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2014.03.17

「神なき国の騎士 —あるいは、何がドン・キホーテにそうさせたのか?」を見る

「神なき国の騎士 —あるいは、何がドン・キホーテにそうさせたのか?」
作 川村毅
演出 野村萬斎
出演 野村萬斎/馬渕英俚可/木村了/深谷美歩
    谷川昭一朗/村木仁/中村まこと
 【大駱駝艦】
    我妻恵美子/松田篤史/高桑晶子/塩谷智司
    奥山ばらば/鉾久奈緒美/小田直哉/齋門由奈
観劇日 2014年3月12日(水曜日)午後7時開演
劇場 世田谷パブリックシアター  1階F列10番
上演時間 1時間45分
料金 7000円

 ロビーではパンフレット(値段はチェックしそびれた)等が販売されていた。
 ネタバレありの感想は以下に。

 世田谷パブリックシアターの公式Webサイト内、「神なき国の騎士 —あるいは、何がドン・キホーテにそうさせたのか?」のページはこちら。

 何だか感想を書くのが難しくて、5日もたってしまいました。
 タイトルのとおり、主な登場人物は、野村萬斎演じるドン・キホーテと、中村まこと演じるサンチョスのコンビだ。
 とはいうものの、私がドン・キホーテについて知っていることといえば、スペインが舞台であることと、ドン・キホーテの名前、主人公であるドン・キホーテが風車を巨人と間違えて突進し、風車の羽につり上げられてしまうことだけだ。これでは、何も知らないのと同じである。

 しかし、そこは親切で、冒頭に鎧に身を固めて騎士の格好をしたドン・キホーテがロシナンテという馬に乗り、ロバに乗ったサンチョスの制止も聞かずに風車に突進する、というシーンが演じられる。
 丸い身体に小さい顔、大きな髭のサンチョスと、細身の身体に大きな顔のドン・キホーテは対照的だ。そして、ビジュアルだけでなく、突拍子もないドン・キホーテに、常識的で生活力もありそうなサンチョスというその立ち位置も対照的である。

 そうして、風車に突進したドン・キホーテとサンチョスだたけれど、舞台奥に設置されたジャングルジムを用いて全身白塗りの大駱駝艦の人々が作り上げた「怪物の顔」とその目から放たれる強烈な光を浴びて、その次にはいきなり物語世界を飛び出し、恐らくは東京だろうと思われる「光の街」に飛ばされる。ここがどこだか判らない、けれど特に心配はしていないし違和感も感じていない、そういう感じの2人が不思議である。
 そして、大駱駝艦の人々はその全身白塗りという格好もそうだけれど、浮かべている、アルカイックスマイルというのか、不気味な笑みを持って、この舞台に「この世の話ではない」というイメージを加えている。
 この世の話ではないといえば、ジャングルジムが鳥かごかのように、そこに閉じ込められるように登場する深谷美歩演じる黄色い鳥も、やっぱりこの世のものではない感じを醸し出す。

 ドン・キホーテたちがいきなり東京の繁華街ど真ん中に現れたらどうなるのか、それが、「神なき国の騎士 —あるいは、何がドン・キホーテにそうさせたのか?」ということのひとつである。
 ドン・キホーテの時々突拍子もない言動はあっという間にネットで広がり、さらには国会議事堂(だとはっきりとは示されないけれど丸分かりである)に向かって「妖怪の巣窟!」と突進する姿に、その当事者である国会議員までが便乗し、あれよあれよという間に大統領に祭り上げられる。
 どうしてここだけ「大統領」なのか、米国を象徴させているのか、その辺りは微妙だ。

 光の国の光のど真ん中に入り込んだドン・キホーテに対して、サンチョスは終始一貫、安定した精神を見せる。
 ドン・キホーテが、何かについてはもの凄くエキセントリックに突拍子もない言動を取り、それ以外に対してはやけに冷静な状況分析を行うという振り幅の大きさを持っているのとは対照的である。私はサンチョスみたいな人間になりたいよ、ともの凄く思う。

 ドン・キホーテは、いつだか迷い込んだ「光のない世界」を実現させようという政策を提示し、それが原因であっという間に失脚する。
 そうして、物語は一気にぐるんとひっくり返る。

 そこは、今までの「光の街」ではないし、光の街にいたときにドン・キホーテが迷い込んだ真っ暗闇の場所でもなさそうである。
 廃屋があって、そこに泥棒に入ろうとしている者どもがいる。
 実は、その廃屋にはサンチョス?が入り込んでいて、「レトルト食品が地下にある」などと教えてやっている。
 ドン・キホーテとサンチョス(を演じていたお二方)が揃っていたから気がつかなかったのだけれど、恐らくは、聡い方はかなり早い内に気がついていたんだろうなと思うのだけれど、彼らは、追われたドン・キホーテとサンチョ管逃がした、馬のロシナンテとロバなのだ。

 そうなってくると、泥棒に入ろうとしていた者どもも人間ではなく、人っ子一人いないその場所に取り残された、牛と豚と猫であるということにも、やはり私はしばらく気がつかなかった。
 我ながら、鈍いことこの上ない。
 そして、黄色い衣装の「小鳥」は、唯一、この場所と、ドン・キホーテたちがいる場所とを行き来できる存在、ということのようだ。

 私の鈍さはこの後も続き、そうして、この場所の「行き止まり」まで行ってみた牛が言うには、「ここから世界の終わり」と書かれた壁があったのだという。もちろん、それは、牛たちがいる場所に対して、外から書いてあるのだ。
 人間が居なくなって動物だけが残された場所。
 光はなく、電気もない、夜になれば全く暗闇の世界。
 遠く海が見え、そこには巨人のような風車のような「何か」が立っている。
 動物だけが残されたその場所に人間たちが入って来て、彼らを殺してしまう。

 私が見たのは3月12日だったのに、そこまではっきり示されるまで気がつかなかった自分が情けない。
 そこは、福島第一原発の近く、立ち入りが制限され、家畜などが残された場所だったのだ。
 残された家畜を殺すために人々がやってくる前、ドン・キホーテとサンチョスもやってきて、動物たちのいうことを聞こうとするけれど、橋渡しをしてくれていた小鳥が「通訳しきれません!」と叫び、意思疎通もできない。

 そして、最後に、ドン・キホーテがドン・キホーテらしく、現状を憂え、戦う方策を叫ぶ。
 絶対に叫んでいたと思うのだけれど、何故か私の脳みそからはその叫んでいた内容は消え失せていて、叫んでいたドン・キホーテの姿だけが頭に残っている。
 サンチョスというお供を従えつつ、しかし、ただ独りで立ち、踏ん張り、真っ直ぐ前を見て、そして、負けてはならないことを叫ぶ。
 今、この時期だからこその、内容でありお芝居だと思った。

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