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「星ノ数ホド」
作 ニック・ペイン
演出 小川絵梨子
出演 鈴木杏/浦井健治
観劇日 2014年12月6日(土曜日)午後1時30分開演
劇場 新国立劇場小劇場 D6列17番
上演時間 1時間30分
料金 5400円
ロビーではパンフレット(800円)等が販売されていた。
ネタバレありの感想は以下に。
2日連続で新国立劇場に行った。
駅に着いたらかなりの人数が新国立劇場に向かっていて驚いた。中劇場と開演時間が同じだったらしい。
小劇場はコンパクトだけれど、舞台はかなり大きく使っているように見える。真ん中にニセモノっぽい(というか、本物っぽくない)大きな木が1本生えていて、その木と芝生(っぽいけど、青い)の周りを、ちょっと気の利いた公園のような感じで木道が囲んでいる。奥に行くほど高く、手前が低い。
かなり舞台の奥行きを深く使っている。
手前の左右と奥の左右には家の中の様子があって、左手前にソファ、右手前にテーブルと椅子、奥の左右はクローゼット風になっていて役者二人は主にその2ヶ所で衣裳替えをする。
最初はバーベキューのシーンである。
といっても、それっぽいセットがある訳ではない。舞台の真ん中にある木の下で、浦井健治演じる養蜂家のローランドと、鈴木杏演じる「大学で教えているの」と言うマリアンが、初対面らしいぎこちなさで話している。
話題は、「人は自分の肘を舐めることはできない」である。
この話題を出したのがマリアンだというのが可笑しい。そして、同じ話を何度も繰り返すのが可笑しい。ちょっと微妙な雰囲気になると、彼女はこの話を繰り返す。
そのうち、「マリアンが同じ話を繰り返す」のではなく、「同じ時間が繰り返される」ようになる。
チャリンというような音がすると時が巻き戻り、同じシーンが繰り返される。しかし、全く同じシーンが繰り返される訳ではなく、語られるセリフや動き、設定、展開はその都度少しずつ変わる。
そうして、いくつもの「可能性」が提示される。
多分、そうしていくつも提示された可能性のうちのどれかが舞台上で選ばれ、選ばれた「可能性」の続きが演じられる。
「続き」と書いたけれど、多分、この舞台はローランドとマリアンの恋を時系列では描いていない。
行ったり来たりしていたと思う。別に「今は**年」という風に表示される訳ではないので、実は確信が持てなかったりするのだけれど、しかしそうだと思う。
そうして、大きな単位で行きつ戻りつしつつ、それぞれのシーンの中でいくつもの可能性が示されて行く。
また、恋の顛末が語られる一方で、同じシーンが何度も間に挿入される。
何度も繰り返されるシーンは、最初と同じ木の下でのシーンだ。
マリアンは言葉が上手く選べないようで、言いたいことを言うのに苦労し疲労している。
「会員」になりたいと言う。
「会員」になっても、実際に使う人は1/3くらいだと言う。可能性を手にするだけで落ち着く人もいるのだと語る。
マリアンは「お母さんが恐れていたのは死ではなかったわ」と繰り返す。
私には、マリアンが、自分がどんどんしゃべれなくなり、自分というものを保持できなくなるのを恐れ、死のうと決めたときに死ねるという「会員」になろうとしているんだと見えた。
そういう、二人の恋の最後(少なくとも最後に近い)シーンを何度も挟みつつ、この舞台は二人の恋を追って行く。
何度も繰り返され少しずつ変わって行くシーンが、「可能性」を示しているのだということは、マリアンが語る量子力学(とか多分そういう感じ)の説明として語られる。
マリアンは、自分の仕事、研究している内容をローランドに語っているのだけれど、それが同時に、観客に向かってこの芝居の枠組みを語ることにもなっている。
上手いなぁと思う。
そこを語らなければ、この見る側に集中力を要求する芝居を見てもらうことは難しいと劇作家は考えたんだろうなぁと思う。
でも、ただでさえ入り込みにくい複雑な構造になっているのだから、バーベキューの次のシーンで早いとこマリアンの名前をローランドに呼ばせてくれよ、とも思う。
私の記憶違いとか聞き漏らしでなければ、バーベキューの次のシーンは、「恋する二人まであと一歩」という感じのシーンなのだけれど、マリアンは何度も何度もローランドの名前を呼ぶのだけれど、ローランドの方はマリアンの名前を頑として呼ばないのだ。
バーベキューのシーンで、ローランドには妻が居たり振られたばっかりだったりしたので、ここまでマリアンの名前が呼ばれないということは、もしかして鈴木杏が演じているのはマリアンではなく、ローランドの妻か元の彼女だったりするのかしらと、余計な妄想をしたのは私一人ではないと思う。
よく考えればマリアンである可能性の方がずっと高いのだけれど、「ここまで名前を呼ばせないことには何か意味がある筈だ」と思ってしまったのだ。
言いがかりのような文句だけれど、しかし、言いたい文句である。
二人は、再会したり、再開したときに婚約者がいたりいなかったり、マリアンが家に呼んだローランドに帰ってくれと言ったり、ローランドが浮気したと言ったり、マリアンが浮気したと言ったり、ローランドのプロポーズが成功したり失敗したりする。
それぞれのシーンで、いくつもの可能性が示される。
演じている二人は相当に大変なんだろうなぁというのは見終わってから出てきた感想で、見ているときは、ただただ凄いなぁと思っていた。
チャリンという音があるとはいえ、そこで自然に時を巻き戻しやり直すというのは、役者さんにとってどういう心持ちがすることなんだろう。気持ちを作っているというよりはテクニックで押しているんだろうか。
ローランドとマリアンの出会いから、マリアンの余命がほとんどないと判るまでの時間は多分かなり短い。
この舞台の上で流れている時間は、だから、相当に凝縮されているし、凝縮されている時間が繰り返されている訳だから、さらに濃密である。
そして、全くハッピーエンドではない。
語られはしないけれど、この二人の恋の終わりは、マリアンの死である。
でも、繰り返されるシーンの中で、二人の出会いはこの舞台の始まりでもあるのだけれど、バーベキューで知り合った二人が社交ダンス教室で再会し、そして「恋の始まる瞬間」を見せてこの舞台は終わる。
それほど遠くではない未来にマリアンの病と死が待っていることを嫌というほど見せられた後なのだけれど、でも、だからこそ、最後が微笑ましい可愛らしいシーンで終わって良かったなぁと思う。
90分が短く感じない、でももっと長い芝居を見終わったような充実感のある芝居だった。
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コメント
あんみん様、コメントありがとうございます。
マチネとソワレとみて、その間にご用もあってとは、昨日はとても忙しくかつ充実した一日だったのですね。お疲れ様でした。
そんな日にいいお芝居に出会えるって幸せです。
おっしゃるとおり、「夕空晴れて」はこれから参ります。
私も不条理って苦手なんですよね・・・。
別役実さんの新作が拝見できなくて本当に残念です。体調を崩されているようですね。
気合い入れて行ってきます!
投稿: 姫林檎 | 2014.12.14 11:08
こんにちは。
昨日はマチソワで、夜は円形の『夕空はれて』を観ました。
(姫林檎さんはまだですね?)
星ノ数ホドの鈴木杏にヤラレたせいか、
夕空の方は【不条理劇】になじめず、時間が長く感じました。
ちょっと展開に飽きちゃいました。
普段は観劇後の場内アンケートは書くことは無いのですが
昨日は『杏さん、あなたは素晴らしい!』と書きたかったのですが
マチソワの間に予定が有って時間がなく断念しました。
ただでさえ、行きつ戻りつのセリフの応酬なのに
マリアンの言葉が出にくくなる描写は
大変なエネルギーを使うのではないかと思います。
それを繰り返し繰り返し演じるって、1時間25分でも大変ですね。
いいお芝居でした。
投稿: あんみん | 2014.12.14 10:26
あんみん様、コメントありがとうございます。
「星ノ数ホド」良かったですよね。ちょっと判らないところもありましたけれども(笑)。
鈴木杏は、私は「髑髏城の七人」のアオドクロの沙霧のイメージが強いです。それくらい前から見ているので、何となくもう30代に入っているイメージでしたが、まだ20代なんですよね。
大竹しのぶコースか、宮沢りえコースか、藤原竜也の女バージョンっていう区分け、何となく判ります。
私の予想(かつ希望)は藤原竜也の女バージョンかなぁ。
次の舞台が楽しみですね。
投稿: 姫林檎 | 2014.12.13 23:05
こんばんは。
本日観てきました。
感想としては⇒鈴木杏は若手(グレード=ペテランの域)ではビカイチな女優だなぁです。
特に手話の所にヤラレました。
二人にとって大変な舞台だっただろうと推察されます。
あんなに行ったり来たりの設定でよく、こんがらないなと感心します。
なんだか実験的な舞台でしたが、
私の中では鈴木杏は本当に素晴らしいと確認出来た舞台でした。
大竹しのぶコースか、宮沢りえコースか、はたまた藤原竜也の女バージョンか?
追いかけたいです(笑)。
投稿: あんみん | 2014.12.13 21:07