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2015.05.24

「聖地X」を見る

「聖地X」
作・演出 前川知大
出演 浜田信也/安井順平/伊勢佳世/盛隆二
    岩本幸子/森下創/大窪人衛/橋本ゆりか/揮也
観劇日 2015年5月23日(土曜日)午後1時開演
劇場 シアタートラム F列12番
料金 4200円
上演時間 2時間5分

 ロビーでは過去公演のDVD等が販売されていた。
 ネタバレありの感想は以下に。

 イキウメの公式Webサイトはこちら。

 「プランクトンの踊り場」を改題、ブラッシュアップしての再演だそうだ。
 その「プランクトンの踊り場」の上演が2010年と聞いて、だったら見ているだろうなと思っていたのだけれど、チラシに書かれているストーリーを読んでも、実際に芝居を見始めても全く記憶が刺激されない。
 帰宅して確認したら、私は「プランクトンの踊り場」を見ていないらしかった。どうして見なかったんだと当時の自分を責めたい気分である。

 伊勢佳世演じる要が、実家に帰ってくる。実家には安井順平演じる兄がいて、家に不動産があって収入があるのをいいことに働きもせずAmazon(舞台上に積まれていた段ボールにはAmazanと書かれていたけれど)で買い物三昧、読書しネットゲームにハマる日常を送っているらしい。
 要は、風俗にハマって300万円もの預金を使い込んだ浜田信也演じる夫の滋と別れるつもりで帰ってきたようだ。

 その要は、実家に戻って1ヶ月後、どうやらやっと自分を迎えに来らしい夫の姿を見かけて近所の店舗に駆け込む。そこにはしかし、盛隆二演じる不動産屋がいるだけだ。
 と思ったら、店の奥から滋が現れた。しかし、どうしてここにいるのか記憶はなく、財布もカバンも何も持っておらず、何だか様子がおかしすぎる。
 やりとりするうちに、何故だか、ここにいる「滋」の他に、東京にもやはり「滋」がいて、携帯電話を持っていて「これは自分の携帯だ」と主張するし、もちろん自分が滋だと名乗る。
 良くも悪くも常識人の要は混乱するけれど、良くも悪くも物事を新件に受け止めない兄は「ドッペルゲンガーか!」と色めき立つ。

 それはそれとして、件の店舗はレストランの開店準備中だったらしい。
 しかし、大窪人衛演じるシェフがふさぎ込むようになっていてとてもではないけれど開店できる状況ではない。森下創演じるレストランのオーナーは彼を支えて何とか二人で店をやろうとしているようだ。
 最初に要が夫を「発見」したこのレストランでは、実は、開店準備を進めていたオーナーとシェフの間でも不可思議なことが次々と起こっていたらしい。
 話をするうちに、どうやら、このレストラン(というか、このレストランがある場所)では、本気で思い込んだことが現実化するらしいという推論を建てる。

 書いちゃうとおかしい。
 いや、そんなことがある訳があるまいと自分で書いていて思う。
 しかし、それが芝居を見ているときはどういう訳だか、全くと言っていいほど違和感がない。それは、前川知大の書く世界はSFであると知って見に行っているからということもあるし、何より、こういう「あり得ないことなのに、実はそうなんじゃないかと推論を建てて巻き込んでいく」というキャラを演じたら安井順平の右に出る者はいないという説得力にもあると思う。
 しつこいけれど、やっぱり役者は声なのだ。

 そういう荒唐無稽な兄の推論に要も巻き込まれるし、なにより不動産屋の彼が実は兄と同級生で彼があっという間に感化されてしまったことが大きい。
 そうして、色々と話したり試したりするうちに、この場所でレストランのオーナーはシェフに謝りたいと思っていたから、そこにシェフがいると思い込み、そして「自分がよく知っている」シェフを出現させて、「本物」のシェフからオーナーに関する記憶を抜き取ってしまったのではないかという話になる。
 同じように、実は「迎えに来て欲しい」と願っていた要は夫がその場所にいると思い込み、自分が知っている夫をその場に出現させ、本物の「夫」から妻である自分の記憶を抜き去ってしまう。

 荒唐無稽ではあるけれど、推論としての筋道は立っている。
 この場所はお社とか大きな木とか石とか、とにかく「使ってはいけない場所」だと判るような、今回のようなことが起こらないようにするために対策を講じるべきだという話にはなる。
 何しろ、この芝居の最初のシーンは、要と兄とその友人である不動産屋が、更地になったこの場所に大きな安売りの石を据え、しめ縄を飾るシーンだったのだ。
 先の展望はまぁそれでいいとして、ドッペルゲンガーのようにもう一人の自分と出会って統一され、しかし分裂した間の二重の記憶のためにふさぎ込んでしまったシェフには真実を伝えるとして、要の夫の滋をどうするか。

 ちなみに、本物であって妻の記憶を失ったところの滋は、岩本幸子演じる上司と何だか上手くやっていて、浮気して風俗にお金をつぎ込まれたら目も当てられないよね要も、という人物である。
 しかも妻の記憶を失った滋は、ますますその「嫌味な感じ」が増幅しているように見える。
 この二人というか一人の二面性を、しっかりキッパリと演じ分けていた浜田信也って実はもの凄い役者なんじゃないかと後になって思ったのだけれど、見ているときは何やら自然で、「上手い」とか「凄い」とか思わなかったのが不思議である。
 しかし、テクニックだと見せない思わせないというのは、やっぱり凄いことだと思う。

 思い込みの力、その思い込みを現実化させる力、どちらも今回は一応「プラス」方向に向かっている。
 人が二人に分裂してしまうのはそれはプラスではないかも知れないけれど、何というか、少なくともよこしまな気持ちが生んだ現象ではない。
 登場人物たちは、とりあえず「ここを何とかしよう」「この場所には触れないようにしよう」と思っているのであって、悪事に使おうとかそういう発想は全くないみたいだ。
 悪事に使おうとしたところでしっぺ返しに遭いそうな感じはするけれど、それにしても、そこに悪意がないということがこの芝居の救いのような気がする。

 悪意はないにしても、しかし、次に兄が思いついたことはかなりとんでもない。
 分裂した滋から、分裂後の記憶を抜き去り(そうすると、分裂後の記憶しか持たない滋が産まれることになる)、その後で統合すれば、「二重の記憶」問題は解決し、統合後も生活や精神に不都合は生じないんじゃないかと兄は考えたのだ。
 考えただけでなく、要や友人、滋の上司まで巻き込んで実行に移そうとする。

 そして、実行に移した後、「分裂後の記憶しか持たない滋」をどうにかしなくてはならないことに要が気付き、「これは人間の姿をしているけれど情報だ」と言い切る兄だって、彼を殺すことは結局できない。
 だから待て、と言いたい。
 そんなことは始める前から簡単に予測がついたことで、それをどうして実行に移す前に誰も指摘せず、そのまま突っ走ってしまうんだと思う。
 ここだけは本当に物申したい気分になった。
 絶対に、後から「どうするのよ!」と言い出した要も、「単なる情報なんだから消すことに何の問題もない」と言い張る兄もおかしい。

 それはそれとして、分裂後の記憶しか持たない滋は最初は浜田信也が演じていた筈なのに、いつのまにか(もちろん頭に袋を被されてしまったからその後の格闘シーンのどこかでだとは思うのだけれど)別の役者さんと入れ替わったことに全く気がつかなかった。
 私が特別にボンヤリだということもあるけれど、でも、上手く騙されて何だか逆に爽快な気分になった。
 本体の滋が出てきたときには「おぉ!」と思ったのだけれど、客席は特に反応していなかったから、「おぉ! いつの間に!」と感動していたのは私くらいだったんだろうか。よく判らない。

 兄妹で「私がやる」と取り合った「分裂後の記憶しか持たない滋」の「処分」は、結局どちらもやることができず、要は「私がちゃんと滋のことを整理できたらきっと消えると思う」と言い張り、言い切って、しばらくは兄妹の暮らす家で一緒に暮らそうということになったようだ。
 もちろん、要が統合された滋と話した後でも、というか、統合された滋と話したことで余計に、離婚の決意を固めたということもその理由の一つではあると思う。
 要のこの心情の変化もこの芝居のポイントの一つだと思うのだけれど、どちらかというと私はSFの流れの方に引っ張られてこの芝居を見ていたと思う。

 そして、冒頭のシーンに戻る。
 レストランのあった場所は更地になり、更地になってすぐゴミの不法投棄がされるようになり、そこへ大きな石を据え、しめ縄を飾り、最後の仕上げに兄がその石のてっぺんにお賽銭を置く。
 要は「この場所の力は、そうして人から信じられることで使われるべきだ」と述懐する。
 どうやら、この兄妹は兄妹でケーキショップを開くことを決めたようだ。「高等遊民」を自称していた兄も、ついに離婚にこぎ着けた妹も、何だかすっきりした顔をしている。
 恐らく、分裂後の記憶しか持たない滋もいつしか消えていたんだろう。

 ところで、舞台セットが何だか面白かった。
 上手く表現できないのだけれど、縦縞の黒っぽい壁がちょうど舞台と客席の境を長辺にした直角二等辺三角形のように置かれている。その直角部分に立方体が置かれて、その立方体をずらすことで舞台の左側のソファコーナーと、右側のレストランのダイニングテーブルのコーナーとを使い分けている。
 やっぱり上手く書けていないが、そういう感じである。
 その、立方体部分のずらし方が、すっとあっという間にずれたり、じわじわと時間をかけてずれたり、その動き方の違いが何だか奇妙な浮遊感を生んでいたと思う。

 やっぱり、イキウメはこの路線が好きだなぁ。この路線のイキウメが好きだなぁ。
 そう思ったのだった。

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コメント

 アンソニー様、コメントありがとうございます。

 今年の5月は本当に暑かったようですね。
 夏ばても当たり前ですよ。5月に真夏日なんてぜーったいにおかしい、と思う私です。

 そしてこのブログがきっかけで観劇し、そして気に入っていただけたとお聞きして嬉しいです。
 イキウメ、流石ですね(笑)。
 そして、おっしゃるとおり、かなり「イキウメらしい」作品からご覧になったことになると思います。最初の出会いって大切ですから、その出会いがいいものになって私も嬉しいです。

 またどうぞ遊びにいらしてくださいませ。

投稿: 姫林檎 | 2015.06.02 22:39

姫林檎様
こんにちは、お元気ですか?
私はすでに夏バテが始まってます(^^;

こちらで見て気になったので聖地X観てきました!
実は初イキウメです。

前回の時も書かれていたので気になってましたが
なんらかの都合で予定が合わず見送って今回が
初となりましたがとっても面白く、皆様の評判も
よい作品だったので導入としてはかなりラッキーだったと
思います。 ありがとうございます~♪

投稿: アンソニー | 2015.06.02 12:32

 みずえ様、コメントありがとうございます。

 「聖地X」良かったですよね。同好の士がたくさんいらして嬉しいです。
 確かどこかで「新しい祝日」はワークショップ形式で書かれたとお聞きしたようにも思うので、新しい試みでまだこなれていないのかも知れませんね。

 私は「蛇拳」って何のことか(ついでに言うと、どういう字を当てるのかも)判っていなかったのですが、でも、あのシーンは笑えました。

 最近、若くして亡くなる俳優さんが多いように感じますね。
 今井雅之さんの訃報にも驚きました。
 私は実は「WINDS OF GOD」を見たことがないので、本当に重ね重ね残念です。

 またどうぞお芝居のお話をしにいらしてくださいませ。
 

投稿: 姫林檎 | 2015.05.31 13:07

姫林檎さま

私は昨夜観ました。
20日に及ぶ公演の、平日夜だというのに、客席は満席で、さすがだと思いました。

ここはいつも荒唐無稽な話なのに、こういうことあるかも!とつい思ってしまいます。
それは作品自体の面白さと、役者のうまさの賜物でしょうか。
怖い話なのに、ところどころ笑えるのも楽しいですね。
私はジャッキー・チャンの大ファンなので、「蛇拳」がツボでした。

そして、あの浜田さんの入れ替わり!
私もわかりませんでしたが、あんなに顔を隠すってことは入れ替わったんだな、と推測はしました。
早着替えも見事でしたね。

他の方も書いていらっしゃいますが、私も、前回ちょっとがっかりだったので、今回はどうなるかと思ったら、すごく面白くて大満足です。
やっぱりこれがイキウメ!
ちなみに私の№1は「太陽」かな。
テレビで観て、それでイキウメを知って観に行くようになったんです。

ところで、今井雅之さん……私結構ファンで、「WINDS OF GOD」を始め、何作か観てました。
かなりショックです。

投稿: みずえ | 2015.05.29 11:19

 みき様、初めまして&コメントありがとうございます。

 ここにも同好の士がいらして嬉しいです。
 私も今回の「聖地X」を見て、「これよ!」「これを待っていたのよ!」と思った一人でございます。

 「散歩する侵略者」も好きでした。
 2011年の5本を選んだときには、同じ前田さんの「奇ッ怪 其ノ弐」の方を選んだのですが、今思い返すと「散歩する侵略者」の方が記憶に残っています。
 不思議ですね。

 またどうぞ遊びにいらしてくださいませ。

投稿: 姫林檎 | 2015.05.26 23:21

 あんみん様、再びのコメントありがとうございます。

 まだ年半ばにして今年のベスト5入りが決まりとは、かなり「聖地X」がお気に召したのですね。
 私はどうかなぁ。欲張りなので「まだ判らない」ことにしておきます(笑)。

 セットといえば、私は最初のシーンで「イキウメは舞台を立体に使うことが多いなぁ」と思ったことを思い出しました。
 最初と最後のシーンだけという贅沢な使い方でしたが、それが効いていましたよね。

 「阿弖流為」の筋書きなのか、パンフレットなのか、どうなるのでしょうね。
 最近の私はパンフレットをほとんど買わなくなっていますが、これは買っちゃうかも知れません。歌舞伎仕様の筋書きと新感線仕様のパンフレットと両方あったらどうしましょう(笑)。

 またどうぞ遊びにいらしてくださいませ。
 

投稿: 姫林檎 | 2015.05.26 23:11

こんにちは。初コメです。
私も前回の「新しい祝日」はキツかったです。
「聖地X」は「散歩する侵略者」に匹敵する面白さだと思いました。

投稿: みき | 2015.05.26 08:02

再び。

なんだか今回イキウメは今年のベスト5に入っちゃうかも?
今まで観たイキウメの中でも、1番か2番目です(『太陽』)
セットもそのままリアルな物で、いつもと違ってましたよね。
段ボールの家具とか、台座の家とかじゃ無くて。
今までのもセットも良かったですけどね。


阿弖流為、気合入ってます(笑)。
チラシの七之助はかなり『妖しい』ですね。
蒼の乱に混じっても違和感ない位、THE新感線ですよね。
染五郎と勘九郎の立ち回りは、かなりのレベルが期待出来そうです。
いつもは買わない筋書きも買っちゃいます、きっと。
筋書きじゃなくて、でっかい新感線仕様のパンフかも?!

戯曲と演出だけでなくスタッフがかなり出向?されるようで
美術が堀尾さんなのでこれも素敵だろうなと。
で、音楽もおなじみの岡崎さんなので、どんな風になるのかワクワクしますね~。
なんだか、歌舞伎を丸ごと新感線チームがサポートのようです。

それでは、またお邪魔します。

投稿: あんみん | 2015.05.25 20:49

 あんみん様、コメントありがとうございます。

 そうですよね、「これぞイキウメ!」と思いましたよね。
 同好の士がいらして嬉しいです(笑)。

 阿弖流為も楽しみですね。
 あんみんさんは2回ご覧になるのですね。かなり入れ込んでいますね(笑)。私は1回の予定です。
 チラシも豪華ですよね。そして、七之介の美人振りにびっくりしましたよ。
 チラシのビジュアルはかなり新感線ですが、問題は音響ですよね〜。
 でも「大江戸りびんぐでっど」を歌舞伎座でやったくらいなんですから、新橋演舞場ですし、かなり新感線テイストが守られる舞台になるんじゃないかと期待しています。

 では、またどうぞ遊びにいらしてくださいませ。

投稿: 姫林檎 | 2015.05.24 22:15

こんばんは、お久しぶりです。
今日観てきました。
前回の新しい祝日が私的には『んん?』だったので、
私も『イキウメ、これこれ!』と思いました。
今回のセットは上手く出来ていましたよね。
兄妹のリビングからレストランや会社をを上手く行き来して。

私も安井さんを観る度に
『飄々としている』感じは右に出る者がいないと思えるし、
何が有っても動じない感も凄くて、好きですね。
兄妹の掛け合いもかなり笑いが起こってました。

最前列で観ましたが、浜田さんの入れ替わりは
一瞬トイレに押し込んだ時が有ったと思います。
それも後で気が付いて、
本物が出てきて私も『おぉ!』と思いましたが
良く考えたら顔に袋を被せるのは、入れ替わりの鉄板ですよね。
シュークリームの俳優さんは、浜田さんと体格が似ていて選ばれたのかも?
前回は結構不満が残ってしまったが、今回は大満足でした。
9月のカタルシツも楽しみです。


今夏の最大の楽しみはなんといっても『阿弖流為』!
2回分チケットを買いました。
歌舞伎は3階専門ですが、これは両花道ですから、1階で観なくては!と奮発しました。
チラシも凄くお金掛けてますよ、松竹は。
どこまで新感線テイストを残すのか(松竹が許すのか)見ものですね。

投稿: あんみん | 2015.05.24 21:28

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