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「TRIBES(トライブス)」
作 ニーナ・レイン
翻訳・台本 木内宏昌
演出 熊林弘高
出演 田中圭/中泉英雄/大谷亮介
中嶋朋子/中村美貴/鷲尾真知子
観劇日 2014年1月17日(金曜日)午後7時開演
劇場 新国立劇場小劇場 1階B1列18番
料金 6500円
上演時間 2時間15分(15分の休憩あり)
ロビーでは、パンフレット(500円)や、このお芝居の記事が掲載されているというシアターガイドが販売されていた。
ネタバレありの感想は以下に。
田中圭演じる一家の末っ子ビリーは生まれたときから耳が聞こえず、学校なのか、とにかく家を離れて訓練を受け、そして戻って来たところらしい。
大谷亮介演じる父親は元教師で今は何をしているのか、鷲尾真知子演じる母は探偵小説を書きかけ、中泉英雄演じる長兄は哲学なのか何なのか文系だということは判る論文を書こうとし、中村美貴演じる姉はオペラ歌手を目指している、ようだ。
知的だけれど何者でもない人の集まった家族、という感じだろうか。
そして、ビリーを除いた一家は、常にマシンガンのように批評し合い、声高に主張し、下手をすると相手を罵りまくっている。
全ての上演にという訳ではなさそうだったけれど、私が見た回には手話通訳がついていた。その手話通訳さんがもの凄い形相と勢いで訳していたけれど、これは追いつくのは相当に厳しいよ、もうちょっとスピード緩めようよと舞台上の役者さんに思わず言いたくなったくらいのマシンガントークである。
客席の最前列に最初座っていたビリーは、そういう家族の元にすっと入り込む。ほとんど喧嘩のようにさえ見えるこの家族の「団らん」を、ビリーはにこやかに、時に心配そうに見守っている。「穏やかな優しい末っ子」という役回りだ。
どうやら、一家は(というよりも父親は)ビリーが手話を覚えると聴覚障害者の集まる狭いコミュニティだけに縛られると考えているらしく、ビリーに手話は禁じ、口話とリップ・リーディングを徹底的に叩き込んだらしい。
そうすることで、逆にビリーを「家族」というさらに狭いコミュニティに囲い込んでいたようにも見えるし、兄や姉にとっては、「可愛い弟」を可愛がることで自分のふがいなさをなかったことにしてきたという感じもあるらしい。
この芝居は「言葉」や「コミュニケーション」を描いているというのがチラシなどでの宣伝文句なのだけれど、果たしてそうなのかしら、というのは見ている間ずっと感じていた違和感だ。
言葉によるコミュニケーション、言葉以外によるコミュニケーション、手話によるコミュニケーション、口話とリップリーディングによるコミュニケーション、これらのことが描かれていない訳ではないと思うけれど、このお芝居の中心ではなかったような気がする。
じゃあ何かと言われると、「劣等感」だったような気がする。
父親は自分が北部出身のユダヤ系であることをひどく気にしているし、長男も少し前までどもりに苦しんでいたらしい。長女は歌手としての才能に絶望しているようだし、母親が比較的穏やかかつ常識的なことを言っているように思うけれど、それにしたって、4人が4人ともずっとイライラしているし、何物かへの執着を捨てられないで苦しんでいるように見える。
そんな家族にとって、嫌な言い方だけれど「慰め」であった筈のビリーが、家を一旦離れたことで、中嶋朋子演じるシルビアと出会い、手話を学び、さらに外の世界に出て行こうとしたことで、家族は動揺する。
特に手話に忌避感を示す父親と、「ビリーは俺のものだ」と断言する長兄の同様が激しい。
そのシルビアがやってきた日、黒で固めた家族に対し、ビリーとシルビアは白い服、ダイニングテーブル代わりに黒いグランドピアノを使っていることもあって、ビリーとシルビアだけが浮き上がって見える。
そして、シルビアに対する、特に男2人の物言いは辛辣極まりない。父親は、シルビアがビリーを聴覚障害者の世界に押し込めようとしていると考えているし、長兄は、シルビアがビリーを連れ去ってしまうと考えているし、もう完全にシルビアは仮想敵状態である。だからこそ、2人は「シルビアの弱点だ」と見た、彼女の両親の耳が聞こえないこと、彼女自身も耳が聞こえなくなりつつあることをねちねちと攻め続ける。
これに対して、シルビアが決して言い負けていない、手や体が震えてしまったりもするけれど、しかし、果敢にそして時には自虐的に「自分たちのこと」を語り、手話での会話を実演する。
確かこの辺りで休憩が入り、休憩後は、シルビアはビリーの一家に馴染んで来たようだ。
ビリーはシルビアの勧めで裁判所で働き始めたらしい。防犯カメラ等の映像からリップリーディングし、映っている人が何をしゃべっているかを起こして証拠とするという仕事らしい。
ビリーのリップリーディングのおかげで犯人が確定したケースもあり、ビリーはまるでのめり込んでいるようだ。働き始めたビリーは家を出て、シルビアと暮らし始めたらしい。
長兄が、多分「ビリーを取らないでくれ」という心情からシルビアに迫ったことをビリーは感じていて(本人曰く「勘がいい」のだ)、そこもギクシャクしているし、かなり手話をマスターしたビリーがシルビアを通訳として連れて来て家族に「あなたたちが手話を覚えるまでは会話しない」と宣言する。
手話の世界に自分の居場所はあった、家にはなかった、自分は常に疎外されていた、これからは家族が僕を理解しようとする番だ・・・。
ビリーの手話は激しく、母親は少し落ち着いて「ビリーの言うことを聞きましょう」と言うけれど、その母親も「手話を覚えるといったのに覚えようとしなかった」とビリーは責める。
父親と長兄は大混乱だ。ここでの姉は影が薄い。どうしてなんだろう。
家族と決別したビリーだけれど、同時にシルビアに対しては、「兄貴と何かあったんだろう」というところから抜け出せないでいる。ついには、シルビア本人に向かって「僕は家族を捨てたのに、シルビアが好きになったのは兄貴だった」と責め立ててしまう。
一方のシルビアは、ビリーがリップリーディングを「でっちあげ」ているのではないかと疑い、ビリーを問い質すけれど、ビリーは「リップリーディングで推測を混ぜるのは当然のことだ」と譲らない。多分、ずっと機関銃のようにしゃべる家族に囲まれて育ってきたビリーは、自分のその「勘」に自信も持っているし、初めて社会に評価された自分のリップリーディングをいう技術をもっと生かしたいし、単純に言ってしまうと「誉めて貰いたい」「一人の社会人として認めて貰いたい。それ以上に誉めて貰いたい」という罠にはまってしまっているように見える。
実はでも、シルビアが一番苦しんでいるのは、多分、聴覚障害者としての「自分」の立ち位置だ。
自分は少しずつ聞こえなくなってきている、音楽はうねりとしてしか聞こえない、自分の声もだんだん聞こえなくなってきた、耳が聞こえないということは無音になることだと思っていたけれどそうではない、聴覚障害を持った人が集まる場に行くのが苦痛だ、みなが自分が聞こえなくなったことをまるで喜んでいるかのようだ、当たり障りのないことしか言い合わない笑顔の会話が苦痛だ、彼女は心情を語れば語るだけ、自分を追い込んで行くように見える。
初めてビリーの家族と会ったときの凛とした彼女はここにはいない。
シルビアが、聞こえる自分と聞こえない自分、ビリーとダニエル(ビリーの長兄)との間で揺れているドラマだ、という感じがする。
後半、ビリーとシルビアのシーンでは、台詞の半分とは言わないけれど割と多くの部分が手話で語られ、声では語られない。
昔にほんの少しだけ習ったくらいでは、ときどき判る単語があるけれど、それだけだ。しかし、そこから迸る感情は伝わる。
そうすると、耳が聞こえている私たちにとって「判る」台詞と、耳が聞こえず手話ができる人が「判る」台詞とは違うことになるし、耳が聞こえて手話ができる人は台詞のほとんど全て(そんなに客席から見やすいように気をつけて手話の台詞が話されていたわけではないと思う)が判った人とがいた筈だ。
そうすると、それぞれが見た芝居は違うものだし、受け取ったものもかなり違うのではないだろうか。
あまり気にしていなかったのだけれど、このシーンの手話通訳はどういう風にされていたのだろう。気になる。
私の割と目の前に手話通訳の方が立っていて、しかし、私の席は前方の一番端だったので、真ん中方向に注目している私の視界にはほとんど手話通訳の方は入らない。
開演前に案内が特にされたけれど、そういう意味ではほとんど気にならなかったと思う。
気になったのは、実は手話の動きではなくて音だ。舞台上でもそうだったけれど、感情が激したときの手話は、手と手を激しく打ち付け合ったり、体を叩いたりする。その打ち付ける音が実はときどき気になった。
ビリーのリップリーディングの多くは「作った」ものだったけれど、しかし勘のいいビリーのその「推測」は事実からそれほどたくさん外れていた訳でもなかったようで、ビリーは起訴されずに済むらしい。
そのことと、一時は同棲も解消していたシルビアともう一度やり直すことになったとビリーがダニエルに報告に来たシーンでこの舞台は幕を閉じる。
正確に言うと、報告している間も、そこにはいないシルビアが床で膝を抱えて横になっている。
そして、言うだけ言ったビリーが(そして、何故かダニエルと何不自由ない感じで会話していたのも謎なのだけれど)去り、そこには背中合わせに膝を抱えて床に丸くなったシルビアとダニエルが残される。
そこで幕だ。
多分、様々なことを様々に象徴的に描いていて、その「何か」は今ははっきりしないのだけれど、しばらくして姿を現し始めるんじゃないか、という感じのお芝居だった。
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