「鴎外の怪談」を見る
二兎社公演39「鴎外の怪談」
作・演出 永井愛
出演 金田明夫/水崎綾女/内田朝陽/佐藤祐基
高柳絢子/大方斐紗子/若松武史
観劇日 2014年10月18日(土曜日)午後2時開演
劇場 東京芸術劇場シアターイースト B列21番
上演時間 2時間40分(10分の休憩あり)
料金 5600円
ロビーでパンフレット等が販売されていたけれど、何となくチェックしそびれてしまった。
ネタバレありの感想は以下に。
舞台は、日本家屋の2階で、純和風のお部屋にカーペットを敷き、テーブルと椅子を置き、デスクの背後には洋書が詰め込まれた書棚がある。
そこは、森鴎外の書斎のようだ。
登場した、水崎綾女演じる誰かが、突然、芝居調で話し始めるので何かと思ったら、彼女は森鴎外の妻しげで、自身の書いた小説を読み返しているところだった。
いかにも気の強そうな妊婦の妻と、大方斐紗子演じるどう見ても嫁を嫌っている姑とのやりとりが始まると、それはもう恐ろしい、バチバチという火花が散る音が聞こえるようだ。
その2人の間に入って右往左往する高柳絢子演じる新米女中スエは、いかにも純朴そうな(そしてあんまり機敏でない)感じで気の毒この上ないけれど、実際にこの嫁姑に挟まれているのは、スエではなくて、金田明夫演じる森鴎外その人なのであった。
森鴎外は、家では嫁姑問題に悩まされ(といっても、あまり悩んでいる様子はなくて、穏やかかつ人格者的にいなしている感じではある)、森鴎外としては、内田朝陽演じる若手編集者に慕われ、佐藤祐基演じる永井荷風を慶応大学の文学部教授に推薦するなど、「反早稲田」「反自然主義」の論客兼作家の一人として活躍する一方、陸軍軍医の出世頭としては若松武史演じる賀古鶴所に発破をかけられている。
「森家の体面」とか「森林太郎の出世」という点でこの賀古鶴所と母親がタッグを組み、「森鴎外としての活動」という面では、妻と若者2人がタッグを組む。森林太郎と森鴎外が別人だったら、こんなに苦労することもなかったんだけどねぇ、という感じである。
しかし、実際の森鴎外もそうだったのか、割とその二律背反なところを飄々と歩いているように見える。
というか、最初の内はそう見えていて、「これだけ優柔不断だったら、しげさんがイラっとくるのも無理はないよな」と思っていたところ、段々、その二律背反が森鴎外を蝕んでいくように見える。
しかし、本当は大逆事件もおかしいと思っているし、言論統制もおかしいと思っている、リベラルな人として描かれているけれど、よくよく考えると立身出世したいと思っているのも本人なんだし、森鴎外を二律背反に追い込んでいるのは、周りではなくて本人だよねという気もする。
でも、見ているときは、金田明夫の森鴎外がとても愛すべきキャラに描かれていることもあって、「自業自得じゃん!」という感想が浮かばない。
自業自得ではなく、森林太郎は「陸軍軍医」という立場の中でできる精一杯のことを森鴎外としてやりました、という風に見える。得な人だよなぁと思ってしまうのは、意地の悪すぎる見方なのかも知れない。
「鴎外の怪談」の「怪談」って何だよと思っていたら、鴎外自身は多分「自業自得」が判っていて、でも目を逸らそうとしていて、その「目を逸らす」ことについての罪の意識がエリスの声を使って自身に様々なことを呼びかけている、その状態を言っているように思う。
ちらしに「もっともあやういと思われるバランスを生きた5ヶ月」という風に銘打ってあり、幸徳秋水らの大逆事件のいわば「裏裁判」ともいうべき会議に参加するのと同時に、大逆事件の被告のうち2人を担当することとなった平出の相談に乗って、彼らを弁護するためのアドバイスを送るという、究極の二律背反をやっていたらしい。
本当か。
そうした「密談」をうっかり聞いてしまうスエはそのたびに「聞いていません、聞いたとしても判りません」で全て済ませてしまうけれど(明治の男はこれだから! と思うのも偏見かも知れない)、その実、大逆事件に連座した大石誠之介という医師に世話になっていて、いよいよ判決という時期になって初めてコックとしての大石誠之介に教わったシチューを供して、鴎外に「どちらの立場からでもいいから助けてください」と願う。
何て賢い人なんだろう! と思ってしまった。
この芝居の登場する人物の中で、間違いなく、彼女が一番賢いと思う。
判決が出た日、やはり公正な裁判を行うべきだった、秘密会議で判決を決めるべきではなかった、山県有朋に直訴しようと支度を始めた森鴎外を、賀古鶴所が止め、妻のしげは理解を示して励まし、しかし、姑の「私の屍を超えて行け」という訴えに負けて鴎外は出かけることはなかった、らしい。
それで「結局こうなった」とエリスの亡霊に話しかける鴎外は、絶対にかなりほっとしていたに違いないという気がした。
しげが男の子出産し、そのお披露目の日にこのお芝居は終わる。
嫁と姑が何故だか和解し、その笑顔がコワイ。
賀古鶴所もやってきて、貧しい人を救うという政策が実施されたのは我々の力だと誇り、鴎外は「無実の罪で人を殺した罪滅ぼしだ」と答える。
永井荷風は「これからは戯作者と呼んでくれ」と三味線を抱えてやってくる。
平出修は、自らの弁論を聞いた幸徳秋水らからの手紙を「弁論は一緒に書いたのだから」と鴎外にも読んでもらうためにやってくる。
幸徳秋水の言葉を読んで、鴎外が感無量、という表情になったところで幕である。
永井荷風の不真面目な感じとか、森鴎外の人格者たらんとする言動とか、不真面目に負けたと感じた平井修の納得いかない表情とか、恐ろしげな嫁姑バトルとか、スエの賢い感じとか、賀古鶴所の「自分は便利なだけの人間だから」という述懐とか、キラキラしているものがたくさん散りばめられている舞台だった。
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