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2015.12.20

「熱海殺人事件」を見る

「熱海殺人事件」
作:つかこうへい
演出:いのうえひでのり
出演 風間杜夫/平田満/愛原実花/中尾明慶
観劇日 2015年12月19日(土曜日)午後5時開演
劇場 紀伊國屋ホール U列15番
料金 9000円
上演時間 2時間

 客席の年齢層が高く、かつ男性率がいつもより高いような気がした。
 ロビーではパンフレット等が販売されていた。

 ネタバレありの感想は以下に。

 熱海殺人事件である。
 木村伝兵衛部長刑事を風間杜夫が演じ、富山から来た新任の熊田刑事を平田満が演じる。
 さらに、水野朋子ではなく片桐ハナ子をつかこうへいの娘である愛原実花が演じるということで随分と上演前から話題になっていたと思う。
 私はどちらかというと、風間杜夫と平田満というコンビニ惹かれてチケットを取った。

 最後列の席で、そのせいか、随分と灰汁の薄い「熱海殺人事件」だったように思う。
 遠くから見たせいか、舞台セットの背の高さがやけに印象に残っている。舞台は、警察のどこか(取り調べが行われているけれど、普通に刑事たちがデスクで仕事をしている部屋のように見える)だ。普通の天井高の部屋の設定だろうに、ブラインドを高く配置し、天井も高くしてある。
 何かを象徴させようとしているんだろうなぁと思ったけれど、全く思いつかなかったのが残念だ。

 私が勝手に自分の記憶を改ざんしてしまっているのかも知れないけれど、私にとって「熱海殺人事件」は、もっとえぐい話だし、もっととことん犯人の大山金太郎が追い詰められる話だし、婦人警官が木村伝兵衛部長刑事の愛人だということがもっとあからさまな話なのだ。
 もっとも、私が見たつかこうへい演出の「熱海殺人事件」は、モンテカルロイリュージョンと売春捜査官という二つのバージョンなので、初期の熱海殺人事件を知らない。

 いのうえひでのりは、そもそもつかこうへいの芝居をやるために劇団を立ち上げたと聞いたことがあるように思う。
 新感線を始めた頃はつかこうへいの芝居を「コピー」して上演していたと思う。
 そのいのうえひでのりの演出だから、恐らくは、かなり初期の熱海殺人事件と近い演出なんだろうなと思ってみていた。

 風間杜夫は白いタキシードだし、平田満は「25歳です」と言い張っていたし、芝居の幕開けは大音量の「白鳥の湖」を鳴らしながらの木村伝兵衛部長刑事の電話のシーンだし、私が知っている「熱海殺人事件」のパーツがあちこちに嵌められている。
 最後列で見ていたせいか、ぐっと引きずりこまれる感じがなく、最初のうちは、かなり早口の台詞に付いて行けずに、ほとんど聞き取れないくらいだった。
 その代わり、その聞き取れない台詞の応酬がやけに耳に心地よかった。滑舌良く言葉もはっきり届く愛原実花の台詞が逆に邪魔に思えたくらいだった。

 最後の最後に生演奏だったことが判ったくらいで、上演中は音楽が舞台上で演奏されていることに全く気がつかなかった。
 そのことに気がついていなくても、この「熱海殺人事件」は、随分と音楽的な舞台だったと思う。台詞の数々は不条理だし無鉄砲だしとんでもない、決して心地よい言葉が選ばれている訳ではないのに、何故だか耳に聞こえて来るときは音楽のように心地よく感じられる。
 それは、大音量の白鳥の湖を始めとする音響とは違う種類の「音楽」だったと思う。

 物語は、熱海の海岸で幼なじみのアイ子を殺した犯人である、中尾明慶演じる大山金太郎を、木村伝兵衛部長刑事が自分好みの「一流の犯人」にすべく、あの手この手を使い倒し、ついには一流の犯人になった大山金太郎が警視庁から検察庁に護送される、というシーンで終わる。
 この辺りの木村伝兵衛部長刑事の主張だったり発言だったりは、かなりムチャクチャだ。
 ムチャクチャなのだけれど、何というか、やけに品良く見えてしまったのが何だか残念だ。
 そして、物語が薄味に思えたのは、熊田刑事に物語があまり感じられなかったことと、ハナ子に木村伝兵衛部長刑事の愛人であるという属性が薄かったこと、つまりは、警察側の3人にドラマがあまり仕込まれていなかったのが原因なのではないかと思う。

 その分、大山金太郎の存在感が大きいように感じた。
 中尾明慶の、登場シーンの派手さ、サングラスを外したときの「純朴な中学生」の風情、アイ子とのデートのときのダメダメさ、一流の犯人たる自信に満ちてフラッシュを浴びる様子と、変幻自在だ。
 舞台の最初から最後までほぼ出ずっぱりだったのも大山金太郎だし、熱海殺人事件は、犯人である大山金太郎の物語だったのかもと思ったくらいだ。

 熱海殺人事件の始まりを見た、という気がする。
 様々に仕掛けを施される前の「熱海殺人事件」だ。
 いのうえひでのりの演出は、当たり前だけれど、つかこうへい演出とは違っていた筈だ。それでも、「熱海殺人事件」の最初の姿を見た、初期の姿を見た、という風に思える。
 いのうえひでのり演出版の「熱海殺人事件」も、これからずっと演出を変え、バージョンを変え、役者を変え、物語の骨格を残しつつもそこに込める「問題意識」は時代に合わせて変わりながら、舞台として生き続けて行くといいのになぁと思った。

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