「鉈切り丸」 を見る
「鉈切り丸」
脚本 青木豪
演出 いのうえひでのり
音楽 岩代太郎
出演 森田剛/成海璃子/秋山菜津子/渡辺いっけい
千葉哲也/山内圭哉/木村了/須賀健太
宮地雅子/麻実れい/若村麻由美/生瀬勝久 他
観劇日 2013年11月23日(土曜日)午後6時30分開演
劇場 東急シアターオーブ 2階8列24番
料金 12500円
上演時間 3時間25分(20分の休憩あり)
パンフレット(2000円)の他、様々なグッズが販売されていた。比較的、混雑はしていなかったように思う。
いのうえひでのりの演出だけれど、そういえば新感線の役者さんはあまり出演していなかったことに今さら気がついた。だから、新感線公演なら必ず配られる配役表もなかったのかも知れない。
しかし、簡単なものでいいので、やはり配役表は配布して欲しいなと思う。
ネタバレありの感想は以下に。
いのうえひでのり演出の作品だったら2階席の方が楽しめるような気がする。何しろ、ライティングの全体像がよく見える。もちろん、役者さんの顔が間近、汗も見える、ビニルが配られて舞台上から水が跳ねるなんていう臨場感溢れる席ももちろん羨ましいけれど、全体の動きが見える2階席もなかなかだ。
シアターオーブの客席は、前の列と椅子がずらされているし、見やすい。
舞台を坂にするのではなく、3段の階段にして高低差をつけているし、広い舞台を縦横無尽に使いつつ、しかし、オペラグラスで見ても違和感なく役者が捕まえられるような立ち位置がキープされていて、本当に見やすい。そこまで計算しているのだと思う。
「鉈切り丸」は、シェイクスピア劇のリチャード三世がお話の「素」だ。場所を日本に、時代を鎌倉時代(というか平安時代末期?)に移し、リチャード3世は、森田剛演じる源範頼・幼名鉈切丸となっている。
割と判りやすく兄弟間で骨肉の争いをしているから、この時代が選ばれたのかなと思う。前にリリパでもこの時代(あちらは頼朝の死後の時代)を「時の男」として舞台化していたし、早すぎる頼朝の死とか、政子のキャラクターとか、平家滅亡という怨霊出し放題の背景もあるし、いじりがいがあるんだろうなと思う。
そういう訳で、範頼が木曾義仲を討った後はもうやりたい放題である。
範頼は、成海璃子演じる巴御前に横恋慕した挙げ句に妻にしてしまうし、義経を京都にやって官位が授かるように仕向けたのも範頼ということになっているし、頼朝暗殺まで全てが範頼の企みということになって行く。リチャード三世が悪巧みで兄弟を疑心暗鬼にさせ、長兄の妻を自分の妻にしてしまったストーリーをこう作りかえるのかー、と思う。
どうして巴御前を選んだのかしらと思ったけれど、確かに、政子を妻にするっていうのは、北条政子の持つ一般的なイメージが強すぎて無理があったんだろうという気はする。
成海璃子は武者姿が特に凛々しくて格好良かったけれど、ときどき金切り声のように聞こえてしまう台詞が惜しい感じだ。
やたらと軽いそして妻には絶対に頭の上がらない生瀬勝久演じる源頼朝は、これ以上ないくらいのハマり役だと思う。リチャード三世だから、必要以上に陰謀が張り巡らされ陰湿極まりない陰謀が次々と展開されるこの舞台で、この「上に立つ男」の弱さと軽さは特筆モノである。そういう存在ではない筈なのに、一服の清涼剤というか、舞台全体を和ませるポイントになりきっている。
その生瀬勝久演じる頼朝を影で支えるというよりは、後ろから蹴り飛ばす、後ろから蹴り飛ばすというよりは前に出て引きずり回している妻の北条政子を演じた若村麻由美もまたハマり過ぎている。平安朝の女の髪型や衣装がこんなに似合う美人女優もなかなかいない筈なのに、その鬼嫁ぶりはいっそ笑いしか生まない。
この舞台ときたらやたらと贅沢な配役になっていて、千葉哲也演じる武蔵坊弁慶だって、本当に出番が少なくて勿体ないことこの上ない。しかも、「山が動いたら用心しろと占いで言われた」なんて、リチャード三世を飛び越えてマクベスから台詞が取られていたりする。
須賀健太演じる義経もいかにも生真面目な感じがそれらしい。結局、範頼の策謀で頼朝から謀反を疑われ、藤原秀衡を頼って東北に落ち延びるけれど秀衡の死後、その跡を継いだ息子に討たれてしまう。「どうしてここで死なねばならない」と言って死んだ義経は、その後も頼朝の夢に出て彼を苦しめるけれど、頼朝の夢に武蔵坊弁慶は出てこないのだ。
勿体ないばっかり言っているけれど、梶原景時を演じた渡辺いっけいだって、かなりずっと地味にいる。
舞台にいる時間は多分誰よりも長かったくらいだと思うのだけれど、如何せん、舞台上でひたすら地味で実直な役を演じているので、見た目も地味で実直である。
義経を討ち取るという手柄を和田義盛に奪われ、別当の地位も敵わず、鬱屈していたところを範頼につけ込まれ、頼朝暗殺の手助けをしてしまうのだけれど、それって結構派手な動きの筈なのにやっぱり地味なのだ。
範頼の指示で、頼朝暗殺後に2人の息子を殺すよう言われたけれど、それはできずに寺に押し込めようとしたところ、その息子達から「父上から、景時の言うことを信用せよと言われた」と言われて男泣きに泣き、結局、最後に範頼を追い詰めるのはこの景時なのだけれど、やっぱり何故か地味な存在なのだった。
勿体ないシリーズのようになってしまうけれど、建礼門院を演じた麻実れいだって相当に贅沢な配役だ。平家の生き残りとして唯一登場する彼女は、そもそもずっと京都にいて鎌倉には生き霊として現れる。
最初は、身投げしたのに死ねなかったと壇ノ浦の戦いを指揮した義経に祟っていたようだけれど、あっという間にその矛先は頼朝に、そして一番しぶとそうな範頼へとターゲットが変わって行く。その範頼を殺すよう、巴御前をそそのかし、巴御前と京都の花街で知り合ったイトという女(後に、範頼の母親であると判る)もそそのかす。イトを演じる秋山菜津子も、範頼の死の直前に彼に殺されるけれど、我が子を殺す訳ではないところが、やっぱり(変な言い方だけれど)勿体ない。そういう情念みたいなものを演じさせたらピカ一だろうに、敢えてそこは抑えめという感じなのだ。
女同士の情念というか戦いということでは、建礼門院対北条政子の対決が凄まじい。
建礼門院は生き霊で、生き霊の建礼門院とそこに人間としている北条政子とどちらが強いのか、もうその辺りになると訳が判らなくなってくる。
頼朝の死後、持仏堂で二人が対決している様子は、「情念対情念」という感じで鬼気迫る。政子は「悟ることもできないのか!」と詰り、建礼門院は「死語の世界でお前はどう悟ったのか教えろ」と言って姿を消す。北条政子という人は、結局、鎌倉幕府を支え、そして徹底的に壊したのだろうなという気がする。
それは、政子が景時から事の真相を聞いたときに、まず、山内圭哉演じる大江広元を声高に呼びつけ、「吾妻鏡」には、今も頼朝も和田義家も生きているものとして記録するよう命じ、梶原景時が最後に範頼を追い詰めた際、範頼に対して政子さまは貴様の記録を全て書き換えるよう、記録を残さないよう命じたと言い放つことからも判る。
頼朝亡き後の鎌倉幕府を支えたのは、やはり政子なのだ。
範頼を殺すために、イトと巴が巻き込もうとしたのは和田義家で、結局彼は範頼から不義の疑いをかけられて殺される羽目になったのだし、この芝居には本当に強い女と阿呆な男しか出てきていないんじゃないかという気がする。
そして、「歴史を書き換えろ」と最後に政子が命じることで、リチャード三世の世界を鎌倉幕府成立の時代に持って来、リチャード三世を源範頼に置き換えたことから生じた不自然な歴史の一切合切を全てチャラにするという強引かつ説得力のあるつじつま合わせが成立する。
やっちゃったよ、と思ってしまった。
計算され尽くした綺麗なライティング、意外と歌と踊りのシーンが少なかった代わりに存在感を放ちまくっていた生演奏の音楽、リチャード三世も鎌倉幕府成立もあまりにも有名すぎるドロドロな話だけれどそれを知っている人間にも全く飽きさせないストーリーテリング、贅沢な役者陣を贅沢に使った舞台に、身を乗りださんばかりにして見入った。
面白い。楽しい。また見たい。
そして、こんな贅沢な舞台の最後、暗転して真っ暗な舞台に鳶の鳴き声だけが一声。印象的なラストシーンだった。
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コメント
ひかる様、コメントありがとうございます。
そういえば、リチャード三世の遺体(というか遺骨)が発見されたというニュースがしばらく前にありましたね。私など、「実在の人物だったのか」とまぬけな感想を持ったクチです。
というわけで、巴御前と乙姫の立ち位置というか、「リチャード三世からどう翻案されたか」を教えていただいてありがとうございます。
何だか自分の中で勝手にリチャード三世が作りかえられていて、お兄さんのどっちかの妃を妻にしたものだと思い込んでおりました・・・。
投稿: 姫林檎 | 2013.11.25 22:36
シェイクスピアの「リチャード3世」も史実とは、かなり違うのだけれども、「リチャード3世」の最初の妻は、リチャードが討ち取った敵将、王太子エドワードの未亡人だから、「鉈切り丸」が「巴御前」を妻にするという話で良いのだと思う。
また、「リチャード3世」は、最初の妻を殺した後、兄エドワード4世の娘を妻にしようとしているから、顔が醜くなった頼朝の娘「乙姫」を妻にするという話で良いのだと思う。
投稿: ひかる | 2013.11.25 00:53