「遊侠 沓掛時次郎」を見る
シス・カンパニー公演 日本文学シアターVol.3[長谷川伸] 「遊侠 沓掛時次郎」
作 北村想
演出・出演 寺十吾
出演 段田安則/鈴木浩介/渡部秀/西尾まり
萩原みのり/戸田恵子/金内喜久夫
観劇日 2016年9月10日(土曜日)午後1時開演
劇場 新国立劇場小劇場 C3列17番
上演時間 1時間35分
料金 7500円
ロビーではパンフレット(500円)が販売されていた。
また、出演予定だった浅野和之は体調不良で出演を取りやめ(復帰時期は未定だそうだ)、浅野和之が演じていた役は演出の寺十吾が演じるというお知らせの紙がちらしと一緒に手渡された。
残念だ。
一日も早い回復と復帰を願う。
ネタバレありの感想は以下に。
舞台上に、いかにも「旅芝居の一座」といった感じの舞台小屋がしつらえられている。
舞台と、楽屋になっているのだろう一角だ。
その「芝居小屋の中」のセットは後ろに引き、まずは高校生くらいの少女が電柱の灯りの下で本を読み、任侠者のまねごとをしているところから始まる。
どうやら家出少女のようだけれど、彼女の素性は謎だ。
そして、その芝居小屋はスポットを浴び、股旅ものの芝居が演じられる。
この劇中劇で演じられるのが、長谷川伸作「沓掛時次郎」という芝居という構造になっているようだ。
もちろん、劇中劇であると同時に、この一座の中の人間関係をも示しているという二重構造になっているのはもちろんだ。
金内喜久夫演じる座長に、戸田恵子演じるその妻つた子、段田安則演じる一座の花形段三、寺十吾演じる客演で来ているベテランの広岡に、中堅の座員である鈴木浩介演じる平治に西尾まり演じるきぬ子、渡辺秀演じる新米らしい長吉がこの一座のメンバーだ。
そこへ、先ほどの萩原みのり演じる家出少女洋子が「一晩泊めてください」とやってくる。
熱を出して倒れてしまったため、洋子はなし崩しに一座に泊まり、翌朝病院に連れて行ってもらったお金を返さなくちゃならないと「ここで働かせてください」と言う。
段三が洋子に心を開いたように見えたのか、段三に思いを寄せるきぬ子は洋子に早く家に帰れと告げるし、段三も同じ意見のようだ。
少し前に売春で逮捕された一座の若手女優に売春をさせたのは広岡ではないかと皆が疑っており、その疑いに違わず彼は洋子に「バイトを紹介しよう」「職業に貴賎はない」などと言い始める。
平治とつた子はいい仲になっているようであり、長吉はそんな周りをそれとなく観察しているのか関心がないのか、よく判らない。そしてもちろん座長はそうした一座内の状況に全く気がついていないようだ。
突然現れた洋子に、座員達のガードは甘くなっているし、洋子は洋子で無邪気なのか今でいう「空気を読まない」タイプなのか、「段三さんって人殺しなんですか」みたいな直球の質問を座長の妻に投げたりする。
一座内に波紋を呼ばない訳がない。
一方で、何でも見てやろう吸収してやろうという姿勢の顕著な洋子に対して、座員たちはそれぞれに芝居のことだったり、読む本だったり、自分の身の上話だったりを親身にしてやったりもする。
広岡は、もはや完全に「洋子を利用してやろう」というノリになっているし、一座にも洋子にも波乱の今後が待っていることがこれでもかと知らされる。
段三の気持ちが自分には向かないことを知ったきぬ子は、一座が芝居を打っていた神社の禰宜の息子と結婚するので退団すると言い出し、一座は、きぬ子が出演する最後の舞台である、長谷川伸の書いたひたすら暗いという舞台を上演する。
洋子も、ここでの公演が終わったら家に戻ると言い、広岡が家まで送って行こうと名乗りを上げる。「必ず真っ直ぐ帰るんだぞ」と洋子に言い聞かせる段三は不安で一杯のようだ。
何度もタイトルが連呼されていたのに全く覚えていないのが、いつものことながら情けない。
それは、一つには、その「暗い」芝居は劇中劇として上演されなかったからではないかと思う。
時代設定は判らないけれど、昭和な舞台である。
「文学」と銘打っているし、お堅い芝居なのかと思って覚悟して行ったけれど、笑いもまぶされ、意外と親しい感じの筋書きである。
女の子の成長物語ではないけれど、何というか、どことなくNHKの朝の連続テレビ小説のような趣すらある。
多分、朝の連続テレビ小説が頭に浮かんだのは、この舞台でも「その3年後」というシーンがあったからだと思う。
その3年後、役者を止めたらしい段三が、洋子が突然現れた公演を打っていた街に再びやってくる。
舞台で遊侠を演じていた段三は、今や本物の遊侠となったらしい。
心の中で「だから今は一体いつなんだ!」と舞台上に向けて突っ込みを入れたけれど、私の気がついた範囲では、時代を特定するような情報は舞台上で特に示されていなかったと思う。
旅館に泊まった段三は、番頭が語る「女の身の上話」に興味を持ったのか、その女性を呼ぶように言う。
身の上話はそのまま、この場所で最後に上演した芝居の筋書きだったからだ。
それなのに、神社に3年前に嫁に来た女性が離婚したと聞いても何の興味も示さないのが切ない。きぬ子に同情を示せとは言わないけれど、今はどうしているんだろうと思うくらいしたって罰は当たらないじゃないかと思う。こういう「結婚はしない」「惚れた女を守れずに人を殺してしまった」男というのは、本当に厄介である。
何故か全力できぬ子に同情してしまった。
そうして現れたのはもちろん引き算で洋子である。
段三がなかなか女の顔を見ようとしなかったのは、洋子だろうと想像していたからだろう。広岡がきちんと洋子を家に送って行くとは思っていなかったからだろう。
きぬ子への仕打ちも酷いけれど、そこまで洋子のことを気にするなら、そして広岡のことを信じていないなら、自分が送って行けば良かったじゃないか、洋子は洋子で切ないなぁと思ってしまった。
考えてみれば、きぬ子も洋子も自分の意思で自分の行動を決めている訳で同情するいわれはないけれど、でも何だかやっぱり切ない気がしてしまう。
同時に、一座は今どうしているんだろうとも思う。
そこのところは全く語られない。きぬ子と段三が相次いで辞めているのだから、相当に困った筈である。あるいや一座が解散したから段三も辞めたのかも知れない。その辺は、芝居でも見せないし、本人にも語らせない。
段三と洋子の関係を際立たせようとすればそうなるしかないけれど、段三の一座への無関心の表れのような気もして、やっぱり切ない気がするのだ。
その段三も洋子には執着なのか親切心なのか、最早何かは判らないけれどとにかく洋子のことは気にかけてる以上のことをしていて、1000万円近い金額の入ったカバンを渡し、広岡とそのお金で手を切って今度こそ家に帰れ、話が付かなかったら自分が出て行ってやるとまで言う。
そこに段三に「広岡を殺してくれ」と一宿一飯の恩義のある相手から話が来るのだから、もう、芝居の中の芝居と現実がほとんど溶け合っているように思えてくる。
最後は段三が死んで終わるのかと思っていたら、芝居の中の遊侠と同じように腕が立ったようで、広岡の足を撃ち抜き、「一発勝負」の言葉に反して新たにシリンダーを拾い上げた広岡も、洋子が段三を庇うのを見てきびすを返す。
「今度は自分が送る」と洋子に言った段三を洋子が支え、二人は舞台奥に向けて去って行く。
そして、幕である。
役者さんが一列に並んで最後の挨拶があったけれど、段田安則の口上が「ここまで20公演ほどやってきていますが、今日のお客さんが一番いいお客さんです」といかにもドーランを塗ったと判る顔で言ってくれるものだから、ここまでがお芝居で台詞も決まっているんじゃないかという感じがした。
小難しいお芝居なんじゃないかとちょっと腰が引けていたのだけれどとんでもない。楽しいお芝居だった。
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コメント
アンソニー様、コメントありがとうございます。
アンソニーさんにも時代設定がはっきりしなかったとお読みして、何だか嬉しくなっている私です(笑)。
そうですよね〜。いつのお話なのか分からなかったですよね〜。
ただ、相変わらずヌケている私は、そんなに特徴的なBGMがあったかしら??? と考え込んでしまいました。
そして、この公演期間中に浅野さんが復帰されたらもう一回行っちゃうかもと思ったりしております。
またどうぞ遊びにいらしてくださいませ。
投稿: 姫林檎 | 2016.09.12 23:12
団地おばさん様、初めまして&コメントありがとうございます。
そして、きぬ子さんが段三に抱きついた劇中劇のシーンについて教えていただいてありがとうございます。
そして、すみません、実は私は「瞼の母の名せりふ」がどんな台詞だったか、全く分かっていないみたいです・・・。
えーっと、そもそも劇中劇にはなっていなかった、ですよ、ね???(そこから自信がなかったりします。)
これに懲りず、呆れず(こちらは無理かも知れませんが)、またどうぞ遊びにいらしてくださいませ。
投稿: 姫林檎 | 2016.09.12 23:07
こちらからも今晩は。
もうほんとに浅野さんのことが残念すぎて
私も浅野さんだったらどう演じたかなーばかり
考えてました。
それから時代設定もいつなんだろうとはっきりしないまま幕となりました。私の場合はBGMに使われた曲のせいもあるかもしれません。
投稿: アンソニー | 2016.09.12 00:53
きぬ子さんが抱きついたのは沓掛の時次郎です。
暗闇の丑松オリジナル(歌舞伎で今も上演されます)では女は自殺、悪い男を殺して主人公は逃げていく、で終わります。
今作ではそこに瞼の母の名せりふを入れて家出少女という伏線を回収したところが見事と感じました。
私も浅野版が見たいなあ。
投稿: 団地おばさん | 2016.09.12 00:33
みき様、コメントありがとうございます。
おぉ!「暗闇の丑松」だったんですね。
なるほど、教えていただいて「そうだった!」と思い出せました(笑)。
きぬ子が段さんに抱きついて幕になったお芝居は、「沓掛時次郎」の一部だったんじゃないかと思って見ていたのですが、どうでしょう。
寺十吾さんのクセのある感じは広岡という役に合っていたと思いますが、浅野さんだったらどういう風に演じたのだろうとやっぱり考えてしまいますね。
本当に、一日も早い回復と舞台復帰をお祈りしたいと思います。
投稿: 姫林檎 | 2016.09.11 13:53
暗い芝居は、たしか「暗闇の丑松」だったような?そして劇中で上演していたような・・・いまわの際のきぬ子が役に反して、思わず段三に抱きついて幕になった、あの芝居じゃなかったでしょうか。
あれ?自信がなくなって来た・・・
最後の緊迫した段三と広岡のシーンはやっぱり浅野さんで見たかったなと思いました。「コペンハーゲン」のお二人ですものね。一日も早い回復をお祈りします。
投稿: みき | 2016.09.10 22:07