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「エレクトラ」
原作 アイスキュロス・ソポクレス・エウリピデス“ギリシア悲劇”より
上演台本 笹部博司
演出 鵜山仁
出演 高畑充希/村上虹郎/中嶋朋子/横田栄司
仁村紗和/麿赤兒/白石加代子
観劇日 2017年4月22日(土曜日)午後2時開演
劇場 世田谷パブリックシアター
上演時間 3時間5分(15分の休憩あり)
料金 8500円
ロビーではパンフレットやTシャツ、チョコクランチなどが販売されていた。
ネタバレありの感想は以下に。
ネタバレありも何もあったもんじゃない、何しろギリシア悲劇なのだからと思ったけれど、どうもアガメムノンの娘であるエレクトラの物語は一つではないらしい。
そして、描き手によって、物語は結構異なっているらしい。
だから、この芝居の原作の書き手として3人の名前が挙がっていて、それぞれのエレクトラに関する物語から再構成し、今回の公演の「エレクトラ」が作り上げられたんだろうと思う。
舞台向かって左手に、打楽器(木琴のような楽器などなど)があり、二人の演奏者が演奏している。私からは見えなかったけれど、ドラムセットなども置かれていて、この舞台の音楽は全て生演奏だったようだ。
緊迫感のある音楽と音で、芝居の雰囲気とよく合っていたと思う。「合っていた」というよりは、完全に舞台を構成する一部として舞台上に存在しているように見えた。
麿赤兒演じるアガメムノンが、白石加代子演じる妻のクリュタイメストラに殺されるシーンから始まる。
クリュタイメストラにとっては、トロイアに戦争に行くために自分達の娘を生け贄にした夫アガメムノンは許すことの出来ない存在だ。
一方で、高畑充希演じるエレクトラは、そんな母親が許せず、いつか父を殺した母親に復讐してやろうと思い込み、自分が逃がした弟のオレステスが帰還する日を待ちわびている。
そうして復讐心だけを抱いて毎日を暮らしているエレクトラを見て、仁村紗和演じる妹のクリュソテミスは「もっと上手くやれ」と言う。
どこかで見たような展開だ。
というよりは、どこかで見た展開は、きっとギリシア悲劇をなぞっていたんだろう。
麿赤兒、高畑充希、白石加代子と揃うと、何とも迫力である。
そしてまた、3人が3人ともイントネーションというのか、台詞の言い方が独特だと思う。もっと言ってしまうとかなり癖のある台詞のしゃべり方をする俳優さんだと思う。
でもその癖は個性となり、かつ役と一体化していて、違和感なく見られる。それはこの舞台が「ギリシア悲劇」だからかも知れないし、癖は癖として聞き取りに苦労する癖ではないからだと思う。
エレクトラはとにかく自らの不幸を嘆き、薄幸を嘆く。
自分はアガメムノン王の娘であり王女なのだという誇りを掲げつつ、父を殺した母親を罵りまくる。いつか復讐してやると心に決めている割に、その「実行犯」は弟であるオレステスに任せようとしている辺りがよく判らない。
とにかく「復讐してやる」と言い続けることが彼女の目的になってしまっているという雰囲気だ。
そして、高畑充希と白石加代子が母子でお互いの主張を投げつけ合い、罵り合うシーンが延々と続く。
どこまで言い合っても噛み合うはずのない母と子の主張の中で、母があっさりと「自分が殺した」ことを認め大声で呼ばわっているのが何だか意外な感じがした。母が愛人に夫を殺させた、の方が座りがいいような気がするのは何故だろう。
弟のオレステスはアポロンから「謀によって、父親を殺した母親に復讐せよ」という神託を受け、エレクトラから託された自分を助けてくれた従者とともに故郷であるアルゴンに帰ってくる。
その従者に「オレステスは死んだ」と言わせ、自分はオレステスの骨壺を持って城に入り込み、相手の油断を突いて復讐を果たそうという算段だ。
その知らせを聞いたエレクトラは悲嘆に暮れ、母は喜びを爆発させる。
自分の娘が生け贄にさせられたことを恨んで夫を殺したと言い張る割に、「息子に殺される」という預言があったにしても息子の死をここまで喜ばなくても良かろうという感じだ。
オレステスの死は、母娘の勝負をも決したかに見えたし、エレクトラは「(母を殺してくれる弟という」希望が失われたと嘆く。
エレクトラは母親に冷遇されて生活も結婚も制限されているようだから、「復讐」という願いだけでなく「生活改善」の夢も失われたということなんだろうとは思う。
それにしても、どうにも功利的な嘆きに見えてしまう。
オレステスは自分の死を嘆き悲しむ姉の姿を見て、ついに自分の正体と計画を明かす。
一転、エレクトラは喜びを爆発させ、今すぐにでも母を殺すよう弟を焚きつける。二人が抱き合ってはしゃぎ回って飛び上がって喜ぶ様子に艶っぽさはない。
突然、ここにだけエレクトラが歌うシーンが挟まるのは、演じているのが高畑充希だからかしらという感じもあるけれど、歓喜の爆発ということだと思う。
そして、その喜ぶ様を見て従者に「静かに」「謀がばれてしまう」と叱られてしゅんとし、でもやっぱり感情を抑えきれずにまた騒ぐ二人のシーンは笑いを誘う。
神託という強い味方があるものの「母親を殺す」という行為に恐怖と嫌悪を覚えて怯むオレステスをエレクトラはここでも焚きつけ罵り、でも決して自分の手を汚そうとはしないし、弟が母親を殺すところを見ることもない。母親の長く続く悲鳴によって、ついにオレステスが母親を刺し殺したことを推測し、その死骸を見るだけだ。
あれだけの嘆きと復讐心を見せながら、怯むなら弟にも止めさせればいいものを、弟を焚きつけるだけ焚きつけて自分は手を出そうとしないって、エレクトラはあんまりなんじゃないかと思う。
順番としては逆だけれど、エレクトラってマクベス夫人みたいだよと思う。
次いで、母親の愛人であり今は結婚しているアイギストスも殺してしまう。こちらはオレステスにもためらいはなく、エレクトラも一緒になって殺す。
そうしていわば「本懐を遂げた」二人は、市民による裁判にかけられることになる。
その判決を待つ間、オレステスは母親を殺した重圧に耐えかねて狂ってしまう。狂ってしまうのだけれど、村上虹郎演じるオレステスはどうにも上品で、周りの人が彼を指して「狂っている」「彼の狂気を」と言うものの、最後まで私にはオレステスから狂気を感じることはできなかった。
オレステスの狂気は、復讐が果たされた後の重要ポイントだと思う。ここが強調されていないと、この後の展開が???という感じになってしまう。
死刑判決を受けて殺される前に自殺しようとした姉弟の前に、アポロンが現れる。
オレステスにはアルゴン追放とギリシャ国内を放浪してアルテミスの像をアテネに持ち帰るよう命じ、エレクトラには結婚を預言する。
アガメムノンを演じていた麿赤兒がアポロンになって登場する。最近、割とこういった一人の役者さんが何役も演じる舞台をよく見るように思う。この「一人*役」で、どの役とどの役を兼ねさせるのかということにはきっと意味があるのだろうなと思う。
今回は麿赤兒と白石加代子が「人間と神」を両方演じているし、出番的には一人の女優が兼ねることができそうなイピゲネイア(エレクトラの姉)とクリュソテミス(エレクトラの妹)は別の女優が演じている。
休憩後、そういえば舞台上で見ていなかった中嶋朋子が登場し、彼女は誰? 舞台の真ん中に置かれているエジプトのファラオの像みたいな像は何? と思っていたら、彼女はイピゲネイアで、実は生け贄にされることなく、ギリシャの辺境の島で巫女として17年間も暮らしていたことが語られる。
そういえば、ギリシャ悲劇の登場人物たちは、自己紹介から始まって自分の状況を延々と「客席」に向かって語り、違和感がない。ギリシャ悲劇だからこそ許される様式といった感じだ。
イピゲネイアの前に「浜辺で倒れていた」という若い男が連れて来られる。前置きも前振りもなく、もちろんこの男はオレステスだ。
イピゲネイアもまた、「オレステスが自分をここから連れ出してくれる」ことだけを夢見て暮らしており、オレステス宛の手紙を本人に託そうとして二人の正体が知れる。
アルテミス像を盗んで逃亡した二人を、この国の王(またしても麿赤兒が演じている)が追おうとしたところ、白石加代子が演じる女神アテナが登場し、二人を許すよう諭すと王もまたあっさりと諦める。この女神に諭されたときの王の拗ねた様子もまた数少ない笑いのシーンの一つだ。
訳が判らない!
ギリシャの神々って人間的だとよく言われるけれど、それにしてもこの気まぐれぶりというか、無軌道振りというか、一貫性のなさは何なのか。
それに振り回されるエレクトラの一家がいっそ気の毒に見えてくる。
そして、アテネに辿り着いた二人と、何故かそこにいるエレクトラの3人に対し、女神アテナは新たな託宣を下す。
いわば「平穏に暮らして行くパスポート」だ。
ギリシャ悲劇って判らないよ、という感想と同時に、多分、少なくとも現在においては「判る」ために上演されているのではないんじゃないかと思う。
ここまで来れば非日常の最たるもので、にっちもさっちも行かなくなった現状を神が「あなたはこうしなさい、そちらのあなたはここに行きなさい」と人生を定め、(実は人間の感情になんて何の注意も払っていないけれど)物事が上手く行くように再配置してくれる。
閉塞感だけがある現状に対して、そういう夢を見せてくれる装置になっているんじゃないかという気がした。
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