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2016.04.09

「イニシュマン島のビリー」を見る

「イニシュマン島のビリー」
作 マーティン・マクドナー
翻訳 目黒条
演出 森新太郎
出演 古川雄輝/鈴木杏/柄本時生
    山西惇/峯村リエ/平田敦子
    小林正寛/藤木孝/江波杏子
観劇日 2016年4月9日(土曜日)午後1時開演
劇場 世田谷パブリックシアター 1階I列25番
料金8500円
上演時間 2時間50分(15分の休憩あり)

 ロビーではパンフレットを始めグッズが色々と販売されていたけれど、何となくチェックしそびれてしまった。

 ネタバレありの感想は以下に。

 もの凄く乱暴な感想だけれど、嘘ばっかりの舞台だったなぁと思う。
 嘘ばっかりというか、嘘つきばっかりと言えばいいのか、虚実ない交ぜで、それも現実的な虚実ないまぜである。ファンタジーと現実が入り組んでいるのではなく、現実に普通の人がついている嘘があちこちに散りばめられていて、「それって嘘だったのか!」「そんな嘘をついたのか!」ということがいくつもあった。

 古川雄輝演じるビリーは、手足が不自由で、島の人々は彼を「びっこのビリー」と呼んでいる。
 ビリーの両親はすでに亡く、よく判らないけれど、平田敦子と峯村リエ演じる「偽物のおばさん」二人と3人で暮らしているようだ。
 このおばさん達はいつもビリーのことを心配している。

 このおばさん二人の会話で幕を開けた舞台は、相手の言葉を繰り返し繰り返ししながら進む会話が不穏な空気を醸し出している。
 ケイトおばさんを見ながら、声を聞きながら、「この女優さん、絶対知っているけど誰だっけ?」とずっと考えていて、でも最後まで誰だか判らなかった。灰白髪だったことに加えて、私の持っている峯村リエのイメージよりもだいぶ痩せているように見えたからだと思う。平田敦子と並んでいたからそういう風に見えたのかも知れない。
 この二人の掛け合いで始まる舞台だから、面白くない筈がない。

 とはいうものの、ストーリーとしては地味だと思う。
 ビリーが暮らすイニシュマン島の隣の島に、ハリウッド映画の撮影隊がやってくることになった。鈴木杏演じるビリーと同い年の幼なじみヘレンと柄本時生演じるその弟のバートリーは、小林正寛演じるバビー・ボビーのボートで撮影現場に連れて行ってもらうと言う。
 どうしても島を抜け出したかったビリーは、バビー・ボビーに藤木孝演じる医師からの「結核で余命3ヶ月」という手紙を見せ、ボートに乗せてもらう約束をする。

 その様子を見ていた山西惇演じる島のゴシップ屋を持って任じるジョニーパティーンマイクは、手紙の中味を知りたがるが、バビー・ボビーに撃退される。
 さらにジョニーパティーンマイクは、江波杏子演じる母親の様子がおかしいと医師の往診を依頼し、そこでビリーの病状を聞き出そうとするが、医師は、「医者には守秘義務があることを知っているか」と言い、「生まれつきのもの以外、ビリーに悪いところなどない」と断言する。

 確か、ここで15分の休憩が入ったと思う。
 この舞台では回り舞台で場面転換をしていて、アイリーンとケイトの店で一場面、ジョニーパティーンマイクの母親の寝室で一場面、そしてその間に海岸にあるボートの一場面が作られている。
 回り舞台の円を120度ずつ3分割するのではなく、縦に3分割しているところがちょっと変わっている。海の場面では舞台の向こうまで素通しで奥行きがあり、店と寝室の場面ではかなり奥行きが狭くなっている。ちょっと変わった回り舞台の使い方だ。
 そして、休憩後、ジョニーパティーンマイクの母親の寝室は、ビリーのハリウッドでの下宿に作りかえられていた。

 そして、数日後、バビー・ボビーはヘレン達姉弟だけを島に連れ帰る。ビリーは、映画監督に気に入られたのか「スクリーンテスト」を受けるためにアメリカに行った、数ヶ月は帰って来ないとバビー・ボビーはアイリーン達に告げる。
 病院の診察からなかなか帰って来ないだけで心配し抜くおばさん達が心配しない筈がない。
 ハリウッドに行ったビリーは、下宿先でぜいぜい胸を痛めながら、イニシュマン島での暮らしを懐かしみ、(多分)ヘレンに手紙を書こうとしている。相当に具合は悪いようだ。
 このシーンでは、高音の苦しそうな喘鳴と低い声で明瞭に語られる故郷への思いとが交互に繰り返され、印象的だった。どうしてこんなにキッパリと切り替えられるのだろう。

 数ヶ月後、イニシュマン島で件の映画が上映された日、ビリーが島に戻ってくる。
 スクリーンテストは受けたものの、彼ではない別の青年が選ばれたという。そして、島に戻りたくなったのだと言う。
 どうしてもイニシュマン島を抜け出したかったビリーは、「結核」だと嘘を付き、結核で妻を亡くしたバビー・ボビーにつけ込んで島を脱出したのだと告白し、激高したバビー・ボビーはビリーを散々に痛めつける。

 殴る蹴るはともかくとして、これはビリーのついた嘘の方が酷すぎるだろうと思った。どうなんだろう。
 そして、ビリーが積極的についた嘘は嘘として、ビリーの下宿での「島を懐かしむモノローグ」は実は台詞の練習だったというオチもこの辺りであっさりと暴露される。
 元々が口も悪ければ態度も「女王様」なヘレンが好き放題しているのと同じように、穏やかそうに見せて本を読むか牛を眺めるかしかしていなさそうだったビリーだって大嘘をつく。そして、そのこと自体を反省していない。当たりが柔らかいだけで、ビリーとヘレンの根っこのところは一緒じゃないかと思う。

 こういうやりたい放題で口も悪い乱暴者というキャラが鈴木杏は本当にハマると思う。やはり声が通って口跡がいいというのはどんな役を演じるときでも最大の武器だと思う。
 さらに、ビリーの両親はビリーから逃れたくて自殺したんだと罵り、弟が少しでも気に入らないことを言うと殴りつけ、本当に酷いことばかり言ったりやったりしているにもかかわらず、「顔が可愛い」だけではなく、他に年頃の女の子がいないのではという疑問もあるけれど、ビリーがヘレンに惹かれることに違和感を感じさせない。
 もの凄い「魅力」の表現だと思う。

 怪我を治療してもらったビリーは、そこで医師から、結核にかかっているんじゃないかと言われ、精密検査を受けにくるようにと言われる。
 自分がついた嘘が自分に返ってきたようなものだ。
 そこに丁度居合わせたジョニーパティーンマイクにも同じように言われる。
 そして、ビリーはジョニーパティーンマイクに自分の両親の死の真相を尋ね、ジョニーパティーンマイクは、100本との投薬治療を受けなければ死んでしまうと言われたビリーのために、両親が自殺して保険金を得ようとしたのだと話す。
 ビリーは、「自分のために両親が死んだ」ことよりも、「両親が自分を愛してくれていた」ことの方を重視したらしい。

 ビリーは、やってきたヘレンに告白するけれど(この辺りは、練習した台詞とシチュエーションが被っているらしい)、あっさりと振られる。

 アイリーンとケイトは、ビリーが寝入った後、ジョニーパティーンマイクの話した「ビリーの両親の死の真相」について話している。
 ジョニーパティーンマイクがした話は大嘘で、ビリーが投薬治療を受けなければ死んでしまうと聞いた両親はビリーに石を詰め込んだ袋を結びつけ海に落としたのだという。そのビリーを泳いで助けたのがジョニーパティーンマイクで、さらに母親の元から盗んで100ポンドを用立てたのもジョニーパティーンマイクだという。
 ここで突然ジョニーパティーンマイクの株が急上昇である。
 アイリーンとケイトは「真相はいつでも話せる」「ビリーは死ぬまでここにいる」と言い合うけれど、実はビリーの時間はもうそう長くはない。

 おばさん達の会話を聞いていたらしいビリーは、自分に結びつけられていたという麻袋に、店の商品である豆の缶詰を放り込み始める。
 しかし、そうしているところにドアがどんどんと叩かれ、開けてみるとそれはヘレンで、夜の散歩の約束をし、キスをして彼女は帰って行く。
 もちろん、ビリーは袋に詰めた缶詰を棚に戻し始め、客席からは笑いが漏れた。
 これってどうなんだろう? と思う。

 しかし、その直後、ビリーは激しく咳き込み始め、血を吐いてしまう。
 そのままビリーがランプの明かりを落とし、照明も落とされて幕である。

 繰り返しというのは笑いを誘う。
 登場する人物は嘘付きばっかりだ。気持ちのいいと言えるような登場人物は一人もいない。
 爆笑するようなシーンもないし、もの凄く嫌な気持ちになるようなシーンもない。
 展開も地味といえば地味だ。
 なのに、何故か惹きつけられる。舞台から目を離すことができないし、ビリーたちから意識を離すこともできない。
 不思議な舞台だった。
 

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コメント

 みき様、コメントありがとうございます。

 「今まで観たマクドナーの芝居の中では」とお書きになっているのを読んで、「私は初めてです」と思いつつ、念のため自分のブログを検索してみたら、私がマクドナー作品を観たのは「イニシュマン島のビリー」で3作品目でした(笑)。
 お恥ずかしい限り。
 観たことさえ忘れていたので、どんなお芝居だったか、自分で書いた感想を読んでも記憶がおぼろです。

 バビー・ボビーが手紙を届けるシーンは、お察しのとおり、ハプニングだったと思います。
 私が観た回では、手紙は1回で渡されていました(笑)。
 きっと小林正寛さんは素で焦っていらして、峯村リエさんと平田敦子さんはアドリブで助け船を出していらしたのでしょう。
 そのシーン、私も観たかったな。

 またどうぞ遊びにいらしてくださいませ。

投稿: 姫林檎 | 2016.04.12 23:02

こんにちは。本当に不思議な雰囲気のある舞台でしたね。今まで観たマクドナーの芝居の中では一番良かったです。
2幕が始まって、前方の席の人たちがビニールを持っていたので、おっとこれは水が飛んで来るのかと思ったら、なんと生卵でしたね。時生くんは唯一無二の存在感でした。
バビー・ボビーがビリーからの手紙をおばさん達に届ける場面で、バビー・ボビーが内ポケットを探ると手紙がなく、しどろもどろで「明日持ってくる」と言い、おばさんたちがすがるような目で「今見たい、今持ってきて」と懇願し、一度店の外に出てからすぐに戻って来て手紙を渡しましたが、これはポケットに手紙を仕込むのを忘れたハプニングだったのでしょうか。リピーターと思しき客席の人たちは大笑いしていました。

投稿: みき | 2016.04.12 08:36

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