「ダチョウ課長の幸福とサバイバル」 を見る
ラッパ屋 第40回公演 「ダチョウ課長の幸福とサバイバル」
脚本・演出 鈴木聡
出演 おかやまはじめ/俵木藤汰/木村靖司/中野順一朗
三鴨絵里子/岩橋道子/弘中麻紀/大草理乙子
ラサール石井(客演)/小林健一(客演)/ともさと衣(客演)
岩本淳/浦川拓海/宇納祐/武藤直樹
福本伸一
観劇日 2013年11月6日(水曜日)午後7時開演
劇場 紀伊國屋ホール S列6番
料金 4300円
上演時間 2時間5分
ロビーでは、パンフレット(30周年記念と銘打っていた)やTシャツ(品薄で予約対応になっていた)、過去公演の上演台本などが販売されていた。
ネタバレありの感想は以下に。
割と珍しいことのような気がするのだけれど、舞台上にはモノトーンのパネルを配した背景があるだけだった。
ラッパ屋公演は、大抵、「誰かの家」が舞台となっていて、時の変化に伴って中味は変わるけれども枠としてのセットは変わらず、という感じだったように思う。全く具体的じゃないセットでちょっと驚いた。
芝居が始まると、そこは缶コーヒーメーカーのお手洗いで、「だちょう」と呼ばれる3人の課長が集まっている。
「だちょう」は「ださい課長」とか「だめな課長」とかいう意味の符牒らしい。
勢いのある社員と勢いをなくしつつある社員とでは、お手洗いの勢いも違うという演出が可笑しい。
「おじクロ」ももう潰れそうな工場(こうば)が舞台だったけれど、今回は社外コンサルタントを入れて実力主義・競争論理を持ち込んで活性化を図っているというメーカーが舞台である。そして、同族会社であるこのメーカーでも、ご多分に漏れず、後継者争いが勃発しているらしい。
世の中が世知辛い分、ラッパ屋の芝居の設定も世知辛くなる。
1年前に辞めた社員の葬儀に会社から誰も行かないと憤るのは、結局「だちょう」達だけだったという事実は、恐らく、象徴的に「本当のこと」なんだろうと思う。
その葬儀に行くためにラサール石井演じる多田課長の家に向かったところでほっとした。モノトーンのパネルの真ん中が上がり、そこには、いかにも昭和な家屋の畳のお部屋があったからだ。
缶コーヒーメーカーとともに、この多田課長の家がもう一つのこの芝居の「舞台」であるらしい。
岩橋道子と弘中麻紀が演じる元部下だったらしいOL2人もやってきて、彼女たち2人のおしゃべりから、あっという間に多田家の事情が客席に知れる。大草理乙子演じる年上の奥様の連れ子の長女と夫婦の間に生まれた次女と4人家族はなかなか「修羅」な家族関係を築いてきたらしい。
さらに、三鴨絵里子演じる長女もともさと衣演じる次女も結婚しているけれど夫と別居して実家に戻ってきている。
木村靖司演じる長女の夫は働きもせず家賃も払えず多田家に転がり込んでくるし、小林健一演じる次女の夫は実は隣家でコンビニを営んでいて、しょっちゅう多田家にやってくる。
設定だけ書き出すといかにもドロドロの昼ドラだけれど、やっぱり見た目は昭和の家族なのが流石にラッパ屋である。
「おじクロ」で踊りに目覚めた(?)のか、その同期の元社員のお通夜の後、彼が最後に飲みに行っていた居酒屋に行き、その帰り道、「昔は一緒にディスコに行った」「格好よく踊っていた」と言いながら、喪服を着た全員で踊りだすのは何とも不思議な見た目である。
一言で言うと、物悲しい。
その同期が、部下が自分の上司になったことでやはり居辛くなり、会社を辞めて起業したけれど上手く行かず、「半分自殺だと思う」と言われるような交通事故死をしたというから尚さらである。
翌日の葬儀にも「だちょう」3人は参列し、多田課長はさらに火葬にも行き、そしてその後2日の無断欠勤をする。本人曰く「自分は何も考えて来なかった」ということがよく判った、自分の人生を振り返るたびをしてきたんだと言う。しかも離婚寸前の娘婿2人を引き連れてである。
同期の友人が亡くなった、1年前まで勤めていた社員に会社は冷たかった、そういうことが多田課長に与えた影響というのは本当に大きかったんだろうなということが伝わる。
だからこそ、その同期を追い抜いた中野順一朗演じる元部下の原課長がやってきて、そういう時代になったんだから仕方がないと言えば言い返さずにはいられないし、「葬儀に来て欲しかった」と多田課長に言われて原課長が舌打ちするのを聞いたとき、思わず殴りかかろうともしたんだろう。
多分、ここが、多田課長の「転換点」だったんだと思う。
会社の話の転換点であるのに、その転換点が起こったのは多田課長の自宅で、そこには多田課長の家族も揃っていたというのが、何というか空しい感じもする。会社も家族も「家族」だという前提がそこにはある。実際は、会社は家族という幻想はすでに終わりかけていて、そのギャップが痛い思いを引き起こしているんだという気がする。
一方で、多田課長の会社での去就が、その家族に与える影響はとても大きくて、そういうあれやこれやを描くためには、会社と自宅と2つの場面が必要だったのかなという気もした。
会社では、だちょう達とは本来関係ない筈のところで、病気の社長の後継争いが勃発していり。
本来関係ない筈だけれど、岩本淳演じる「ぼんくら」と言われる副社長と多田課長が飲みに行ったことがあったり、その副社長が「一丸とならなければならないのに、競争することで力を合わせずに削ぎあっている」と言うのに多田課長が共感したり、そういう「普通の会話」が権力闘争に使われるのはかなり寂しい。
岩橋道子演じるOLが「喫煙室でのピロートーク」を駆使して情報を引き出すのも、「それはないだろー」と思いつつお約束で楽しい。
何でもかんでも本部の言いなりになることに嫌気が指していた次女の夫が、「お義父さんの会社の缶コーヒーを売りたい」と本部の許可なくコンビニの売り場に並べ、それをツィッターだかFacebookだかに載せたことから大騒ぎになる。この辺りは「時代」だ。
あっという間に、それは多田課長の指示であり、多田課長に命じたのは副社長だということになり、権力闘争真っ只中だった福本伸一演じる開発部長に上手く使われ、副社長追い落としに発展してしまう。
しかも、その情報を開発部長に上げたのが、おかやまはじめと俵木藤汰演じる「だちょう」たち2人だというのが何とも物悲しい。
あったように見えた「だちょう」の結束はなかったという結末は、やはりどこかうら寂しい気持ちにさせられるのだ。
自宅謹慎を命じられていた多田課長は、全社の会議に参加して誤解を解こうとしたけれど、だちょう2人(おかやまはじめ演じるだちょうは積極的に、俵木藤汰演じるだちょうは躊躇いつつ結局は)に裏切られて、開発部長のもくろみは見事に成功してしまう。
えー、ここでそれこそ多田課長の一発逆転があるんじゃないの?! と思ったけれど、世の中そうそう甘くない、というのがラッパ屋流なんだろう。
結果、副社長は退任、開発部長は副社長へ、開発部長と争っていた宇納祐演じる営業部長は子会社に出向、多田課長は解雇、原課長が開発部長になり、開発部長に積極的に協力しただちょうは営業部長、躊躇いながら協力していただちょうは、うつ病で休職した、らしい。
男どもがこうもはっきり勝ち負け分かれた一方で、開発部長と営業部長の話をこっそり多田課長に流すなど実は暗躍していたOL(しかし、いわゆるOLも今や会社に残るのは至難のワザだと思う)たちは、特に変化もなく安泰というのが、詰めが甘いよなぁと思う。
イマドキの会社で、女性が完全に蚊帳の外、関われない代わりに影響もないなんていう美味しいポジションをキープできているはずないじゃないかと、そこは不満である。
再就職も決まった多田課長、その長女と結婚することになった原課長の部下の浦川拓海演じる松井は会社を辞めて別の外資の会社に転職したらしい。曰く「競争するなら仕事の中味でしたい」だそうで、うつ病で休職しているだちょうが「若いうちはそれでいい」と返すのも、やっぱりどこか寂しい感じがする。
別居から離婚を決めた長女に対し、次女の方は、営業停止になった婚家のコンビニと夫と義父を放っておけず元のサヤに戻ったらしい。
一方、再就職が決まった多田課長は、元娘婿と現娘婿と3人で旅に出たという。
年明けの復帰を目指しているだちょうが「営業はもう無理だけれど、資料室とかに生かせて貰って」と言うのも、やっぱりステレオタイプすぎて不満だ。そこにはまた別の色々がある筈なのに、そんな類型的な台詞で締めるなんて何てもったいない! と思うのだ。
ラストシーンは、とにかく「資料室」の夢を描いているだちょうのもう一つの夢で、多田課長たち3人が何故かダチョウに乗り、サバンナを旅している。
3人はダチョウで競争をする。相手を負かすためではなく、楽しむための競走だそうだ。
そうして必死で走っている3人の顔には満面の笑みが浮かんでいる。そこで幕である。
何だか色々と釈然としなかったりもしたのだけれど、でも、やっぱりラッパ屋はラッパ屋で楽しかった。
ところで、この回の客席は何だか異様に役者さん率が高かったような気がする。私が気がついただけで、6人はいらしたから、実際はもっと多かったんじゃなかろうか。ちょっとびっくりした。
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コメント
みずえ様、コメントありがとうございます。
みずえさんは、熊川開発部長バージョンでご覧になったのですね。
そうすると、カーテンコールで「創立メンバーの熊川から素敵なごあいさつ」があったのでしょうか。福本さんはそういう風におかやまはじめさんから紹介されて、ちょっと照れた感じでご挨拶されていました(笑)。
ラッパ屋は「ありそうでありそうな話」が真骨頂ですよね。
そして確かに副社長が社長になっても困るだろうなと思いますが、多田課長は結構いいブレーンになったんじゃないかしらという気もします。
またどうぞ遊びにいらしてくださいませ。
投稿: 姫林檎 | 2013.11.10 00:23
姫林檎さま
私はこの舞台を5日に観ました(なので、開発部長は福本さんではありませんでした)。
この笑いとペーソスの絶妙な配合は、ラッパ屋ならではですよね。
中年男の悲哀が泣かせました。
それに、ここはあまり美男美女のいない劇団(失礼?)なので、やたらリアルに感じるというか。
私は、前田さんの裏切りが、ショックだったけど、その分「ありえる…」という気もしましたね。
それにしても、社員数からいうと、ある程度大きい会社のようなのに、未だに同族というのはどうなんだ?と思わなくはないですが。
そして副社長は、理想論を追うばかりで、正直なところ、この人がトップになってはやはり大変だろうとも思いましたね。
本筋には関係ないですが、「ナガシマ」「ハラ」「マツイ」がいて、「マツイ」が外資に行くというのはちょっとウケました。
投稿: みずえ | 2013.11.08 11:29