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2015.10.03

「語る室」を見る

イキウメ・カタルシツ「語る室」
作・演出 前川知大
出演 浜田信也/安井順平/盛隆二 大窪人衛
     木下あかり/板垣雄亮/中嶋朋子
観劇日 2015年10月3日(土曜日)午後1時開演
劇場 東京芸術劇場シアターイースト C列18番
料金 4500円
上演時間 1時間50分

 ロビーでどんなものが販売されていたか、チェックしそびれてしまった。

 ネタバレありの感想は以下に。

 イキウメの公式Webサイトはこちら。

 舞台の左奥には交番があり、真ん中に白い木が立っている。その木の枝は何故か宙に浮いている。木が立つ場所は丸く15cmばかり周りより高くなっている。
 舞台の右手前にはバーベキューセットが置かれている。
 舞台奥は板塀のような黒い木で区切られた通路のようになっていて、通路を通っている人を見ることができる。

 「カタルシツ」の旗揚げ公演(といっていいと思う)の「地下室の手記」は見ていて、その芝居は、安井順平がひたすら一人でインターネットに向けてしゃべり続けるという芝居だった。
 まさしく、一人で「語る」芝居である。
 ピン芸人でもあるという安井順平だからこそといった企画で、「地下室」と銘打った閉塞感も含めて、「イキウメ」ではない別レーベルといった感じが何となくあったと思う。
 設定がSFっぽくなかったからかも知れない。

 だとすると、今回のこの「語る室」というお芝居は、果たしてどこが「イキウメ」ではなくて、どこが「カタルシツ」であったのだろう。そこが実は見終わっても今ひとつ判らなかった。
 むしろ、イキウメの前々回の公演の「新しい祝日」よりも今回の「語る室」の方がイキウメらしいと感じたくらいだ。
 ややこしい。

 しかし、どう名乗ろうが、どういうスタンスで作られたお芝居だろうが、面白いお芝居は面白いし、どうなんだろうと思うときはどうなんだろうと思う。
 そういう意味では、この「語る室」は面白かった。
 劇団の女優さんが登場しないのは寂しいけれど、中嶋朋子は中嶋朋子らしく、蜷川幸雄が演出した「太陽」のときと同じように気丈な女性を演じて世界に溶け込んでいたし、木下あかりも板垣雄亮も以前にもイキウメの公演に登場した役者さん達で違和感はない。

 時系列に並べ替えてしまうと、物語の発端は交番にかかってきた1本の電話だ。
 山道で、幼稚園バスがエンジンをかけたまま、バスに誰も乗っていないまま停まっているという内容だ。
 通報を受けた警官が駆けつけると、そこには彼の甥っ子のリュックが遺されていた。山狩りが行われたけれど、手がかりも何ひとつ見つからない。

 警官は現場で不審な言動を見せる若者を捕まえたけれど、ろくに聞き取りもできないまま逃がしてしまう。
 警官の姉、消えてしまった幼稚園児の母は、どんどん追いつめられて行き、息子と一緒に消えた幼稚園バスの運転手の犯行だと信じ込み、物狂いのようになってしまう。
 一方の幼稚園バスの運転手の妻子はいたたまれなくなって町から引っ越し、運転手の兄だけが家を離れず弟の帰りを待っている。
 警官とこの運転手の兄は、いつの間にか、親交を結んだようだ。

 失踪した幼稚園児の母を演じた中嶋朋子はこういう「精神的にも世間的にも追い詰められる」「気丈な」女性を演じさせると本当にはまる。
 そして、その弟である警官を演じた安井順平も、落ち着いたよく通る声で、安定した人格の持ち主を演じさせても、エキセントリックな人物を演じさせてもはまる。木村拓哉が何を演じても木村拓哉であるように(少し違うかも知れないけれど)安井順平は何を演じても安井順平で、でもやっぱり、上手いと言うべきなんだろう。
 この舞台は、この姉弟を中心に回って行く。

 物語の中心はこの姉弟なので、時間軸もこの二人の時間が中心になっていると思う。
 舞台上の時間は、時系列に順番に流れている訳ではなく、進んだり戻ったり、回想シーンが入ったり、「回想する」シーンが繰り返されたり、タイムトラベルものともいえるこの舞台を象徴するように、決して一定のテンポで流れようとしない。
 概ね、「今」の時間が進みそうだなと思うと、姉弟のどちらかの時間が戻り、彼らを道案内役として、「これまで」の話が語られていたような印象だ。

 物語の始まりは「幼稚園バスの運転手と幼稚園児が忽然と姿を消した」ことだけれど、この舞台の始まりはバーベキューと「落とし物」である。
 姉弟と、盛大輔演じる運転手の兄は、今では毎月22日に交番のすぐ横の公園でバーベキューをする仲になっている。
 そのバーベキューの準備をしているところに、板垣雄亮演じる「霊媒師」を名乗る男がやってくる。彼は、コンビニでちょっと離れた隙に車を盗まれてしまったのだという。
 かつ、彼は、5年前の「幼稚園バスの運転手と幼稚園児」の失踪事件に興味を持ってこの町に来たと言う。

 もう一組、そこへやってきたのが浜田信也と木下あかり演じる「兄妹には見えないよね」という兄妹で、妹の方がどうやら落とし物をしてしまったらしい。
 その届けを出しに来たのだ。
 兄の方は、何故かそこにいた人々に向かって「やっぱ無理。先に帰る」とだけ言い放って帰って行ってしまう。

 ここに集まった人々と、ここに来られなかった、大窪人衛演じるガルシア、兄妹の亡くなった父親の関係が、時間を行ったり来たりしつつ、「場」も次々に移り変わりつつ、明らかになって行く。
 「語る室」というのは、そういう舞台だ。
 そして、唯一「明かされる」べき事柄を持たない、第三者である霊媒師が、探偵役を務めることになる。
 舞台の最初に提示された謎、最初は提示されずに何回か同じシーンを違う視点から演じることで明かされる謎、謎に呼ばれた謎が最期にがっと収束し、伏線が鮮やかに回収される、その妙を味わう舞台だ。

 その謎の収束に、霊媒師やら「記憶のプール」やらタイムトラベルやらが絡んできて、うっかりすると陳腐になりかねない設定だと思うけれど、イキウメの世界だとまるで全く荒唐無稽なことではないかのように成立してしまう。どうしてなんだろうと思う。
 力業という感じでもなく、ごく自然に「それはないだろう!」とは思わせない雰囲気が2時間壊れずにそこにあり続けるというのは凄いことだと思う。
 もしかしすると、その雰囲気作りに「宙に浮かぶ白い枝」も貢献しているのかも知れない。

 失踪事件に関して姉に相談を受けた霊媒師は、辻占いをしていたときにガルシアと知り合い、彼の「22年後の世界から来た」ときの話を聞く。
 霊媒師は、自らが「記憶のプール」と呼ばれる場所にアクセスできるという性質もあって、ガルシアは22年後の世界から現代に、幼稚園バスの運転手と幼稚園児は今の世界からもっと前の時間軸に飛ばされたのだという結論に達する。
 どこまでも荒唐無稽で、ガルシアだって「こんなこと信じてもらえない」と言い張っているくらいだけれど、そこをクリアするのに板垣雄亮の渋い声が効いている。説得されてしまう声というのはあるものだ。

 観客にだけは「落とし物」をした兄妹の兄が、「昔の時間に飛ばされてしまった」幼稚園児であり、二人の父であり亡くなった男性が幼稚園バスの運転手であることが知らされる。
 そのことは、霊媒師にも明かされない。
 霊媒師の「盗まれた車」を盗んだのが失踪した幼稚園児の母で、彼女がヒッチハイクさせた青年が実は彼女の息子だったということも、舞台上にいる人々には気づかれない。

 ただ、「生きていくために」スリの技量を身につけたガルシアが、兄妹の妹の持っていた財布を盗んでおり、彼女の財布の中には、ガルシアの「幼い頃に行方不明になった」父親の運転免許証が入っている。
 その名前と写真を見て動揺するガルシアは、「タイムトラベルをしてきた」という経験と霊媒師の話を聞いている分、彼らの中で一番「真相」に近いところにいる。

 けれど、その真相に、この舞台では誰もたどり着かない。
 霊媒師も、自分が気づいた「二組のタイムトラベルが起きた」という事実を彼らに語らないことを選ぶ。ただ、「幽霊を見る」警官が見ている幽霊は、ガルシアのように「プールに飛び込んでしまった」人々であり、彼がガルシアの腕を掴んだことが、ガルシアが今の時間軸に止まることになってしまった原因であると気づいているので、だから警官に「幽霊を見ても、腕を掴んだりするな」とだけ告げる。

 ガルシアも、自分の父親の運転免許証の入った女物の財布を摺ったものの、その意味にたどり着くところまでは行っていない。
 しかし、霊媒師と再会してお互いの持っている情報を交換すれば、少なくとも彼ら二人は「真相」にたどり着けるはずだ。
 しかし、彼ら二人が、当事者である家族たちに告げるかどうかは判らない。

 この舞台は、そこで終わる。
 決して唐突という感じはしない。大団円でもないけれど、悪い感じはしない。カタルシツがカタルシスにも通じるのだとすると、この芝居ではそのカタルシスを味わうことはない。
 何て開かれた終わり方なんだという感想だけが頭に浮かぶ。
 同時に、タイムトラベルした幼稚園バスの運転手とその息子が、それぞれ「戸籍がない」ということに苦しんだということも、もしかしたらこの舞台のもう一つの柱だったんじゃないかという感想が浮かんだ。

 また、改めて振り返ってみると、舞台上の登場人物たちがやけに客席に話しかける舞台だったようにも思う。
 役の人物として客席に話しかける、その話しかけている声は「心の声」で、他の登場人物たちには聞こえていないというのは、一種の禁じ手というか、「お約束」ギリギリのやり方だと思う。
 それを敢えて多用したところが、「語る室」の「語る」の部分だったのかも知れない。
 いずれにしても、イキウメの面目躍如、カタルシツの面目躍如(ちらしに書かれているほど「霊媒師」は語っていなかったけれども)、前田知大の面目躍如のいい舞台だった。

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コメント

 アンソニー様、コメントありがとうございます。
 そして、千秋楽の様子を教えていただいてありがとうございます。

 イキウメの千秋楽は、あまり「特別感」がない感じなのですね。何となく「らしい」感じがしますね(笑)。
 私が見た回は通路に座っている方はいらっしゃらなかったので、やっぱり千秋楽を見たいという方が多かったんでしょうね。

 「語る室」の続き、もしあるのならばぜひ見てみたいですよね。

 またどうぞ遊びにいらしてくださいませ。

投稿: 姫林檎 | 2015.10.06 22:41

姫林檎様、こんばんは。
実は千秋楽と気づかずに行ってましたが
途中で後ろの方とかがそんな話をしていて
そうか!と気づきました(^^;

少し期待してカーテンコールを見てましたが
特別なことはなくカーテンコールは確か3回?出てきたような。
それが特別なのかは不明です。
すいません、曖昧で。。。
ご挨拶もありませんでした、残念。。。


補助席が椅子ではなくて5㎝くらいある座布団?みたいなやつで通路に
三角座りしてみてる方が結構いて驚きました。
年齢層も高く男性が多かったです。そんな男性ファンが座ってまでも見に来るんだと思うとなんだかこの劇団の力を見せつけられた気がしました。

姫林檎様の

”もしかして、この「語る室」には、まだ語られていない続きがあるのかも知れませんね。”

というのはなんだかはっとしました。
そうなのかもしれませんね、なんだかしっくりきました!

また遊びに来ますね~♪

投稿: アンソニー | 2015.10.06 18:48

 アンソニーさま、コメントありがとうございます。

 今日、ご覧になったということは、千秋楽をご覧になったのですね。
 イキウメの公演の千秋楽って行ったことがないのですが、普段と違ったりするのでしょうか。カーテンコールが長いとか、ごあいさつがあるとか。
 よろしければお教えくださいませ。

 兄のあの伝言の仕方は酷かったですよね(笑)。
 どこどこでどんな人から交番にいる人に伝言を頼まれたって前置きしてから言えば、多分、伝わったのに。
 もしかして、この「語る室」には、まだ語られていない続きがあるのかも知れませんね。

 またどうぞ遊びにいらしてくださいませ。

投稿: 姫林檎 | 2015.10.04 21:46

姫林檎様、こんばんは。今日観てきましたー。

カタルシツ初でした。
イキウメとの違いは確かに私にはわからずでしたが好きな空気感で楽しめました。

始まって明るくなったときに芝生のグリーンが
ぱっと目に飛び込んできてその暖かい雰囲気と枝が宙に浮いた大きな気の無機質的な存在の対比に
なんだかぐっと引きこまれていきました。

伏線は回収しつつも舞台上の人物には知らされないという展開は面白かったですね。おっしゃる通り、そんな馬鹿なということもなんだか普通に受け入れてしまってました。なんだか流石です笑


兄が言ったもう無理、先に帰る。はガルシアの伝言でしたね。でも誰への伝言か分かってなかったし伝えられた三人も誰宛なのかわかってなかったですね。

次もまた期待しときます♬


投稿: アンソニー | 2015.10.04 20:01

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