両親と暮らしたいと言ったようだ。ベラの結婚話は「なかったこと」になったらしい。
 そして、ルイは追ってのギャングから逃れるために軍隊に入る。

 最後のシーンは、エディが帰ってきて兄弟を連れて祖母の家から帰って行く。「またすぐ来る」と疎遠になっていたことを後悔しているようだ。
 ベラは2人と別れを惜しみ、祖母は「**の裏をどうして見ないのかね」とジェイの家捜しに気がついていたことを伝えると同時に悔しがらせる。ベラに向かって、子供2人を死なせてしまったときから私の心は死んだと絞り出すように告げてから、少しだけ、憑きものが落ちたようなさっぱりした顔をしている祖母である。このときも、「からかってやろう」という感情がほの見える。そんな表情をしたのは、ほとんどこのシーンだけと言っても過言ではないだろう。

 一方のベラは、ジェイとアーティの兄弟を送り出すと、友達と出かけるから夕食の支度を早くする、と告げる。
 「女の友人よ。でも、私好みのお兄さんがいるの」と夢見る少女ぶりを発揮して告げて笑いを誘い、「図書館に勤めていて、(前の彼氏とは違って)字が読めるの!」とさらに笑いを誘う。
 ベラの告白はかなり重かったし、それを考えればこのシーンだって「また間違うベラ」という重いシーンにもなり得るのに、ここは、そしてこの芝居全体を、からっと乾いた感じにしようというのが三谷演出のスタンスなんだろうなと感じる。

 軽やかに、軽みを感じさせ、乾いた空気を漂よわせ、風を通す。
 それが、三谷幸喜の「ニール・サイモン」なんだな、と思った。

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コメント

 あんみん様、コメントありがとうございます。

 確かにパルコ劇場はいかにも揺れそうな感じですね。9階だし。そう考えると、サンシャイン劇場でどうしてあんなに揺れたのか謎です。
 座っていたし静かだし、揺れを感じやすいシチュエーションだとは思いますが。そういえば、照明が揺れている様子はなかったし、そんなに大きな地震ではなかったなと後になれば思えますが。

 「国民の映画」は、チケットを取りに行くか、ちょっと迷っています。何でだろう? 自分でもよく判りません。
 職場の方に声をかけてもらったので、「清須会議」は見に行く予定です。

投稿: 姫林檎 | 2013.11.04 22:06

こんばんは。
イーハトーボはなんとなく、そろそろビンゴしそうな予感がしてました。
帰りの満員のEVで隣だったかも(笑)?私もなんだか嬉しいです。

ヨンカーズ、1幕終わりで震度3で、やはりパルコは揺れますね。
ルイと兄弟のベッドで寝るところ、でも3人とも動揺せず演技。
私の隣の女性が騒いでて集中できなくて残念でしたが。

『櫻の園』も然り、翻訳物+三谷幸喜は期待していたより単調だったかも。
でもベラ役の中谷さんは難しい役柄を同じテンションでやりきった感が有りました。
和物だとその設定は抵抗感がありますよね、観てる方でも。
そこが翻訳物のいいところかも。
ルイの松岡さんもなかなか、キザな役がはまってましたね。
兄弟から見て、愛らしきベラ、大人の世界を覗かせてくれるルイ、
子供っぽく頼りない父、ゴッドマザー的祖母、常識人のガート。
ちょっと物足りなったのはスープを飲んだ後、あっさり治っちゃったところ、ルイの軍隊に入る顛末、
ベラが多数に身体を触られたと凄い告白なのに、あっさり進むところ、
あと三谷さんはワンシチュエーションだけど
雑貨店の商売の様子も入れてほしかったなと思いました。

白井さんのゲーリング大佐がいなくて残念ですが、
来年の国民の映画の再演も楽しみです。

投稿: あんみん | 2013.11.04 17:12

 みずえ様、お久しぶりです&コメントありがとうございます。

 なるほど、みずえさんは「三谷幸喜作・演出」作品に魅力を感じられているのですね。
 私は今のところその辺りはよく判らないなぁという感じです(笑)。三谷さんが演出したのではない「桜の園」や「ロスト・イン・ヨンカーズ」をよく知っていれば、また違った感想が浮かぶのかも、という気はしています。

 「その場しのぎの男たち」を見にいらっしゃるんですね。今回はチケットを取っていませんが、前に見たことがあります。
 三谷さんは、東京ヴォードヴィルショーに何本か提供しているんですよね。三谷さん作、山田和也演出の舞台を楽しんでいらしてくださいませ。

投稿: 姫林檎 | 2013.10.15 22:03

姫林檎さま

私も観ましたよー。
私はニール・サイモンの舞台は観たことがなく、三谷幸喜のファンだからということで観ました。
そして、去年の「桜の園」のときも思いましたが、どうも私は、脚本も三谷のものでないと、そう満足しないようです。
彼の本でないなら、いくら演出やアレンジが彼であっても、別にわざわざ観る必要はないかな、と思ってしまうんですね。

ただ、面白いとは思いましたし、役者はみんなよかったですね。
特に、全く期待してなかった松岡くんが素敵でした。
チャラい感じと、妹を真剣に心配する感じが、とてもセクシーでした。

私は来週、東京ヴォードビルの舞台を観に行きます。
脚本が三谷幸喜なんですよ。

投稿: みずえ | 2013.10.15 11:10

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