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2013.12.01

「ピグマリオン」を見る

「ピグマリオン」
作 ジョージ・バーナード・ショー
翻訳 小田島恒志
演出 宮田慶子
出演 石原さとみ/平岳大/小堺一機/綱島郷太郎
    増子倭文江/橋本淳/春風ひとみ/倉野章子
    佐藤誓/櫻井章喜/高橋幸子/三宅克幸
    林英世/水野龍司/中尾和彦/東山竜彦
    柏木ナオミ/一倉千夏/竹内晶美/千田真司
    五十嵐耕司/窪田壮史/川口高志/林田航平
    井上沙耶香/森川由樹
観劇日 2013年11月30日(土曜日)午後1時開演
劇場 新国立劇場中劇場 1階13列53番
料金 8400円
上演時間 3時間25分(20分の休憩あり)

 ロビーでは、パンフレット(800円)の他、関連書籍本が売られている本屋さんコーナーがあったり、劇場のカフェとは別にカフェが出ていたり、小物雑貨を売るお店が出ていたりした。

 ネタバレありの感想は以下に。

 新国立劇場「ピグマリオン」の公式Webサイトはこちら。

 「ネタバレあり」と書きつつ。かの有名な「マイ・フェア・レディ」の原作である「ピグマリオン」なので、ストーリーは言わずと知れている。
 とはいうものの、つらつら思い返してみるに、私は「マイ・フェア・レディ」の映画は見ていないし、恐らくは、大地真央主演のミュージカルの舞台を一度見たことがあるだけだと思う。それでもストーリーは知っている、というのが超有名作品の強みであり弱みである。
 それならどうして、「マイ・フェア・レディ」ではなく「ピグマリオン」なのかといえば、要するに結末の違いということらしい。

 最初は、劇場前、平岳大演じるヒギンズ教授と、綱島郷太郎演じるピカリング大佐、石原さとみ演じる花売り娘のイライザに橋本淳演じるフレディとその一家までが集まって出会いの場面である。
 ご都合主義といえばご都合主義だけれど、ここで会ったが故の物語だからそれはいいのだ。
 ヒギンズ教授が、イライザのしゃべる言葉を記録し、そこに集まって雨宿りしている人々の出身地や経歴を当てまくり、その学術的研究の確かさと人を人とも思わない態度を初っぱなから露わにする。そこに居合わせたピカリング大佐もまた言語に関しての著書を持ち、2人は意気投合してイライザなど目もくれずに去って行く。

 夜の雨のシーンは舞台全体が暗く、奥に引っ込んでいて、このままずっとこの明るさだったらどうしようと本気で心配したのだけれど、その後はほとんどが室内のシーンだったのでほっとした。
 夜の劇場のセットがはけ、代わりに舞台奥から室内セットの回り舞台が出てくる。この辺りは新国立劇場中劇場の贅沢な舞台機構万歳という感じだ。

 ヒギンズ教授とピカリング大佐がヒギンズ教授の家で言語学だか音声学だかの議論を戦わせているところに、イライザが「タクシーに乗って」訪ねてくる。「侯爵夫人に仕立ててくれる」「花売り娘ではなく花屋で売り子ができるようにしてくれる」と言ったじゃないか、というのだ。
 最初は莫迦にしきっていてヒギンズ教授だったけれど、ピカリング大佐の方が「賭をしましょう」と言い出し、ヒギンズ教授の仕込みが成功してイライザの素性がどこかのパーティでバレなかったらヒギンズ教授の勝ち、見抜かれてしまったらピカリング大佐の勝ち、ということになる。

 その話を聞いて驚いたのがヒギンズ家の家政婦である増子倭文江演じるピアス夫人で、この子をどういう立場でこの家に置くのか、この子が「侯爵夫人の言葉使い」を身につけた後はどうするのかと2人に問い質すけれど、2人ともそんなことは考えもしないらしい。
 「好きなようにすればいい」とヒギンズ教授は言い放つし、ピカリング大佐だって2人の間を取り持とうとはするものの、結局のところ何も考えていないということでは同じである。さらに言うなら「考えなければならない」ということすら、思い浮かんでいないらしい。
 全く勝手な奴らである。

 全く考えていないからこそ、小堺一機演じるイライザの父親が来たときにも、彼のこねくりまわす屁理屈に大笑いし、彼が要求するままに「娘の代金」として5ポンドを支払うのだ。
 この父親も父親だけれど、それに応じるヒギンズ教授の方がやっぱりヒドイというか人間的にダメな奴という感じがする。それはそれとして、この父親が登場した際に、小堺一機かもとすら思わなかった私も見る目がない。どうして気がつかなかったんだろう。

 この2人のこの姿勢は、ある程度の教育が進んで、イライザをヒギンズ教授の母親である倉野章子演じるヒギンズ夫人の家に連れて行ったときにも明らかだ。
 イライザは、言葉使いやイントネーションは直ったものの、お茶の時間に選ぶべき話題や語るべき内容については全く身についていない。その様子を見て、ヒギンズ夫人もやはりピアス夫人と同じ危惧を持ったことは明らかだ。息子であるヒギンズ教授の「血の通わなさ」もよくご存知のヒギンズ夫人は、息子を叱り飛ばすけれど、その危惧や怒りの理由がヒギンズ教授に届いた様子は全くない。
 ピカリング大佐も同様である。イライザに対しても紳士的な態度を崩さないピカリング大佐ではあるけれど、中味としてはヒギンズ教授と変わらないのだ。

 休憩後は、いきなり、イライザの最終試験ともいえる、舞踏会のシーンになる。
 ピカリング大佐の養女という触れ込みでパーティに登場したイライザは、見事に「貴婦人」になりおおせる。そこまでは笑顔で楽しそうだったイライザだけれど、ヒギンズ教授の家に戻り、男2人が「これでやっと終わった」だの何だの、全くもってイライザの心情を慮ることのない発言を繰り返すうちに彼女の表情と心はどんどん曇って行く。
 というか、本当はずっと前から判っていた筈の不安やら何やらが、ここへ来て噴出したということだろう。
 その心情をヒギンズ教授に伝えようとするけれど、全く会話はすれ違う。「自分はここにいていいのか」「自分はこの人たちにとって何だったのか」という彼女の疑問は、全く受け止められることはない。ヒギンズ教授としては「いるに決まっている」というつもりらしいのだけれど、どこまでもそれはヒギンズ教授自身の都合であって、イライザのことは全く考えていない。

 それを思い知ったイライザは、着の身着のままで街に飛び出し、飛び出したところで彼女に懸想するフレディに出会う。このシチュエーションで、フレディに愛を告げられ、「人間として」扱ってもらえたら、それはころっと行くに決まっている。
 「明日の朝になったらヒギンズ夫人に相談に行きましょう」という彼女の判断の素がどこにあったのかが不明だけれど(ヒギンズ夫人が息子を叱り飛ばしているところに彼女は居合わせていない)、妥当かつ適切な判断である。

 ヒギンズ夫人は、翌朝やってきた息子とピカリング大佐が、イライザを探すよう警察に訴えたと聞いて驚愕する。彼女はいつでもあなた方のところを去る権利があると諭すけれど、どうもヒギンズ教授に伝わった感じがしない。
 さらに、「ヒギンズ教授のおかげで米国の金持ちの遺産が送られ、中産階級になってしまった」とイライザの父親までがやってきて、話をややこしくし始める。「救貧院に行くことを選ぶことはできない。だから遺産をもらった。しかし自由を失った」と言う彼の台詞が、この芝居の中でほとんど唯一と言っていいくらいの、素直な真情の吐露なんじゃないかという気がする。
 彼以外の人々は、心情を隠し糊塗しようとする台詞しか言っていないような気がするくらいだ。
 ちなみに、ヒギンズ教授のは「真情の吐露」ではなく、単なる垂れ流しである。

 それはともかく、イライザの父親の結婚式に行くことになった人々は、その準備のために席を外し、部屋にはイライザとヒギンズ教授だけが残る。
 2人の対決シーンだけれど、これがまた話の噛み合わないことこの上ない。
 だけど、ここでイライザに完全に味方できないのは、彼女が、父親が「救貧院に行くことを選ぶことはできない。」と認めたのと同じことを、認めようとしないからだ。というか、父親は、ヒギンズ教授に「だったら遺産を受け取らなければいい」と言われて、確かに「自分の判断」で遺産を受け取るということを決めたのだと認めるし、それは貧乏であることが怖いからだということも知っているし認めているのだけれど、イライザはそこを全てヒギンズ教授のせいにしているからのような気がする。
 「花売り娘には戻れない」ことの大部分はヒギンズ夫人やピアス夫人が危惧したとおり、ヒギンズ教授の教育の賜だしせいなのだけれど、それでも、最初はイライザが「教えて欲しい」と言ったのだし、今も「花売り娘に戻ることができないのは自分自身の判断でもある」ことをちょっとも考えていないところに、何だか違和感があるのだ。

 そこに違和感を持ってしまうと、彼女が「あなた方と一緒にいるのが楽しかったらがんばってきたんだ」とやっと言ったことに対し、ヒギンズ教授が全く的外れに「おまえがいなくなると不便だ」とか「大事だと言ってもらわないからといって拗ねている」とか、性格の悪すぎることを言ってイライザを傷つけまくっても、どうも完全にイライザの味方になることができない。
 とりあえず、ヒギンズ教授に「意地悪してやろう」とか「傷つけてやろう」というような心情がないことだけは確か(しかし、同時に「気遣おう」という気持ちも全くない訳だけれど)だから尚更だ。

 結局、イライザとヒギンズ教授の対決は全くすれ違ったまま終わり、イライザは「フレディと結婚する」と宣言する。ヒギンズ教授は莫迦にしまくるけれど、イライザは「彼は私を愛してくれます」と取り合わない。
 どころか、フレディと結婚し、フレディは働くことに向いていないから自分が働く、ヒギンズ教授は私の耳がいいと言っていたし、自分はヒギンズ教授と同じことを教えることができ、自分の素性を明らかにして「私と同じように貴婦人になれます」と宣伝したら、ヒギンズ教授以上の教師になれると突然のハイテンションだ。
 ヒギンズ教授は大笑いして、「それでこそ同志だ」くらいのことを言い出す。ヒギンズ教授自身がどうも、イライザのこの発言が「一人で生きて行く」「フレディとの結婚は辞める」という宣言だと受け取ったようで、私もそれに釣られてイライザは職業婦人として生きて行くのか? と思ってしまったくらいだ。

 しかし、恐らくは、それは違ったらしい。
 ヒギンズ教授が、イライザはフレディとの結婚を諦め、自分の家に戻ってくると何故か確信して、彼女に様々なことを言いつける。それに対して、いきなり鷹揚になってヒギンズ教授の注文に的確に応じたイライザは、「ここでお別れです」「私がいなくなったら、あなたはどうするのでしょう!」と高笑いして出て行く。
 そこで幕である。
 果たしてヒギンズ教授が、この時点でイライザの決心を判っていたのかどうか、かなり謎である。というか、判っていなかったに違いない。正直に言って、見ているそのときは、私は混乱した。結局どうなったの? っていうか、ここで終わり? と思ってしまった。

 知っている筈のストーリーだけれど、何だかんだ、結構楽しく見てしまった。
 そして、ヒギンズ教授はイライザによって改心し、2人は幸せに暮らしましたというラストにしたからこそ、映画はヒットしたんだろうなとも思ったのだった。
 

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コメント

 ひびき様、コメントありがとうございます。

 えーと、私と同じ感想をお持ちだった場合、「本当に大丈夫?」とさらに他の方の感想をお探しになることをお勧め沁ます・・・。
 勝手なことばかり書いているという自覚はありますので・・・。

 ひびきさんは早速、原作をお読みになっているのですね。
 脱帽です。
 戯曲って読むの苦手なんだよなー、と思ってそのまま放ったらかしの私です。

 よろしければ、また遊びにいらしてくださいませ。

投稿: 姫林檎 | 2013.12.10 22:14

はじめまして
いつもブログ拝見しておりました。
自分が観劇したものでいまいちよくわからなかったものや自分の解釈であっているのかわからない時姫林檎サマの文章を読んで何度安堵したことか(笑)
いつもお世話になっております。

ピグマリオンの感想も待っておりました♪
私はマイフェアレディの原作ということは知っていたもののマイフェアレディを観たことがなかったので今回観ながらどんどんのめり込んでしまい、ああ最後はヒギンズ教授とイライザがわかり合えて抱き合って終わるんだな!って思ってそれはそれでベタだけど経過が経過なだけにラブストーリーとしては好きだなーとラストシーンを楽しみに観てたんです(笑)
そうしたら、ヒギンズ教授が窓に向かって少し寂しそうに笑った後暗転し、脇役の方達が両脇から出てきてお辞儀を始めたので「ええええええーーーーー」と思ってしまって(笑)
帰りの電車の中で真のピグマリオンをiPhoneで検索して自分の無知さを恥じました(笑)
日本のラブストーリーのように簡単な話ではないのですね…(汗)

早速原作を図書館で借りてきたので読んでみようと思います。
その後でマイフェアレディを観て自分なりにスッキリしようと思います(笑)

長々と申し訳ありませんでした。

投稿: ひびき | 2013.12.09 23:44

 ひかる様、コメントありがとうございます。

 確かに、イライザの宣言は唐突でしたね。お茶会や舞踏会で顔を合わせてはいましたが、別に言葉を交わした感じでもなかったですし。
 なので、どちらかというと、イライザ本人が言うほど「愛のため」というのではなく、ヒギンズ教授への当てつけだよねー、フレディって結構気の毒かも、いやでもフレディはイライザが弱ったところに上手くつけ込んだ(というほど意図的じゃないと思いますが)のかしら、などと私は思っておりました(笑)。

 原作を読んでみたいような気もします。

投稿: 姫林檎 | 2013.12.01 15:32

ミュージカルだと、競馬場のシーンがあって、上品になりかけたイザベラとフレディが出会ったり、フレディが恋の歌を唄ったりと、それなりに二人の関係を説明してくれるのだけれど、「ピグマリオン」では、あまりにも唐突にフレディと結婚するとイザベラが言い出すので、ちょっと不自然かな。

投稿: ひかる | 2013.12.01 10:47

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