「グッドバイ」を見る
KERA・MAP 「グッドバイ」
原作 太宰治
脚本・演出 ケラリーノ・サンドロヴィッチ
出演 仲村トオル/小池栄子/水野美紀/夏帆
門脇麦/町田マリー/緒川たまき/萩原聖人
池谷のぶえ/野間口徹/山崎一
観劇日 2015年9月26日(土曜日)午後6時30分開演
劇場 世田谷パブリックシアター G列10番
料金8800円
上演時間 3時間5分(15分の休憩あり)
KERA・MAP第6回公演で、太宰治絶筆の「グッドバイ」を「換骨奪胎」してケラリーノ・サンドロヴィッチが作った舞台だという。
ロビーではパンフレットや、これまでの公演のパンフレット等が販売されていた。
ネタバレありの感想は以下に。
太宰治の絶筆「グッドバイ」は、ほとんど設定しか書かれていないのだそうだ。
その設定を利用して、新しい物語を舞台上に立ち上げようという試みだ。私が見るのは、昨年のシス・カンパニー版に続いて2本目である。
設定としては、主人公の田島を雑誌の編集長を仮の姿とする闇商売の男、その妻に扮するキヌ子を絶世の美女の担ぎ屋としたKERA版の方が、小説を踏襲していると知ってまず驚いた。
そうだったのか、という感じだ。
仲村トオル演じる田島は、妻子を田舎に残し、東京で単身、雑誌編集長の振りをしつつ闇商売で儲けている。ついでに、「怖くてとても数えられない」数の愛人を抱えている。
しかし、戦後3年、妻との別居生活を経て、闇商売から足を洗おう、妻子を呼び寄せて一緒に暮らそうと思い立ち、そのためには愛人たちと別れねばならないと勝手に苦悩していたところ、山崎一演じる作家(なんだと思う)から、絶世の美女に頼んで妻役に扮してもらい、その妻と一緒に愛人の家を訪ねれば効果覿面、別れることができると言われ、それを真に受けて実行する。
そこで選ばれた「美女」が小池栄子演じるキヌ子である。かつぎ屋の彼女は、絶世の美女だけれど、それを全く活かしていない女性で、教養と品がないと見て取った田島から「一言もしゃべるな」と言われる始末だ。
そんなことを言ったって、田島だって、全く誉められたような男ではない。
大体、妻子がいて愛人を大勢抱えるのもどうなんだと思うし、その愛人たちを切って捨てようという理由も身勝手極まる。勝手に苦悩しているけれど、自業自得である。
とはいうものの、この舞台を見ていると、何故か「女たちだってそれぞれ莫迦だ」という感想が浮かばなかった。その理由が自分でもよく判らない。
どっちもどっちでしょ、と思うところだと思うけれど、何故だか、この男ってとんでもないという感想しか浮かばなかった。
かといって、この田島という男が凄く嫌な奴として存在している訳ではない。どちらかというと愛嬌のある人物として描かれていたのではなかろうか。
キヌ子にお金をせびられつつ、そして田島の方もお金で解決するならばとほいほいお金を使いつつ、まず最初に出向いた美容師の女性に別れを切り出したところ泣き崩れられる。それでもお金を渡して「これで一人別れられた」「でもあの人は本当にいい人だったんだ」と身勝手なことをほざいているからロクなことにならない。
自分が編集している雑誌で挿絵を描いている女性のところに出向くと、何故か妻は好意的に迎えられて「別れる」という当初目的は果たせず、しかも、別れた筈の美容師が自殺未遂を繰り返しているらしいことを知って、田島は打ちのめされる。
言い出しっぺの作家に相談する内容も本当に許しがたい。
そうして勝手なことをしているから、さらに田島はしっぺ返しを喰らい、妻からは「別れる」という電報が届き、そこで胃けいれんを起こして向かった病院の主治医がこれまた田島の愛人なのだから始末に負えない。
自分の周りの女性に片っ端から手を出してどうするという感じがある。
しかし、その女医は、これまでの二人とはどうも勝手が違っている。実は、彼女のところに本物の妻から「離婚するのであとはよろしく」という趣旨の手紙が届いており、妻を名乗るキヌ子に「託されても困るんで、別れます」と言い放つ。
薬で眠らされている田島の横で、キヌ子としては大混乱である。
いい加減、キヌ子だって真面目に混乱していないでこんな奴に愛想を尽かせばいいものをと思うけれど、完全に田島の術中に嵌まっている。
最初の二人があまりにも「従順」だったので、ここでクローズアップされて田島を押しつけ合った妻と女医は、なかなか好感が持てる。
そうでなくっちゃという感じがする。
さらに、この二人の才女に愛想を尽かされた田島の最後の砦は「まだ成人ではない」19歳の農家の娘で、キヌ子の荷物からかっぱらいをして補導された彼女を迎えに行って、勢いのまま「結婚しよう」と言い出し、「お婿さんが来るんだって」とあっさりと振られる。
やっと報いが来たことが判った田島は、占い師に占ってもらい、キヌ子の存在を示され気がつくのだから、どこまでの人生は田島に甘い。
そう思ったら、あっさりと追いはぎに殴られ、倒され、お金を取られてどこかに投げ込まれてしまう。
「大体」な割によく当たる占い師を演じたのが池谷のぶえで(というか、池谷のぶえはほとんど飛び道具状態で田島の娘を始め、多くの役を演じている)、彼女の声の説得力ときたらない。
田島の死亡記事が流れ、殺すのかよ! と舞台に心の中でツッコミを入れたところ、田島の死体だと思われた死体は実は追いはぎの死体で、田島は生きていたことがあっさりと明かされる。しかも記憶喪失になっている。
ベタだ。
ベタといえば、「作家の入水自殺」といった言葉を散りばめてある点も、ベタといえばベタである。
太宰治の遺作(しかも、始めの部分しかない)を舞台に作り上げて上演するに際して、太宰の最期を明らかに指し示す台詞を登場人物に語らせるというのは、あまりケラリーノ・サンドロヴィッチらしくないベタさのように思う。
らしくないと言えば、「消失」のちらしに、「善人だけしか出てこない」と書いてあったけれど、この「グッドバイ」だって、いわゆる悪人はいないような気がする。
田島亡き後、真面目な好青年から一気に人が変わったようになる編集部員とか、何となく嫌な感じを漂わせている挿絵画家の兄とか、善人とは言えないかも知れないけど悪意は持ってないよね、という感じの男がいるだけで、人を陥れようとか、そういう悪意を持った人物はこの舞台にはいない。
もう一つ「ベタだなぁ」と思ったのは、最初の一人は田島から言ったけれども、その後は常に女たちから発せられた「グッドバイ」という台詞だ。
何故英語なんだとか、どうして唐突に「グッドバイ」なんて言うんだとか、「グッドバイ」なんて日常で言う人間は今の時代にだって(というか、今の時代だからこそなのか)いないぞとか、違和感がありまくりのこの台詞を、ほとんど魔法の呪文のように繰り返させていた。
それは、太宰治が付けたこのタイトルを尊重したということなのか、強調したということなのか。
田島が死んだ(ことになった)後、田島の元妻と愛人たちは、節目節目に「女たちの集い」を開催するようになったらしい。
舞台は、その3回目、田島の一周忌の日に飛ぶ。
舞台上に「一年後」なんて出されると、朝の連続テレビ小説みたいだよと思ってしまう。
この舞台のテーマはもしかしたら「ベタ」なのかも知れないと勝手な感想も浮かぶ。
ベタな展開はベタなまま、記憶喪失になった田島は唯一覚えていた作家の電話番号に電話をかけ、その電話に出たのが元妻で、彼女は記憶を失った田島をこの「集い」の場に連れ出す。
もちろん、田島の姿を見て一周忌に集った女たちとそのオマケの男達(挿絵作家は編集者と、美容師は挿絵作家の兄と、それぞれ付き合っていたり結婚間近だったりしている)は驚愕する。
記憶を失っているときは、完全にいい人っぽかった田島だけれど、記憶が戻ったのに記憶が戻っていない振りを続けている辺りがやっぱりイヤな感じである。
記憶が戻った田島に頼まれた元妻は、お芝居をしてキヌ子を田島の元に送り出す。周りの女たちも「やっぱりね」という寛大さだ。
それぞれに「相手を見つけている」余裕なのかも知れない。
それで、元妻と作家は「別に壊れかけてなんかいない」ことを確認し、3組の合同結婚式をしましょうか、というこれ以上ないくらいのハッピーエンドで幕である。
ハッピーエンドなのか! とこれまた心の中で叫んでしまう。
まさか、太宰治をケラリーノ・サンドロヴィッチが舞台にして、「みんな幸せになりました」というおとぎ話みたいなハッピーエンドで終わるとは思わなかったので驚愕である。
太宰治が果たしてどんな結末を用意していたかは最早誰にも判らない。
でも、ケラリーノ・サンドロヴィッチは太宰治が書きかけていた「グッド・バイ」という作品を、いわば「男の夢」として立ち上がらせようとして、そのためには徹底的に「ベタ」という手法を使い倒したんじゃないかという気がした。
物語は単純なのが一番、ハッピーエンド大好きな私には単純に楽しく見られたし、その中で特に水野美紀と緒川たまきが演じていた二人の女の辛辣さが効いていたと思う。
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コメント
アンソニー様、コメントありがとうございます。
神奈川で大楽を見ていらしたんですね。
それはきっと楽しい、そしてちょっとお祭りっぽい終わり方だったことでしょう。
太宰が書いていたらどんな結末でどんな物語だったんでしょうね。
ハッピーエンドなんてとんでもない、もの凄いブラックで救いのない終わり方だったような気もします(笑)。
またどうぞ遊びにいらしてくださいませ。
投稿: 姫林檎 | 2015.10.18 23:27
こんばんは、姫林檎様。
日程が合わずに今日神奈川で観てきました。
すっかりケラさん色に染まってましましたね。太宰が書こうとしたグッドバイは一体どんな結末だったんでしょうか。
セットもすっきりしていたし、テンポもよくてとても楽しく観ることが出来ました。
池谷のぶえさん、よかったですねー。あと緒川たまきさんはいつ見ても立ち姿も素敵で目を奪われてしまいます。
気づいてなかったのですが、大千秋楽とのことで
最後はケラさんが舞台にあがられ、仲村トオルさんの合図で全員でグッドバイ!と言って終わりました。
次の消失も楽しみです♬
投稿: アンソニー | 2015.10.18 22:20