「片鱗」 を見る
イキウメ「片鱗」
作・演出:前川知大
出演:浜田信也/安井順平/伊勢佳世/盛隆二
岩本幸子/森下創/大窪人衛/森下創
清水葉月/手塚とおる
観劇日 2013年11月15日(金曜日)午後7時開演
劇場 青山円形劇場 Cブロック29番
料金 4200円
上演時間 1時間50分
ネタバレありの感想は以下に。
青山円形劇場を完全に円で使う公演というのは実は少ないような気がする。この「片鱗」というお芝居は、完全に360度ぐるっと客席で囲んだという意味では「円形」をそのまま使っているけれど、円形に開いた空間に、四角い箱膳のようなテーブルのような四角い舞台を4つ配置し、主にその舞台の上で演技されていたから、何といえばいいのか迷うところだ。
その黒くて足が短くて太いテーブルは、住宅地の家になったり、ある1軒の家の部屋になったりする。
テーブルとテーブルの間の通路は、住宅地の道路になったり、異形のものが通過する「道」になったりする。
手塚とおるは、正しくその「異形のもの」の役だ。配られた配役表の役名は「男」だったけれど、見た目正しく「異形のもの」だ。
手足や体を捻りくねらせ、尋常ではない形を取り、他の登場人物達から一切認識されず、うなり声は上げても言葉はしゃべらず、ときどき客席の椅子に座って舞台を眺め、突然現れては水を撒く。だから、コイツは何なんだということは一切説明されない。登場人物たちが推理することもない。何しろ、「認識されていない」ものなのだから当たり前だ。
割と平穏な住宅街に、森下創と清水葉月演じる父と娘2人の安斉親子が引っ越してくる。
娘は通信制高校に通っていると言うし、父親は公務員で転勤が多いと言うし、パッと見た目はごく穏やかな親しみ安い父と娘ではあるけれど、何だか訳アリの感じでもある。新興住宅街で、「町内会を作ろう」と動いて果たせなかったというこの辺りの住民はなかなか親切でそこそこ関わりもあり、その「ご近所の輪」に2人はすんなりと溶け込んだようだ。
が、しかし、一見平穏そうなサバービア(という言葉の何だか懐かしい。私がこの言葉からイメージするのは「岸辺のアルバム」というドラマである。見ていないのに不思議なことだ)だけれど、「男」が徘徊し、時々は住民に目撃されているらしい。
そして、その「男」に寄り添われ、水をかけられた人は、どこか変調を来し始める。盛隆二演じる、ちょっと引きこもりなのか? という感じの不動産管理業者(というよりも、家がお金持ちでアパートを建て、その収入で暮らしているというイメージだ)の佐久間も、ご近所が集まったパーティで「男」に水をかけられて以降、「許さないからな」「絶対に許さない」としか言わなくなり、時々は別の言葉を発しようとして敵わない感じだからちょっと乗っ取られた感じも示しつつ、結局、入院し、自殺してしまう。
彼は「男」を目撃していた一人だ。
伊勢佳世演じるガーデンデザイナーの蘭ちゃんと不倫していたらしい安井順平演じるラジオ局ディレクター大河原は、この佐久間の「許さないからな」攻撃に、蘭のことを好きだった佐久間に蘭との不倫を責められているのだと勘違いして謝ってしまい、それを岩本幸子演じる妻に聞かれ、彼女も「許さないからね」と言い始める。
全く同じ症状だ。
佐久間の「許せない」も、大河原夫人の「許せない」も、理由があり、その許せない相手にまず向かっているところが、この設定の恐ろしいところである。
この2人は、「男」を目撃していた2人であり、「男」に水をかけられて初めて「許せない」と言い始めるのだけれど、決してそれが理由のない「許せない」ではない。大河原夫人に至っては、「男」を目撃した時点では許せない事実は知らなかった筈なのにである。
しかし、大河原夫人は蘭の家に包丁を持って乗り込み、そして、蘭に怪我をさせるのだ。
蘭の彼氏である浜田信也演じる日比野という男もまた変わっている。彼だけは「ここに住んでいない」という特権を持っている。それは特権ではないのかも知れないけれど、この舞台の世界では正しく特権だ。こいつもまた常識人なのか、常識外れのエキセントリックな人間なのか、よく判らないところがあったけれど、ともかく安斉親子を疑い、安斉家の近くから植物が枯れ始めていることに気付き、蘭の家に零れていた水が重水であることを突き止め、安斉親子がこれまで住んでいた場所が悉く廃墟と化していることに気がつき、安斉を糾弾する。
大河原もまた、日比野の話を聞いて安斉に疑いを持ち始め、彼を糾弾する。「たまたまだ」という安斉の言葉に一度は納得しかけていたけれど、逆にその言葉に激高するようになる。
安斉の娘忍と大河原の息子である大窪人衛演じる和夫は親しくなり、というよりは積極的に忍の方が彼に接近したように見えるけれど、ともかく、高校3年生と高校1年生である。あっという間に和夫は忍を妊娠させてしまう。
安斉と話した和夫は、最初は「自分は人の親になるにはまだ早い」と言っていたけれど、安斉にそれはお前の都合だ、自分が変わるという選択肢はないのかと突きつけられて、いつの間にか、忍は赤ちゃんを産むことになっている。
経済的問題その他はどうなっているのか、父親も母親も「許さない」しか言わず目から力を失っているのにどうするのか、そこはとりあえず横に置かれているようだし、安斉父娘もそこは突き詰めようとしない。
舞台の本当に中央に紐が繰り出されるように下がって来て、忍がその紐につかまって引っ張り、そこに「男」が加勢し、女の子が産まれる。
娘をねぎらう安斉の様子も、それに答える忍もどこかおかしい。
忍が「12歳で生理になるまでは幸せだった」と和夫に語っていたように、安斉が日比野と大河原に「これが体質だとしたら、その体質は自分ではなく娘の体質だ」と語ったように、子供を産んだことで忍の体質は変わり、娘に受け継がれる。
今は何もないけれど、和夫と忍の娘も、やがて、水を重水に変え、植物を枯らし、周りの人に影響を与えるようになるらしい。
それを聞かされた和夫の元から安斉父娘は去り、日比野は何かを言おうとするけれど、和夫は日比野が言おうとしたことを察して「こんなに可愛いのに!」と叫ぶ。その和夫と日比野が語っている場所に「男」はいない。というか、忍が出産した後、彼の姿は舞台上にない。
そこで、幕である。
今さっき劇団のサイトを見て、加茂杏子が退団したことを知って驚いた。劇団員の中に清水葉月の名前はなかったから、この公演では客演ということになるんだろうか。
客演といえば、手塚とおるである。美味しいのか美味しくないのか、とても私には判断がつかない「男」の役だけれど、これは手塚とおるという役者がいて初めて書ける役なのかなという気もする。大体、この「男」がいなくても、「どこかから降ってくる水」さえどうにかできればこの芝居もこの芝居が存在する世界も成立可能なのだ。「忍の体質が招いた悲劇」でやけにすっきりと説明できる。
しかし、そこですっきり終わらせずに、「男」という役を配し、いわばおどろおどろしい雰囲気を漂わせ、かつ全く説明しないことで、別の何かがそこで成立している。何だか恐ろしい。
そして、その「何だか判らない」「説明がない」ことが、カタルシスになっているのが不思議である。
イキウメ、好きだなぁと思うのだ。
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コメント
ぐーぐー様、コメントありがとうございます&そしてお返事が遅くなりましてごめんなさい。うっかり、お返事したものと勘違いしておりました。
そして、ブログでの感想も拝見いたしております。
普通の劇場でどういう舞台セットにするのか、ちょっと具体的には頭に浮かばないのですが(すみません、空間把握とか苦手なのです)、でも、円形劇場を意外な使い方で、でも円形劇場らしい使い方だったので、きっと印象が違うお芝居になったんじゃないかという感じはいたします。
「PPPP」という劇団があるのですか? 私は多分、見たことがありません。関西が活動の中心の劇団なのでしょうか?
お休み中ということですので、再開されて、東京公演があったらぜひ見に行ってみたいと思います。
投稿: 姫林檎 | 2013.12.05 22:32
姫林檎さん、こんにちは
私も先週末に「片鱗」観てきました。
今回は唸りました。いやあ面白かった。
でも大阪のセットも工夫していたけれど、やっぱり円形劇場で観たかったなと思いました。
感想はここに書くと長いのでよかったら観に来てください(笑)。
いつもはメモばっかなんですけど、今回は感想書いてます。
私もラッパ屋好きですよ。
MOPは解散しちゃったけど、大好きでした。
今は朝ドラの人なんですね、ドリさん(笑)。
私はそれプラスPPPPですね。
…ここもお休み中ですが。
投稿: ぐーぐー | 2013.12.02 17:51
あんみん様、コメントありがとうございます。
座席と同じレベルのところに四角い台座が並んでいるというのは一緒ですが、大阪の舞台セットは、きっと、青山円形劇場とは印象が違っていたんでしょうね。
最前列で、蠢く(っていう感じだったんですもん)手塚さんがすぐそばにいるってなかなかインパクトがありそう。東京では手塚さんは手近の客席に座ったりもされていましたが、大阪ではいかがでしたか?
あんみんさんのおっしゃる「ロミオとジュリエットの死のダンサー」って私、知らないかも・・・。
例えば手塚さんが10人くらい「片鱗」のような動きをしていた感じ? と想像してちょっと「うっ」と思ってしまいました。見てみたいような見たくないような・・・。
次回公演も楽しみですね。
投稿: 姫林檎 | 2013.12.01 15:42
こんにちは、昨日大阪で観てきました。(MIWAも)
座席の土間部分の前方に、四角い台座が据え置いてありました。
(ステージ無し)ちなみに最前列で色々見え過ぎ。。。
軟体動物のような手塚さんを見ながら、なんだっけ?と思い
帰り道に『あ、ロミオとジュリエットの死のダンサー』と気が付きました。
無言のまま、ダークなイメージでうごめく感じが同じと。
少女の初潮というのは、昔からの忌み嫌いの風習にありますよね。
けがれの象徴、生贄に初潮前の少女とか、その前に花嫁にするとか。
奇怪な現象と合わさり、横溝正史の世界のようでも有り
女は複雑、男は単純(和夫の、この子は違う!)のような。
しかし、シンプルかつ使い方が上手いセットでしたね。
水が話の進行とともに、台上で少しずつ広がっていってました。
次回の関数ドミノは『獣の柱』路線でしょうか、楽しみです。
(でもトラムだ~)
投稿: あんみん | 2013.12.01 12:58
みずえ様、コメントありがとうございます。
青山円形劇場、なくなってしまうんですよね。
ア・ラ・カルトも今回が「ファイナル」と銘打っているし、本当に寂しいです。
そして「片鱗」は判らないことが気持ちよいお芝居でした。
イキウメとラッパ屋の共通点ですか。そういう風に考えたことがなかったのでびっくり。でも改めてご指摘いただくと、なるほどと思います。ありがとうございます。
ちょっと前まではここに「M.O.P」も入っていたなぁと思います。
投稿: 姫林檎 | 2013.11.18 22:25
姫林檎さま
まずセットに度肝を抜かれました。
この劇場は初めてではないですが、こんな使い方は初めて見たかも?
改めて、この劇場がなくなるのは惜しいとも思いました。
そして手塚とおるの不気味さにもまず引きましたね。
失礼ながら、どこかで見たという認識しかなかったのですが、「半沢直樹」に出ていた方でしたね。
贅沢な使い方だなあ。この方の身体の柔らかさにもびっくりです。
一体何が起きているのか、最後までドキドキしながら観ていて、ラストには軽く鳥肌が立ちました。
そういうことなのか、何て哀しい連鎖なんだ、と。
本当に、この劇団の独特の感性には、毎回感心させられます。
私の中で、ラッパ屋とイキウメは、劇団スタイルを大事にしていること、全員演技力がきちんとあること、美男美女があまりいないこと(失礼)、座付作家兼演出家が存在していること等、共通点があると勝手に思っているのですが、全く作風が違いますよね。
どっちも大好きです。
投稿: みずえ | 2013.11.18 09:30