« 「あわれ彼女は娼婦」 のチケットを予約する | トップページ | 900000アクセス達成 »

2016.03.27

「焼肉ドラゴン」 を見る

「焼肉ドラゴン」
作・演出 鄭義信
出演 馬渕英俚可/中村ゆり/高橋努/櫻井章喜
    朴勝哲/山田貴之/大窪人衛/大沢健
    あめくみちこ/ナム・ミジョン/ハ・ソングァン
    ユウ・ヨンウク キム・ウヌ チョン・ヘソン
観劇日 2016年3月26日(土曜日)午後1時開演
劇場 新国立劇場小劇場 1階C5列18番
料金 5400円
上演時間 3時間10分(15分の休憩あり)

 ロビーではパンフレット等が販売されていたけれど、お値段などはチェックしそびれた。
 ロビーには開演30分前に入ることができ、客席には開演20分前から入ることができた。

 ネタバレありの感想は以下に。

 新国立劇場の公式Webサイト内、「焼肉ドラゴン」 のページはこちら。

 「焼肉ドラゴン」の初演時の評判は聞いていて、見てみたいと思っていた。再演でも見逃して、再再演の今回、やっと見ることができて嬉しい。
 初演時と再演時から、今回はかなり大幅にキャストを入れ替えたようだ。
 新国立劇場で上演される、鄭義信が在日コリアンを描いた3作品のトップに上演されたのが「焼肉ドラゴン」だ。

 舞台は、1970年前後の大阪である。
 大阪万博があり、そのために大阪空港が拡張工事を行っている。
 戦争で左腕を失った金龍吉が営む焼き肉屋は、店主の名前から「焼肉ドラゴン」と呼ばれていて、店は常連たちで結構な繁盛をしている。その界隈では済州島出身者が多く住んでいて、常連客達ももちろん済州島出身者が多いようだ。
 金龍吉と高英順夫婦はそれぞれ再婚で、長女と次女はお父さんの連れ子、三女はお母さんの連れ子、末っ子の時生は夫婦の子供で中学生だ。

 開演前から、舞台上では焼肉ドラゴンの常連客達がホルモンを焼いて食べ、お酒を飲んでいる。
 この演出のために開場時間が開演20分前だったんだろうと思う。

 舞台は、バラックのトタン屋根に登っている時生が「僕はこの街がキライだった」と叫ぶシーンから始まる。
 その言い方からして、この舞台は、時生が過去を振り返っているらしい。時生の思い出の中の「焼肉ドラゴン」なのかも知れない。
 時生を演じる大窪人衛が中学生に見えるから不思議である。
 そして、実は劇中ではほとんど彼はしゃべらず、しかし、トタン屋根の上に登っているシーン、特に幕開けとラストシーンでは彼は本当に叫んでいる。そういう場合でもそういうシーンでもないのに、ずっと喉が強いんだなぁという感想が頭に浮かんでいた。

 この街はキライだけれど、大阪空港から近いこの場所ではすぐ上空を飛行機が飛び、飛行機が通ると桜吹雪が舞う。散った桜の花びらがトタン屋根の上に舞い降りて、そのときだけは町をピンクに染める。
 その情景だけは綺麗だと言う。

 焼肉ドラゴンの一家では、次々と色々なことが起きる。
 お母さんが「これが私の宿命なのか」「落ち着いて暮らせる日が来るのはいつなのか」と毎日のように嘆いている。
 しかし、時生が言うように「少しずつ血が繋がっている家族」っぽいところはほとんどない。この芝居は哀しいことばかり、大変なことばかり起きているような印象で、でもとことん悲劇ではないのは、多分、この家族が「少しずつしか血が繋がっていない」とは思っていなくて、「少しずつ血が繋がっている」と思っているからではないかと思う。
 そこはこの芝居のテーマではないけれど、でも、そのことがこの芝居とこの一家の救いなんじゃないかと思う。

 幕開けは、一家の次女の梨花が李哲夫と婚姻届を出しに行き、焼肉ドラゴンで結婚パーティーを開こうとしていたところ、李哲夫が市役所の窓口で喧嘩して婚姻届を出せなかった、というシーンから始まる。
 この二人、結婚する前から喧嘩上等である。
 しかも、芝居が進むにつれて、元々は長女の静花と李哲夫が付き合っていたらしいこと、静花の足が不自由になった原因に李哲夫が関わっているらしいことが明かされて行く。

 一家も常連の人々も、日本語と韓国語とを話す割合やそれぞれの得意さが少しずつ違うらしい。ほとんど日本語を解せない者もいれば、韓国語の方が意思疎通がしやすいという者もいる。
 でも、彼らの間のコミュニケーションは上手く行っているように見える。三女の美花が通訳を買って出ることが多いようだ。
 どうでもいいようなことだけれど、静花と梨花、美花の「花」の字が揃っているのは何となく不自然だなと思う。

 それはともかくとして、夏頃には梨花と李哲夫の夫婦は、李哲夫が全く働こうとしないことも相まって何だか不穏な空気である。李哲夫を始め常連客達は、自分たちが同じところをぐるぐると回ってどこにも抜け出せないことを憂い、お酒に逃避しているようにも見える。
 梨花からすると、「生活のことも考えずに屁理屈ばかりで働こうとしない」と怒りは募るばかりだ。
 私はこの梨花に理があるよと思って見ていたけれど、舞台上では、本人もそう言っていたけれど、梨花の方が悪者っぽい印象になっているのが謎である。

 また、梨花は、李哲夫の気持ちがまだ姉にあるのではないかと疑い、働こうとしない李哲夫への憤りもあって、店の常連客の甥っ子と付き合い始めてしまう。
 静花は、店にたまたまやってきた来日したばかりの韓国の男性と付き合い始める。
 美花は、勤めているスナックの支配人と付き合っているらしい。
 時生は学校に行かなくなってしまっている。

 こうして書き出すと不穏極まりないのに、焼肉ドラゴンは歌と楽器に溢れていることもあって、毎日が賑やかで楽しそうだ。喧嘩ばかりしているし、罵りあう声もしょっちゅうしているし、言い争いも絶えないし、お母さんは毎日が嘆き節だけれど、あまりしゃべらないお父さんを要石に、やっぱりこの家族は安定しているように思う。
 そして、この「争いばかり」という印象を、韓国だからと思ってしまう私は、ステレオタイプな発想だし、差別意識も持っているということになるんだろうかと思う。

 スナックの支配人の妻が焼肉ドラゴンに現れたことから美花が不倫していたことが明らかになる。
 学校に行かなくなっていた時生は留年が決まり、それでも学校に行くように言ったお父さんから逃れるように屋根の上に上り、そして屋根から身を投げて死んでしまう。
 ここで初めて、最初に登場した時生が生身の人間として登場していた訳ではなかったのだなと判った。というよりも、時生が身を投げた後もしばらく私は、「この町がキライだった」と叫ぶ時生の姿を見て、未来から振り返っているのだから時生が死んだ筈がないとしばらく思っていたくらいだ。

 立ち退きの話が現れては消え、現れては消えしていたところ、ついに本格的に立ち退きを求められ始める。市役所の職員が言うには「ここは国有地」で、彼らは「国有地を不法占拠している」ことになるのだ。
 一方、お父さんは、自分はこの土地を「買ったのだ」と言っている。
 このお父さんの、あまり普段はしゃべらないけれど、いざというときには自分を通す感じが、演じたハ・ソングァンにとても合っていたと思う。
 もちろん、すぐ激すところが玉に瑕とはいえ、それもこれも家族を思う故であるお母さんの感じもナム・ミジョンが上手く演じていたと思う。

 その一方で、我慢強く意思の強い長女を演じた馬渕英俚可は、どうしてまたこういう役がこんなに似合うのだろうと思う。どちらかというと派手めな顔立ちなのに、不思議である。
 静花に李哲夫が北朝鮮に一緒に来て欲しいと望み、静花も応え、李哲夫と梨花は離婚する。
 静花と李哲夫は北朝鮮に行くことになり、梨花も再婚した夫が韓国に帰ると言うのに同行し、美花は妊娠しており、やっと妻と離婚したばかりの支配人と結婚する。
 市役所の職員が立ち退きを迫り、お父さんは「それならば、私の腕を返せ」「息子を返せ」と叫ぶ。
 お父さんが激したのはこのときが最初で最後だったと思う。

 ついに焼肉ドラゴンは取り壊され、姉妹はそれぞれの国に別れることになる。
 お父さんとお母さんも、焼肉ドラゴンを再開する宛てのないまま最後にリヤカーで店を離れる。
 娘達ががそれぞれ別の行き先に向かって歩き出す中、時生が再びトタン屋根の上に上り、この町がキライだったと叫び、でもやっぱりこの町も家族も大好きだったと叫ぶ。
 その大好きだった町から大好きだった人々が去って行くのを屋根の上で大きく手を振りながら見送る時生の周りには、桜吹雪が舞い散っている。
 そこで、幕である。

 カーテンコールでも、彼らが役のままで登場し、家族として去って行く情景がとても素敵だった。

 一家のこれからは多分幸せなものではない。これまでもこれからも苦しいことばかりなんだろうと思う。
 でも、何故だか暗くない終わり方だと思える、不思議な舞台だ。
 今の時期に再演され、見ることができて良かったと思う。

|

« 「あわれ彼女は娼婦」 のチケットを予約する | トップページ | 900000アクセス達成 »

*芝居」カテゴリの記事

*感想」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 「焼肉ドラゴン」 を見る:

« 「あわれ彼女は娼婦」 のチケットを予約する | トップページ | 900000アクセス達成 »