「消失」を見る
ナイロン100℃ 43rd SESSION「消失」
作・演出 ケラリーノ・サンドロヴィッチ
出演 大倉孝二/みのすけ/犬山イヌコ
三宅弘城/松永玲子/八嶋智人
観劇日 2015年12月26日(土曜日)午後6時開演
劇場 本多劇場 D列19番
料金 6900円
上演時間 3時間5分(15分の休憩あり)
ロビーではパンフレット(1800円)等が販売されていた。
ネタバレありの感想は以下に。
「ケラリーノ・サンドロヴィッチが描く、善人しか出てこない芝居」という情報だけを頭に入れて出かけた。
舞台上は、普通の住宅の1階で、クリスマスの飾り付けがされている。左手にキッチン、右奥にベッド、その手前に2階への階段があり、さらに手前にソファがある。
大倉孝二演じる47才のチャズと、みのすけ演じる42才のスタンリーという40代の兄弟二人がクリスマスの飾り付けをしている。
みのすけが、半ズボンに裸足、キルティングのコートにマフラーというアンバランスな格好なのが目立つ。チャズも「着替えろよ。寒いんだか暑いんだか判らないよ」とツッコミを入れていた。
スタンリーは、クリスマスに招待した犬山イヌコ演じるホワイト・スワンレイク嬢に恋をしているらしい。高校生か! と突っ込みたくなるノリで、兄が弟をけしかけ、からかっている。
弟が家族のアルバムを見つけてきて「どうして自分は写っていないのか」と聞いて来たのに対して兄が不自然なくらい激高したり、弟が「これまでもらったクリスマスプレゼントを並べよう」と提案したのをすげなく却下したり、その他ではいっそ気持ち悪いくらい甘い兄の態度が豹変するのが不気味である。
昼公演で見た「ツインズ」と勝手にシンクロさせて見てしまったのだけれど、「消失」という芝居の舞台も、戦争後だ。「灰が」といった台詞もあったし、爆撃で学校がなくなってしまったという話も出ている。
「格戦争後の地球」という言葉が浮かぶ。
水やガス、電気の供給が止まっているところも多そうだし、兄弟の家でも水が止まると近くの井戸まで水を汲みに行くようだ。
クリスマスパーティーでは、貝アレルギーを持つスワンレイクに、アサリを煮込んだソースを掛けたチキンを供し、彼女は卒倒してしまったらしい。
その翌日、三宅弘毅演じる何をしに来たのか判らないドーネンという男性(41才以下の設定らしい)が、チャズにまとわりついている。家を飛び出してしまったらしいスタンリーは戻って来て、そのスタンリーをドーネンはチャズの制止も聞かずにからかおうとし、そこにスワンレイクが「私を嵌めるなんて」と怒り心頭でやって来て、さらに、松永玲子演じるエミリアが「部屋を貸してください」とやってくる。
スタンリーに薬を飲ませたドーネンは、引き続き何かをしたいようなのだけれど、入れ替わり立ち替わりやってくる客と、その客たちがそれぞれ勝手な言い分を並べて場を混乱させて、全く思う通りには行っていないらしい。
そのドタバタの中で、チャズがスタンリーを猫かわいがりしてスワンレイクへのプレゼントであるセーターまで編んであげたことや、ドーネンの息子であるヤスジロウがどうやら「本物」ではないらしいこと、スタンリーも同様であるらしいことが判って来る。
私は気がつかなかったけれど、エミリアとスワンレイクの間にも何やら因縁がありそうな風情が醸し出されていたらしい。
これは、チャズの弟のスタンリーも、ドーネンの息子のヤスジロウも、どちらも本当は既に亡くなっていて、今いる二人は身替わりなんだろうなということがかなり早い内から示唆される。
このまま行かないでね、と思っていたけれど、本当にこのままストレートに突き進んだから驚いた。
ガスの火が点かなくなってやってきた、八嶋智人演じるセントラルサービスのサービスマンの動きも怪しすぎる。何かを疑ってフォルティー家にやってきたことは明らかだ。
さらに、スタンリーと以前付き合っていたというヴィヴィという女性の母親から「ヴィヴィはどこへ行ったのか」という電話がかかる。
スタンリーはスワンレイクからプロポーズされて、「兄ちゃんと一緒にいたいよ」と言うけれど、チャズはスタンリーを祝福する。
どんどん終末点に向かって事態が進んで行っていることが判る。
昔、スワンレイクが好きだった男の子はいじめられっ子で、でもある時からいじめられっ子の役回りが彼からスワンレイクに変わり、その彼の右目をスワンレイクが鉛筆で突いてしまったこと、その男の子はエミリアの夫であること、エミリアの夫は「第2の月」と呼ばれる宇宙に浮かんだ人口都市に行き、しかし戦争のせいで第2の月との行き来ができなくなってしまったこと、ガスの点検修理に来た筈の男はエミリアに探偵だと名乗ったことなど、どんどん伏線が回収され話がより絡まって行く。
ドーネンの動きのぎこちなさと物忘れがどんどん酷くなって行く。
チャズは、ドーネンに依頼するというよりは脅して、スタンリーからスワンレイクの記憶を消してしまう。
スタンリーの「チャズと兄弟仲良く暮らしている」という記憶は全て作り物だったらしい。
スワンレイクのことを全く覚えていないスタンリーのことを、チャズは「時々、こういうことがあるんだ」と説明するけれど、スワンレイクは納得しない。チャズのやってきたこと、スタンリーが気付いていたことを暴こうとし、逆にチャズに殺されかけてしまう。
ドーネンは、息子のヤスジロウに連絡を取ろうとするけれど、電話が通じない。
スタンリーは、自分が子供のころ、兄のチャズの故意なのか事故なのか、旅先で写真を撮ろうとして崖から落ちてしまったことを思い出し、語る。
それは、誰のことなのか、ここにいる「スタンリー」はロボットなのか、他の人間の記憶を操作したのか、とにかく、本物のスタンリーはすでに死んでいる。ヤスジロウも同じだ。
スタンリーを失うことを恐れたチャズが、これまでもスタンリーと恋仲になった女性たちを次々と殺して来たことが判る。ヴィヴィという女性はこの家のダクトに隠されている。
探偵は実は管理局の担当官で、チャズやドーネンのことを調べていたらしい。
ドーネンは逃げようとして担当官に射殺され、スタンリーも記憶を消しすぎたのか失敗したのかどんどん具合が悪くなって行く。スタンリーが全てを思い出したことを知ったチャズは「花火を見に行く」と言って2階に上がり、首を吊って死んでしまう。その様子を見ていたスワンレイクはスタンリーと逃げようとして、担当官に射殺されてしまう。
そこに残ったのは、スタンリーと担当官、エミリアという3人だけだ。
担当官が管理局に応援を依頼する電話をかけると、再び爆撃が始まり、その対応に追われる管理局からは「もうどうでもいい」と言われたらしい。
ここで死んでしまった人々は、一体どうして死なねばならなかったのか。
担当官は何のために仕事をしているのか、仕事を続けなければならないのか。
救いがないと言えばこれ以上救いのない終わりはない。
スタンリーが窓際に箱を積み上げ始め、その箱の前に死んでしまった3人が立ち、黒い影だけを残して去って行く。やはり、その影は、核を示しているように見える。
そして、幕だ。
全く論理的な説明はできないけれど、「ツインズ」と「消失」は似ていると思う。
そういえば、「消失」の登場人物は本当に全員が善人だったんだろうかという気がする。悪人ではないかも知れないし、悪意はないかも知れないけれど、善人ではないんじゃないかなぁと思う。
多分、今の時代に、近未来、(核)戦争後の世界を描くことが、どちらの舞台にとっても必要だったんだと思う。
どちらも実は「別荘や家の周りがどういう状況なのか」「どういう時代なのか」「そこで何が起こったのか」ということについて、ほとんど説明はしていない。断片的な判りやすい情報が提示されるだけで、明確な回答は示されない。とても開いた結末で、それはどちらの芝居にもふさわしいと思う。
スタンリーやヤスジロウはロボットだったのか、ドーネンさんの身体がどんどん利かなくなって行ったのは何故なのか、そういったことも語られることはない。
何度も言うけれど、この芝居に救いはない。
時系列に沿ってそこで何が起こったのかという点に絞ると、しかし、これほど判りやすく示されているナイロン100℃の芝居は他にないような気もする。
初演と同じ出演者だと聞いた。
息の合った劇団員と客演の八嶋智人のテンポがぴったりとはまって、笑ったりぞっとしたり固唾を飲んで見守ったり、忙しく、楽しく、いいお芝居だった。
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コメント
アンソニーさま、コメントありがとうございます。
全員が善人、でしたでしょうか???
うーん。やっぱり決して善人ではないような気がするんですよね。悪意はなかったような気がするんですが。
私は歯が水に混ざっていた辺りでは、まだ、それは登場人物たちの身体の変調のサインなんだと受け取っておりました。
我ながら、鈍い。鈍すぎる・・・。
私はエンタメ上等大団円のお芝居が好きなのですが、でも、「消失」も楽しんできました。
我ながら不思議な気もします。
またどうぞ遊びにいらしてくださいませ。
投稿: 姫林檎 | 2016.01.15 23:58
こんばんは、姫林檎様
コメント書き込んでいたつもりだったのに
出来てませんでした(^^;
昨年観てきました。
全員善人。。。ある意味そうなのかもしれません。
善意の出し方使い方の方向が違うだけなのかも。と
私は思いながら観劇しました。
歯が水に混ざってきたあたりから
あれ?と思い始めそのまま進んでいきましたね。
シリアスコメディというんですかね。
笑っていたのに笑えなくなってひたすら
ステージでの出来事を見つめてました。。。
いい芝居でしたね~さすがでした。
投稿: アンソニー | 2016.01.15 18:09