「吉良ですが、なにか?」を見る
伊藤四朗生誕?!77周年記念「吉良ですが、なにか?」
作 三谷幸喜
演出 ラサール石井
出演 伊東四朗/福田沙紀/馬渕英俚可/瀬戸カトリーヌ
駿河太郎/伊東孝明/大竹浩一
阿南健治/ラサール石井/戸田恵子
観劇日 2014年11月28日(金曜日)午後6時30分開演
劇場 本多劇場 M列20番
上演時間 1時間45分
料金 7500円
劇場に入るときにちらしの束を渡されるのはいつものことだけれど、それがエコバッグに入っていてちょっと驚いた。黒で、小さく「吉良ですが、なにか?」というこの芝居のタイトルと、企業名が入っているだけのシンプルなものだ。
そして、終演後には、タフマンの瓶を「ご自由にお持ちください」と並べていた。
太っ腹!
また、ロビーでは、パンフレット(1000円)等を販売していた。
ネタバレありの感想は以下に。
何だか不思議な舞台だった。それは、終演後のカーテンコールで伊東四朗自身も言っている。
最初は、「吉良上野介が四十七士に討たれる前日、彼の家族は何をしていたのか」というお芝居になる筈だった、らしい。伊藤四朗曰く「一番割を食ったのがこの人(ラサール石井)で、当初は大石内蔵助役だったんですよ。それが医者だもんな。」だそうだ。それに答えて、演出も担当したラサール石井が「吉良邸の図面まで見ていたんですが、用意したことがすべてぱあになりました」と演出として応じていたのが、うーん噛み合っていない、という感じで可笑しかった。
始まりはというか、舞台はほぼ最初から最後まで病院の待合室である。
馬渕英俚可演じるキャリアウーマンのイメージを発散させている女性が電話で何やら指示を出しまくり、そうこうしている間に家族が集まってくる。
馬渕英俚可演じる長女、瀬戸カトリーヌ演じる次女と駿河太郎演じるその夫。次女の夫は精神を病んで自宅療養中らしい。福田沙紀演じる三女に伊東孝明演じるその夫、大竹浩一演じるどういう人間関係かよく判らないけれどとにかく「跡取り」と言われている若者に、阿南健治演じる家族から「小林」と呼び捨てられているいかにも「会長秘書」といった感じの男。
どうやら、伊藤四朗演じる吉良一家の父親が背中と額を浅野内匠頭に斬りつけられたという連絡を受けて集まって来たらしい。
そこへ、ラサール石井演じる医者が現れて、酷い怪我ではないので入院の必要はなしと告げ、このようなものは頂けませんとお金の入っているらしい封筒を返そうとする。
「うちのお母さんがこんな気の利いたことをやる筈がない」と色めき立つ娘たちのところへ、その付け届けをした当の女性が現れる。戸田恵子演じるこの「しまさん」は、吉良の愛人、ということらしい。
「私はもう70歳になって、今まで家族のために働いて来て、これからは好きなように生きて行きます」と吉良は宣言するのだけれど、いや、同じようなセリフを私は最近どこかで聞きましたよと思うのだけれど、未だに思い出せない。
本当にどこで聞いたのだったろう。
当然のことながら、いきなり現れた父親の愛人に、三姉妹の反発は激しい。
その中で、次女だけは若干、下世話な興味を示すところが可笑しい。そうそう、仮想敵に対して足並みを揃えたいのに揃わないっていうことよくあるよね、と思ってしまう。
そうして、ぽつりぽつりと会話をするうちに、現在はお弁当屋さんで働いているというしまさんが、元は銀座のお店で働いていた人で、流石の知識と世間知と人あしらいで、いつの間にか娘達の相談に乗っているのがさらに可笑しい。
しかし、そうして日常の場面が病院の待合室で家族の間で送られるから「?」というマークが頭に浮かぶことが少ないのだけれど、絶対にこの空間はおかしいのだ。
だって、江戸城の松の廊下で浅野内匠頭に斬りつけられたのだ。老中達は浅野内匠頭に切腹を申しつけるか否かで協議中である。吉良だってちょんまげを結っている。
しかし、同時に、長女はセレクトショップを経営しているし、次女の夫はメンタルヘルスに悩んでいるし、吉良が治療を受けたのは近代的な病院なのだ。
江戸時代と現代が錯綜している。
今はいつで、そこが江戸城前らしいのはいいとして、あなたたちは何者なんだ! と叫びたくなる。
叫びたくなるのだけれど、長女は店の経営と従業員の掌握に悩んでいるし、次女はもちろん夫を回復させようと世話しまくりだし、三女は裕福な家に嫁いだものの夫の浮気を疑っている。それぞれにいかにも「今っぽい」悩みを抱え、ついでに姉妹同士で色々と確執もあるらしい。
ときどき喧嘩も勃発させている。
パターンだよ、類型的だよと思うのだけれど、それが「あるある」に繋がって、大本の疑問を吹き飛ばしてしまうようなパワーがあるのだ。
流石、三谷幸喜である。
しまさんの「できた女」振りが浸透して行くにつれ、姉妹達との間に会話が成立するようになる。
しかし、しまさんを擁護する人々が増えるにつれ、「全く気が利かない」と評され、この場にも現れない本妻であるところの奥さん、三姉妹のお母さんが気の毒になってくる。
一方で、吉良上野介に斬りかかった浅野内匠頭の処分に関して老中の話し合いは進んでいるようで、しまさんの「ここで浅野内匠頭に切腹が命じられたら、吉良上野介の評判は落ちるし、浅野の家中から命を狙われるようになる」という進言により、吉良上野介は何とか浅野内匠頭の助命を求めようとするが失敗する。
このお芝居の中では、色々と左右に揺れたけれども結局は「お父さん、その浅野をいじめたんでしょ」という結論になっているのが面白い。ここは徹底的に「吉良上野介に恨みを買うような理由はない」という解釈で進めちゃっても面白そうだったけどな」と思う。
浅野内匠頭切腹が決まり、そこへ、病院の受付に「吉良上野介はいるか」と尋ねて来た人間がいると言う。
跡継ぎの甥っ子が命じられて様子を見に行くと、そこにいたのは浅野家家中の人々ではなく、吉良の奥さんだと言う。秘書はほっとするけれど、吉良自身は「いっそ浅野家家中の人間が来るよりマズイ」と慌て出す。
おいおい、「好きな様に生きる」とかエラそうに宣言した割に、弱気なことこの上ないじゃないかと思う。
その様子を見せられ、しかも「帰ってくれ」と言われたしまさんが、ここへ来て初めて「判らないこと」を言い出す。この場でいい機会だから奥様に挨拶させてくれと言うのだ。
そこへ、三姉妹の母親を押しとどめていた筈の甥っ子が戻る。
しまさんに限りなく好意的かつ同情的に振る舞っていたこの甥っ子がやけに複雑そうな表情で、「お帰りになりました」「これを渡してくれと」と言って紙袋を示す。
そこには、吉良が甥っ子に「持ってきてくれ」と命じていた、臙脂の羽根飾りのついた帽子が一つ、入っている。
ニクイなぁと思う。
吉良の本妻、ここで一発逆転である。
そのことはしまさんにも伝わったし、吉良にももちろん伝わっている。
しまさんは帰って行き、吉良も「逃げも隠れもせずに家に帰る」と宣言する。
妻に浮気を疑われ(というか、言い当てられ)かつ「吉良の家に関わりたくないんでしょ」と図星を指された三女の夫は、失点を回復すべく吉良一家に親切に振る舞う。それなのに、妻の父親に「男として尊敬します」とわざわざ言いに戻って来るところが莫迦だけれど、それに対して、吉良が「娘を泣かせないでくれ」と返すのが、格好いいし効いている。
最後に来て、張り巡らしてきた伏線を人情路線で一気に回収していく。
ちなみにタイトルのセリフは確か、自宅に帰ると宣言した吉良が、浅野の家の者が来たら「吉良ですが、何か?」と言ってやる、とそんなに力強くもなく宣言したところに出てきたと思う。
うーん、本当に時代劇で「吉良上野介が討たれる前日の吉良一家の話」をやっていたら、この「吉良ですが、何か?」のセリフはどうやって語られていたんだろうと思う。
どうして吉良上野介が現代にいて、老中達と携帯電話で話をし、刀で斬りつけられてちょんまげを結い、額の傷を帽子で隠すのか、そこに整合性というようなものは全くないし、この不思議な状況は一切説明されることがないのだけれど、それを変だなとか不思議だなとか思うことも忘れた頃になって(というか、割と早い内にどうでもいいような気になっている。というよりも、そんなことを気にしているヒマがないほど色々なことが起きるし、三姉妹は姦しい)、場面は、恐らく、江戸時代に戻る。
この荒唐無稽な場面はすべて、吉良上野介の夢だったらしい。
小林も裃姿で登場している。
そこでは吉良は冷徹な男で、浅野内匠頭切腹の報告を聞き、「攻めてくるでしょうか」という小林の問いに「頭に立つ者次第だ」と答える。
切れ者だと評判の者ならいい。切れ者だという噂が流されるだけで脇が甘いし、切れ者だと言われて精進を怠っているものだ。怖いのは、昼行灯と言われているような爪を隠している人物である。
浅野家家老はどちらだと問われ、小林は「昼行灯と呼ばれているそうです」と返す。
それまでの、人間くさい吉良上野介をずっと見てきているので、この場面がひどく人間くさく見えてくる。
さらに、最後、舞台の奥に向かって松が描かれた襖の向こうに消えようとする吉良は、「ま、いっか」と落として去って行く。
可笑しい。
さらに人間くさく、「恐ろしくない」人物に見せようという吉良上野介は、やはり、怖い人物である。そういう逆説の落とし方で終わるところが心憎い。
大いに楽しんだ。
カーテンコールでの、アンケートの読み上げも毎回楽しい。
60代70代の方が見に来てアンケートを書いて帰って行くって凄いことだと思う。
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コメント
ひびき様、お久しぶりでございます&コメントありがとうございます。
伊藤四朗さんが、憎めない吉良上野介を演じていらっしゃいましたよね。
ちょんまげもお似合いでした(笑)。
「今まで家族のために働いて来て、これからは好きなように生きて行きま」というセリフの出典を教えていただいてありがとうございます!
すっきりしました。
テレビドラマは見ていないのですが、原作小説を最近読みまして、そこに出てきていたことを思い出しました。
ほんと、スッキリ!
またどうぞ遊びにいらしてくださいませ。
投稿: 姫林檎 | 2014.12.04 22:46
こんにちは。いつも更新楽しみにしています。
昨日観劇してきました。伊東四朗のチャーミングっぷり(?)にほのぼのでした。
ところで「今まで家族のために働いて来て、これからは好きなように生きて行きま」というセリフですが、姫林檎さんはドラマ「Nのために」を見てらっしゃいますか?主人公の父親がある日突然そんな感じのことを言って家族を家から追い出してました~。
投稿: ひびき | 2014.12.04 18:37
みずえ様、コメントありがとうございます。
みずえさんは、ご覧になれないのですね。それは残念。
戸田恵子さんも出演されていて、南京玉簾を華麗にご披露されていましたよ。
客席はやはり年配の女性が多く、終演後恒例アンケート紹介でも、60代、70代の方の「このためだけに上京しました」といったコメントが紹介されていました。
「イキウメ」ご覧になるのですね。
私ももう少し先ですが観劇予定です。今からとても楽しみ。
みずえさんも、どうぞ楽しんでいらしてくださいね。
投稿: 姫林檎 | 2014.12.01 22:11
姫林檎さま
私これ、申し込んだのに取れなかったんです。
残念でした(T_T)
三谷幸喜の描く伊東四郎って本当に面白いですよね。
あのトボけた味は、彼にしか出せないと思います。
観たかったです。
ところで、先日はレスをありがとうございました。
私も、「なにわバタフライ」の方が好きです。
戸田恵子さん自体も大好きです。
明後日は「イキウメ」を観に行きます。
確か姫林檎さんもここお好きでしたよね?
ご覧になりますか?
投稿: みずえ | 2014.12.01 14:33