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「ハルナガニ」
脚本 木皿泉
演出 内藤裕敬
原作 藤野千夜 小説「君のいた日々」(角川春樹事務所)
出演 薬師丸ひろ子/細田善彦/菊池亜希子/菅原大吉/渡辺いっけい
観劇日 2014年4月19日(土曜日)午後6時開演
劇場 シアタートラム K列19番
上演時間 1時間20分
料金 7500円
ロビーでは、パンフレット(1000円、だったと思う)が販売されていた。
ネタバレありの感想は以下に。
ネタバレありの、と書いたものの、実は「よく判らなかった」というのが正直な感想である。
舞台は、割と一般的な感じのマンションの一室だ。ラジカセ(という段階ですでに古い)にカラオケセットをつないで、渡辺いっけい演じるくたびれた感じの男性(ハルさん)が熱唱している。
そこに、細田善彦演じる「今どきの高校生」といった感じの男の子が帰ってきて、平日の昼日中に自宅でカラオケに興じる父親にぎょっとし、「母さんが死んで1年になるんだから、いい加減に立ち直れ」と突き放すようにも優しいようにも聞こえる感じで声をかける。
それが始まりだ。
始まりは、判りやすい。
ところが、そこへ普通な感じで、薬師丸ひろ子演じる死んだ筈のお母さん(クリコさん)が帰ってくる。
しかも、息子(アトム)にはクリコさんが見えるし会話もできるのだけれど、ハルさんにはクニコさんが見えていないらしい。
アトムくんからすると、お父さんもお母さんもそこに普通に存在していて、自分からは普通に見えているし話もできるし触ることもできるのに、何故かお父さんとお母さんはお互いに見えていないし話もできない、という状況である。
しかも、お父さんは「お母さんは死んじゃった」と語るし、お母さんは「お父さんは死んじゃった」と語る。
大混乱だ。
そして、困ったことに、この混乱は最後まで収拾されることがない。少なくとも、私はこの状況が最後まで判らなかった。多分、「結局どういうことだったのか」ということは説明されていなかったと思う。
話が一家3人で収まっているうちは、息子が夢を見ているとか、息子がちょっとナーバスになっているとか、アトムくんの認識がおかしいんじゃないかというのが一番収まりのいい回答なのだけれど、それにしては、お互いに「相手が死んじゃった」と言い張る両親の意味が判らないし、そもそも舞台の始まりではアトムくんは「お母さんが死んで1年たって、お父さんと二人暮らししている」という認識だったのだから、完全な回答にはならないということになる。
それはそれとして、お互いの存在が判っていないし見えていない、しかし同じ空間にいて息子とはそれぞれが普通にしゃべっている、という感じが可笑しい。
上手くぶつからないように、触らないように演技している役者さんたちも「おぉ!」と思うし、聞こえていない筈なのに成立しているかのように聞こえる会話や、アトムがそれぞれに答えている会話がもう片方への台詞としても違和感がないように進んでみたり、ちょっと楽しい感じもある。
この状況は、翌朝、ハルさんの会社の同僚と後輩とが2人で連れ立ってやってきたところから、さらに判りにくくなる。
菅原大吉演じるニシザワと菊池亜希子演じるミウラの2人には、どうもハルさんもクリコさんも見えている、ように見える。しかし、クリコさんはニシザワとしか話そうとしないし、ハルさんはミウラとしか話そうとしない。
ニシザワは、「ハルさんの一周忌に旅行に行こう」とクリコさんに言われてぎょっとした顔でハルさんを見るし、ミウラはクリコさんの存在を意識した上でハルさんに語りかけているように見える。
訳が判らない。
この2人の乱入で、この家の様相は一転し、とりあえずアトムの気持ちとか認識とかは横に置いておいて、ハルさんとクリコさんが酷い夫婦喧嘩をして、意地になってお互いを無視しているように見えてくるのだ。
いや、違うよね、アトムが「お母さんは1年前に死んだ」と言ったよね、と思うのだけれど、もちろん私の心の声が聞こえる筈もなく、ハルさんはちょっと情けないけど頼れる上司だし、クリコさんは可愛いお母さんだし、ニシザワは2人の間に入ろうとしておろおろし、ミウラは断固として空気を読まずにハルさんになついている。
ハマり役をハマって演じているという感じがして、設定は訳が判らないのだけれど、ナチュラルに見えてくるのが不思議である。
ハルさんとクリコさんは、そしてアトムくんまで、徹頭徹尾、気にしているのは「自分は誰か」「自分はどこにいるのか」「私を覚えていてくれる人がいなくなったら、私はいなかったのと同じことではないのか」ということだ。
そういう屈託を抱えているから、こういう訳の判らない状況に陥ったということなのかしらとも思う。
そうして、噛み合っているように噛み合っていないような会話を続ける中で、そして、決して触れようとしなかったハルさんとクリコさんがお互いに触れるようになったところで、ミウラの思い出に触発されて、2人はアトムが生まれたばかりの頃のことを思い出す。
それは、仕事でテンパっていた2人が、夜明け前に夫婦喧嘩し、しかし語り合ううちにどことなく心が通って日の出を迎えるという「思い出」だ。
若かりし頃を思い出した後では、5人はお互いを見ることができ、会話することができるようになり、全員揃って食卓を囲んで手巻き寿司と「ミウラがもらったホワイトデーのお返し」を食べ始める。
「だから、どうなってるの?」という疑問には、最後まで答えらしい答えは出されない。
ただ、親子3人と、両親の友人と職場の同僚の5人が仲良く食卓を囲むシーンが残るだけだ。
設定とか状況はよく判らないけど(というよりも、判らないからこそ)ストンと来るときと、設定や状況の不思議さにこちらの意識が完全に持って行かれてしまうときと、割とどちらかだと思うのだけれど、今回は、後者だったような気がする。もう一回見たら、多分、感想はかなり変わるし、どういうこと? と思いながらかなり集中して見ていたので、終演後、何だかリセットされた気分になった。
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コメント
あんみん様、コメントありがとうございます。
うーん、本当に「そういうお芝居ですので」というスタンスだったかどうかは判らないのですが、何だかそうとでも思わないとぐるぐるいつまでももやもやしそうな気が・・・。
そんなことありませんか?
おっしゃるとおり、私は演劇は「一期一会」だと思っているので、同じ演目で複数の公演を見ることはほとんどないです。
今回はたまたま(笑)です。
投稿: 姫林檎 | 2014.04.27 23:03
そういうお芝居ですので、と言われたら仕方ないですね。
今日はこれから『酒と泪と~』観ます。
2回もレポされるのは珍しいですね。
観るまで読むのをガマンガマン。またのちほど。
投稿: あんみん | 2014.04.27 11:15
あんみん様、コメントありがとうございます。
やっぱり、腑に落ちませんでしたか(笑)。ですよね。
「相手を死んだと言い張るくらいの大げんか」だと考えると、同僚達には両方が見えているらしいことの説明はつきますが、息子クンの言動がおかしなことになりますよね・・・。
これはもう、矛盾だらけの設定で、そこの説明は全くありませんでした、整合性を取ろうという気はありませんでした、というスタンスのお芝居だと思う方が了解できるような気がします。
OLのお話は、おっしゃる通り、夫婦の昔の話への導入としか無理矢理入れられた感がありましたね。
全体的に「変〜」と思っていたので、あまり気にしていませんでした(笑)。
投稿: 姫林檎 | 2014.04.27 09:20
追記。
OL話は=その設定、繋げ方はどう考えても無理でしょ、と思われ。
『会いたいなぁ』は仲が良かった頃の相手に?
ただ来年も木皿×薬師丸の、不思議な家族のお話第3弾有りますね、きっと(笑)。
投稿: あんみん | 2014.04.27 08:38
昨日観てきました。
腑に落ちないの一言でございます(笑)。
何が真実で、何が言いたかったのか?
オチが無いまま尻切れトンボ?!
若いOLが以前ベランダの二人を見て『星だと思って』、将来このマンションを買いたい?⇒ここが私の最大不可思議&納得いかないポイント
わからんわからん。
一年前に大ケンカして家庭内別居の夫婦(お互い死んだと設定する位)が昔の話(仕事が夜明け迄)で仲直りした?
違うかな~。
隣の女性客がずっと泣いてたし、激拍手をしていたので感想を問いただしたかった想いでした。
ちょっと残念な気持ちです。
投稿: あんみん | 2014.04.27 08:10
との様、コメントありがとうございます。
やはり、なかなかというか、かなり「判りづらい」という印象が強いですよね。
同じような感想の方がいらっしゃると心強い(笑)です。
「すいか」の脚本を書かれたのが木皿泉さんだったんですね。ドラマは見ていたのですが、脚本を誰が書いたかは全く意識していませんでした。
ドラマを思い出していたら、何だか小林聡美さん主演のドラマが見たくなっちゃいました。
またどうぞ遊びにいらしてくださいませ。
投稿: 姫林檎 | 2014.04.26 23:03
今日見て来ました
前半はともかく、後半は混乱したまま停滞しっぱなしの展開?
退屈きわまりない時間を睡魔に襲われることなく過ごしきれたのは
木皿泉の「すいか」が好きすぎて、一時いろんな掲示板に長文書き込みをしまくった過去があればこそ。
僕にはアトムくんが突っついている穴のむこうに浅丘ルリ子扮する大学教授の部屋が見えてました
ともかく、あの芝居から原作にあるようなオチは読み取ることはできませんね
木皿泉って、日常と超常(あの世)の関わりを描いて来た人だから
実は両名とも生きていましたチャンチャンっていうオチで終わらせたくなかったのかも
生きているか、生きていないか、はたまたそんな認識に意味があるのか
そんなまんまで物語世界を完結させたかったのかも
それにしても後半は酷いな、遅筆で有名らしいから本番に間に合わなかったのか
舞台上の薬師丸ひろ子、渡辺いっけいよろしく
(共同ペンネームの)夫婦でなじりあいながら書いてたんじゃないの
投稿: との | 2014.04.26 18:49
みずえ様、コメントありがとうございます。
あらら、ご覧になる前に私の感想を読んでおられたのですね。舞台を見る妨げにならなかったら嬉しいです。
ほんと、判らなかったですよね(笑)。
とりあえず判らないまま流れに身を任せてしまうとすんなり楽しめたのかも、とも思います。
そして、1時間20分は短い!
ここのところちょっと疲れ気味なので逆にちょうど良かったのですが、元気なときだったら、えー! と思ったかも知れません。
またどうぞ遊びにいらしてくださいませ。
投稿: 姫林檎 | 2014.04.26 01:09
姫林檎さま
私は昨夜観ました。
その前にこちらを読んでから行ったので、そう混乱はなかったのですが、それでもわかりにくいというか、そもそも観客にわからせようという意志があるのかもわからず。
あとむくんは、お母さんが帰ってきたとき、びっくりしてましたよね?
ということは、お母さんが死んでいる認識があったはず…などと考え出すと、きりがない。
役者さんはどう考えて演じているんだろう、ということまで思いを巡らせてしまいました。
そして、姫林檎さんのおっしゃる通り、「自分の存在って何?」的なことを、登場人物はみんな気にしてましたね。
これがテーマだったんでしょうか?
とはいえ、ところどころコミカルで、微笑ましい夫婦像が浮かび上がってくるし、悪くない舞台でしたね。
ただ、短かったなあ……。
投稿: みずえ | 2014.04.25 10:16
ぱんまま様、コメントありがとうございます。
ぱんままさんはパンフレットもお買い求めになったのですね。
しかし、原作を読んでいらっしゃっても、パンフレットもお読みになってもやっぱり「分からない」とは・・・。
ハルさんもクリコさんも2人とも死んでしまっているという設定だとは思いませんでした。
そうでした???
この際、登場人物全員が死んでしまっていて、でも自分が死んでいることに気がついていない、と言われた方がまだ腑に落ちるような気もします。
確かに薬師丸ひろ子さんはチャーミングなお母さん、素敵な女優さんでしたね〜。渡辺いっけいさんのダメなお父さんぶりも好きでした。
投稿: 姫林檎 | 2014.04.22 22:57
姫林檎さま
観てきました~。原作まで読んだのに???
よく分かりませんでした...。パンフによりますと、原作とは違うとのこと。原作では片方が死んでしまった世界の話(2パターン)、舞台はどちらも死んでしまっているという。どちらもこの世の人ではないのに最初はお互いが見えてない、そして高校生の亜土夢くんはどうやって生活しているのか?ギモンだし三浦さんと西沢さんにはどうして久里子さん・春さんが見えているのか?
ますます分からなくなってしまいました。
1時間20分では少し説明不足なのでしょうか。あいだに入った亜土夢くんの思いで最後は久里子さん・春さんがお互いの存在に気付けてめでたし~...。そんな感じでしたよね。結局何が言いたかったのでしょう?
ただひとつハッキリと言えるのは、薬師丸ひろ子さんは今でも変わらずチャーミングだった!これだけは間違いない!
投稿: ぱんまま | 2014.04.22 12:00
ぱんまま様、コメントありがとうございます。
なるほど、原作本では、奥さんが亡くなっている世界と、旦那さんが亡くなっている世界とを同時進行で描かれているんですね。
うーん、でも、舞台ではそういう風には描いていなかったような・・・。
今日、ご覧になられていかがでしたでしょうか。
ご覧になられての感想をぜひお聞かせくださいませ。
投稿: 姫林檎 | 2014.04.21 22:33
姫林檎さま
お久しぶりです。今日、午後に「ハルナガニ」を観に行きます。
実は、いろいろなブログでよく話が分からなかったという感想をみました。原作本を購入してはいたものの1か月くらいほったらかしにしてて読んでいなくて慌てて読みました。
原作本によると、奥さん(久里子さん)が死んでしまった世界と旦那さん(春さん)が死んでしまった世界が同時進行で描かれているのです。その他の登場人物は全く同じなので舞台で同じセットで会話されると混乱してしまう...かもですね。
...でも、どちらも相手の事が大好きで夫婦のかたちとしては羨ましいかなぁと思います。(←自分はすでにそうじゃないんで)
投稿: ぱんまま | 2014.04.21 10:46