「ひとり、独りの遊戯」を見る
玉造小劇店 配給芝居vol.16「ひとり、独りの遊戯」
作・演出 わかぎゑふ
出演 コング桑田/野田晋市/うえだひろし/谷川未佳(リリパットアーミーII)
桂憲一/八代進一(花組芝居)/小椋あずき
浅野彰一(あさの@しょーいち堂)/鈴木健介/長橋遼也
観劇日 2015年7月4日(土曜日)午後3時開演
劇場 ザ・スズナリ G列4番
料金 4500円
上演時間 2時間20分
ロビーではパンフレットやDVD、Tシャツなどが販売されていた。
ネタバレありの感想は以下に。
相変わらず、コング桑田が開演前に物販の売り子をし、わかぎゑふとともに前説にも登場する。活躍しすぎだろうという感じだ。
舞台上に、枠というか壁というかが作られていて、ちょうど紙芝居のように幕がかかっている。
というか、「さいとうひかる」という人物の一代記を描くこの芝居では、主に子供時代の彼女を人形劇風に見せている。その劇場が舞台の上にもう一つ作られているという感じだろうか。
ちらしには、「十三歳までは女として過ごした。大陸で身を守るために、男のふりを始めた。流れ流れて東欧から日本へ、戻った後は真っ向勝負でヤクザ稼業。男よりも男だった。そして女に戻った。女歴五十三年、男歴三十年、最も人間らしい一生をおくった者の噺ー。リリパットアーミーⅡが創る、奇妙な絵芝居。」と書かれているけれど、この通りの中味の芝居だと思っていると騙される。
できれば、ちらしのこの部分を読まずに芝居を見た方がいいんじゃないかと思うくらいだ。
もう一つ、ちらしには野田晋一の顔がドアップで載っていて彼が主役なのだなと思わせられるのだけれど、実はそれも違っている。少なくとも、主人公のさいとうひかるを演じるのは野田晋一ではない。ややこしい。
野田晋一が登場し、仁義を切って物語の猿回しを務め始める。彼がさいとうひかるの人生を語るようだ。
そして、さいとうひかるが生まれるところからこの芝居は始まる。
ひかるの兄であるさとるは人形だ。
この出産でひかるの母は亡くなってしまい、満州の親戚の家に預けられる。コング桑田演じる馬賊に引き取られて育ち、満州から日本に戻る途中、役者をやっているという男から「男の格好をしろ」と言われ、ひかるは男の子として日本に戻ってくる。
人形が登場しなくなり、紙芝居の枠のようなセットが取り払われるのは、日本に戻ってきた(推定)5年後からだ。
うえだひろし演じるひかると、桂憲一演じるさとるの兄弟は、大阪でヤクザの世話になっている、というか、ヤクザになろうとしている。
そこに新入りとして野田晋一演じるテツが入ってくる、というところから物語が動き始めるという感じがする。
終演後の挨拶で「人形を取り入れてみましたが感想を」とわかぎゑふが言っていたけれど、人形はともかくとして、この「枠」があるというのが私には何だか気になった。
全く関係ないかも知れないのだけれど、中学生の頃、美術の授業で木彫でプレートを作ったときに、枠の中にパンジーを彫ろうとして先生に「その枠はない方がいい」と言われたことを思い出した。
その枠は紙芝居風なので、床から数十cmくらいも覆われている。当然、枠の向こう側にいる役者さん達の足の動きは見えない。常にそういう状態というのは、結構、ストレスを感じる。
人形を使う関係で、足もとを見せない工夫が欲しかったんだろうなとは思うのだけれど、私は枠はない方がよかったなぁと思う。
女性であるひかるは、しかし、完全に男として大阪のヤクザの世界にどっぷりはまっている。ケンカも強いし、鍛え上げているし、頭もいいらしい。兄のさとるは気の弱い気の優しい男で、ひかる曰く「この世界には向いていない」ということになる。
成り行きで麻薬の取引現場に連れて行かれ、ひかるは誤って自分の組の兄貴分を銃で撃ち殺してしまう。その場にはさとるもいたのだけれど、「ひかるだったかも知れない」と思いつつ、当のひかるから否定されると安心してしまう兄貴なのだ。
八代進一演じる東京から進出してきたヤクザや、小椋あずき演じるその男にずっと付き従っている男、取引現場にいた進駐軍のエレベーターボーイをしている男、わかぎゑふ演じるその女である「中国人の振りをした」とめこ姐さん等々、紆余曲折あって彼らは「株式会社」の一員としていわゆる「渡世」をして行くことになる。
もちろん、そこにはさとるとひかるの兄弟も含まれる。
「嘘は突き通せば本当になる」というのがひかるの身上だ。それは組の兄貴分を殺してしまったときに言われた言葉だけれど、しかし、実際のところは「女なのに男として生きている」ところにこそ届いた言葉だったんだろうと思う。
そうして、ひかるは経営の才能まで発揮しつつ社内で出世し、テツはいつまでたっても下っ端のまんま、さとるは泣き落としで借金の取り立てをするという才能を発揮していたところ、預かった拳銃を、「ひかるに惚れた」振りをした共産主義の女子大生とその仲間達に持って行かれそうになる。
その女子大生が幼い頃の育ての母に似ていたからくらっと来たのかなと思わせつつ、しかし、ひかるは女なんだよなぁと思う。それはない。
そういえば、女性が「女性のふりをしている男性」を演じるのと、男性が「男性のふりをしている女性」を演じるのとではどちらがより難しいんだろう。
うえだひろしが、つるんとした肌で「男性の振りをしている女性」を演じていた訳だけれど、「本当は女性なんだよね」というのは自分に言い聞かせないと時々忘れそうになった。演じていたうえだひろしも、あまり「実は女性である」ということは意識していないような気がしたのだけれどどうなんだろう。
満州からの引き揚げの際にひかるに「男になる」ことを勧めた男が実は藤山寛美で、借金の取り立てに行ったさとるは久々の再会を果たす。
そして、ひかるが未だに男として生きていることを伝えると、藤山寛美は役者冥利に尽きると大笑する。何らかのエピソードを反映したシーンなんだろうなと思ったのだけれど、残念ながらそれ以上のことは判らない。
人の生き死にに直感の効くひかるは、仲間のリーダーを追いかけようとした女子大生に「一緒に行くと死ぬ」と止めるが、彼女は満面の笑みで「だったら一緒に死にます」と答える。
その答えが、ひかるの何かを押したらしい。
彼女の足を撃って動けなくし、そして、街中に向かって拳銃を撃ちまくる。そして、自ら獄中に入ることを望む。
「これが女なのか」という彼(というか、彼女)の叫びの意味は、残念ながら私には判らなかった。
そして、13年の刑期を終えて、女として出てきたひかるにテツがプロポーズして、この芝居は幕である。
彼女は50歳から(実は、37歳で刑務所に入ったときからだとは思うが)、女性として生きることになる。
前半で張り巡らせた伏線を一気に回収し、相変わらずの作り込まれた世界で舞台である。やっぱり玉造小劇店のお芝居には安定感、安心感がある。
次はどうなるのか、この先どうなるのかが気になって、芝居を見ているときにそれ以外のことを考えるスキがない。それって実は結構稀有なことで、だから公演があるならぜひ見たいと思うのだ。
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