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2017.01.21

「ザ・空気」を見る

二兎社公演41「ザ・空気」
作・演出 永井愛
出演 田中哲司/若村麻由美/江口のりこ/大窪人衛/木場勝己
観劇日 2017年1月21日(土曜日)午後2時開演
劇場 東京芸術劇場 シアターイースト
上演時間 1時間50分
料金 5600円
 
 やっぱり、見て良かった。
 ロビーではパンフレット(800円)が販売され、終演後に永井愛さんがサインをしてくださっていた。

 ネタバレありの感想は以下に。

 二兎社の公式Webサイト内、「ザ・空気」 のページはこちら。

 最初にタイトルを見たときには学校の話かと思った。
 何となく「空気を読め」みたいな言い方は、学校ので良くあることのように思ったからだ。「空気を読め」という言い方には、異質なものを排除する響きがあるし、それは学校でのいじめと繋がるようにも思う。
 しかし、この芝居の舞台はテレビ局だった。
 そして、「世間の空気」というような曖昧なものではなく、そうと見せかけて実際に描かれていたのは、時の政権によるメディア・コントロールだ。

 お話はずっと重苦しい。
 雰囲気が重いだけではなく、本当にこちらの気持ちも重く、呼吸も苦しくなったように感じたくらいだ。
 ニュース番組で「報道の自由」を取り上げようと編集長とディレクター、キャスターとが協力して特集を作り上げる。しかし、いざ、政権によるメディア規制や、それを先取りしてしまっているメディア側の自主規制についての特集が出来あがってみれば、ありとあらゆるところから放映させまいというプレッシャーがかかるという内容だ。
 そのプレッシャーが、THE の付く空気だ。

 そうなると、安倍総理大臣の顔が浮かび、高市総務大臣の顔が浮かび、テレビ朝日を想起される。もちろん、直接的に言及されることはないけれども、どうしたって思い起こさずにはいられない。
 それだけ、演劇界にとっても、報道の自由、引いては表現の自由が規制され、規制されていることを契機とした自主規制が蔓延していることへの危機感は強いということだと思う。

 ヒトラーの時代の教訓に学び、時の政権と電波の使用とを切り離しているドイツという国と、総務大臣が対立する意見がある場合にその一方だけを報道した場合には電波停止に値すると平気で言ってしまうような日本とを比較し、報道の自由や表現の自由について、それをまず第一に守るべきメディアの姿勢について特集し、放送しようとしただけだ。
 たったそれだけのことの筈なのに、「政治的中立がテレビには必要だ」と持論を語るアンカーマンや、政権批判の放送内容について常に抗議し続ける「団体」、小学生を装って特集内容を否定する電話をかけてくる謎の人物、圧力があったのかなかったのか、特集を全く骨抜きにしてしまおうというテレビ局上層部、エライ人の指示には疑問なく従おうとしてしまう若い編集担当者が、退去して意図せずに「空気」を作り上げて行く。
 本当に息苦しい。

 そんな中で、若干日和見な編集長を辛うじて立たせ、戦わせるのは、必要とあらば政権批判も躊躇なく行うアンカーマンだった自殺した友人と、彼が編集長を務める番組でキャスターを務めるいわば「戦友」の女性である。
 彼女の言葉や姿勢が、ともすれば弱気になり、友人が自殺した部屋をたびたび訪れては彼と話しかけて心のバランスを保とうとする編集長を辛うじて立ち止まらせる。

 それでも、女性キャスターの私生活を悉く撮影した写真が番組スタッフに届いたり、会長を始めとするテレビ局幹部が集まった席に出向いて特集内容の改変に抗議しようとして結局はその改変に応じてしまった編集長は、9階から飛び降りてしまう。
 何度でも言うけれども、本当に空気は重く、息苦しい。
 でも、普段の生活では実はあまり感じていなかったこの重苦しさと息苦しさは、実は、今の日本という国で、政府によって醸成されている空気なのであり、本来は常に感じ、疑問を持ち、戦うまで行かずとも唯々諾々とすべきではない空気なんだと思う。
 少なくとも、それが、永井愛の問題意識なのだと強烈に伝わって来た。

 編集長の自殺で幕を閉じるなんて、余りにも救いがなさすぎる。
 そう思ったら、舞台の最後は、彼が9階から飛び降りてから2年後だった。彼はステッキは使っているけれど歩けるまでに回復したらしい。
 当時、迷惑をかけた舞台スタッフに謝りたいと、事故後に初めて連絡を取り、テレビ局にやってきたようだ。
 当時のメンバーは、辛うじて彼に「会いに」は来てくれたけれど、みな一言二言語っただけで去って行ってしまう。

 若い編集担当者はテレビ局に残っているけれど、しかし、政権批判を行うメディアを攻撃する「会」に加入したらしい。
 ディレクターだった女性は、事件のすぐ後で辞め、今はバイク便のアルバイトをしていると言う。
 二人は一様に、「2年の間に、テレビ局の空気は全く変わってしまった」と言う。辛うじてジャーナリストたる自覚のあった女性はテレビ局にいられず、何も考えずに上から言われるままだった若者はテレビ局で今も働いている

 アンカーマンだった男性は、「中立」ですら打ち捨てて、今や政府の御用キャスターと化しており、彼の「同士」であった筈の女性キャスターはテレビ局の役員になっている。
 そして、彼女の口から、この2年の間に憲法が改正され、政府はいつでも好きな時に非常事態宣言を出せるようになり、特定機密法が報道する側を具体的にも縛り、自主規制の網も更に掛けていることが語られる。
 それはつまり、彼女の「変心」の言い訳でもある。

 そうした「空気」の中で、彼は調査報道をしようと思うと語る。記者クラブにも入れず、政府が発表するニュースに触れようもない、その立場から、独自の取材で事実を報道して行きたいのだと語る。
 それは、多分、自殺した友人に対する、自殺しようとして果たせなかった彼の追悼なのだ。
 最初は「あなたといるだけで私も危険だ」と立ち去ろうとした彼女は、でも戻ってくる。
 そして、ヘリの音が響く中、二人はその音が聞こえる方向に目を向ける。

 その、二人の見上げる表情が、余りにも対照的だった。
 彼は半ば呆然としているようにも見え、彼女はなぜかいっそ清々しい誇らしげとも言えそうな表情をしていて、それが何だかぞっとする感じだった。
 彼に寄り添って座った彼女は、決して彼を許した訳ではないし、彼のやろうとしていることに賛同した訳ではない。ただ気まぐれにそこに座っただけのようにすら見える。

 このままでは、日本という国は、憲法を改正し、報道の自由を規制し、民主主義国家とは言えないような国になっていってしまう。
 それが、この芝居の、劇作家である永井愛の認識であり、問題意識であり、そしてきっと正しく予見された未来図なんだと思う。

 みんな、この芝居を見ようよ! そして、考えようよ!
 そう思った。

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コメント

 アンソニーさま、コメントありがとうございます。

 「ザ・空気」ご覧になれなかったのですね。
 残念です。
 スッキリするという感じではありませんが、色々と考えさせられるお芝居だったと思います。

 私的には永井愛さんの書くお芝居は鉄板なので、アンソニーさんにも是非ご覧になっていただきたいです!

投稿: 姫林檎 | 2017.02.14 22:54

姫林檎様、こんばんは。

最初と最後だけ読んで当日券で行こうと思ったのですがなんとその日は2枚です。と言われ結局予定があわず見れませんでした。

姫林檎様の感想で楽しませてもらいましたが見たかったです(;_;)

投稿: アンソニー | 2017.02.13 23:38

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